このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

かぐや姫



むかしむかし、あるところに。
「暇だね、ばあさん」
「そうだね、じいさん」
「竹なんて知識のない奴が人力でどうこうできるわけないじゃん。俺の装備何か知ってる?」
「出刃包丁」
「怖い!違うよ!園芸用ハサミ!」
「そういうものはまだこの時代には存在してないぞ!」
「えー、朔太郎そういう細かいこと言う」
「俺だって、全自動洗濯機がないから、わざわざ川で都築のパンツを洗ってやってるんだ!」
「川でパンツ洗われたくないな……」
「まあ自分のは綺麗な水でやってるけど」
「てめえ!」
竹取翁と呼ばれるおじいさん、ということになっている若くてぴちぴちでイケメンな都築忠義くんと、おばあさんだからなのか桃太郎と間違えているのか川に毎日せっせと洗濯に行っている、これまたぴちぴちに若くてまんまるお目目で可愛い顔をしている辻朔太郎くんが、いました。二人はおじいさんとおばあさんという役柄なので、勿論二人で暮らしていました。おばあさんの朔太郎くんが女の子を引っ掛けて帰らない夜には、おじいさんの都築くんもしめしめと趣味の男漁りに遠くの村までひとっ飛びする、しかもそれがお互いそれなりにばれない程度の距離感を保ちながら、まあなんとか二人で暮らしていました。
「おいババア」
「……都築、合法的に俺をババア呼ばわり出来る航介の目を見て……あんなに輝いてる……」
「細くて見えねえわ」
「はっははははうける」
「殴られたいならそう言って」
「すいません」
「嘘です」
二人で暮らしていました、といっても、隣の家の航介くんや、隣の隣の隣の家の瀧川くんなどに、いろいろと寄生している状態でしたが。お互い助け合わないと生きていけないのです。小さい村なので。もっと東の方に行くと、青いイケメンとか黒くてベリーキュートでスイートな悪魔とかがいる、大きな発展した街があるのですが、そこは今回の話には関係ありません。なんなら、この小さな村から大きな都会へ高飛びしてしまった弁財天当也くんも、今回の話には出て来ません。
「ええ!そんな!」
「都築何にショック受けてんの」
「分からん。この人時々変な電波受信するから怖いんだよね」
「へえ」
「やる気無くした!おじいさんやめる!ねえ!ちょっと!」
「誰に向かって話してんだろうな」
「怖いよねー。都築、お饅頭食べちゃうよ」
「駄目!」
お饅頭を食べ終わったら、日課の竹取の時間です。竹なので、ちっちゃい園芸用ハサミでちょん切れるほど柔なもんじゃないのですが、毎日懲りずに挑戦していました。敗北の日々でしたが。しかし、この日は違いました。
「これやるよ」
「うわー、鉈だ」
「親父が隣のじいさんに貸してやれって。見てらんねえって」
「ありがとー」
「竹切ってお前なにすんの?」
「分かんない。ただ切りたい」
「じゃあ俺はお洗濯に行ってこよー」
「俺のパンツは川で洗わないで!」
「それはどうかな!」
隣の家から借りた鉈を片手に、都築くんは竹林へ向かいます。竹林と書いてちくりーん、と歌いながら向かうので、周りからはちょっとアホだと思われていましたが、そのアホが鉈を持っているので、誰も何も言いませんでした。竹林の中で鉈を片手にうろうろしていた、どちらかと言うと不審者寄りの都築くんは、突然光り輝いている怪しい竹を見つけました。
「おっ!光ってる!ラッキー!」
ラッキーでもなんでもありません。びっかびか光っているので、怪しいと思えるなら逃げるべきです。ただ残念なことに、都築くんには怪しいとは思えませんでした。光ってるから固いかな、と意味もなくそう思ったので、思った通りに鉈を振り回した都築くんは、おいでませと言わんばかりに勝手に折れた竹のせいで、すっ転びました。鉈は手から飛んでいったので、怪我はしませんでした。
どれどれ、サイリウムでも入ってたのかな?と能天気な都築くんは、覗き込んで驚きました。なんと、人間が入っていたからです。竹に入るくらいの人間となると赤ちゃんになるわけですが、まあそこはうまく縮こまっていたということで、普通に普通のサイズ感でした。
「やっぴー」
「お、おう……すごいナチュラルに馴れ馴れしい女の子が出てきた……」
「都築くん」
「女の子が話しかけてきた!しかも俺の名前を知ってる!」
「月から来ました、かぐや姫です」
「はあ」
「住まわせてください」
「は!?」
「結婚相手を見つけるまで帰れません」
「待って!」
「遅ればせながら、高井珠子と申します」
「あっ、はい」
「そういうわけで!よろしくお願いします!」
「だから待って!」

「というわけで、女の子を拾いました」
「おなしゃす!」
「いいんじゃん?」
「朔太郎は軽いなあ……今後のことを一切考えてない……おじいさんはこんなに不安なのに」
「まあそれなりにかわいいし」
「やだー!さくたろくんったらあ!」
「ぉえっ、ぐ、ぃ、いいパンチ持ってる……」

竹から出てきたかぐや姫、もとい高井珠子を拾った都築くんと朔太郎くんは、まあ一人増えたところで、と言った感じで適当に暮らしていました。かぐや姫のたまちゃんは何故か村人の名前を普通に知っていたため、馴染むのがめちゃくちゃに早かったので、特に気を揉む心配もありませんでした。
「行ってきまーす」
「どこ行くの」
「まきちゃんとこ」
「お団子屋さんの?」
「うん」
「たまにはおばあさんのお洗濯手伝ってよー」
「いいけど、この前もう二度と頼まない!って言ってたから、もう手伝わない方がいいのかなーって」
「だってあの時は都築の靴下を片っぽ川に流しちゃったから」
「そうだっけ」
「あれ!?俺の靴下が一個ないのってそのせいなの!?」
「ごめえん」
「い、よ、よくはないよ!いいよって言いそうになったけど!」
とまあ、こんな感じでふわふわと過ごしていました。なので、当初の目的を忘れていました。「結婚相手探し」です。夜も更けて、まんまるお月様を見上げたたまちゃんが、げえ、と顔をしかめました。縁側で同じくお月見をしていた都築くんが、首を傾げます。
「あ。やべ」
「どうしたの」
「都築くん、ちょっと」
「なに?」
「ちょっと後ろに離れて。怪我するから」
「どうしたの」
「もうちょっとこっちまで来ないと」
「どうしっ、ぎゃわあ!?」
どかあん!と音を立てて降ってきた牛車に、都築くんは悲鳴を上げました。たまちゃんは、くそー、やりやがってー、と歯を食いしばっています。口ぶりからして、どうも知り合い、もしくはこうなることがわかっていた様子です。都築くんは、珍しいことに、その場でただ一人置いてきぼりにされています。しばらくして、ぼろぼろになった牛車の中から、へろへろの手が出てきました。
「……た、たすけ……」
「ちょっと!誰かいるよ!」
「ほっといて」
「知り合いなんじゃないの!」
「ほっといていいよ、月の人間はあれぐらいじゃ死なないから」
あたしも竹の中に入ってたけど全然元気だったでしょー、と言われて、まあ…と頷きかけた都築くんでしたが、へろへろしていた手がぱたりと落ちてしまったので、焦って助けに入りました。ぶっ壊れた牛車の中から助けを求めていたのは、同い歳くらいの男でした。
「知り合いでしょ?」
「知らん人。見たこともない」
「嘘だっ!」
「鉈を持ってる人がそれを言うのはちょっとばかし昔を懐かしませるから止した方がいいよ」
「なんて!?」
なんてくだらない話をしている内に、目を回していた男が意識を取り戻しました。ものすごい勢いで落ちてきた牛車の中から助けだしたのに擦り傷程度で済んでいる時点で十二分に不審なのですが、光り輝く竹に食いついた都築くんなので、別になんとも思っていませんでした。何も考えていないだけです。隣の家の航介くんなら、かぐや姫を発見する段階から疑り深く慎重に行くでしょう。何も考えていなくても全てがなんとなく上手く行くあたりに、世の中やっぱり顔なんだなってところが透けて見えますね。
「はああ……死んでしまったかと……」
「おはよう」
「ひっ、すいません!ごめんなさい!弁償しますから!」
「なにを?」
「自分が壊したあたしの牛車じゃない」
「かぐや姫の牛車なの」
「うん。名前書いてある」
「ほんとだ……」
下手くそなカバの横に「☆かぐや☆」と幼女のようなフォントで書かれているのを発見した都築くんは、このカバは誰が書いたの?とうっかり聞いてしまったせいで、たまちゃんに怒られました。曰く、カバじゃない!猫!キャット!だそうです。
意識を取り戻した男があまりにも延々と平謝りなので、都築くんも哀れに思い、お茶を出して家に上げてやりました。土埃と木の欠片にまみれた男は、ごめんなさいごめんなさい、とぺこぺこしながらおじいさんとおばあさんの家に上がります。たまちゃんは不服そうな顔です。どこからどう見ても知り合いですが、絶対に知り合いだとは言いたくないようでした。
「ええと、まず、かぐや姫がお世話になってます……」
「ふん」
「はあ、まあ、家無しじゃ可哀想だし」
「俺、ええと、俺もかぐや姫と同じで、月から来ました」
「え?月から来たの?」
「自己紹介の時言ったじゃーん!都築くんったら!」
「朔太郎も多分忘れてるよ、そんな設定」
「それで、かぐや姫にも、そろそろ月に帰って来てほしいなあって、そんな話が出て」
「えー。やだもん」
「どうして?」
「帝様が、しびれを切らして……」
「あのおじさん知らん人だし、結婚相手が見つからなかったら自分の息子と結婚さすとか言って、息子だって知らん人だし、モブキャラなんだもん」
「瀧川のこと?」
「瀧川くんよりもモブだよ」
「じゃあやめときな」
「……ええと……」
「あ、ごめん。月の人、続けて」
「仲有です……」
「仲有。続けて」
話の腰を折りまくる都築くんとたまちゃんのおかげで、要領を得ない説明だったので、仕切り直すことになりました。仲有、と名乗った月から来た男は、訥々と話し始めます。
彼曰く。たまちゃんは月の世界のお姫様で、自分はその従者で、たまちゃんと長いこと一緒にいた。月の国は平和で、のんびりだらりと暮らしている人ばかりで、小さいながらも国民が仲良しな素敵な国なのだけれど、しかしながら、たまちゃんが結婚できる年齢になったと同時、月の国を狙う他国から、外交結婚を迫られているらしい。のろりくらりと躱していた彼女とその周囲だったけれど、今回結婚という名の外交条例を締結しようとしている国は月の国とは比べ物にならないくらいの大国で、そんなところと戦争にでもなったら、月の国はぼろぼろになってしまう。そしてたまちゃんは、大国の帝に自分で言い放った。「何も関係ない、他の星と外交を結ぶだけの力もない地球で、運命の結婚相手を見つけて、もしもその人と結ばれたら、貴方には諦めてもらってもいいですか」と。帝はそんなことは無理だと笑ったそうだ。明らかに馬鹿にして、笑ったそうだ。だって、月の人間と地球の人間じゃ、見た目こそ同じであれ、スペックが全然違う。隕石みたいな勢いで落下して来て怪我無くぴんぴんしてるのが、いい例だ。そんな女が結婚相手だなんて、どうかしてる。ましてや自分たちの星以外にも人が住まう星があることすら知らない、未だ嘗て宇宙間の外交に参加すらできなかった地球で、相手を探すだなんて。げらげら笑う帝に、たまちゃんは啖呵を切って来たらしい。そんな長いことかかんねえよ首洗って待っとけ!って感じで。
「……それで、帝様が、しばらく待った、もうそろそろお姫様も諦めはついたか、って」
「そう言えって言われたの」
「……うん……」
「はーあ!」
当てはありそうなの、と不安そうに問いかける仲有くんに、たまちゃんは無言でそっぽを向きました。当てなんてありません。運命の結婚相手だなんて、適当な人を誂えたところで言い逃れることは出来るでしょうけれど、それは手のひらを返せば、本当に愛している人と結ばれたいと望んで帝に申し出たとして、この人は運命ではないと決めつけられて仕舞えば、そこでおしまいだということなのです。自分が言い出したことながら、なんて詰めが甘くて、なんてどうしようもない逃げ道なのだろう、とたまちゃんはぼんやり思いました。時間制限が来たら、そこで強制終了の逃避。今度は、運命を証明するものを探せ、と駄々をこねればいいのか、と口を尖らせたたまちゃんが、いいことを思いつきました。
「あ!」
「え、ど、どうしたの」
「ぐう」
「都築くん!起きて!こっちの話に巻き込んだことは悪かったと思ってる!でもあたし、ここにいたいの!」
「……起きてる。さすがにここで寝るほど心臓に毛は生えてない」
聞いちゃいけない話だといけないから寝たふりしてただけだよ、と目を開けた都築くんの背後で、元気なただいまと共に朔太郎くんが帰って来ました。がやがやと聞こえる声は三人分。どうやら、航介くんと瀧川くんもいるようです。
「人数は多ければ多いほうがいいの!ほら、全員集合!特に男!」
「なになに」
「またなんかやらかしたのか」
「やらかしてる途中みたい」
「やらかしてなーい!仲有、もっかい説明、最初から!」
「ええっ!?」

1/3ページ