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アラジン



それから、数日。
「……んん……」
「アラジン、外が騒がしいぞ。見に行ってきてもいいか」
「ふああ……ん、どうぞ」
「行ってくる!」
「ちゃんと人間のふりするんだよー……」
「分かってる!」
朝の光とジーニーの声で目を覚ました朔太郎くんは、窓から外を見下ろしました。空を飛ばずに道を駆けて行くジーニーは、人々に紛れるようにそれらしい格好をしています。人間に興味があるらしい魔人様は、しょっちゅう人に紛れようとするのですが、如何せん世界と離れすぎていたので、不意に魔法を使いすぎるきらいがありました。
確かに、街はいつになく活気に満ち溢れていました。小野寺くんは警護の仕事で朝早くに出て行きましたが、朔太郎くんは、今日はお休みです。だって今日はいよいよ、第一皇子と第二皇子が国王陛下になる、戴冠式なのですから。それを、思い出すまでもなくはっきりと覚えている朔太郎くんは、ぼんやりと体を起こして溜息をつきました。
「……………」
きっとこの街の殆どの人は、戴冠式に行くのでしょう。ジャスミンがついに本物の王様になるところを見て、新たな国王陛下に祝福を捧げるのでしょう。祝う気になれない朔太郎くんは、自分は行くべきではないな、と分かっていました。愛想笑いをみんなに振りまいて、本当は王様なんて嫌だと思っていることをみんなに言えないジャスミンを、国民として段の下から見ることは、とても残酷だとすら思いました。活気に溢れる騒つく街を締め出すように、窓を閉じて布団を被りました。
いつかまた二人で会えたら、その時は真名で呼んでやるんだ。古くからの友達みたいに、ふざけあってからかって、笑ってやるんだ。そう心に誓いながら、朔太郎くんは目を閉じました。

ところ変わって、戴冠式の会場では、皇族が式典に出席する時にしか着用が許されない煌びやかな服と装飾に身を包んだ、皇子二人と大臣がいました。もっとも、ジャファーはふて腐れていて、ジャスミンはそのフォローをしていましたが。
「嘘つき」
「ほんとなんだって、俺の友達が言ってた」
「運命の人とか言ってたから、お告げの夢で見た人があのアブーとかいう男なんだと思ったのに」
「何かの手違いがあったんだ、きっと。アラジンも、らしくない格好をしていたから」
「手違いってなに!攫われる攫われるって厳重に守られて結局何にもなかった俺の身にもなりなよ!」
「……ふふ」
「なに笑ってんのさ!」
堪え切れずに笑った第一皇子に、ジャファー大臣が切れました。数日前、ジャスミンがジャファー大臣の誘拐計画を兵士たちに伝えた後、お城の中は大混乱でした。蟻一匹入り込めないくらいに警備は堅くなり、ジャスミンはちょっとはらはらしました。しかし、ジャファー大臣は何故か逃げも隠れもせず、きちんと身なりを整えて、王宮の自室でじっと待っていたのです。ジャスミンが理由を問えば、昔々からずっと欠かさず定期的に見る夢がある、それは所謂お告げの夢で、顔だけが見えない男に自分は手を引かれて、国を出て行くのだ、とジャファーは答えました。きっといつかその通りになるのだろう、その相手が迎えにきてもし自分の手を取ったならば夢の通りについていこう、そうジャファーは決めていたそうでした。だから、攫いにくるなら攫いに来いと、構えていたのです。しかしながら。
「来ないとか……」
「大っ嫌いだ!あんな奴!」
「絶対何かあったんだ!今日の戴冠式にはこの辺りに住まう人々が集まるんだから、探してみたらいいだろう!」
「探すに決まってんだろ!探して見つけて、首根っこ取っ捕まえて矢の的にしてやる!」
「ははは」
「だから笑ってんじゃないっての!」
「お前があんなに抵抗したから、アブーだって攫いに来るのに嫌気がさしたんじゃないのか」
「初対面で抱えられて引き摺り回されたら抵抗もするわ!だから二回目があったら無抵抗でついていってやろうと思ってたんじゃん!ああもう!」
そんな騒がしい三人のことなど、国民は知りません。ついに戴冠式が始まり、見物客の中にジーニーも上手く混ざることに成功しました。しかし残念なことに、恐らくはこの場でたった一人だけ、ジーニーはここでなにが起こるか知りませんでした。祭りかな?くらいにしか思っていません。盛大に楽器が奏でられ、先に立って出てきたジャファー大臣が、深く一礼をしました。その後から出てきた二人の皇子を見て、ジーニーは叫びました。
「あー!俺の心臓!愛しの御子!」
「え、」
「息災そうで何よりだ!さあ、約束通り、二人で世界を見に行こう!」
「えっ、え、なに、わああ!?」
人に紛れていたジーニーは、変化を解いて元の姿に戻り、第一皇子を抱き上げて宙を舞い上がりました。同じくらいの背丈の男が目の前に突然現れ、自分を引き寄せ空中に立った事実について行けず、目を白黒させて悲鳴を上げた第一皇子を見て、ジャスミンはぽかんと口を開けて見上げ、ジャファーはその青い衣と金の髪に思い当たる節がありました。
「……青の魔人、ジーニー……」
「何奴だ!皇子をお守りしろ!」
「あっ、ジーニー!駄目だろ、そんなことしちゃあ!」
国軍の兵士たちの先導を受け、警備兵がジーニーに銃を向けます。その中にいた小野寺くんはうっかり叫んでしまいました。小野寺くんの声が耳に届いたジーニーは、第一皇子を抱えたまま下を向き、ジャスミンとジャファーも階下の兵たちを見ました。突然声を上げた小野寺くんに、言葉の内容が聞こえた周りの兵士も彼の方を見ました。一斉に集まった注目に頰を引きつらせた小野寺くんの髪の毛の先を、閃光のような矢が射りました。
「ひえっ」
「てめえ!そこ動くんじゃねえぞクソ犬が!約束破りの嘘つき野郎!」
「なにっ、なに、じゃ、ジャファー大臣!?」
「穿ち殺してやる!」
ちゅいん、と小野寺くんの耳元を擦った矢は、小さいながら鋭利で、刺されば血が出るレベルの怪我は免れない程度には危険なものでした。髪が逆立つほど力を込めて、周囲に弓矢を投影したジャファー大臣が、鬼のような顔で矢を射ってくるのを必死で避けながら、小野寺くんは逃げ惑い、周りの兵士たちもそれにつられてばたばたと右往左往しています。それを見下ろしてからから笑っているジーニーの腕の中で、第一皇子は今にも気絶しそうになっています。およそ戴冠式とは思えない、阿鼻叫喚っぷりでした。段の下から見上げている国民たちは、呆気にとられる者もいれば、畏まった式などあの二人には似合わないだろうと笑って呆れる者も、この騒ぎに乗じてお祭り騒ぎを楽しもうとする者も、いました。その中をじっと見つめていたジャスミンは、きゅっと閉じていた唇をようやく開きました。
「……青の魔人、ジーニー。貴方は、アラジンを知っているんだろう」
「お?なんだ、お前がジャスミンか。ああ、勿論知っているとも」
「アラジンは、ここにはいないんだな」
「そうだな、家で寝ていたぞ」
「……そっか……」
「会いに行くなら貸してやろうか?」
「はあ?」
「ほれ。一度乗ったことがあるだろう。行きたい場所を伝えれば、何処へだってどんな方法でも使って、連れて行ってくれる。優秀な子だ」
「……魔法の絨毯」
「家にいるぞ。不貞腐れていた」
「はは、なんだそれ」
空間に手を突っ込んで、魔法の絨毯を引っ張り出したジーニーに、ジャスミンは笑顔を返しました。足元に滑り込んできて、さあどうぞ、と言わんばかりに端を翻して誘う絨毯に座り、アラジンの家は分かるか、とジャスミンは柔らかく問いかけました。頷くように一呼吸置いて浮かび上がった絨毯は、怒り狂ってこっちに目もくれないジャファー大臣が放つ矢の雨を潜り抜けて、階下の国民たちを尻目に、勢いよく飛び出しました。きちんと結われていたジャスミンの長い髪が解け、簪が風で飛ばされました。おっと、と片手でそれを受け止めたジーニーは、魂が抜けている第一皇子を抱き直して、にこにこ笑いました。
「さて、忘れたとは言わせないぞ!輪廻する前のお前を思い出すまで、延々連れ回してやるからな!」


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