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パロディー


Athanasiaの続き




「おなまえは?」
「……………」
「ゆいくん、お兄ちゃんに自己紹介して」
「……ゆいと……」
「ん。お兄ちゃんとあっち行こっか」
「えっ、え、なん、なんで、おかあさん」
「ちょっとだけね。ごめんね、ゆい」
「や……」
「おいでえ」
最初は、ひどく怖かったのを覚えている。小さな子供の自分からしたらかなり身長が高くて、ひょろひょろしていて、抱き上げられたのに抵抗して仰け反った。なんでそんなことまで覚えているのだろうと自分でも不思議になるけれど、なぜだか、彼のことで覚えていないことはない。俺はまだ小学校にも上がっていなかった年だったはずなのに。覚えていたい記憶と忘れてしまってもいい記憶の取捨選択を無意識にしているのなら、彼のことは全部前者にぶち込まれているのだろう。なぜだかは分からないけれど。
「ゆいとくん」
「……………」
「別になんにもしないよお?」
「……………」
「あっそお……」
嫌われちゃったー、と平坦に溢してぴりぴりとお菓子の包みを開けていたので、体操座りして完全に顔を隠していた腕の隙間から覗いた。チョコ。見ているのはバレバレだったから、これ見よがしに中身を取り出されて、口半開きで顔を上げた。
「ふは。わかりやす」
「!」
「好きでしょー?あげる」
「いらない!」
「じゃあ俺食べよ」
「あっ」
ぱくりと口に放り込まれて咀嚼された小さなチョコに、まさかそんなことが、そうは言っても譲ってくれると思っていた、と唖然としながら見上げていると、にんまり笑って何にもない手のひらをこっちに向けた。それを目で追って、ふ、と閉じられた手が再び開いた時には。
「はい。あげる」
「あっ、ありがと、なんで」
「うん?俺魔法使いだから」
「……まほうつかい……」
「そお。困ったことがあったら、助けてあげるからね」
「……まほうつかいのおにいちゃん」
「うん?うーん、そっか。名前ね。名前、そうだなー……」
何もなかったはずの手のひらからチョコの包みを生み出して俺に渡して、少し悩んでから笑って口を開いた。
「ぎたーくんでいいや」





「ぎたくん……」
「お。おかえりい」
「……………」
「どしたー?」
土砂降りだった。雷も鳴ってた。もしかしたらこうなるかもしれませんよとは天気予報で言っていたけれど、いつもはこうなる時は家の中にいるし、小学校から帰ろうとしているところでこんなことになるとは思わなかった。お父さんもお母さんも今日はいないし、でも雨が降るかもしれないからって傘は持ってきたし、みんなはお家の人がお迎えに来るのを待ってたけど自分は来ないし、一人だって帰れるし。全身びしゃびしゃになりながら家に帰ろうとして、結局自分の家の一本裏の道にあるぎたーくんの家に帰った。当たり前のように鍵が開いていた扉を開けて名前を呼べば、薄暗い部屋の中からぺたぺたと歩いてくる音。濡れてるねえ、と目線を合わせられて、ぐっと目頭が熱くなった。
「風邪引くよ。お風呂入ろ」
「……………」
「なーに。つべたい」
頭に乗せられた手を咄嗟に引き寄せてしまって、笑いながら言われた言葉に、許されているのか叱られているのか分からなくなった。靴脱いで、靴下も、と後ろ向きにされて脱ぐのを手伝われて、ひどく子ども扱いされている感覚になって、急に恥ずかしくて「自分でできる」と突っぱねた。冷たい手だった。わかったわかったと軽く離れていって、がさがさとタオルを引っ張り出したぎたーくんが、うーん、と息を吐いたのが聞こえた。
「服ないや。俺のでいっか」
「……かえる……」
「やー。こんな雨だしさあ」
「帰るっ、やっぱり、」
「困ってんじゃないの?」
「かえ、……」
ねえ?と首を傾げられて、思わず頷いた。ざあ、と窓の外で強まった雨と、遠い雷鳴の音。困ってる。どうしようもなく、困っている。服はびしゃびしゃ、体は冷えて寒いし、そのせいで鼻が詰まって苦しいし、泣きそうだし、雨は怖いし、家には帰れないし、お父さんもお母さんもいない。ぺたり、ぺた、と足音を立てて近づいてきたぎたーくんの足が俯く俺の視界に入ってきて、しゃがんだ。
「困ったことがあったら、助けてあげるって。ね」
「……っ……」
「ゆってごらん」
「……こ、こまっ、こまってる……」
「うん」
のんびりと返事をされて、両手で頬を挟まれた。顔を持ち上げられて、目が合った。
「いいよ」

「……ん、……?」
「おはよお」
「……おはよ……」
「お母さん迎えにきてくれるって。よかったねえ」
「……?」
「あはは。寝ぼけてる」
きょろ、と辺りを見回したけれど、外は晴れていて、とても良い天気で、干されている服も乾いていた。寝ぼけて、てことは、寝てたのか。洗っている間にと着せられていたぶかぶかのTシャツを脱がされて、もうすぐ来るからね、とおせんべいを渡された。それを食べてる間にインターホンが鳴って。
「ありがとうございます、本当……すみません」
「いーえ。お互い様です」
「ゆい、お礼言いなさい」
「ありがとお」
「ん。また困ったらおいで」
「うん」
「しょっちゅう遊びに来させてもらってるみたいで……ありがとうございます、お兄ちゃんーってよく家でも話して」
「えー、そうなんですか」
そう、だっけ。そうだったような気もする。魔法使いのお兄ちゃん。ぎたーくん。そのはずなのに、合ってるのに、よく分からない。そうだっけ?
ぐちゃぐちゃのびしょびしょだった運動靴は、綺麗に乾いていた。





「さ、行こうか」
知らない大人に手を引かれて、車に乗せられた。お父さんもお母さんももういないから。死んじゃったから。子どもの自分一人では生きていけないから。
見送りにも来てくれない薄情な影に、もう嫌いになってやる、お前なんか知らない、忘れてやる、と膝を抱えた。





叔母さんは優しい人だった。父方の親戚である彼女は、自分には子どもが望めなかったからと、精一杯寄り添って生きようとしてくれた。幼いながらにそれは分かって、というかここ以外の選択肢があるはずもなくて、流されるより他は見つからないまま。知らない家も、知らない親代わりも、知らない匂いも、全部当たり前に馴染んでいく。知っている物は片手で数えられるくらいの世界。小さな体は、それだけを頼りに生きていくことなんてできないのだ。それはすとんと腑に落ちて、成程、と思うくらいだった。寝れば明日はくるし、明日が来れば一週間は過ぎるし、それなら一ヶ月も、一年も、変わらない。知らない家は自分の家になるし、知らない同い年は知ってる友だちになった。お母さんが買ってくれた服は着られなくなって、お父さんと練習した自転車は小さすぎて乗れなくなった。お墓参りに行くと、必ず帰りにレストランに寄り道するから、それが楽しみだった。習い事もした。運動はあんまり得意じゃなかったけど、勉強はそこまで苦じゃなくて、ピアノは楽しかった。
もうすぐ小学校を卒業する。卒業式用に新しく用意してもらったスーツは、かちりと体にはまっていて、よく似合うと褒めてもらった。ハンガーにかけてもらったそれは、自分の部屋のクローゼットの中に一度はしまわれたけれど、何度も開けては覗くものだから、呆れたような半笑いで外に見えるように出された。温く痛むお腹を押さえながら月明かりの差し込む部屋で、ぼんやりそれを見上げながら思う。中学校に行ったら何をしよう。制服はちょっと楽しみだな、すこし大人びたような気になれるし、でも勉強が難しくなるのはそんなに楽しみではないなあ、とつらつら考えていたから、いつからが夢なのかわからなかった。
「お。起きてるし」
「……………」
「早寝しないと大きくなれないぞー」
覗き込まれて、眠い目を瞬く。ぎたーくん。の、ような気がする。思い出すこともなかったけれど、小さい頃仲良くしてくれた、親戚、だっけ。ああ、いや、お父さんかお母さんの友だち?なんだっけ。なんで、仲良くなったんだっけ。ぼおっとする頭のまま体を起こすと、ベッドに頬杖をついたぎたーくんが、目を細めた。
「こまってる?」
「……ぇ……?」
「困ってるなら助けてあげるけど」
「……こまって、ない……」
「そお?」
「うん……」
「本当に?」
「……うん……」
「ねえ。ゆいとくん」
ごぽりと何かが引っかかったような自分の声に少し違和感を感じながら首を横に振ると、ぐ、と片手で顔を掴まれた。口元を覆うように親指と中指で頬を挟まれるかたちで、むぎゅって潰されて、眉間に皺が寄った。くるしい。目を細めて、笑顔に似た表情を浮かべていたぎたーくんが、ぱっと感情を落とした。まっくらな目。
「困ってるよね?」
「うん」
かくり、首を頷かせていたのは、自分の意思だっただろうか。





「ただいまー」
「……ただいま……」
「やー、遅くなっちゃったね。お腹空いてる?」
「ううん」
「じゃあお風呂入って寝ちゃおー」
「……うん……」
すとん、と。地面に足がついた感覚。見下ろせば、いつも通り、自分の足が見える。同い年の中では大きい手。筋の浮く手首。角張った爪。全部普段通りだ。なにひとつおかしいことはなくて、それが当たり前なのに、腹の底がじくりと痛んだ。具合が悪いのかな。なにかそうなるきっかけはあっただろうか、と思いながら、ぺたりぺたり裸足の足音を立てて前を歩いていくぎたーくんについて行こうとして、足が引っかかった。それに気づいて振り返った彼に、あー、って苦笑いを浮かべられる。
「ごめんごめん。もっかいやっとくね」
「……?うん」
「今日はもう寝なー?おっきくなれないよ」
特に違和感もなく、そう言われたならそうするべきなのだろうと、右足の爪先を引き摺りながら暗い廊下をついていく。階段を登って、扉の前。どうぞ、と開かれて中に入る。学習机と揃いの椅子、ベッド、クローゼット、黒いランドセル。見慣れた自分の部屋だった。無意識にお腹の服を握りながら、閉まりかけた扉に向かって口を開いた。
「ぎた、くん」
「ん?」
「……ここどこ……?」
「ゆいとくんの家でしょ。お父さんとお母さんお仕事で長くいないから、俺が面倒見てあげてるんだよ。近い親戚だかんね」
「……………」
「あれ。ちがった?」
「……そう……」
「でしょお。おやすみ」
今度こそ閉まった扉に、おやすみ、と掠れた声を投げた。





「いやだから魔法とかじゃないし」
「お。反抗期」
「は?」
「怖えー。機嫌悪」
からからと笑われて、だから、と言い募った。幼い頃は騙されていたし、本当に魔法使いなんだと信じていたこともあったが、よくよく考えたらそんなわけがないのだ。一番最初のチョコだってきっと手品かなにかだし、その後もちょこちょこ何も持ってないところからお菓子を出したりペンを出したりしているところは見るけれど、恐らく全部同じ仕掛けなのだろう。土砂降りが晴れたのも、俺が寝てる間にゲリラ豪雨が過ぎ去ったというだけ。暇だから遊びに来ただけなのに、お腹すいたの?とドーナツを渡されて、手の中は空だったのにどこから出したんだと面食らったらいつもの「魔法だよお」が来たので、反論しているのである。もう俺も中学生なので、さすがに騙されない。
ぎたーくんは。母方の近い親戚で、仕事が忙しくてほとんど家にいない、しばらく顔も合わせた覚えがない親の代わりに、俺の面倒を見ている。といっても、慣れてるし、ある程度のことは一人でできるのだが。なんならぎたーくんの方が料理とかはできない。買ってもらった料理の本とにらめっこしていたら、凝り性だなあ、疲れない?と呆れたように言われたことは忘れていない。だからまあそんな感じで、一人の時は基本、三人家族用の家に一人でいるよりは、という理由でぎたーくんのぼろっちいアパートに転がり込んでいる。広い家よりは狭い家の方が掃除の手間も省けるし、「なんかあった時困るでしょ」とかぎたーくんも言うし、ここの冷蔵庫に買ってきたものを入れているので自宅に帰っても何もないし。一応、寝るのは自分の家だ。ここで雑魚寝になることも多いが。
「どうやってんの」
「だからあ、魔法だって」
「種明かしして」
「もー……」
しつこくすると、諦める。いつもそうだ。誰も来てくれない入学式が嫌で、来て欲しいと頼んだら「このかっこでいい?」とパーカーを指すので、なんとかして服を用意しろとばたばた駄々を捏ねまくって、了承を得ないうちに当日を迎えた。どうせ来ないだろうなと思って一人で行って、終わって帰る時になって。みんなは親がいるから、バレないようにはじっこのはじっこを通ってそそくさ歩いた。校門を抜けた先で手首を掴まれて、振り向いたらスーツを着たぎたーくんがいた。半泣きでぶん殴ったけど。なんでさ!って言われた。なんでもクソもないだろうが。だから、いつものことなのだ。しつこくしつこく、どういうわけでそうなるんだ、と言い寄れば、ぎたーくんは若干めんどくさそうに、笑って応えてくれる。今回もタネを教えてくれて、ほらみろ、って俺が言って、おしまい。
そのはず、だったんだけど。
「じゃあ、わかったから。手出しな」
「ん」
「はい。いーち、にーの、さんっ」
「、は?」
ごとん。重い音を立てて転がったのは、自分の手だった。出したのは右手だったから、右手。軽く掴まれた手首から先が、ごろんと床に転がった。俺の声を最後に、部屋がしんと静まり返って。
「……ん?あれ?いたい?」
「……えっ?い……痛くは……」
「あ、そお?よかったー」
「うん……」
「しばらくこのままにする?くっつける?」
「……………」
普通に、当たり前のように聞かれて、夢かな、と思った。痛くない。なんなら血も出てない。本当に、作り物のおもちゃみたいに、ころんと俺の手首が転がっている。呆然と固まっていると、ぎたーくんがぱっと両手を開いた。支えがなくなって落ちた腕は、自分の膝に当たった。まるで、そこから先がないのが当たり前みたいに、ぷつんと途切れた腕。現実を理解した頭が悲鳴を上げる前に、ぎたーくんの声がした。
「ねっ。魔法でしょ」
「……く、くっつけて、早く……」
「うん。なあに、怖いの」
「こ……」
「よわむしー。ふは」
ぐ、と押しつけられて、ぎたーくんの手が離れたら、手首の先は元に戻っていた。庇うみたいに手を抱いた俺を見て、また一つ可笑そうに笑って、立ち上がった。
「だから、困ったことがあったら言うんだよ」
「……うん……」





「怪我した」
「……そんっなちっちゃい……」
「教科書に血がつくと困る」
「えー……」
「困ってます」
「……いいよお?いいんだけどさあ……」
手出して、と言われて、指先を紙で切ってしまった方の左手を出す。雑に「はいはいいちにのさん」と掛け声をかけられて、ぶちんと指を持っていかれた。適当すぎやしないか。
ぎたーくんに魔法を見せられた時、その時点では動揺しすぎて気づかなかったが、二日後ぐらいに自分の右手をまじまじと見て、目を見張った。昔、小さい頃に木の枝か何かで刺してしまって、それからずっと残っていた怪我の跡が、綺麗に消えてなくなっていたのだ。10年くらい残ってたものだから、この数日で急に治るとかいうことはない。直近でなにかあったかといえば、ぎたーくんに手を千切られたことくらいだ。ということは、必然的にそうなるじゃないか。そう聞けば、ああ……うん……?と微妙そうな反応だったが、「取った」という事象を消す段階で他の傷もなかったことにしているかもしれない、怪我を直すだけみたいな細かい調整は自分にはできないから全体を弄るしかない、というような答えだった。ならまあ、ちょっとしたことに使えるなら使いたい。便利だし。困ってる、って言えば言うこと聞くし。
「耐性ついてきてんなあ……ゆわなきゃよかった……はい。戻すよ」
「うん」
「痛くないですかー」
「痛かったことないんだけど」
「痛くなくしてるからねえ……」
「痛いのもできんの?」
「そりゃまあ。え?したいの?」
「んなわけねえじゃん……」
「だよねえ」
「逆にしてくださいってなったらどうなんの」
「やるよ」
「や……えっ?やるなよ……」
「体の一部を千切られるっていうのは本当に痛いことなんだって教えてあげたいから……」
「……………」
目が怖えよ。真っ直ぐにこっちを見ないでほしい。俺はぎたーくんのことを千切ったことはないぞ。紙ですぱんと切った傷口がすっかり綺麗になくなった指をさすりながら、じゃあもう帰ろっかなあ、と目を逸らした。





ぼんやりと霞む意識の中で、かちこちと時計の針が鳴る音がした。安定感のない身体に力は入らなかった。不定期に、ばたばたと何かがこぼれ落ちる。暗い影が見えて、視力が薄れていることをそこでようやく知った。
「全部吐けた?」
聞き覚えのある声。疑問を投げられたが、返事はできない。指先一つ動かせない中で、そもそも指先なんてものがあるのかどうかもわからない中で、黒い影がゆらりと揺れた。
「次はもっとペット寄りにしよっかな……育てんのめんどくさいし……」





進路、とか。そういうことを考えるようになって、将来の夢とかいうやつはただの夢でしかないのでそれを叶えるためには其れ相応の努力が必要なのだと現実が見えて、適当な安牌を選ぶか必死こいて走り続けるかを選ぶ、前に。
「ギターくんってなんの仕事してるの」
「え?」
「……やっぱり無職か……」
「やっぱりってなにさ」
「仕事してる様子を見たことがないから」
「む」
眉を顰められたが、事実なので致し方ない。それっぽい時間にいなくなったりはするが、その間に仕事してるのかどうかすら分かんないし、そんなだからそもそも職があるかどうかも疑わしいし、けどまあ一応お金は手に入っているのうなので問題はない、といった感じで今まで来ている。長いこと世話をされているが、まともな仕事についているようには思えない。魔法使いなんだから、それを使ってなんか金を稼ぐとかすればいいのに。それとももう既にそうしてるんだろうか。だから俺が知らないところでなんかこう、金が動いているとか。
「えー、しないよお。なんで他人の怪我治さなきゃなんないの」
「やんないの」
「めんどくさ。君の怪我治すのもめんどくさいんだかんね」
「怪我治してるんじゃなくて人体を千切ってるんだろ」
「あー。そうゆうことゆうならもうやったげないから」
「……………」
「……最近反抗期だよね……」
「無職に言われたくない」
「無職じゃないですー。いろいろしてますう」
「バイト?」
「うーん。うん」
「なんの?」
「なんかいろいろ直したりとか。切ったり繋いだりとか」
「……工事ってこと?」
「あー。それが近いかも」
「近い……」
「うん。大体そんな感じ」
それはそれで、イメージつかないけど。ふにゃふにゃと説明されて、納得したような、そうでもないような。問い詰めれば吐くだろうか。いやでも、別にギターくんが何してようが俺に関係ないしな。生活に困っているわけでもないし。
「次仕事いつ?」
「わかんない。未定」
「そんなことある?」






「えー……」
学校で、猫飼ってる友だちが、「にゃーちゃんはかわいいの」と誇らしげに語るのが、羨ましかったから。別に動物は好きでもないけれど、家に人間以外の生き物を飼っているというのがすごいことのように思えて、ぎたーくんに言った。「なんかかいたい」って。きょとんとしたぎたーくんに、なんでもいいの?と聞かれたので頷いたら、じゃあはい、となんか、よくわかんない虫みたいなやつを差し出されて、首を横に振った。違う。
「だってさあ。あのね、生き物を飼うのがどれぐらい大変なのかゆいとくんには分かんないからそうゆうこと簡単に言うんだよ」
「……………」
「人間の形してても上手くいかないとすぐ死にそうになるぐらいなんだから、動物なんてもっと無理に決まってるでしょ」
「……ちゃんとおせわする……」
「だめー。だめでーす。うちではなんにも飼いませーん」
全否定だった。珍しく。ぐずぐずと駄々をこねてみたが、駄目の一点張り。極め付けに「ゆいとくんだってすぐ死ぬのに他の生き物の面倒なんか見れるわけないでしょ」とまで言われた。どこ視点の忠告だよ。寝る直前ぎりぎりまでいろいろ言い募ったのだが、ほとんど意味を成さなかった。電気を消されて布団をかけられて、扉が閉まる前。
「おやすみ。早く寝ておっきくなってね」
「……ぎたーくんどこいくの……」
「うん?仕上げ。しばらくかかるから、しばらく寝ててね」
「うん……?」
ぷっつりと意識が途切れる寸前、助けてと叫ぼうとした口を、手で塞がれた気がした。





アラームの音で目を覚ましたら、真っ暗だった。
「……?」
まだ夜なのかと思って手探りで探し当てた時計は、朝7時を指していた。じゃあ時計が壊れてるのかと思って、ベッドを降りる。何の音もしない中で歩いて、電気のスイッチをつけた。ぱちりと明るくなった視界に少し安心しながら、カーテンを開ける。
「……は……?」
外は真っ暗だった。電気は消えているが、家や車や電柱みたいな、そういったものは全部あるのに、人がいなかった。じゃあやっぱり時計が壊れていて、と壁にかかった方の電波時計に目をやったら、朝7時だった。ふたついっぺんに壊れることなんてあるだろうか。唖然としていたら、ぷつりと電気が消えた。ひゅ、と息を呑んだまま動けなくなって、しばらく固まってからそろそろと扉を開ける。暗闇にようやく目が慣れてきた頃だった。
電気はつけても、すぐに消えてしまう。どの時計を見ても朝7時。何の音もしない。まるで誰もいないみたいに、なんなら俺の耳が駄目になったみたいに、風の音とか、床が鳴る音とか、扉を閉める音とか、そういうのも全部聞こえない。恐る恐る玄関から外に出て、足音すらしないことに怖気だった。やっぱり誰もいない。車の中にも、道にも、コンビニにも、どこにも。ふらふらと彷徨い歩いて、ぎたーくんのアパートの前に辿り着いた。電気はついていなかった。
「……、あ」
鍵はかかっていなかった。軽く回ったドアノブに、そっと扉を開ける。靴を脱いで上がって、ここにも誰もいなかったら、という不安に吐きそうになりながら、奥を覗く。月明かりでぼんやり光る窓の前に立っていた人影に、ぎゅっと目を閉じてからもう一度開いた。
「お。来た来た」
「……ぎ、た、くん」
「うん。怖かった?ごめんねえ、出らんなくてさ」
「なに、ごめんて……夢?」
「うん」
夢、かあ。同じくらいの目線の高さと、いつも通りの口調に安心して近づく。にこにこと笑顔を向けられて、つられるように笑った。
「もうおしまいにするからね」
「うん……なにが?」
「あのね、ゆいとくん。全部夢だったんだよ。君が生きてることも、この世界ごと、全部」
なかったことは元通りに戻さないとね、と頬をなぞられて、わからないなりに頷いた。何を言っているんだろう。夢なら早く覚めてほしい。ばさりと大きな羽根を広げたぎたーくんが、俺をばらばらにした。
「もー、どんぐらいかかったか分かったもんじゃないよ。ゆいとくんはすぐ死ぬしさ、死なれたら困るのに全然普通に何回も死ぬんだもん。人間の耐久性って低すぎるよねえ」
首を拾い上げられて、悲鳴も上げられなかった。助けてほしいのに、そう叫ぶこともできない。
「ほんと。似ても似つかなくて、かわいいなあ」











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「ぎたちゃん!だめでしょ!どらちゃんもだけど!」
「えっ?」

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