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荒唐無稽



「ごめんね、ほんとにごめんね」
「いやあ、おれがわるいから」
「でも血止まんないじゃない?」
「うん……」
真っ赤になったまま走って逃げてしまったこーちゃんを追いかけるだなんて、殴られた直後の俺には出来なかった。責任を感じたらしいさくちゃんに保健室まで連れて行ってもらって、止まらない血を拭う。すげえ力、あれ手篭めに出来たら最高なんだろうな、ぐへへ。ふごふごしながらさくちゃんの拙い手当を受けていると、からからと保健室の扉が開いた。
「せんせえー」
「はるかちゃん」
「はるかちゃんじゃねーし」
「どうしたの」
「お腹痛い」
「え?頭が悪い?」
「頭も悪いけど腹が痛いの。先生は?」
「いないみたい」
「そっかあ……寝てってもいいかな」
ベッドのカーテンを開けて勝手に上る彼女は、攻略対象三人目、はるかちゃんである。本人ははるかちゃんと呼ぶと割と怒る。でもはるかちゃんである。ちなみに一応女々しく言い訳をしておくと、「頭が悪い?」と聞いたのはさくちゃんであって俺ではない。
はるかちゃんは、制服をあんまりまともに着ない。いつも青いジャージを羽織っていて、スカート丈は短めで、上履きはへたっぴな落書きだらけ。明るい色に染め上げられた髪を、低い位置でサイドテールにしている。暑い時にはジャージも着ていないけれど、そういう時は腰に巻いてあるので、先輩後輩関係なく「青いジャージの子」って有名だったりして。結構ぱっちりした可愛い顔してるのに、彼氏とかそういう話を滅多に聞かないのが、不思議。体を動かすことが好きで、座って勉強するのが苦手。明るくて誰とでも友達になれるタイプ。部活には入ってないけど、よく勝手に練習や外周に混ざってるらしい。良くも悪くも自由人だ。
「はあーあ」
「どおしたの」
「なんでもないー」
「お薬持ってきたげようか?」
「あんの?」
「あるよー。秘密だよ」
「ちょうだい」
しゃっ、て少しだけベッドのカーテンを開けたはるかちゃんが、さくちゃんに手を合わす。こくんと頷いたさくちゃんが保健室を出て行ってしまって、俺は取り残された。気まずい。体調悪いって言ってるのにあんまり話しかけるのも良くないかなって思って、それじゃあ、と席を立とうとすると、くりんとした目でこっちを見ていたはるかちゃんが声を上げた。
「あっ」
「えっ」
「……生徒手帳忘れた」
「……ああ……」
生徒手帳。保健室を利用する時には、手帳の番号を保健室の先生に見せて、用紙に記入してもらわないといけない。そうしないと、授業に出てない届けが出せないからだ。番号を完璧に覚えていれば手帳はいらないけれど、はるかちゃんが覚えているわけがない。高熱が出ているとか足を挫いているとか、手帳を取りに行けない理由があるならまだしも、腹痛くらいなら自分で取りに行くか、友だちに持ってきてもらうのが普通だ。だって、それがないとサボりになってしまう。目線を泳がせて少し考えたはるかちゃんが、困ったような顔でこっちを見るので、ぐっと親指を立てた。
「まかせて!取ってくるから!」
「……さっすがただよしくん……」
らしくもなく少し顔の青い彼女に、かっこいいところを見せてやりたいのだ。そしてあわよくば好感度を爆上げしたい。よろしく。

「有馬はるかさんの席はどこですかー」
「ここでーす」
ぱたぱたと手を振って呼んでくれたのは、たつきちゃんだ。背が高いから見つけやすい。本人はそれがいまいち、ほんの少しコンプレックスらしいけれど、俺は彼女の背の高さが好きだ。視界が広いって、その分みんなのことを見れるってことでしょ。そういう風に捉えてほしい。そしてみんなの内から俺を単体で見初めてほしい。いずれは幸せな家庭を築こう。冗談。
たつきちゃんは、襟足の長いベリーショートの髪の毛を茶色くして、耳にはピアスが空いた背の高い女の子だ。こう文字にすると、不良少女では?って感じになってしまうのだけれど、至って健康的なスポーツ少女である。制服の代わりとばかりに、体操服を好んで着ていることが多い。ちなみに校則違反ではないので先生も突っ込まない。本人も動きやすいからそれでいいらしい。スカートは苦手なんだって。とっても頑張り屋さんなのだけれど、天性の運動神経とセンスに才能を極振りして、偏差値的には問題がある。はるかちゃんとよく二人で、ぴええってなりながら宿題に追われている。それであの見た目で頭がいい、失礼、見た目通りにお勉強ができるこーちゃんによく見てもらっている。今日は襟足をぴよって結っていて、かわいい。暑かったの?と聞いたら、ふるふる首を横に振られた。
「伏見がやってくれたんだけど」
「だけど?」
「……取っちゃうのがもったいなくて」
似合わないでしょお、としゅんとしてしまったたつきちゃんに、そんなことないよ、と言うけれど、多分お世辞だと思われてるんだろうな。ほんとに似合うって思ってるのに。
有馬の鞄はここだよ、とすかすかの鞄の中を探してくれたたつきちゃんが、生徒手帳を無事発見してくれた。女の子の鞄を漁るのは気が引けたので、助かる。ジュース買いに行くついでに有馬の様子見に行こうかな、と俺に言ったたつきちゃんは、なんだかちょっとぶさいくな犬の小銭入れを持って、付いてきてくれた。さくちゃんはもう薬をはるかちゃんに届けたんだろうか?
「有馬どうしたの?」
「お腹が痛いんだって」
「そっかあ。あったかいものとかいるかな」
「あったかいもの?」
「お腹痛い時ってあっためたらいいんだって」
あんまりお腹痛くならないから分かんないんだけど。そう零したたつきちゃんが、自動販売機の前で立ち止まった。恐らくは自分のものであろう桃のジュースと、あったかいココア。隣を歩いて保健室まで行く道すがら、目線がほとんど変わらないことに気づいたたつきちゃんが、階段の度に一段下を歩いて誤魔化そうとしていた。気にしないって言ってるのにな。
でも、彼女が身長を気にするのには理由があるのだ。別に昔何かがあったとかじゃなくて、今現在進行形で仲良しの友達と自分を比較している、から。そして件の、今現在進行形で仲良しの友達が、前方左側の職員室からひょこりと出てきた。
「あっ、伏見」
「……ん」
振り向いたあきちゃんは、こっちを認識して、眠そうな目を少しだけ輝かせた。俺のことを見てそうなったわけではない。たつきちゃんのことを見てそうなったわけでもない。桃のジュースを見て目を輝かせたのである。
あきちゃんは、校内にひそひそと慎ましやかなファンクラブがあるレベルで、かわいい。人当たりが良くて明るいから、女子男子問わず人気者である。低い身長、細すぎず太すぎない体、整った顔、愛くるしい仕草。彼女と二人きりにされてときめかない異性はいないと専らの評判である。けれど、それはただの化けの皮で、あきちゃんが化けの皮を被っているということを知っているのは、俺含め数人しかいない。なんで知ったかは過去編をどうぞ。ボーナスディスクとかに入ってると思うよ。とにかく、あきちゃんは、かわいくてかわいくてかわいいのだ。それを自分でもよーく分かっているから、尚更タチが悪い。今だって、廊下にいるのが俺とたつきちゃんだけではないってことを知っているから、短くてふわふわの黒髪を揺らして可愛くはにかんでこっちへ駆けてきた。そりゃ勿論非の付け所が無いぐらいかわいい。かわいいがゲシュタルト崩壊しそうなくらいかわいい。駆け寄ってくるなりたつきちゃんの上履きを全力で踏みつけ、突然の痛みに悲鳴を上げて手から取り落とされたジュースをナイスキャッチし、そのままプルタブを開けたりしていても、十二分に、手に余るくらいに、かわいい。
「ありがと」
「……あげるなんて言ってないぃ……」
「飲んじゃったもん」
「……伏見こないだもジュース盗った」
「後で返すから」
「うそつけ!」
涙目のたつきちゃんを軽くいなして、ぷはー、ってまるでCMみたいに美味しそうにジュースを飲んだあきちゃんが、俺の手にある生徒手帳に気づいた。なにそれ、とばかりに片眉を上げられて、これこれこういうわけで、と経緯を説明する。
「じゃあ、届けてあげるよ」
「えっ、なんで」
「弱った有馬なんてレアだから」
「でも俺が頼まれ、」
「ん?」
可愛い顔で凄まれて、いい匂いがする身体を寄せられて、拒否できる男がいるだろうか?いたら俺は尊敬する。俺は拒否できなかった。
ジュースがなくなったことにショックを受けてるたつきちゃんの腕を取って、俺から受け取ったはるかちゃんの生徒手帳をぷらぷら振りながら、じゃあねー、と歩いて行ってしまったあきちゃんを見送りながら、今日は寒かったんだろうか、とぼんやり思う。はしたなくない程度に短いスカートが翻った裾から、ちらっと生足が見えた。ニーハイの絶対領域。おいおい、大サービスかよ。ほんの少し一瞬だけ見えた、ニーハイソックスに締め付けられてぷにってお肉が乗ってる柔らかそうな太腿は、ちゃんと脳みそのハードディスクにロックをかけて保存した。
さて、暇になってしまった。さくちゃんの花壇に行ってお手伝いしてもいいし、やっぱりはるかちゃんのお見舞いをしてもいい。どっちにしろ、どっちかの好感度は上がるだろう。こーちゃんはどこにいるか分からないけれど、朝怒らせたままだから、謝るために探してもいいかもしれない。「怒りすぎた、ごめん……さ、触りたいなら、言ってくれれば、いつでも触っていいのに……」ってスチルが、もしかしたらもしかして、手に入るかもしれない。ものすごい望み薄だけど。ゲームシステム的に、授業中、とかいう区切りはないけれど、時間が経ったら学校から帰らされてしまう。その前に何かやり残したことはないだろうか。
「……………」
足を運んだのは図書室だった。そういえば、一人今日顔も合わせていない攻略対象がいた。ともすれば忘れてしまいがちというか、攻略自体も最難関で垂らし込めない相手なので、後回しにされがちなのだ。でも俺は忘れないぞ。彼女の好感度をマックスまで上げてトゥルーエンドを見ることで、二人以上同時攻略のルートが開けられるのだ。いわゆるハーレムってやつ。ゲームはやり込み派だからね、俺。
「ぁ、わ」
「おっと」
まだ見ぬ彼女を探して本棚の隙間を縫って歩いていると、曲がり角で誰かにぶつかった。ばさばさと落ちた本を拾い集める、俯きがちの彼女を手伝う。レシピ本、参考書、ミステリー、ファンタジー。てんでばらばらな数冊を拾って渡せば、重そうな辞書をすでに抱えながら、ぽそりと呟いて頭を下げられた。
「あ、ありがとう、ございます」
「いえいえ」
「……ぇと、乗せてください……」
「重いでしょ。カウンターまで持っていくよ」
「えっ、いや、あの、えっと、い、いいです」
「貸し出し?返却?」
「……貸し出しです……」
もう一度小声で、ありがとうございます、と零して少し後ろを付いてきた彼女の、硝子に反射した姿を見る。真正面から見据えたら恐らく逃げられるので。
弁財天さんは、あんまり男の子とは喋らない、恥ずかしがり屋で引っ込み思案な大人しい女の子だ。ふわふわくるくるした長い黒髪、細い手足、露出の少ない服装。伏し目がちな瞳から、眼鏡越しに視線を送る。好感度の上がり方は他五人に比べて段違いに遅いし、スチル開放も滅茶苦茶スローペース。攻略しようとしたら、プレイ時間がどんどん伸びるタイプだ。初心者にいきなりおすすめはしない。
けれど、彼女を籠絡することは、他五人の攻略にもつながるのだ。なんでかっていうと、大人しくて物静かな弁財天さんの周りには、何故か騒がしくてぶっとんでるさくちゃんやはるかちゃん、口うるさいこーちゃんが集まるし、外面ばりばりのあきちゃんは弁財天さんの前ならだらだらのふにゃふにゃになるし、あの元気なたつきちゃんですら、弱味を見せて愚痴ったりする。彼女は人を集めるのだ。彼女の好感度を上げることは、すなわち周りの五人から良い目で見られるということになる。それに気づかないと、ハーレムルートを取り逃がす。しかしながら、彼女と幸せになることは、シナリオ上できない。彼女の幸せは攻略者である俺のエンディングとは結びつかないし、逆に俺と結ばれてエンディングを迎えると彼女は特に幸せでもなんでもなくなってしまう。ネタバレをしてしまうと、弁財天さんとのトゥルーエンドは「お友達エンド」だ。難しい。
「随分沢山借りるんだね」
「……自分のだけじゃない、から」
ぽそぽそと小さく答える彼女は、恐らくはまだ俺のことをはっきり認識していない。クラスにいる人、有馬たちが仲良しの人、くらいにしか思っていないだろう。覚悟してろよ、今からがんばって落とすぞ。
貸し出しカウンターに本を重ねれば、小さくお辞儀をして、重そうな鞄からくまのキーホルダーがついた財布を出した。夢と魔法の国のやつじゃん。行ったのかな。なんでまだ見てるんだろう、って感じでそわそわしながらこっちを窺っているので、話を聞きたかったのは山々だけれど我慢して、じゃあね、とその場を離れる。彼女に関しては、ゆっくり焦らず、がモットーだ。数年単位で関わっていかないと。
さて、誰から攻略しようかな。お後はプレイヤーさんにお任せします。ちなみに主人公の名前も変えられますよ。豚とかにすると、あきちゃんに「豚、邪魔」って呼んでもらえるからおすすめ。なんちゃって。
お相手は都築忠義でした。続きはウェブで!



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