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パロディー



荒唐無稽設定
要約:有馬はるかの概念が好き





同じクラスの、有馬さん。特に関わったこととかなくて、友達の友達とかですらなくて、「クラスメイト」って言葉が一番当てはまる。高校一年生の一番最初の自己紹介で、一番に起立した彼女は、花丸百点の太陽みたいな笑顔で、にぱーっと笑って自分の名前を高らかに宣誓したから、名前だけは覚えている。まさか二年生になっても同じクラスとは思わなかったけれど。
制服の上に羽織ってる青いジャージ。茶色よりも明るくて金髪よりは暗い色に染められた髪。履き古した運動靴。ぺったんこの鞄。落書きだらけの上履き。友達に囲まれて、いつだって笑顔で、彼女が口を開くと周りが華やかになる。いつも教室の端っこで、いるのかいないのか注目しないと分かんないレベルの私とは、何もかもが違って、雲の上とかそういう次元じゃなくて、そもそもにして立ってる場所が違うんだろうなって、ずっと思ってた。
「……、」
あ、って思った。有馬さんが前から来て、友達もたくさんいて、私はそっと廊下の端に避けたのだけれど、避けきれなくて、男の子とぶつかってしまった。その拍子に運悪く、私のヘアゴムが切れてしまって。ああ、悪い、と片手を上げて謝って通り過ぎた男の子は、多分それには気づいていなくって。大ごとにしたくなかったから、大丈夫です、と小声で呟いて、顔を俯けた。ぱさりと長い髪が落ちて来て、くるくるでふわふわのそれはずっとコンプレックスだったから、早くまとめないと、ヘアゴムの替えはあったかな、とぼんやり思う。一歩踏み出そうとした時、きゅ、と上履きの鳴る音がした。
「あ!これ使えよ!」
「ぇ、」
「はいっ!」
駆け足で戻って来たらしい有馬さんが、自分の髪を結んでいた水色のシュシュを、私に握らせた。こんなんでごめんな、趣味じゃないだろ、と困ったように笑われて、言葉に詰まる。なんだなんだと戻って来た友達に、お前のせいで髪の毛解けちゃったんだよ!とパンチした有馬さんが、また私の横をすり抜けて、去っていく。私、まだ、お礼も言ってないのに。



結局、返せないままの水色。家まで持って帰ってきてしまったそれをぼんやり眺めながら、渡しに行かなきゃいけないのは分かってるけど、直接渡すってことはもう一度正面切って向き合うってことで、有馬さんはいつもたくさんの友達に囲まれてるから、ハードル高いなあ、と思う。でも返さないと。貰ったわけじゃないんだし。
次の日、できるだけ有馬さんが一人になる時間を伺ったんだけど、あんまり無かった。他人の前でこれ返したら、なんで?みたいになるんだろうな。有馬さん、きっと説明めんどくさいだろうな。私みたいなのに貸すなんて、最初からしなければよかったのに。優しいから、友達もたくさんいるのかな。頭の中は言い訳でぐるぐる回って、そんなことをしている間に、放課後になってしまった。今日は返せなかったってことでいいか。明日返そう。明日、
「なあ」
「……………」
「あのさー、相談があるんだけど」
「……?」
どかり、と音を立てて前の席に座った青色に、後ろを向く。私、一番後ろの席だから、人はいないはずだけど、間違えたのかと思って。でもやっぱり誰もいなかった。じゃあ隣か、と思ったけど、隣の席も、ついでに斜めの席も、両方男の子なんだけど、部活にとっとと行ってしまったようで、鞄すらなかった。
「おーい、聞いてる?」
「……………」
「弁財天さんに相談があってさあ」
「……はっ!?」
「お、おう」
まさか自分に話しかけられてるんだとは、思ってもみなかった。ずっと無視してしまった形になる、本当に申し訳ない。我ながら素っ頓狂な大声で椅子を引いた私に、目を丸くした有馬さんが、そんでさ、と私の机に頬杖をついた。なんで、私に、突然。シュシュ早く返せってことか、だったらすぐ渡そう、なんで有馬さんとあの暗くて地味な子話してんの?ってならないうちに返そう。鞄にしまっていたシュシュを有馬さんに突き出せば、驚かせてしまったようだった。
「ああ、うん。これはこれとして」
「こ、これは、これとして?」
「弁当に相談が」
「べんっ、えっ?」
「苗字と名前の頭取ったら弁当だろ?長いんだよ、苗字」
「え、あ、すいません……」
「だから、弁当に相談が」
「私じゃなくても、ええと、有馬さんにはお友達がたくさん」
「あー!まだるっこしい!お前に頼みがあるっつってんの!」
「……ひえ……」
周りの人が、クラス1の人気者の大声に、こっちを見はじめた。私が彼女を怒らせたなんて思われたら、明日からどんな顔して学校来たらいいんだ。怖い、怖すぎる、一人で細々と静かにのんびり学校生活を送りたい。特に誰にも関わって欲しくない。友達たくさん欲しくない。幼馴染二人だけで充分だ。
「ぁ、あ、あの、しつっ、失礼します」
「は!?おい!待てこら弁当!」



とっさにその場から逃げてしまった。しかし、同じクラスである。高校二年生が始まってまだ二ヶ月も経ってないのに。有馬さんとはもう二度と顔を合わせられない。どうしよう。お腹痛くなって来た。有馬さんは、しばらく追いかけて来て、必死になって逃げ込んだ図書室で彼女を撒いて、さらに追いつかれないように、人のいなさそうな校舎の端まで逃げてきた。賑わっているはずの校舎内で、話し声もしない。辛うじて聞こえてくるのは、遠くから響く部活の喧騒だけ。ここまで来たなら平気だろう、と肩を撫で下ろしたから、どかどかと足音が聞こえた時には凍りつくしかなかった。
「てめえ!捕まえた!」
「……ひ……」
「よくもまあこんなとこまで逃げたな……」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「もー、ぺこぺこすんなよ。別に怖がらせたいわけじゃねえのにさ」
手を掴まれて、顔を上げられずにいると、あのなー?と覗き込まれた。びっくりして飛び上がると、思ってたよりも面白い奴、なんて笑われて。窓から射し込んだ西陽が有馬さんの髪の毛できらきらして、綺麗だった。
「相談っていうのがさ。今度の調理実習のことで」
「……はい……」
「同じグループじゃん?あたしたち。それで、でもあたし料理とかしたことなくてさ、弁当っていつも、自分で昼飯作って来てるだろ」
「な、なんで知って」
「聞きかじった。それで、その時いろいろ助けてほしいなーって思ってて」
「……それは、いいですけど……」
「ははは、そんなことが相談?って顔に書いてある」
「そ、そんなこと、ないです」
「んや、そんなのは建前だな。ただちょっと、お前と仲良くなりたかっただけ。だからここまで追っかけて来ちゃった」
「……なか、よく……」
「ん!」
にっこり、いつもならみんなに向けられる笑顔を、私だけに向けた彼女に、私は分かりやすく真っ赤になって、その瞬間きっと恋に落ちた。握られた手が熱くて、溶けてしまいそうで。二人だけの静けさの中、自分の心臓の音だけがうるさかった。
「シュシュ貸して良かったーって思ってさあ。きっかけ?みたいなのないと、お前喋ってくんなさそうだし」
「そう、ですか」
「一緒に帰ったりしていい?」
「……でも、有馬さんは、お友達がたくさんいるじゃないですか……」
「えー、いいよ、弁当と帰るって言えば付いて来たりしないよ」
「いっ、いいです、お友達と帰ってください、私のことはほっといて、調理実習は上手くやりますから」
「だからそれは建前なんだって。お前、甘いもの好き?駅前に新しく出来たクレープ屋さん食べに行かね?」
「それはいいんですけど、あの、お友達の誘いを私のせいで断るのは」
「じゃあ今日の帰り、二人で行こうな」
「聞いてくださあい……」
「あと敬語やめろな、タメだし」



そして、まあ、夏になりまして。
有馬さんは、さん付けするほど敬意を払うべき相手ではないともはっきり分かったし、敬語はいつの間にか抜けてしまったし、有馬の友達は有馬が引っ張って来た私のこともすんなり受け入れてくれた。まあ、そんなもんなんだろう。身構えている程のことは大概の場合起こらないし、なるようになってしまうのだ。あちー、とトレードマークの青いジャージを腰に巻いた有馬が、私を見て言った。
「弁当さー、髪の毛もうちょっとかわいくしたらいいのに」
「……なに、急に」
「野暮ったいんだよなー、1つ結び」
「有馬のジャージよりマシ」
「んだと」
「……髪の毛短くすると、広がっちゃって手がつけられなくなるし、括った方が楽だし」
「ふーん」
「夏は暑いし……」
「じゃあ、夏が終わったら髪結ぶのやめて、下ろそう。な?」
「や、やだよ」
「いいじゃん。そっちのがかわいーよ」
「かわ……」
「なー?」
こてん、と首を傾げられて、逆らえるわけもなく。夏が終わったら、なんて条件をすっかり忘れていた私は、次の日から現金に髪の毛を下ろしてきて、有馬が大喜びした。でも暑くねえ?もっと涼しくなってからでも良かったのに、と続けられた言葉に、はっとしたくらいだ。一頻り喜んだ有馬が、私の髪を触りながら、口を開いた。汗かいてるからあんまり触らないでほしいんだけどな。
「あれ持ってないの?髪の毛まとめるやつ」
「なにそれ」
「あれだよ、あれあれ」
要領を得ない有馬の「あれ」を探しに、その日の放課後は寄り道することにした。駅ビルでうろうろして、どうやら「あれ」はヘアバンドらしいってことが分かって、有馬がかわいいって言ったやつを買った。それから一緒にアイスを食べて、服屋さんをちょっとだけ回って、プリクラ撮ろうって言われたから、断った。そしたら有馬は拗ねたけれど。
「明日それつけてきて」
「……学校にはつけていかないよ……」
「やだー、つけてきて。ねっ」
「……やだ」
「やだがやだ。ねっ、弁当」
両手の平でほっぺを挟まれて、いやだよ、と口を尖らされたまま呟いた。こんなことですらこっちはどきどきするのに。駅の前で、さよならする前にちょっとだけ話してる時間が、永遠に続けばいいとすら思うのに。不毛だ。女の子同士で、叶うわけのない恋。そんなことは分かってる。けど、自分じゃどうしようもないんだから、仕方ないじゃないか。
有馬は気づいているんだろうか。真似をしてらしくもなく買った地味なシュシュを、時々つけてみていること。ちょっとでも近づきたくて、鞄に貴女が好きなキャラクターのキーホルダーをぶら下げていること。色付きのリップを塗るようにしてみたこと。少なくとも貴女の前では目を伏せないようにしていること。体育がある日はちょっとかわいい下着をつけるようにしていること。運動靴の紐を柄付きのものに変えてみたこと。みんな、ほんとちょっとのことだけれど、有馬のおかげで変わったことだ。じゃあね、と手を振られて、無意識に笑顔を浮かべて手を振り返してしまうのだって、今までの私だったらしなかった。相手が貴女だから。好きだから。きっと、この先ずっと、何があっても。



次の日。
「……有馬。つけかたが、分からなかった」
「お前のそういうとこ、ほんと……」
「え?」
「なんでもない。弁当はかわいーなーって話。つけてあげるから後ろ向いて」
「かわいくない」
「後ろ向いてって」
「ねえ」
「後ろ!」
「はい」
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