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かぐや姫



振り返って考えてみれば、この五人、馬鹿騒ぎぎが大好きすぎるだけで、頭は良いのです。都築忠義、辻朔太郎、仲有要、江野浦航介、瀧川時満。悪巧み、もとい、言い逃れ、又の名を、相手をとにかく言いくるめる、ことに向けて取り敢えず良心を忘れて突っ走れば、騙くらかせない相手はいないと言って良いでしょう。今回の場合は、良心の呵責に苛まれる必要もありません。満場一致で「大きく分けたら身内とも言える女の子がいじめられている状況にある」からです。
たまちゃんの考えた筋書きは、ざっくりとしたものでした。大雑把に言えば、運命の結婚相手として立てる男を、本当に正真正銘運命が導いた相手なのだと証明して仕舞えば良い、ということです。それを立証するには、いくつかの設定と小道具が必要でした。
「ええと、なんだっけ。燕の子安貝と」
「竜の球」
「竜の首の球!どこだって良いわけじゃないんだから!」
「火鼠の皮衣、蓬莱の玉の枝、仏の御石の鉢」
「多いなー」
「月の国では、それを全て揃えて求婚することこそが、真実の愛なの。誰もそんなの今更信じちゃいないけど」
「なんで?」
「だって、有りっこないものばっかりだから。ね、仲有」
「……うん、そうだね。誰も本物なんて見たことない、だから御伽噺みたいなもので」
「そう!誰も本物なんて見たことないの!」
だったら作っちゃえば良いじゃないのさ!と力強く拳を上げたたまちゃんに、取り敢えずノリで男五人は同じく拳を上げました。おー……?って感じではありましたが。
真実の愛を証明する五つの宝物。誰も本物を知らないそれを、適当な有り合わせの偽物で作って、適当な誰かを結婚相手として立て、帝にもう一度啖呵を切ってやろうというのが、たまちゃんの計画でした。古くより愛された月の国の慣習を無視するのか、と大口を叩き、宝物に手を出されそうになったなら、愛しの人からせっかく貰ったものなのになんて酷い、とわんわん泣いてみせるつもりでした。面倒な女だと思われようが、頭がおかしいと思われようが、かぐや姫にとって大切なのは、今いるこの場所に居続けることなのです。ぽっと出の帝とその息子なんかに邪魔されてたまるものか、と本気でたまちゃんは闘志を燃やしていました。不安そうな顔をしているのはどちらかというと仲有くんの方です。
「だ、大丈夫かな。もし帝が怒って、たま、かぐや姫に酷いことをしたら」
「しないしない!仮にも一国のお姫様に、そんなことしないって」
「俺らもいるしなー」
「なー」
「……えぅ……」

たまちゃんが寝静まった夜更け。五人は、せっせと宝物作りに励んでいました。当事者のたまちゃんがどうしていないのかって、手伝う気はあったのですが、不器用なので足手まといになるだけだったからです。事情を知った真希ちゃんと灯ちゃんに言い含められた彼女は、半ば投げやりの拗ね気味で、じゃあ手出ししませんよーだ!と布団をかぶってしまったのです。被害を被っていた五人は安堵のため息をつきましたが、本人はそれを知りません。
そういえば、と火鼠の皮衣作りをしていた都築くんが顔を上げます。一応其れなりに見えるものじゃないと説得力がないのでは、と危惧した五人は、結構な手間暇をかけて細かい作業をしていたのです。騙すにも、簡単に見破られる程度の細工では、心もとありません。
「どうする?誰が結婚相手役やる?」
「はい」
「えー、瀧川には荷が重いよ」
「なんでだよ!いいだろ、こういう時くらい!重くねえよ!」
「無理だろうな」
「結婚相手だよ?瀧川に務まるわけがないよ」
「瀧川が結婚できるわけないし」
「最後だけは聞き捨てならねえなあ!?」
ぼそりと結婚の可能性すら否定したのは仲有くんでしたが、小声すぎて瀧川くんには犯人が特定できなかったようで、てめえ!と都築くんに殴りかかっていました。とんだ冤罪です。そんな最中、綺麗な石を磨いて真ん丸にしていた朔太郎くんが、はーい、と手をあげました。
「じゃあ俺やるー」
「朔太郎か……」
「すぐボロ出しそう」
「せっかく作った鉢壊されたら困る」
「そんなことしないよ!」
「すったもんだの末なんだかんだで宝物をド派手に壊しそう」
「もういい!お前らが俺のことをどう見ているかはよーく分かったからな!覚えとけよ!」
「早く石磨きに戻りな」
「てめえもな!」
どうしてこうも喧嘩になるのでしょう。仲有くんはほぼ黙って見ていましたが、全然仲良くない四人を胡乱な目で見ました。こんな人たちに一瞬でもかぐや姫を預けた自分を、いっそのこと恥じました。しかし後の祭りです。
「じゃあ都築がやりなよ」
「えー、でも俺にそんな大役できるかな」
「高井がはしゃいじゃうからだめだろ」
「理想の結婚相手とかぐや姫の温度差が激しすぎるのもそれはそれで居たたまれないよね」
「じゃあ俺もテンション上げればいいかな?」
「バーサーカー同士の殴り合いみたいになるからやめろよ」
「そんな高濃度のいちゃつき見せられたら胸焼けで飯食えなくなる」
「えー、じゃあ航介やる?」
「童貞だから無理だよ」
「表出ろ」
「あっ待っ、ごめ」
尊い人命が一つ失われました。遺留品の眼鏡を抱いて、しくしくするふりをしていた都築くんと瀧川くんですが、痛かったよ!と土の中から復活した朔太郎くんに眼鏡を返しました。一件落着です。
「仲有、結婚相手やる?」
「へえっ!?えっ、いや、いやあ!むっ、無理だよ俺なんか、たまちゃっ、かぐや姫に釣り合うわけないよ!だめだよ、そんなのだめだ、俺なんかじゃ!」
「すげえ嫌がられた」
「やめようか」
「……そ、そこまで嫌というわけでも……」
「なに?」
「な、なんでも……」
「じゃあ全員婿候補っていうのはどう?」
朔太郎くんの提案に、多くね?取り合うってこと?とざわついた男たちでしたが、話し合ってみればそれはそれで効率がいいような気もしました。誰かのヘマを誰かがフォローできる、という意味で。
「じゃあ配役決めますかね」
「おー」

時間が流れるのは早いもので。婿候補(仮)の頑張りの甲斐あって、パチモンの宝物も無事完成しました。月との連絡を取っていた仲有くん曰く、今日の夜、満月を背に帝が現れる、と。どんな奴でもやってやるぞ!と意気込んでいるたまちゃんと、自分が手がけた自慢の皮衣にうっとりしている都築くんと、欠伸をしながら鉢を適当にぶら下げている航介くんと、頭の上に球を乗せてバランスを取ろうとしている朔太郎くんと、燕の子安貝の代わりにその辺に落ちていたあんまり綺麗ではない貝をいくつか抱えている瀧川くんと、きらきらしている枝をまるで本物の宝物かのように捧げ持ってド緊張している仲有くんなので、ちぐはぐにも程がありました。ちなみに、真希ちゃんと灯ちゃんが木の陰から野次馬しています。
「俺のだけしょぼくない?貝」
「どんなもんか分かんないんだから適当な貝でいいんだよ」
「仲有のとかめっちゃ綺麗じゃん。交換しようぜ」
「い、いやだ!」
「仲有が大きい声出した」
「瀧川うるさーい」
「なんで俺だよ!」
「あ、なんか暗くなってきた」
「登場すんじゃね?偉い人」
「おっしゃ来ーい!」
月を雲が隠した時、ふっと辺りは暗くなりました。どこからかふわりと舞い上がった金色の欠片に、柔らかな月の光とは違う、硬質な光が散ります。顔を強張らせたたまちゃんと仲有くんに、残りの四人にも緊張感が走りました。緩やかに、一本の筋に纏まっていく光の真ん中で、ゆっくりと人の形が描かれていきます。
「……よい、しょ」
まるで踊るように、ふわりと地上に降り立ったのは、男一人でした。柔らかな声に、誰も動けない中、たまちゃんが一歩前に出ます。敵意剥き出しの彼女の態度に、仲有くんが飛び出しました。
「みっ、神子様、月の姫を迎えにいらして頂きまして、御足労に感謝致します」
「うーん、こんばんは。俺、月の人とも地球の人とも、会うのは初めてなんだ」
だから荒事にするつもりはなくて、とやんわり困ったように微笑んだ男の周りから、金色の光がかき消えて、月の光が帰ってきました。茶色の髪と優しげな笑顔に、たまちゃんを庇うように立った仲有くんが、目を泳がせました。帝様は、と小声で問いかけた彼に、にこにこしている男は、答えました。
「父上は、置いてきました。俺の妻になる人なのに、俺が会ったことがないのはおかしいし。それに今日は、かぐや姫に話があって来たんです」
「あ、あたし?」
「はい。その前に、自己紹介を」
仁ノ上和葉と申します。笑顔を絶やさない和葉ちゃんに、その場にいた地球の人は全員一致で思いました。
絶対モブキャラじゃない。

「単刀直入に言うと、結婚云々は父が一人で言い出した我儘です。俺にはそんなつもりはありません」
「そ、そうなの?」
「うん。彼女いるし」
「彼女いんの!?」
「俺たちのこれは!?」
「宝物なんだけど!」
「駄々捏ねるつもりだったんだけど!」
「えー……そう言われましても……」
ぎゃあぎゃあと文句を言う男たち、主に都築くんと朔太郎くんと瀧川くんに、和葉ちゃんは困ったように笑いました。たまちゃんは、そっぽを向いて口笛を吹いています。どうしてしっかり話をしなかったんだ!そもそも会ったこともないとはどういうことだ!と叱られた挙げ句の果てです。しかしながら、あれだけごねていたのを見ている分、拗ねるたまちゃんの気持ちが分からないわけでもない四人は、まあ複雑でしたが。
「じゃあ、駄々こねてみます?あんまり意味無いですけど……」
「ええと……」
「どうする?仲有」
「えっ、えぅ、つ、都築」
「……とりあえず説明すると、宝物があるんですよ。月で伝わる婚礼の儀みたいなものに使われる」
「はい。聞いたことがあります」
「それを!なんと俺たちが見つけました!ばばーん!どうだー!」
「わあ、すごいです!見せてもらえますか?」
「えっ、あ、はい……」
「綺麗な球ですね。これは?」
「……………」
「こっち見んなよ」
「あの朔太郎の顔よ」
「ああやって温かく受け入れられたことないから……」
「あの子いい子だな」
これを見せて駄々捏ねるつもりだったんですよね、とそれぞれに提出した偽物の宝物に、和葉ちゃんは一つ一つ目を輝かせてくれました。瀧川くんの汚い貝に関しては、それを手に入れるにあたってのエピソードでどうにかしました。どう見ても良い人の和葉ちゃんに嘘をぶっこいている事実に五人は胸が痛みましたが、言い出したもんは取り返しがつきません。実はこれらみんな偽物でーす!なんて言おうものなら、彼は悲しげな顔をするだろうからです。
「それで?和葉くんは、この人を娶るつもりはないんだ」
「この人って言うな!姫だぞ!」
「はい。彼女に怒られました。なに考えてんだって」
「それはそうよな……」
「ですので、父がご迷惑をかけました、とお詫びに来ました」
「……別に」
「つんけんしない!」
「こちらこそごめんなさいって言いなさい!」
「都築くんと朔太郎くん、こういう時ばっかり身内面するー!おじいさんおばあさんの立ち位置だからって!」
「かぐや姫も、こんなところまで逃げて来て、大変だったでしょう」
「そうでもないですー、楽しいですー」
「かぐや姫のくせに、年下相手に大人気ないぞ!」
「一つしか変わんないし!かぐや姫だって人の子だし!」
やいのやいの。どこからどう見ても恐らくはモブキャラではない和葉ちゃんをそのままとっとと追い返すわけにもいかず、その晩は宴会になりました。そんなこんなのうちに、ぎすっていたたまちゃんと和葉ちゃんの仲も、滞りなくなり。
「じゃあ、帰ります」
「えー!早いー!」
「かぐや姫には本当にご迷惑を」
「そんなのどうでもいいから、彼女さんにもよろしくねっ、今度月にも二人で遊びにおいでねっ」
「いつかそうさせてもらいますね」
「仲良くなんの早くない?」
「あれだけ敵意剥き出しにされてて許す和葉くんが偉いよ」
「絶対モブキャラじゃない」
「むしろあっちのがメイン」
「うるさいなー!男!」

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