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観察日記



ポチから猿轡を外したので、要求があったら申し出てほしい、と言ってある。例えば、お腹が空いたとか、お風呂に入りたいとか。叶えられるものとそうでないものはあるけれど、出来るだけ譲歩はするから、なんでも言ってくれ。そう告げてあるのに、ポチは黙り込んだままだ。せっかく喋れるようにしてあげたのに。殴った時に切れた傷が痛いのかもしれない。後でまた見てあげよう。
縛られて転がっているポチから、くきょろろ、とお腹の虫が鳴く音がした。お腹が空いたんだと思って、お皿にサンドイッチを乗せて持って行ってあげた。溢されたら面倒だからと最初から設置しておいたお皿入れにそれを嵌めると、すん、と鼻を鳴らしてこっちを向いたポチが、食べ物に目の色を変えて、ずりずりと体の向きを直して、こっちを見る。
「……手、とって、くださ、ぃ」
それはだめだよ、このままでも食べられるだろう?そう窘めれば、ポチは拗ねたようにそっぽを向いてしまった。じゃり、と自分が立ち上がった時の音に、ポチは痛いことをされると思ったのか、びくついて身を縮めたけれど、そんなことはしない。お腹がもっとぺこぺこになったら食べるだろう。ちらちらとこっちを窺っているポチに見える場所で、同じサンドイッチを頬張れば、締まりの悪い口の端から血混じりの涎が垂れていた。食べたらいいのに。
それからしばらくポチはじっとしていて、手足が縛られているからじっとせざるを得ないんだけど。時々サンドイッチの方を見ては物欲しげな顔をして、こっちを見ようとはしなかった。自分が部屋から居なくなったら食べるんだろうか、と思い、そこから出てカメラ越しに見てみると、いなくなったことを念入りに確認した後に縛り目を外そうと足掻き始めたので、お仕置きした。具体的に言うと何発か平手で叩いた。泣きながら謝られて許してしまうんだけれど。
「ごめ、らさ、ぁ、ふ、ぅ、ゔぐ、っ」
したいことがあるなら、言っていいんだよ。血と涙を混ぜこぜにして零しながら、身を守るために小さくなっているポチにそう言えば、泣きながら、嘔吐きながら、はじめてのお願いをし始めた。大丈夫、ちゃんと全部のカメラで録画してあるから。
「ぃ、といれ、ぃきた、れす……っ」
トイレ。すっかり忘れていた。それは初めてのお強請りにしちゃハードルが高かっただろう。年相応のプライドもあっただろうに、何もかも打ち壊されて、啜り泣きながら誘拐犯にトイレ行かせてくださいってお願いするなんて、さぞかし屈辱的だったよね。かわいそうに。分かってあげられなくてごめんね。
いっぱいいじめた罪悪感もあって、ポチを引きずってトイレまで連れて行ってあげた。後手に縛っていた縄を切って扉を閉めれば、足が縛られているのはもうどうでも良くなったらしいポチが漏らさないように必死になる音が聞こえてきた。残念なことにトイレにもカメラは設置してあるので、なにかしていたら鍵のかからないこの扉を開けることはいつだってできる。パソコンに映し出されるトイレの中の映像を見ていると、切羽詰まった状況から脱して、手が自由になったポチは、案の定トイレの中を物色し始めたので、扉を開けた。もう、我慢のきかない駄目な子。
「っひ、ご、ごめんなさい、ごめ、っなさ、っお、おわりました、ぁ」
手を出して。そう告げれば、こっちの機嫌を損なうとどうなるか立派にトラウマが出来上がっているらしいポチは、びくびくしながら、ぶつぶつ謝りながら、両手を出した。革製の手枷で拘束すれば、さっきまでは後ろだったのに前で捕まえられていることに違和感を感じたのか、不思議そうにこっちを見てきた。これならトイレも行けるでしょ。鍵が掛かっているから外そうとしたら爪剥がれて怪我するけど、ポチは良い子だからそんなことしないよね。そう言い含めれば、こくこく頷いて、嬉しそうに手枷を見た。縄の跡はくっきり残っている。自由になったわけでもないのに、そんなに喜んじゃって、ポチはお馬鹿さんだなあ。けど、これで刷り込めた。言うことを聞くと良いことがある、言うことを聞かないと悪いことがある。それを無意識下に叩き込めた時点で、躾としては上々の進み具合だ。
足枷も取り替えて、這ってなら自分で進めるようにしてやった。足首と太腿の途中が繋がってるやつ。右足首と手枷と部屋の壁をリードよろしく鎖で繋いであるので、鎖の範囲内ならポチはお散歩ができる。トイレにも一応行ける、足の拘束をそのままに排泄できるかどうかはやったことがないので知らないけれど。そんなことに気づかないポチは、さっきまでの芋虫みたいな不自由から脱せたことが嬉しくてたまらないらしく、かしゃかしゃと枷を鳴らしながら部屋の中を這いずり始めた。多分逃げるために必要になりそうなものを、こっちにばれないように探しているんだろうけど、ばればれだしそんなものはない。やっぱりお馬鹿さんだ。今は機嫌がいいので、あからさまに逃げ出す算段を立てていても、許してあげよう。
「ん、ぐ」
どうしたの?問いかければ、ポチは必死でサンドイッチの入っているお皿に近づこうとしていた。鎖の始点と真逆にある餌コーナーまでは、どう頑張っても手が届かない。だって、手枷と鎖も繋がってるから。口なら届く。目の前にあるサンドイッチをどうしても手で掴んで食べたいらしいポチの髪の毛を掴んで持ち上げ、ゆっくり噛み締めさせるように、教える。
ペットは、ご飯食べる時に、手なんか使わないでしょ。
「……は……」
髪の毛が引き攣れて痛いのだろう。震えるように首を横に振ったので、もう一度繰り返す。はっはっ、本物の犬みたいに息を漏らしたポチの髪の毛を手から離すと、ごちん、と頭をお皿にぶつけた。お皿の中に顔を突っ込んだまま、ぶるぶる震えていたポチは、ぐずぐず泣きながら食事を始めた。食べ切るまで目の前で待っていると、食べかすだらけの顔でこっちを見上げるから、タオルを持ってきて拭いてやる。これから、ポチのご飯はここだからね。トイレはあっち。それ以外のところでしちゃ駄目だよ。顔を綺麗にしてやりながらそう言えば、希望の欠片もない濁った目が、虚ろに彷徨った。少しは人間扱いされると思った?残念、君はこれからこうやって生きていくんだよ、ポチ。返事は?
「……わん……」
良い子。

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