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おお、ゆうしゃよ!しんでしまうとはなさけない!




何度か死んで、新しく王様になったらしい都築に「しんでしまうとはなさけない!」と御決まりのテンプレートな叱り文句を言われたりしたけれど、レベルはだいぶ上がった。都築が王様だなんてこっちは知らなかったけど、あっちは知ってたらしく、初めて死んだ時には、「死んでしまうとは情けないとか言ってみたかったんだけどさあ、一回言ったら満足っていうか、情けなくはないよね?って思っちゃったし、つーか勇者様御一行が死ぬほど強い敵ならこの世界の誰も逆らわないほうが良くない?王様何情けないとか言っちゃってんのって感じじゃない?あっ、朔太郎とか有馬くんとか小野寺くんとか元気?まあ今はパーティー全滅で死んでるんだけどさ、わはは。あとそういえば伏見くんと当也から城宛にお手紙が来たんだよね、見る?あ、一旦お城戻ってお茶でもする?え?生き返らせて欲しい?それはもちろんなんだけどさ、手紙の内容が面白いの、ちょっと待ってて、取ってくるから!」ってうるさかった。さびしかった!と本人は訴えていたが、黙って生き返らせて欲しかった。
最初から何故か氷属性最強呪文のマヒャデドスが使えた有馬は、他も試してみた結果、イオナズン、メラガイアー、バギクロス、その他諸々の割と強めの呪文が使えることが分かった。ただし、本人も何をどう使っているのか分からないため、炎が弱点ではない敵にメラガイアーをぶちかましたり、変な時にマホカンタでバリアーを張ったりと、融通が全く効かない。恐らく「うらあ!」「ごらあ!」とかで呪文を使っているからだと思われる。頼むから呪文を唱えてくれ。
敵が逃げない二フラムしか使えなかったクソ賢者の朔太郎は、じわじわ強くなって、メダパニやザラキくらいなら使えるようになり、戦闘で役に立つようになってきた。ただ本人の性格上すっとぼけているので、避けられるはずの攻撃で燃え死んだり、パーティーの中で一番クリティカルを食らいやすかったり、マヌーサをかけられて空振りしまくったりする。しかも肝心なところでそうなる。いい加減にして欲しい。うまくコンボが決まればノーダメージで切り抜けることもできるくらいの力はあるのに。
一番成長が見られたのは小野寺だった。ホイミしか使えなかった初期が嘘のように、危なくなったらベホマラーで一気に全員回復してくれるし、朔太郎が死んだらザオリクで生き返らせててくれるし、この前ふわっとザラキーマで敵グループを瞬殺した。なんかよくわかんないけど使えたー、と本人は言っていたけれど、それを連発できるようになれば朔太郎は用無しとなるので、早くもう少しレベルを上げて欲しい。あと困った時に殴りかかるのも止して欲しい。確かに強いけど、モンスター1体くらい殴り殺せるけど、一応お前僧侶だから。
「ここが魔王の城か!」
「弁当んちだよ」
「外から見たら至って普通の家だな……」
「ちょっとくらいは禍々しくなってて欲しかった」
現在地、魔族の本拠地である当也の家の前である。言うなればラスボス戦だ。それにしては長閑だけれど。
たのもお!と勢いよく扉を鎌鼬でぶっ飛ばした朔太郎が、ずかずか中に入っていく。誰かこいつに遠慮って言葉を教えてやってくれ。中は暗くて、誰もいない感が満載だった。ていうか、俺が当也と伏見の体を乗っ取った魔族なら、乗っ取り切った時点で体の持ち主の家にぬくぬく居座ったりしない。ここまで来るのに結構日数がかかってしまったし、二人の意識は奪われているものと思った方が無難だろうし。
「あ、来た来た」
「……………」
「……………」
「なに?死人でも見たような顔しないでくんない」
「伏見ー!」
「うるさ」
わああんって飛びついた小野寺を往なした伏見が、本調子じゃないんだからさー、と首を回した。頭からは角が生えているし、服から覗く肌には所々に体の使用権を奪う目的の紋章が浮かび上がってるし、周囲には変な禍々しい靄が漂っている。そこまで乗っ取られてなんで普通にしてるんだ。乗っ取れると思った魔族がいっそ可哀想だ。諦めて別のやつに行った方が効率がいい。朔太郎もさすがに引いてる。
弁当は時々乗っ取られるんだけどその度に俺が抓って黙らせてるし、俺は魔族が出てきそうになったら死ぬ勢いで舌を噛むことにしてるんだよね、そしたらあっち側もどうしていいか分かんないみたいで、ここまで体作り変えといてほったらかしにされてる。ざっくりしたそんな説明に、朔太郎は引きっぱなしだし、有馬はそもそも理解出来ていないっぽいし、心配の極みを突破した小野寺は足元で崩折れて泣いてる。元気ならいいじゃん?って有馬は言うけれど、そういう問題じゃない。人間を滅ぼして自分たちが世界を支配するために画策を巡らせている悪魔族を、「抓って黙らせてる」のがおかしいのだ。まあ、くしゃみでドラゴン呼び出した過去を持つ程に力はあるやつだから、やろうとすれば逆召喚、もとい強制送還も出来るのかもしれない。なんでこいつ踊り子なんだ。こんな踊り子がいるか。設定ミスだろ。
「取り敢えず航介の持ってるそれで刺してよ。それ勇者用の退魔の剣でしょ?」
「たぶんそうだけど」
「痛くしないでね」
「えっ、伏見お前死んだりしない?怖いんだけど」
「おいてめえ、俺が死んだらてめえの親玉をこの世で最も苦しい手段で殺す。死に際に魔族全体を道連れる魔方陣描いてやるからな」
『ぴぎー!』
「あの靄喋るんだ」
「あれが本体なんじゃね」
「大丈夫だってさ」
「えー……気が進まない……」
がつ、と靄を鷲掴みにして凄んだ伏見に、ぶるぶる震えるみたいに靄が霞んだ。可哀想に。怖かっただろうな。本当にこれで刺していいのかな、と鞘から抜いて迷っていると、伏見の周りをもやもやしていた靄が鳴き声と共に濃くなって、伏見の手足と首にぐるぐる巻き付いた。あっ、攻撃されてる。魔族側を応援したくなるのは何故だ。
「ぎゃー!なにすんだ馬鹿!」
「……お、俺どうしたらいいの」
「今刺して伏見くんが死んだら困る」
「ええ……」
「てめえふざけんじゃねえぞ!黙って死ね!」
「うわ」
靄を引き剥がした伏見の手には、いつの間に召喚したのか、可愛い茶色のクマのぬいぐるみがあった。ぴぎー、と哀れな鳴き声がぬいぐるみから聞こえる。ここに詰めたのか。
「刺して!ほら早く!」
「ええ……心苦しいにも程があるんだけど」
「こいつ俺の体乗っ取ろうとしてたんだよ!勇者的にも駆除対象でしょ!」
『ぴぎー!ぴー!』
「めっちゃ鳴いてる……」
「かわいそう」
「黙らせてやるから!」
「あー!やめろ!千切ろうとすんな!」
ぐっと力を込めてぬいぐるみの頭と胴体をさようならさせようとした伏見の手からくまを取り上げると、不服そうな顔をされた。くまには、感謝の意を伝えるように、もしくは伏見から逃げるように、擦り寄られた。めそめそから立ち直った小野寺が、俺の手の中にあるくまに話しかける。
「ねえ、とりあえず、伏見から離れてよ。そうしてくれないと、航介が刺さないなら俺が君を殺すよ」
『ぴっ、ぴぎぎっ』
「小野寺くん真顔だよ」
「怖えー」
「一番レベル上がってるから余計怖いな」
「悪いことは言わないから、ほんとにあの踊り子に憑くのはやめといたほうがいいよ。くまさんの中にいるなら、俺たちについてきても構わないから」
『ぴー、むぎぎ』
「お、消えた」
『ぷぎー、ぴっ、ぴぴぴ』
「何て言いたいんだ?」
「紋章は消せるけど、角は取れないって。弁当に憑いてるやつが俺に生やしたから、こいつじゃどうにもならないってよ」
「……なんで伏見は言葉が分かるんだ?」
「角生えてるからじゃない?」
くまのぬいぐるみは、俺の肩によじ登って伏見から逃げようと頭の後ろに隠れている。完全に怖がられている。さっきまでも本当だったら伏見の体から出たくてしょうがなかったんじゃなかろうか。体から出て行ってしまったら拠り所がなくて消滅してしまうから、出られなかっただけで。角生えっぱなしの伏見はしれっとしていて、でも紋章が消えたおかげで体の不快感はなくなったらしい。
「おいお前、くま」
『ぴぎっ』
「なに航介に引っ付いてんだ、てめえ弁当がどこ行ったか分かんだろ、案内しろよ」
「え?伏見くん分かんないの?」
「さっきまで分かった。こいつが出て行ったら分かんなくなった」
「魔族の同調意識ってやつなのかねえ」
「なんで弁当はここにいないの」
「弁当なんかでかい羽根と尻尾生えちゃって、ここじゃ狭くて風呂も入れないって近所の湖に水浴びに行ったんだよね」
「角と羽根と尻尾!?」
「もう見た目完全に魔物じゃん!」
「そこにお前らが来たから、弁当に憑いてるやつも俺からくまが出て行ったのに気づいて、体乗っ取って逃げてんじゃない?」
「当也だけじゃ魔族の支配には抵抗できないんでしょ?」
「うん。俺が抓ってたから持ってただけで」
「はあーあ、まだ冒険は続きますなあ」
『ぴぎぎー』
「ぴぎー、案内しておくれよ」
勝手に名前をつけた朔太郎が、俺の方に載っていたくまの頭を撫でた。ぴぎー。ぴぎぎって鳴くからだろうか。いいけど。どうやらさっきまで宿主にしていた踊り子よりも、勇者パーティーの方が自分に優しいと気づいたらしいぴぎーは、任せろとばかりに短くてもふもふの手を振り上げた。この中にいてくれるなら、何も害はないし、ペット扱い出来る。無理に強制送還する必要もない、退魔の剣で貫かなくてもいい。大人しく良い子にしてたら飼ってあげるぞ、とぴぎーの方を向いて言えば、命の危機から救われた歓喜の鳴き声を上げて、飛び上がった。ぽふぽふと小さな悪魔羽が出てきて、かわいいくまの顔に似合わない牙がちょろりと生えたけれど、そのくらいのバージョンアップはぴぎーの自由だ。どうせなら人間語が分かるようになってくれたらもっといいけど、ペットにそこまで求めるのはハードルが高い。
『ぴぎっ、ぎー!』
「伏見くんから解放されて嬉しそうだ」
「あ?勝手に人の体使っといて何様のつもりなわけ?」
『ぴっ、ぶえええ』
「あーあー、泣かすなよ」
「よしよし」
「航介の肩が一番居心地がいいみたいだね」
「……重いから自分で飛んでくれるか」
『ぴぎぎー』


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