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はっぴーはろうぃん



「そろそろ咲くって」
「お、もうそんな?」
「うん。伏見が言ってたよ」
じゃあね、と航介を送り届けてくれた小野寺くんが踵を返した時には、四足で駆ける足音がした。ぎりぎりだったんだね、ごめんね。
くたりと力を抜いて眠る彼は、二十歳過ぎくらいの容姿をしている。多分、見立ては間違ってない。何度も繰り返したんだからいい加減覚える。だいたいこのくらいの見た目になったら、花が咲いて若返るんだ。最初の頃は栄養供給の頻度が分からなくてすぐ花を咲かせちゃったりもしたけれど、最近は分かってきた。小慣れたもんだ、かれこれ十回以上は繰り返しているので。
「こーうすけ」
「……んん……」
頬を撫でると、煩わし気に眉を寄せた。伏見くんの食事に付き合うと、航介はいつもくたくたになって帰ってくる。意識が戻るまでには時間がかかるらしい。食べかけだったご飯は、また後で温めてあげよう。優しい気持ちでぺらりと服を捲れば、下腹に浮かび上がっているのは、歪な紋章だった。これだって、航介がいなくならないように、寂しくないように、ずっと一緒に居られるように、って掛けてもらった術だ。ばれたら怒られるかもしれないけど、ばれないから平気。意識が無くとも健康な体からは、美味しそうな匂いが立ち上って、頭がくらくらした。空腹には勝てない。耐え難い。人間だってそれは同じでしょう。野菜を切るのに使っている包丁で、ぷつりと肌に傷をつけた。弱っている今、動脈から思い切り飲んだら可哀想だから、舐めるだけ。ぴちゃぴちゃと犬のように舌を這わせる俺に、怒鳴る声はない。
花が咲く直前、航介に全てを話して、何度も繰り返していることを知った彼が浮かべる、絶望の表情が好きだ。信じられないと凍り付く航介を嘲笑うように、膨らんだ蕾を咲かせるのだ。どうせ忘れる。次に目を覚ました時には、全て失って幼くなった航介が、毎回飽きずに同じことを言う。「痛かったんだからな!血吸うならもっと痛くないようにやれよ!」なんて文句、俺は笑うしかない。もっとすごいこと、してるくせに!
今日は幸いハロウィンだ。人外だらけのこの森には、追い出された悪魔たちが集まる。彼が花開いたことをみんなで祝って、大盤振る舞いで食事をしよう。命が失われたって大丈夫、だって航介には種がある。俺がいつでも、いつまでも、巻き戻してあげるから、ね。


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