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観察日記



今日はあの子が来ない。毎日ここを通るわけではないのは知っているので、そういう日もあるのだ、としか感じないけれど。
あの子は大体、三日にいっぺんくらいの頻度でこの道を通る。平均してそのくらい、というだけなので、五日間毎日通った時もあったし、一週間一回も来なかったこともあった。自分は窓の中から見ている。彼はここを通ると、結構頻繁に自動販売機の前で立ち止まって、時々通り過ぎるけど、大概の場合ポケットの中をがさがさする。小銭があった時は飲み物を買う。無かった時には諦めて、少し肩を落としてまた歩き出す。夏場は特に頻度が増す。炭酸飲料が好きみたいだけど、寒くなってくると温かいミルクティーも購入している。それを知っているくらいには見続けている。興味があるのだ。ただ純粋に、彼がどんな生き物なのか知りたい。悪いことはしていない。だって、ただ見てるだけだから。
他にもたくさんのことを知っている。傷んだ髪の毛は定期的に金に染め直される。服装は大概Tシャツにジャージ。仕事帰りなのだと思う。あんまり暑かった時、半袖をさらに袖捲りして頭にタオルを巻いて、背中もしんどそうに丸まって、ふらふら歩いていたので、今そこで倒れてくれたら解放してあげるのに、と心から思った。手を合わせて信じてなんかいない神様にお祈りもしたけれど、彼はそのまま歩いて行ってしまった。とても残念だった。捕まえて、観察したかった。どんな声なんだろう。どんな口調なんだろう。どうやって笑うのか、どうやって泣くのか、どうやって怒るのか、全てを知りたい。自分には、この道を歩く彼の姿以外に、なにもない。朝起きてから夜布団に入るまで、どんなものを見て、どんなものを食べて、どんな匂いを嗅いでいるのか、今迄どんな風に過ごしてきたのか、なにも知らないのだ。知りたい気持ちは日に日に強くなる。けれど、彼は窓の外にいるのだ。触れることはできない。距離は埋まらない。髪の毛一本ですら手に入らない。こんなに求めているのに。
好奇心に突き動かされる頭は、ここ最近、彼がどのように1日を過ごしているのかの想像でいっぱいだ。想像は自由だ。彼がどうしているのか、自分の好きなように考えることができる。それは愉しさを伴った空虚な感動だった。どうしてかって、やっぱり彼の本当を知りたいからだ。想像は、所詮想像でしかない。彼を自分の手元に置きたい。ここで、飼いたい。観察したい。果たしてそれは本当に許されないことなのだろうか。それを許さないのは、誰なのだろうか。
自分がそう思っているだけだ、と腑に落ちてから、三日後、宅配便が届いた。

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