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かぐや姫



さて。かぐや姫の逃避行も、そろそろ終わりを迎えます。結婚話がなくなった今、地球に居続ける理由もなくなったのですから、自分の家族から帰って来てくれないかと頼まれるのも、頷ける話でした。仲有くんからそれを告げられたかぐや姫は、しばらく渋りました。それだけ、地球での暮らしは楽しいものだったから。あっさり捨てて帰れるほど、浅い日々を過ごしたわけではありませんでした。
「帰りなさい」
「……ええ……」
「帰らないなら、追い出すからね」
その引き延ばしにばっさりと終止符を打ったのは、朔太郎くんでした。家族で一緒にいられるならそうしなさい、と言い切った朔太郎くんに気圧されるまま、たまちゃんは頷けずに、家を出ました。当てもなくふらふらと彷徨う彼女の後ろで、足音が一つ多く響きました。
「……付いてくるなら声ぐらいかけたら」
「あ、ぅ、ごめんなさい……」
「うん」
「……帰りたくないの」
「仲有だけ先に帰んなよ」
「そ、そんなこと、できないよ」
「じゃあここにいたらいいじゃんかさ」
「……一緒に、帰ろうよ。また来たらいいし、ね」
「帰る理由もないのに帰りたくない」
「お兄さんとか、お父さんお母さんが、心配してるよ」
「連絡します」
「……うん……」
「仲有がここにいる理由こそないじゃない。あたしのこと置いて、一旦帰りなよ」
「ぃ、いやだ」
「はあ」
あのねえ、と呆れたように振り返ったたまちゃんは、ぎょっとしました。真っ赤になってぶるぶるして、今にも泣き出しそうな仲有くんが突っ立っていたからです。たまちゃんと一緒に帰るんだ、話があるんだ、と震える声で零した仲有くんの背中をとりあえず摩ってやりながら、どうしたの、変だよ、と声をかけました。かぐや姫、と呼ばないってことは相当切羽詰まっているなあ、とも思いながら。
「たっ、たまちゃん、あの、えと」
「うん」
「ば、馬鹿なことをしたって、思ってくれていいんだ、あんな古い言い伝えを信じるなんてって、笑ってくれていい、から」
「なに。どうしたの、何の話?」
「いまっ、ぇと、今ここにあるのはこれ一つだけど、月に帰れば、五つ揃ってる。たまちゃんのこと、たまちゃんのために、何年もかかっちゃったけど、探したんだ」
「……………」
「ご、ごめんね、おもっ、重いよね、突然こんなの、おかしいよね」
だから笑ってくれていいんだ、むしろ笑ってほしい、と震える手で差し出した指輪を引っ込めかけた仲有くんの手を、たまちゃんが掴みました。指輪には、月の光を浴びて淡く輝く、美しい球が嵌め込まれていました。
「これなに」
「……竜の首の球、って言い伝えられてるものを、削ってもらって作ったんだ……」
「何故指輪」
「ぇっ、え、そ、それは、その、まって」
「待たぬ」
「あっ、待って、か、顔が近い、かおっ」
「五つ揃ってる?どういうこと?いつから探してたの?ていうか、何で見つけられたの?」
「どうって、いつからって、子どもの時からずっと探してたんだ、言い伝えがあるところを巡って、こ、怖かったけど、いろんなとこに行って」
「なんで?」
「そっ、れは」
「あ。やめた。待って」
「へ、っ」
「その続きはうちの家族の前で言って」
「ひっ、かぞっ、ぇえ!?」
「古くからの儀に則った正式な婚礼を結ぶことにしよう。家族の前で、五つの宝物を見せて、あたしが欲しいって宣言して」
「そんっ、むり、無理だよ!お兄さんの前でなんて!」
「それをやるなら一緒に帰ってやってもいい」
「ひぃ、そんな、ひええ……」

「帰ります」
「え?なに?どうしたの?」
「じゃあねー」
「朔太郎?なに話したの?ついさっきまで帰りませんって言ってたじゃない?」
「また来るねー」
「いつでもおいでー」
「ねえ?ただよしくんのこと置いてきぼりにしないで?」
「……………」
「あと何で背後の仲有は真っ赤なの?今から抱かれますみたいないじらしさがあるけど?どうしたの?」
「ばいばーい」
「ねえ!ねえってば!なにがあったの!」

後日。
三日もしないうちに、かぐや姫は帰ってきました。新婚旅行ですね、と宣う彼女に、またまたあ、と笑った地球人たちでしたが、彼女の薬指に輝く指輪と、七五三のように誂えられた豪華な着物を着て発火しそうなほど真っ赤になっている仲有くんを見て、誰もなにも言えなくなりました。
「お前らがくっつくための壮大な前振りじゃんか……」
「しっ!黙って!」


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