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おお、ゆうしゃよ!しんでしまうとはなさけない!



「勇者コウスケよ!旅立つのだ!」
「……なに?そのコスプレ」
「コスプレじゃなあい!王様だからこういう格好もたまにはするの!」
「マント木に引っかかってんだけど」
「やべー、これいくらするか分かんないやつなのに」
「そのままそこに引っかかってて」
「あー!待たれい!こら!さくちゃんは王様だぞー!」
うるさいので無視した。

幼馴染が治める王国の衛兵、というとコネっぽいが、コネじゃない。ちゃんとしかるべき手段を踏んで、試験を受けて、訓練を通過して、衛兵に配属された。途中もう諦めて魚屋に戻りたいと思ったことも一度や二度じゃ無かったが、がんばった。というか、実家に帰ると隣の家に住んでるもう一人の幼馴染が、逃げ帰ってくるとか、って感じで鼻で笑ってくるのが非常に腹立たしかったので、意地でも国軍に入りたかった。今はもう寮生活だし、衛兵も板についてきた。朔太郎がちょこちょこ周りをうろつくのがうざったい。一応は王様なんだから大人しく塀の中にいてほしい。俺の精神が安定しない。そんなこっちの心境も知らずになかなか大人しくしてくれない国王陛下は、今日も城を抜け出して街をふらふらしている。
今日は休暇だ。国軍勤務の兵の証である紋章の刻まれた剣は寮に置いて、代わりに釣り竿と網を持って川っぺりに遊びに来た。特にすることもないし、一人でぼけっとしたい気分だったから。街を歩いてると結構声をかけられることが多い、それはこの国の衛兵たちが国民と近しく親しい印で、とても良いことなのだけれど、今日みたいな日には邪魔になる。
「航介は鎧とか着ないの?」
「……戦の前線に立つ時に、用意される、らしい」
「あー、この国平和だもんなー」
「いいなあ、剣かっこいいじゃん、俺も兵隊さんになろうかな」
「いいねいいね!小野寺くんなら王様権限で即採用だよ!」
「コネじゃん」
「その場合航介を解雇するから大丈夫!」
三匹くらい釣れた頃、パンを抱えた小野寺が通りかかって立ち止まり、五匹目を釣り上げると同時に有馬が牛乳をぶら下げて通りかかって立ち止まった。二人とも買い出しらしい。道草食ってていいのか。けどよくよく話を聞けば、小野寺は伏見が当也のところに遊びに行っちゃっててつまんないんだそうで、有馬も当也の家で飯をいただいてたところを突然来訪した伏見に追い出されたらしい。被害者×2。それから三人で話してたら、いつの間にか朔太郎が湧いてきて、今に至る。バケツの中は魚でいっぱいになってきたので、釣り糸を垂らすのをやめた。
「有馬くんは適職判定なんだっけ」
「魔法使い」
「呪文覚えられないのに?」
「うるせーな!弁当にも同じこと言われたんだよ!」
「小野寺くんは?」
「僧侶」
「早くメガンテ覚えなよ」
「自爆じゃん!やだよ!」
「回復呪文使えんの?」
「んー、ちょっとだけ。伏見のが、魔法使うの上手だよ」
「……あいつ踊り子なのにな」
「うん……」
落ち込んでいる小野寺には悪いが、伏見は適職判定が踊り子だったからそれになっただけで、あともう少し魔力値が高かったら魔導士か召喚士になっていただろうな、ってくらいの能力値はあるから、仕方がないのだ。この国には、適職判定というシステムがあって、体力知力気力魔力、全てを総合的に鑑みて適合する職業を当てがってくれるようになっている。それに従うかどうかは個人次第だけれど、大概の場合みんな従う。俺は剣士が適職だったから、系列の仕事から辿って、軍に入った。けれど有馬や小野寺のような、「魔法使い」とか「僧侶」とか、日常的に仕事があるわけではない適職の人たちは、それだけじゃ食っていけないので、バイトをするのだ。この国はそういうシステム上、仕事の掛け持ちがオッケーになっている。まあ当也のように「そんな体力ないし面倒」とか言う理由で、付与魔術師、エンチャンターに就職して魔術の研究をしているようなやつもいる。人それぞれだ。
暗くなってきた辺りで別れて家に帰って、俺はすぐに寝た。明日は朝が早い当番の日だから、寝坊するわけにはいかない。一応、王様を警護する身なわけで。

「……なんだってこんな朝早くに……」
「大変なんだよ!ちょっと来て!」
「城の外に出るなよ、王様だろ」
「出てない!航介が門寄りにいるからセーフ!いいから早く!」
ぎゃんぎゃんうるさい朔太郎が、ぎりぎり門の内側から声を張り上げるので、仕方なく持ち場を離れた。立ってなきゃいけない場所が決められてるのに。朔太郎のせいだ。
「ねえ、見て」
「なに」
「当也のぽよぽよくんが飛んできたんだけど、変なんだよ」
ぽよぽよくんとは、当也が好んで使う通信魔法である。名付け親は朔太郎だ。本当はそんな名称の魔法じゃない。名前の通り、ぽよぽよした水の塊がふわふわ飛んできて、水の中にぼんやりとした映像が見えて、音声がもやもや聞こえる、非常に使い勝手の悪く伝達力の低い通信魔法だ。どちらかというと電話の方がちゃんと伝わる。
朔太郎がぽよぽよくんに手をかざして、再生する。靄がかった水の玉の中に、がさごそと黒い頭が見えた。水面越しに話しかけられているようなこもった声が、えー、あー、とまごまご話し出した。
『もしもし。召喚魔法の練習をしてたら、魔族を喚び出してしまいました。あと、えーと、帰ってもらおうとしたけど、取り憑かれちゃいました。じゃん』
「ほらあ!角が生えてる!当也に!」
「……合成だろ?」
『なんか、しばらくしたら体を乗っ取られちゃうらしいから、勇者的なやつを遣わして、助けてください。ちょうど泊まりに来てた伏見にも角が生えました』
『やっほー。航介見てる?いえーい』
『わあ、伏見ちょっと、無理やり入ってこないでよ』
『攫われて魔族の力を埋め込まれた不幸な踊り子を助けて!航介!待ってるから!』
『自分で勝手に魔法陣の中に入ってきたんじゃん』
『それじゃ助けに来てくれないと思って』
『あいつじゃ多分角へし折ろうとするから駄目だ。別の人を向かわせてね、朔太郎』
『弁当、俺別の人が迎えに来たら魔王召喚の生贄の舞を踊る』
『じゃあこの世は滅びたってことで』
『角引っ張ったら取れそうじゃない?』
『試してみようか?』
『うん、引っ張って、っははははは駄目だ駄目だくすぐったい』
『駄目か』
『まだ通信繋がってるよ』
『あー、やべ、切らなきゃ』
『ばいばーい』
「……………」
「……………」
「ね?」
「……………」
「あー!なんで消すの!」
腹が立ったからだ。ぽよぽよくんごと消し去れば、朔太郎が悲鳴を上げた。
百歩譲って、あっちの言い分である「召喚魔法の練習をしていたら誤って魔族を喚び出してしまい、返還にも失敗して体を貸与する羽目になった。その上、友人の踊り子も一緒に取り憑かれてしまっている」というものを信じたとしよう。あの角も作り物じゃなくマジで生えたと信じてやるとしよう。だからなんだよ、知らねえよ。心の底からどうでもいいので、自分でなんとかしてくれ。通信魔法の途中から戯れ合う余裕があるじゃねえかよ。角の一本や二本、自分で折っていただきたい。
しかも、勇者的な人を遣わしてくれ、と当也が言った通り、魔族対応は適職判定『勇者』の人の仕事だ。俺は関係ないし、そもそも魔族に対抗する力を持っていない。剣士なので。勇者一人につき他数名まで魔族にダメージを与えられる付与価値が分配できるとか聞いたことあるけど、それは勇者様御一行とかよく言うパーティーの中で大概の場合分けられるわけで、全く無関係で部外者の俺にそんな力が分け与えられるはずもないのだ。どうぞ、国王陛下直々に、幼馴染を助けるために選りすぐりの勇者様を遣わしてくれ。俺は城を守ってるから。
「そんな航介に大ニュース!」
「んだよ」
「はい!適職判定!」
「……剣士だろ?」
「どうかなー。やってみて」
王冠をごそごそした朔太郎が、どこにそんなスペースがあったのか、適職判定に使う水晶を引っ張り出した。言われた通りに手をかざせば、星のような瞬きと共に宙に文字が描かれる。Sから始まる見慣れた綴りを追おうとした目が、おかしくなったのかと思って擦って、気を取り直して見直して、もう一回目を擦った。なんでBから始まる単語が浮いているんだ。適職判定が変わることってあり得るのか。これじゃ俺は勇者じゃないか。我ながら間抜けに唖然と口を開いて文字を見上げていると、横から手を伸ばした朔太郎が、自分の適職判定をした。
「……お前の適職ってなんだったっけ?」
「皇帝。だから王様やってんじゃん」
「これは?」
「賢者だね」
というわけで、今この瞬間をもって、王様やめます。朔太郎が王冠を下ろしながらそんなことを宣った。引退宣言を決めたところで悪いが、待ってくれ。頭痛い。そりゃ、適職が賢者のやつが王様を続けていられないってのも分かるけど、でも適職が変わるなんて滅多なことじゃない。無いことは無い、魔法が飛び交うこの世界にありえないことは無いのだ。だけど、なんだって俺。しかも勇者、よりによってなんでこのタイミングで。ついさっきまで王様だった朔太郎にいそいそと賢者の格好をさせた御付きの人たちが、俺の目の前まで剣を捧げ持ってきた。鉱石に半分以上が埋まりこんでいる、重そうな剣だ。お付きの人に渡されたそれっぽい木彫りの杖を振り回してはしゃいでいた朔太郎が、こっちに向き直った。
「あ、それが抜けたらマジで勇者だから。この国でずっと、真の勇者様しか抜けないって言われてた剣だから」
「えっやだ、すげえやだ!このままの流れじゃ俺抜けちゃうじゃん!勇者として旅になんか出たくない!」
「早くしないと当也が魔物になっちゃうでしょお、早くしてよ」
「ほんと無理!せっかく衛兵になったのに!」
「賢者の俺と、魔法使いの有馬くんと、僧侶の小野寺くん。このパーティーじゃ攻撃面が弱いかなあ」
「なに決めてんだよ勝手に!」
「だって適職変わったの自分で見たでしょ?」
「そうだけど!」
「運命が航介に旅に出ろって言ってるんだよ。勇者コウスケ」
「カタカナ表記やめろ!」
「早く抜かないとみわこに航介がぐずってるって電話するぞ」
「ぐ……」
「さちえにもやちよにも言うからな」

「くそ……」
「航介ほんとに剣が抜けたの?すごいね!」
「俺、本抱えて戦わなきゃいけないの?」
「だって有馬くん、魔法の呪文覚えてないじゃない。ショートカットで本さえ触ってれば魔法使えるようにしてあげてるんだから、ほぼチートだよ」
「どうやって魔法使うの」
「本持って、なんか、うりゃー!とか言えばいいんじゃない。呪文言わなくていいんだから」
「よーし。でりゃー!」
「わああ」
「あっぶね!」
叫んだ有馬の周りをいきなり炎の渦が取り巻いたので、小野寺と二人飛び退いて避ける。朔太郎は燃えた。回復呪文かけてよー、と寄ってくる焦げ肉を、少ないMP振り絞って回復させてる小野寺が可哀想だ。
結局、剣は抜けたし、俺の適職は何度試し直しても勇者から動くことはなかったし、朔太郎は賢者の格好で旅に出る気満々だった。抜けた穴はすぐに補充されて、適職が皇帝の奴が新しく王様の座に着くらしい。長旅に連れ出しても怒らなさそうな知り合い、しかも適職は戦える類のものに限る、となると、なかなかいないもんで、朔太郎が言った通り俺の率いる勇者御一行は、賢者朔太郎、魔法使い有馬、僧侶小野寺、という魔法に偏ったパーティー編成となった。レベルを上げればまあそれなりの魔族となら戦えるだろう。早いとこ魔族を倒して、当也と伏見の体を返してもらおう。
「もう疲れたよー」
「ごめんね小野寺くん」
「有馬あんまり魔法使うなよ、慣れてないんだから」
「でもどんな魔法が使えるのか俺自分で知らないんだけど」
「敵に攻撃できればなんだっていいよ」
「朔太郎は攻撃呪文覚えるの?」
「うん。今はちょっとだけど、もっとたくさん使えるようになるよ」
「俺は?」
「小野寺くんは基本的には回復係みたいなもんでしょ?どうしても戦いたかったら肉弾戦じゃない」
「肉弾戦」
「殴る蹴るで」
「オッケー!」
「全然オッケーじゃなくないか、僧侶的に」
「でも小野寺的にはそっちのが強そう」
とかやってる内にモンスターに遭遇した。変な効果音と共に目の前に現れたスライムに、よーし!と右手を突き上げた朔太郎が杖を翳す。そういえばこいつ何の呪文が使えるんだ?ついさっき賢者になったばっかりだよな?
「二フラム!」
『逃げない!』
「ぜんっぜん効いてない」
「何の呪文?」
「敵を逃げさせる呪文だろ」
「HP減った?」
「減ってない」
「ごちゃごちゃうるさーい!航介だって同じようなもんのくせに!」
「俺はでも、殴れるから。ほら」
『15のダメージ!』
「くそ!航介には絶対にホイミかけてやんないからな!」
「有馬の番だよ」
「だりゃー!」
『653のダメージ!』
「!?」
「えっ」
「なに今の!?」
「知らない」
「でかい氷の爆弾みたいなの出てきたけど!?有馬くん一人だけレベル違くない!?」
「俺攻撃してない!」
「小野寺は攻撃呪文覚えてないだろ!」
第一回目の戦闘で、叫び声で魔法を使う間抜けな魔法使いが一番強いことが分かった。こいつがラリホーとか掛けられて寝たらこのパーティーは終わりだ。有馬はともかく、俺たちががんばってレベル上げしないと。

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