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はっぴーはろうぃん



昔々あるところに、みんなから愛され親しまれる一人の人間がいました。その人間は、愛らしい見た目と明るい人当たりで、小さな村の中で一番慕われていました。しかしながら、その人間はある嵐の日に帰路を急ぐ途中、不慮の事故で死んでしまったのです。人々は酷く悲しみました。そして、神に祈りました。どうぞ、愛しい人を神様の身許へ。崇めるべき対象、天使として受け入れてください、と。ところがどっこい、その願いは到底受け入れられるはずもありません。何故なら、人々から愛された人間は裏を返せばとんでもない腹黒だったのですから。嵐の日にわざわざ出掛けていた理由も、自分の住まう小さな村を都会の大地主に売り飛ばすためでした。そうして、人々の多大なる願いと自らの罪で板挟みになった人間は見事、異形のものとして命を取り戻しました。もっとも、人間であった時のことなど、覚えてはいないのですが。
異形のものが地上へ降り立った時、人々は酷く慄きました。天使に見紛う可愛らしさと真っ白な羽根、真っ黒な髪と細く長く伸びた尻尾、二本の角。自分が人間だったことなど記憶にない異形のものは、どうやら此処では歓迎されていないらしいと正確に理解し、山奥へと引っ込みました。その途中、美しい花の飾られた真っ白な墓石に刻まれた名前に妙な感慨を覚え、その名前を今度から名乗ろうと思いながら。
山奥でしばらく暮らす内、異形のものは退屈を覚えました。自分には力があることを知り、見た目を偽って街へ降りてみることもしました。人と接する際ふと感じる欠乏感を「空腹」と呼ぶことも知り、自分が人間の生気を吸って生き永らえなければならないとも分かりましたが、特に罪悪感は覚えませんでした。殺さなければ大事にはならないのです。そういう加減は上手い方だと自覚もありました。その中で、自分の使う力は人々から魔法と呼ばれていることを知りました。どうやらこれはいろいろなことに応用が利くらしい、なんて楽なんだ、と魔法を意のままに使えるようになった頃、異形のものは弱った狼を見つけました。美味しそうだと思ったものの、弱っていては生気も吸えませんし、なにより美味しくありません。しょうがないからとせっかく覚えた魔法をフルに活用して狼の命を永らえたところ、何故か狼は人型になってしまいました。これはどういうことだと不思議に思いましたが、まあいいか、と人型狼に身の回りの世話をさせることにしました。長く生きた分、適当な諦めが身についていたのです。狼も、自らの命を救ってくれた異形のものにとてもとても、それはもう懐きました。満月の夜にだけ狼に戻る自分は確かに周りからは大幅に逸脱してしまったけれど、それでも異形のもののために生きようと思うくらいには。
異形のものが狼と二人山奥に住み始めて幾年月が過ぎ去ったでしょう。村や街は拡大と繁栄を進め、いつしか大きな都市も出来ていました。山のすぐ下に位置する、昔から真っ白な墓石の残る小さな村も、まだありました。ゆるふわと毎日を送る異形のものの周りには、一番古付き合いの狼と、魔法に惹かれてやってきた不老不死の呪いをかけられた人間、それを追ってやってきた死ねない人間、まだうら若い吸血鬼がいつの間にか住み着いていました。
……と、まあ。
ここまでが、聞いた話。ではここからは、俺の話だ。昔々から何となくふわふわ残ってた言い伝えのせいで、生贄とかっつって小さい頃この山奥に放置された、俺の話。

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