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荒唐無稽



突然ですが、もしも自分が主人公体質であったならと思ったことはないでしょうか。
お前みたいなやつが主人公だったら物語が破綻するわって人間もそりゃいるけれど、俺って一応主人公に近いと思うんだよ。ほら、顔は割といい方だと思うし。頭もそんなに悪くないし、女の子にも優しくしてるし、運動神経もまあいい方だと思う。なんでもかんでもパーフェクトな人間が主人公になっちゃったら共感は得られないけど、完璧ってほどまで何かを突き詰めたこともない。主人公、なってみたいよね。世界を救いたいとかそんな大それたこと考えてるわけじゃなくて、主人公をやりたい。だってよく考えてみてよ、主人公になったら周りは女の子でいっぱいだよ。まさにハーレム、よりどりみどり。今だってそうじゃないのかって?いやいや、案外そんなうまくいかないもんです。邪な理由だと思いたいなら思えばいいじゃないか。俺は一回でいいから、のんべんだらりと登校して、いろんな女の子に声をかけられ、フラグを立てられ、誰か一人をモノにするゲームの主人公になってみたい。今だってそうだろうがって瀧川あたりが怒る声がするけれど、現実とゲームは違うんだ、しっかりしてほしい。それに現実の俺は大変歪んだ性癖をお持ちの方々にお世話になっているんだから、そんな主人公がいてたまるか。
申し遅れましたが、都築忠義と申します。

ハーレムもののギャルゲーで主人公について深く深く掘り下げてるやつなんか見たことないので、俺については早送り。別に、実は吸血鬼!とか、実は妻子持ち!とか、実は女の子!とかいう裏設定ないから、安心してほしい。詳しく知りたい方は本編を見てね、ってことで。
ショートカットされた朝を終えて、目を向けるべきは登校風景からだ。ここからもう戦争は始まっている。どの子が可愛いか?どの子との好感度が高いか?どの子のスチルを一番に回収すべきか?ルート解放率が高いのは誰か?などなど、見極めなければならないことはたくさんあるのだ。有象無象のモブ達を掻き分け、攻略対象との出会いポイントにスタンバイする。何が起こるかは知らされていなくとも、ここに立てば誰かと何かが起こるらしいということは知っている。そういうもんなのだ、そういうことにしてくれ。
下駄箱をぱかんと開けたところで、まだプレイ初日、ラブレターが入っているわけでもない。履き古しの靴をもたもた脱いで上履きと交換していると、隣の列の下駄箱がぱかんと開いた。攻略対象一人目の登場である。
「おはよ、こーちゃん」
「おー、おはよう」
「早いね」
「お前がいつも遅いんだろ」
ひひ、と意地悪に笑った彼女の上履きは、履きこなれてはいるけれど、踵がしゃんと立っている。雑破な見た目や荒っぽい口調の割に真面目で繊細なところが透けて見えているようで、好ましいと思えた。
こーちゃんは、肩口までの髪を無理やりひっつめて一つに括って、長い前髪を分けている。女の子らしいとは言えないし、どちらかというと大雑把で見た目のことなんて気にしていないけれど、それでも短い髪を結ぶヘアゴムに小さなお星様や猫の飾りがついていることを知っているのは、この学校で何人いるだろう。数少ない自信はある。制服は割ときちんと着ているけれど、リボンは面倒がってしていないし、スカートの下から短いジャージが丸見え。それってどうなの?と指摘すれば次の日には履かないで来てくれることもあるけれど、すぐに元通りになってしまうので、もったいないな、と思う。女子の中では身長が高いほうだから、上の方の下駄箱にも難なく手が届く。上履きに履き替えた彼女が、それじゃあ、と行ってしまおうとするので、教室まで一緒に行こうと急いで後を追いかけた。
「腹減った」
「朝ご飯食べてきてないの」
「食べた。でも走ったから」
「遅刻って時間でもないのに」
「……いいじゃん。走りたかったんだよ」
「自主練みたいな?」
「そう」
痩せているというより、野生動物のように均整の取れた筋肉質な体に、ダイエット、とかいう言葉は縁遠そうだけど、気にはしていると聞いたことがある。もしかしたら、朝ご飯ちょっとしか食べてないのかもしれない。ふああ、と欠伸混じりに伸びをした拍子、窓から差し込んだ光にシャツが透けて下着の線が見えたので、ちょっと目を逸らしておいた。ほんと無防備すぎでしょ、だからちょろいって言われんだよ、男の子達はこーちゃんのそういうとこ見てるからね。
こーちゃんと他愛の無い話をしながら階段を上がって、教室にて向かう途中の踊り場で、不意にひょこりと壁から顔を出した女の子と目があった。こっちを見て、というかこーちゃんを見つけて、ぱあっと顔を輝かせた彼女が駆け寄ってくる。茶色の髪に、丸っこい瞳。攻略対象二人目、さくちゃんである。
校則を基本遵守した格好の彼女は、スカート丈も標準、リボンもきちんと指定のもの、カーディガンの袖も少し長いくらい。色白だし色素が薄いのだろう、髪色はもともと明るい。背はそんなに高くなく、表情がくるくると変わる。外見だけなら至って普通の女の子だ。ただ、中身がちょっとばっかし奇想天外である。しっかり者で友達思いで植物を育てることが好きな優しい女の子だけれど、それとはまた別問題で、ぶっちゃけ変わり者と言って差し支えない。どこがどうというと例を上げないと説明が難しいんだけど、例えば消費期限が一週間すぎたプリンがあったとして、普通は捨てちゃうか匂ってみて考えるとかすると思うんだけど、さくちゃんは多分それを見た上で全部食う。全部食った後で、これ変な味だったね?と首をかしげると思う。そういう子だ。
「こーちゃーん!」
「おー、さく、」
「あうっ」
「あっ」
「えっ」
階段を駆け下りてこーちゃんの元へ走り寄って来ようとしたさくちゃんは、それはもう見事なまでに、階段を踏み外した。ずりんと足を滑らせたさくちゃんを受け止める兼こーちゃんを巻き込まないよう、咄嗟に前に出た俺の反射神経を褒めて欲しい。世界が一瞬スローモーションになって、思いっきりダイブしてきたさくちゃんの嬉しそうな笑顔と目が合って、どんがらがっしゃん。
「いっ……」
「あいたたたあ」
「っどっ、早くどけよっ」
「え?」
いたいよー!と悲しげなさくちゃんの声が、俯せに倒れた俺の上から聞こえる。下からは、らしくもなく悲鳴じみたこーちゃんの声。顔をあげたら、真っ赤になったこーちゃんと目があった。おお、絶景。じゃない、潰してしまっている、早くどかないと。こーちゃんの胸に顔を埋めるように俯せている俺は、どう控えめに見ても彼女を押し倒してしまっている。ラッキースケベにも程がある。これは嫌がられる、と体を起こそうとして、妙な重みに邪魔された。すっ飛んできたさくちゃんが、俺の上に乗ってるらしい。要するに俺は、サンドイッチの具になっているというわけ。まず彼女に降りてもらおうと呼びかけ、られなかった。
「あれ?眼鏡がないよお」
「わぶっ」
「ひっ」
タイミングを同じくして体を起こしたさくちゃんの太腿が、俺の側頭部を挟み込む。そのまま床方面へ押し付けられた先には、こーちゃんの胸。やべえ、全方位が柔らかい、ていうかこーちゃん意外と胸ある!見かけによらない!ポイント高い!悲鳴を上げて体を強張らせたこーちゃんに謝ることもできずにもごもご暴れていると、さくちゃんが気付いて退いてくれた。重たかったでしょ、と申し訳なさそうにされて曖昧に笑った、次の瞬間。
「さいってえ!」
ぱちん、程度じゃ済まなかった。せっかく上がってきた階段を転げ落ちる勢いの右ストレートを食らって、俺は鼻血を吹いた。


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