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おお、ゆうしゃよ!しんでしまうとはなさけない!



「ぴぎー、今夜はここで休もう」
『ぴーぎ』
「お前何食うんだ?肉か?」
「体の中身はぬいぐるみなんだから、食べるわけないでしょ」
ふよふよと先導して飛んでいたぴぎーが戻ってきて俺の肩に乗ったけれど、伏見の冷たい言葉にもにもにと丸くなった。いじめてやるなよ、かわいそうだろ。
ぴぎーと伏見はパーティーの一員にはなれないので、サポートメンバーの枠で同行してもらうことになった。攻撃力で言ったら朔太郎と伏見をチェンジしたほうが絶対この先楽なのだけれど、賢者を捨てて踊り子を入れるアンバランスさとか、あと朔太郎がギャン泣きして嫌がったのとか、伏見が非常に面倒そうだったのとか、いろいろ理由が重なってやめた。伏見が戦闘の初めにドラゴンの一匹や二匹召喚して敵を焼き払ってくれたらそれで終わるんだけどな。そう上手くはいかないらしい。
ぴぎーと伏見をサポートに入れた特典として、全体的に物理魔法関係なく、パーティーの攻撃力が底上げされた。これは単純にありがたい。魔法攻撃の多いうちのパーティーだけれど、たまに現れる物理しか効かない敵には手こずる傾向にあったので。しかしながら当たり前に、利点があれば弊害もある。単純に言えば、モードがイージーからハードにいきなり跳ね上がった感じだ。もっと細かく説明するなら、プレイアブルキャラクターである勇者、つまりは俺が、一撃でも掠ってHPが減った時点で、死ぬ。パーティー全体が問答無用で即死する。気づいたら王様の目の前で棺桶を引きずって、「しんでしまうとはなさけない!」だ。難易度、上がりすぎなんじゃないか?
それが判明したのは、ぴぎーと伏見がサポートに入って3度目くらいの戦闘だった。運が悪く小野寺が睡眠にかかり、パーティー全体に速度低下の呪文をかけられて、先制攻撃の許されない苦しい戦闘が繰り広げられていた。刃のように飛んできた水流をすんでのところで躱した、はずが、自分が思っているより重くなっていた体では避けきれずに、頬をぴっと赤い線が走った。
「い、って!」
『ぴぎー!』
「あ?え、っ!?」
まさか当たったのかと思い、ぴぎーの鳴き声に振り向くと、ごう、と突風が吹き荒れ地響きに足元が揺らされる。くまのぬいぐるみの皮を破って、裂けた腹からぶちぶちと怨霊のような形を取った靄を迸らせたぴぎーが、同じく般若みたいな顔をした伏見の体に乗り移っていく。大凡人間の理解できる言葉には聞こえない雄叫びを上げた伏見が、もしくは伏見に乗り移ったぴぎーが、獣のように敵パーティーへ突っ込んでいって、文字通り、食い散らかした。それが理解できたのは、膝を地面に突いてからで、霞む視界の中で、息が出来ない、とぼんやり思う。ばつん、とテレビの電源をいきなり切ったみたいにぶっ飛んだ先は、困り顔をした都築のところだった。
「……は、えっ!?俺死んだ!?」
「うん。死因、魔族の召喚による高濃度瘴気の蔓延、それにより加速した毒状態での呼吸困難と多重臓器不全、だってさ」
「魔族の召喚なんかしてねえ!」
「ぴぎーが伏見くんの体を思いっきり使ったじゃない」
「……あれすると、俺たち死ぬのか?」
「そうみたいだね」
「きっかけは?」
「航介が一撃でも食らうと、ぴぎーか伏見くんのどっちか、あるいはどっちもが切れて、ああなる」
「そんなオプション頼んでない!」
「でも説明書に書いてある。ほら」
「うわ……わああ……嘘だろ……」
「残念だね、強いのに」
「あいつら外してくれ!同行しない!」
「今更無理だよー、それしたいなら最初から冒険し直してね」
「はああ!?」
「ぼうけんのしょをけしますか?」
「消さない消さない!やめろ!」
「じゃあマストダイのハードモード、がんばって」
都築の予想では、伏見がぴぎーの侵略を拒否ってた間、当也の家でみんなと会った時点では、瘴気も濃くなかったんだろう、と。でも俺のHPがちょこっとでも減った時点で、ぴぎーと伏見の目的は、敵方皆殺しで結託するわけで、同化しちゃったらそりゃ瘴気も湧き出るだろうね、って話だった。もうちょっとどうにかならないのか。死ぬ回数が5倍近く増えたぞ。死ぬ度毎回顔をあわせる都築だって、いい加減呆れ顔だ。
ぴぎーの先導でパーティーは進む。途中いくつか村に寄ったけれど、伏見の角が村人にばれると怯えられてしまうので、目深にフードを被して今のところは事なきを得ている。俺が死んだら全滅ってことで、小野寺は俺に攻撃を弾くバリアをかけるようになって、そのせいで他の回復に手が回らずに、朔太郎がなんとか回復魔法を絞り出してる感じだ。伏見には言っても無駄なので、ぴぎーには何度か、一発食らうくらいじゃ死なない、俺が攻撃を受けても怒るんじゃない、って言い聞かせているのだけれど、全く改善の余地が見られない。ゲームシステムがおかしい。
「そろそろ当也に会いたいね」
「逃げ回られてちゃ追いつけないからな」
「どっかしらに定住して、拠点を作ろうとはするんじゃない?魔族の目的って、人間界の制圧なんでしょ」
「ぴぎーも人間滅ぼそうとしてるの?」
『ぴぎっ、ぎー』
「伏見、なんて言った」
「人間の中にもいいやつがいるから滅ぼしたくないし、人間界の端っこの方だけ貸してくれたらぴぎーはそれでいいってさ」
『ぷぎ、ぴー、ぴっぴぎ』
「でもそう思ってるのは少数派で、現に弁当の体を乗っ取ってる奴は人間滅ぶべしって思ってるタイプだって」
「魔族にも意見割れてんだなー」
『ぴーぎっ』
「ぴぎーは勇者様大好き!食べちゃいたい!って言ってる」
「やめろ、リアルで怖えよ」
『あがが』
「痛い痛い痛い!髪の毛齧んな!」
そんなこんなしてる内に、当也の体を乗っ取ってる魔族が本拠地にしているらしい、古城についた。ぴぎーは、いい人もたくさんいるんだって話してみる、と俺の髪の毛に隠れて怯えながら言っていた。恐らく、ぴぎーよりも数段格が上の存在なのだろう。まあ、とにかく当也の体を返してもらわないとならないので、偉い魔族だろうが強い魔族だろうが、戦わなければならないのだけれど。
古城の中に巣食っていたモンスターを粗方片付け、体力も全回復した。ボス戦前に出来ることはした。あとは、俺が攻撃を掠りもせず、無事に当也の体を取り戻せたら、ゲームクリアだ。ぎい、と大きな扉を開けると、古びたシャンデリアに照らされて、部屋の奥に人影が映った。
『ぴぎー!ぴっ、ぴ』
「……………」
「……聞こえてないみたいだね?」
「ぴぎー、伏見と一緒に後ろにいろ」
『ぴぎ……』
「なにかあったら俺が殺すから」
殺戮兵器宣言をした物騒な伏見が、ぐすぐすと渋っているぴぎーを抱えた。庇うように一歩前に出て、剣を構える。一番戦闘スピードの速い有馬が分厚い本のページを開き、複雑な魔方陣が床に浮かび上がる。ぶわっと膨らんだ髪の毛に、膨大な魔力が注ぎ込まれたのが分かって、部屋の奥に立っていた魔物が振り返った。大元は当也だけれど、羽根も尻尾も角も生えている今、容赦も遠慮もいらないだろう。禍々しい赤い目が俺たちを捉えて、口の端がゆっくり吊り上がった。途端、かくんと膝を折って倒れた体を奪わせまいと守るように、当也を結晶が包み込み、それを覆い隠すように巨大な龍が現れ、咆哮した。あれが本体らしい。当也の体を使って充分に現世に馴染み、顕現できるだけの力を手に入れた、ということか。
「俺の友達だぞ、ふざけんな!」
「航介、援護する!」
吠えた有馬に反響して、本が光り輝く。室内にも関わらず轟いた雷鳴に、龍の赤い双眸が眇められる。朔太郎が唱えたパルプンテは、運良く会心の一撃率上昇だった。お前、この場面でなんてもん唱えやがる。こっちにダメージがあったらどうしてくれるんだ。小野寺がフバーハをかけてくれ、龍が吐いた凍てつくブレスの中を潜り抜け、剣を振り上げる。結晶を守ろうと渦巻いた蜷局を切り裂けば、雄叫びが上がった。攻撃が効かないわけじゃない、ということは、ダメージを与え続ければ勝てる。イオナズンを使おうとした有馬が、龍の尾に跳ね飛ばされてぶっ飛んだ。不発に終わったそれの代わりに、剣を構えてギガデインを放つ。苦しむ龍と引き換えに急速に減ったMPが、小野寺の唱えたマホトラで充電された。このまま行けば案外なんとかなりそう、
「あっごめん航介」
「え?」

「しんでしまうとはなさけない」
「……なんでダメージ食らったんすかね……」
「朔太郎が唱えたドラゴラムで、後ろからばーっと炎の息が航介を襲ったよ。俺見ながら、あーっ!って声出ちゃったもん」
「見えんの?ここから戦闘」
「見えるよー。燃えた航介にブチ切れた一人と一匹が城ごとぶっ壊して大爆発を起こすところまで見えた」
「……助けてくんねえかな……」
「がんばれ勇者、クリアまではあと一息だぞ」
「無理、もう無理」
「諦めないで!」
「そうそう、諦めないで」
「当也もこう言ってるし」
「なんでいるんだよ!」
「暇だったから出てきた」
「脱出できるなら一人で脱出しろよ!」
「航介が死んでる時だけ外に出れるの。あの中寒いし固いし居心地悪いんだから、早く助けてよ」
「かわいそう。なんか飲む?」
「紅茶がいい」
「お酒しかないや」
「じゃあそれでもいい」
「あー!もう!俺死んだままでいい!」
「航介が生き返らないと誰が冒険するの!我儘言わないの!」
「もう嫌だ!勇者やりたくない!たまには都築がやればいいだろ!?」
「俺やってもいいけど、俺が勇者だと人生イージーモードだよ。すぐ当也と伏見くんのこと助けちゃう」
「世知辛。格差社会」
「だから航介やってよー、そっちのが売れるって」
「もうやだー!」


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