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パロディー



この世界には、角族と羽根族と尻尾族がいる。角族は基本的に生まれつき魔力量が多くて、魔法を使うことに苦労しない。複雑な準備や工程を飛ばして魔法を行使することができる。羽根族は、名前の通り羽根が生えているので、飛べる。魔法で飛べばいいじゃないかと思うのだけれど、飛行魔法は兎角魔力喰らいなのだ。角族の優秀な魔法使いでも、二十分がせいぜいだろう。尻尾族は身体が頑丈で、頭上から鉄骨が降ってきたとして、角族と羽根族ならぺしゃんこになるところを、鉄骨の方を陥没させられる程度には硬い。死ににくい、単純に言って長命である。なのでこの世界で尻尾族が占める割合は純粋に高い。
歴史の授業で習うくらい昔なら、それぞれがそれぞれの優位性にしか固執しなかったのだけれど、今は尻尾族だって一定以上の魔法は使えるし、羽根族にも格闘家がいるし、角族にも飛行便を生業としている者がいる。得手不得手はあれども、そんなに差がないのが事実だ。たった一つ、羽根族にだけ古くから許された魔法だけが残っている。
時間跳躍の魔法。空を飛ぶことを時間を飛ぶことへと進化させたそれは、術者に羽根が生えていることが前提条件となっている。現代では法律で禁じられているので、大まかなやり方こそ古代魔術の教科書に載っているだけで、やり遂げられる人はいないだろう。いないだろうな、と思った時点で、調べたくなった。別に過去に飛びたかったわけでも、未来を知りたいわけでもない。ただ、やり遂げられないであろうことを認めるのが嫌だっただけで。
「りっちゃんの家ほこりっぽい」
「勝手に入ってくるな」
「だってもう昼だし」
今日は練習するって約束したじゃん、と言われて時計を仰ぎ見る。さっきまで夜だった気がしたんだけど、時間を弄ろうとするといつもこうだ。急に腹が減ってきて、伸びをした。
「もうベースくん待ってたよ」
「あー、そう」
「来てねー」
「ん」
ベースくんがいて自分が到着したのに俺がいないということは、どうせまた時間を弄っているのだろうと当たりをつけて先にこっちに来たらしい。これで俺も遅刻だよ、ととろとろ走って行った、羽をたたんだ背中を見送って。
こういう時に時間を戻せたら、シャワー浴びて飯を食うぐらいの猶予を生み出せるのではないかと思うけど。

時間跳躍の魔法がもし使えるのならば、父親が死ぬ前に戻ろうと決めていた。未来を覗くことも原理的にはできるが、不確定な未来に飛ぶよりは、確定している過去に飛んだ方がいい。父親は羽根族で母親が尻尾族だった。尻尾を持って生まれてきた、自分より頑丈なはずの幼い俺を、なぜか庇って、父親は死んだ。それに対しての恨み言を直接伝えたい、というくだらない理由だ。そのために時間を飛ぼうとしているわけじゃない。出来ないことが嫌だから、という一番根っこはずっと変わらないままだった。
練習、というのは、楽器の練習だった。歌ありきで練習しているはずなのだけれど、歌ってくれる人は見つかっていない。順序が違う気がする、と思わないわけではなかったけれど、順番を間違えたから、もう歌ってくれる人には会えないような気もした。
練習が終わった後、一日の経過も把握できていないようじゃどうせあの家にはまともな食糧もないだろう、とギターくんの家に有無を言わさず連行されて、飯を食わされ、今に至る。お腹いっぱい、とベッドに転がった家主が、うつ伏せたまま顔をこっちに向ける。
「最近りっちゃん、家出ないこと増えたよね」
「……そんなことないだろ」
「増えたよ。こないだ一週間ぐらいいなかったし」
「……………」
「時間跳躍なんてやめなよー。変なことになって死んじゃうよ」
「……一週間いなかったってことは、その間飛べてたってことかもしれない」
「覚えてないってことは時間の隙間の変なとこに落っこっちゃってたってことでしょー」
それは、そうなのだけれど。恐らくは当たっているであろう正論を返されて黙り込むと、だからもうやめなよ、と重ねられる。そんなことは分かっている。限界だって調べはついている。けれど、あと少し、あと一つだけ、試していないことがあって。
時間跳躍に必要なのは、羽根だった。羽根を持ってして飛び越えていくから、羽根族にしかできないと思われていた。けれど、調べれば調べていくうち、どこにも「飛んでいく」術式はないことが分かった。ということは、羽根が必要なのは、ただの媒介としてなのだ。飛行魔法を必要としない羽根族の、魔力の塊。高純度のそれは、他のものでは替えが効かないということなのだと思う。だから、羽根さえあれば、組んできた術式を試せる。けど、俺には羽根は生えていない。
「……そういえば、お前飛ばないよな」
「えー?だって、俺飛ぶよりも歩くほうが早いもん」
「どんくさいから?」
「これ重いから」
飛ばないなら、いらないんじゃなかろうか。そうはずっと思っていた。さっきの質問も、多分5回目ぐらいだ。歩くほうが早い、と返されるって知ってて聞いている。飛ぶと逆に疲れるんだよ、と羽根をゆるく揺らしながら言われて、試しに聞いてみようか、と思う。その羽根を寄越せと言ったら、頷いてくれないだろうか。どうせ執着もなさそうだし。羽根がなくても死ぬわけではないことは知ってる。事故とかで羽根がへし折れても、生きてる羽根族を見たことがあるので。いいんじゃないかな、もらっても。こいつ、使わないんだし。近づいて羽根に触ったら、くすぐったい、と言われた。
「くすぐったいんだ」
「りっちゃんだって尻尾くすぐったいでしょ。いた、握んないでよ、痛いなー」
「これくれよ」
「なんでさ。いらないでしょ」
「いる。使うから」
「はー?やだよ」
「片っぽだけでいいから」
「羽根なんかもがれたら死んじゃうじゃん」
「死なないだろ」
「そうだけど、でも痛いのやだもん」
「平気平気」
「いだだ、引っ張んないでよ、痛いってば」
「うん」
「い、っやめてやだ、いった、ぃ、っほんとに、い″っ!?」
「お」
ごきん、と骨の外れる音がした。当たり前だけど、骨があるのか、と少し驚いた。脱臼みたいなもんだろうか、逆さまに曲げたから。関節を外したいわけじゃなくて、取りたいんだよな。じたばたぎゃあぎゃあうるさかったので、頭を踏んで黙らせた。麻酔とか睡眠の魔法を用意しいる時間はないし、俺にはそんな行動術式を維持できる程の魔力がない。今は痛いかもしれないけど、あとでちゃんと治してやるから。別に殺したいわけじゃないし。
根元の部分は細くなっているので、ここを切るのが早そうだ。根元から貰おう、と硬質化した尻尾で抉り取った。当たり前だが人から生えているものなので、一度や二度じゃうまく切れずに、ちょっと時間がかかった。言葉にならない声が足の下から漏れていたけれど、それも静かになった頃、ようやく片側の翼が取れた。羽根をもぎ取るだけじゃ思ったよりも血は出ないんだな、と思って、目を疑う。
「……あ?」
ざらざらと、手の中から羽根が消えていく。まるで、そんなものはじめから無かったかのように、掴んでいる感触ごと無くなっていく。なんでだ。交通事故とかでもげた羽根は、その辺に転がってたじゃないか。根元から千切ったからいけなかったのか?それとも、そういう術式がかかっていたとか。考えているうちに、手の中にあった黒い羽は塵一つ残さずに消え去ってしまった。どういうことだと聞こうと思って、下を見下ろして。
「……は、」
透けてる。なんで。理由を探すより前に、手の中にあった羽根がフラッシュバックした。まるで、最初からなかったみたいに、何も残さずに消え去った羽根。ざら、と崩れて落ちた髪の一房に、考えるよりも早く床に這いつくばっていた。飛ぶことはできなくても、止めることすら無理でも、時間を遅くすることなら、できる。限界まで遅くして、その間に何とかしないと。指の腹を食い千切って床に書いた魔法陣に、魔力を流し込む。死んでも助けるとは言えないけれど、そのまま死なれるのは勘弁だ。「変なことになって死んじゃう」のはこっちであって、巻き込まれた側ではないはずで。
もしも時間が飛べたら、父に会いにいくよりも先に、ほんのついさっきまでの自分を止めに行くのに。



りっちゃんに羽根をもがれたのがもう何年前になるかは覚えていないけれど、しばらく前からとっくに羽根族も尻尾族も角族も、この世界からいなくなった。羽根がなくなっても生きて続けている自分だけが置いていかれて、一人ぼっちだ。
片側の羽根を持っていかれて、気づいた時には病院にいた。お医者さんからは、片方の羽の分の魔力をもう片方が補って命を繋いだので、魔力が相当戻らないと羽根の再生は難しいこと。あと、誰がかけたか知らないけど、身体に流れる時間を破茶滅茶に遅くする魔術式が掛けられていること。それは勿論、掛けた誰かさんじゃないと解けないこと。時間が遅くなってるので生命維持に使ってしまった魔力の戻りも極端に悪く、もう魔法は使えないであろうこと。なんかを伝えられた。俺の背中には二つとも羽根がなくて、家に戻ってもりっちゃんはいなくて、じゃあ自分ちに帰ったのかなって思ったけど、どこにもいなかった。それからずっといないままだ。また時間の隙間に落っこちてないといいけど。
尻尾族も羽根族も角族もいなくなってから、なんにもついてない「人間」がこの世界には増えた。魔法が使えない人間に、魔法を使えなくなってしまった自分が混ざるのは簡単で、いつまで経っても歳を取らないことだけを誤魔化していればいいだけだった。人間の歴史を調べたけれど、魔法のことは勿論、角も尻尾も羽根も、出てきやしなかった。よく分からない。けど、時間だけは無限にあったから、羽根が治ったらやろうと思って、りっちゃんが調べてた時間跳躍の魔法について、ちょっとずつ試してみた。人間がこの世界にいっぱいになる前からやりはじめたから運良く資料は残ってるし、時間をかけた分だけやり方もちょっとずつ分かってきたのだ。それができるようになったら、過去に戻って、あの日の自分に今すぐ逃げろって言えるから。あの時あの場で羽根さえ失わなければ、今みたいに一人ぼっちにはならないし、りっちゃんだってきっといなくならなかった。止めるなんて烏滸がましいことは言わないから、ただ逃げろと教えてやりたい。
りっちゃんは知らなかったかもしれないけど、時間跳躍は羽根があればできるわけじゃない。羽根族の羽根は、魔力の塊だ。自らの魔力の塊に、自らの血液を持って命じることでしか、飛べない。それは、生まれた時から羽根が生えていたこっちからしたら当然のことだけれど、ただのエネルギー体としてしか見ていなかったのなら、そんなこと思いつきもしないのかな、と思う。教えてあげればよかったのかな。でもあの時、やめろっつっても力任せにもぎ取ってきたしな。痛かったなあ。むかついてきた。
最近、背中が痛む日が増えた。多分もうすぐ、もうすぐって言ってもまた数百年かかるかもしれないけど、でもそのぐらい待てば、ちょろっとの羽根が生えてくるはずだ。それを何とか大きくして、あの日に戻って、自分を逃がさないと。こんな未来が嘘であるように。気の遠くなる話だけど、ただ待つのは苦手ではないので、助かった。
もう一つ、りっちゃんは知らなかったかもしれないけど。過去に飛んだら、今現在の自分はいなかったことになるのだ。どうしてかって、未来が変わるから。もしかしたら、俺が過去に飛んで羽根を守ったことで、この世界は人間のものじゃなくなるかも。それとも、羽根族と尻尾族と角族と新興勢力の人間の戦争になるかも。それを確かめる手段は、誰にもない。ここまで生きた俺がいなくなってしまうから。けど、それはもう仕方がないことなんじゃないかと思う。これまでだってもしかしたら、誰かのやり直しの繰り返しで、この世界は作られてきたのかもしれないし。
過去に戻る魔術式の最後は、不死を意味するAthanasia。この世界からいなくなった後、自分がどこに行くのかは、誰も知らない。



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