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おはなし


や、
寒い。馬鹿なんじゃないのか。発案者は誰だ。まだ春と言うには早い、どっちかというと冬だ。海とかマジなんなの、しかも夜だし、寒いし暗いし潮風の匂い好きじゃないし、もうやだ、帰る。
「……思ったより寒いね」
「まあ平気だろ!暗いし!」
「家にあったやつ湿気ってないかなあ」
じとりと弁当を睨めば、寒いなんて言っちゃいるけど明らかに嬉しそうだし楽しみにしてるみたいだったから、とっとと帰ろうと提案するのはやめておいた。ちなみに発案者は有馬だ、一人で騒いでる間に無視して計画倒れさせときゃ良かった。
今年の夏は花火をしてないって言い出したのは誰だったか、そういえば海にも行ってないと重ねて盛り上げたのは誰だったのかはよく覚えてないけれど、この冬の海での花火大会を決定づけたのは小野寺だ。うちにまだ開けてない花火がいくつかあったはず、なんて言葉のせいで、出来たらいいな程度だった花火大会は一気に現実味を帯びて、今に至る。この季節に花火の袋をぶら下げて電車で延々海まで来たんだから相当目立ったし、馬鹿どもはうるさいし。
「伏見、どれがいい?」
「……これ」
「えー、最初打ち上げじゃねえの?ちっちゃいのからやんの?」
「打ち上げ花火とか派手なやつは最後でしょー」
「最後は線香花火だろ、なっ弁当」
「どっちだっていいよ」
有馬と小野寺の言い合いは心底どうでもいいので、弁当から渡された花火に火を付ける。湿気ってたら、なんて言葉に少し嫌な予感はしていたものの、微かな音を立てて燃え始めた花火はきらきらと火の粉を撒き散らしながら小さくなって行った。まさかとは思うけどこれ通報されたりしないよな、そしたらすげえめんどくさいんだけど。
どうやら地面に置くタイプの花火は二人の意見の間を取って手持ち花火が半分なくなったらやることになったらしい。打ち上げ一つと噴出二つだったか、これだけ楽しみにしといて大きい花火が不発だったら面白いのに。なんて思っている内に、色を変えながら落ちる火の粉が消えた。短いもんだなと思いながら海水汲んできた缶に花火突っ込んで鎮火、ゴミ袋に入れる。暗いし多少風もあるから袋がどこにあるかわかんない、もっと合理的な方法はなかったのかよ。
「弁当、火」
「どうぞ」
「有馬燃やしてもいい?」
「あんまり良くないかな」
「ちょっとだけ」
「焦げ臭くなるからやめて」
「ふうん」
「お前らなに恐ろしいこと淡々と話してんの……」
当の有馬はいつの間にか結構遠くまで走ってって、ぐるぐる花火ぶん回してる。それを見ながら花火分けてた小野寺が震え声でこっちに話しかけてくるので、じゃあお前を燃やしてやろうかと告げれば黙った。別に俺だって誰かを燃やしたいわけじゃないんだけど、寒いんだよ。
「伏見、火ちょうだい」
「はい」
「っぶね、花火は人に向けちゃいけませんって習わなかったのか!」
「火を寄越せっつったのはお前だろ」
「俺が自分で寄ってってお前の花火から火を分けてもらうからいいの!」
次の一本は弁当から火をもらってつけた、さっきのとまた違うやつ。それをぼーっと見てる間ずっと有馬が隣でうるさかったけど、そんなことしてる隙に俺の花火も終わっちゃうんだからとっとと自分のに火を移せばいいのに。おっきい線香花火みたいな、火花が割と広い範囲に飛び散る俺の花火を見て、小野寺がそれいいなあってにこにこしてた。やりたいならやればいいだろ、まだこの花火あるだろうし。
「ねえ、三本くらいいっぺんに火つけてでかい花火にしてみて」
「やだよ、もったいない」
「あっこれさっきのと同じやつだ、ちゃんとばらばらになってないよ」
「暗いから見えねえんだよな」
「飛行機の花火一個しかないね」
「俺やる!ちょうだい!やる!」
「じゃあ俺がやるわ」
「伏見てめえ!俺がやるっつってんだろうが!」
紙の持ち手がついた花火を弁当からもらったので、有馬に見せつけるように火をつけてみた。特にこれがものすごく綺麗っていうわけじゃないんだけど、一袋に一個しか入ってないってだけで特別な感じはする。羨ましげにこっちを見てくる有馬に燃えカスの飛行機を投げつければ、危ねえだの冷てえだのうるさかった。火消してから海水につけたから冷たかったのか、残念だったな。
「そろそろ打ち上げ火つけよっか」
「有馬がやってくれるんでしょ」
「やだよ、怖えもん」
「怖くねえよ、チキン」
「火ついたかどうかあれわかんねえんだよ!そんで覗いたら怪我するだろ!」
「いいよ、やるから」
「あっ俺行く、火付くかわかんないし危ないから。持ってきたの俺だし」
「おい、馬鹿チキン」
「……俺がやったらやったでお前ぶつくさ言う癖にさ……」
弁当と小野寺がちょっと離れたところに打ち上げ花火を置きに行った。有馬はとんだ臆病者だったので、俺の独断で今後やる花火の量を勝手に減らしておいた。代わりに俺がお前の分までやってやろう、仕方ないから。
火つけるぞ、なんて小野寺の声でそっちを向く。放置してあった花火だから火をつけるのに少し手間取ったみたいだったけど、ぱっと小野寺が離れた途端ぱちぱちと火の粉が飛び始めた。うん、普通に綺麗だ、花火ちゃんと見たの久しぶりだし。
「打ち上げもつけるねー」
「んー」
「あれ何発打ちあがんのかな」
「二三発じゃないの」
「一発だったりしてな」
「一発でもしょぼくなければいいよ」
吹き出す花火が終わった頃に、弁当が小野寺と二人で打ち上げ花火に火を付ける。ばたばたと二人が俺達のいる方と反対側に離れて、しばらくして破裂音。どこに上がったかは暗くて見えないままに空を探せば、ほぼ真上で花火が開いた。
「わああああ!燃える!」
「うわ、ちょっとねえちょっと!」
「あっぶねえ!なんだよ!あいつらなんなの!」
風向きでこっちに流れてきてしまったらしい花火の欠片から走って逃げて、今回ばかりは有馬に同意だ。別に弁当と小野寺が悪いわけじゃないけど、あいつらだけ反対側に逃げててずるい。なんなのあいつら。
だからと言って、大丈夫だった?なんて心配そうな顔で聞かれたら、いつまでも腹を立ててるわけにも行かず。そもそもそんな怒ってるわけでもないし。綺麗だったけどちょっと危なかったね、思ったよりも結構風強かったみたい、なんて感想。花火が云々よりも風が強かったことのが印象に残ってしまうんだから皮肉なもんだ。
「お腹空いたなあ」
「帰んのだるいな」
「カラオケでも行く?明日朝帰ることにして」
「飯がまずいからやだ」
「我儘言わないの」
「花火はあと何本あるっけ」
「十本ちょい?一人二つかな」
「この辺詳しくないからカラオケとかもわかんねえけど」
「適当に探せばあるよ、コンビニ寄ってから行こう」
「寝心地が悪い、ソファーが硬い」
「うるせえな!いいんだぞ、伏見だけ帰っても!」
「弁当、有馬が俺のこと仲間外れにする」
「……………」
「えっ、なに?俺が悪いの、何その顔、失望しましたみたいな」
「確かに伏見も我儘言ったけど、伏見だけ帰れってのは違うよね」
「なに小野寺まで、いつの間に俺責められる立場になったの」
「ひどいよお」
「ひど、っぎゃあ」
こんなのってないよ、と被害者ぶって、波打ち際で花火を水に浸してた有馬を突き飛ばせば、ばちゃばちゃと数歩たたらを踏みながら水の中へ入って行った。愕然とした目線を向けられているのが分かったので、自分から行ったんだから俺は悪くないぞ、とそっぽを向いておいた。あーあ、この寒いのに足元びっちゃびちゃで可哀想。
「有馬、それどうすんの」
「どうしようもねえだろ……」
「乾かないだろうしね」
「どうすっかな、風邪引きそう」
「捲るとかするしかないんじゃないの」
「……………」
「……なに」
「……………」
きゃんきゃんうるさくなるかと思ったら、案外静かだった。じとりと恨めしげな目で見られて、知らんぷりを突き通していれば、もういいと言わんばかりに弁当が片付けをしている方へ歩いて行ってしまった。なんだよ、つまんねえの。お前馬鹿なんだから風邪なんか引かねえだろ、なに黙ってちょっと怒ってますみたいな感じにしてんだ。
「寒い?有馬寒い?」
「こら伏見、煽らないの」
「でも俺押しただけだもん、こいつが勝手に海に飛び込んで行ったんだもん」
「伏見」
「っわ、あ?」
呆れ声の小野寺の方へ振り返っていたから分からなかった。名前を呼ばれて顔を戻せば、ぱこんとおでこに何かが当たった。咄嗟に声は出たものの痛くない、軽いものだろうか。なにを投げつけられたんだと辺りを見回せば、一部始終を見ていた弁当が指差して教えてくれた。なんだこれ、発泡スチロールか?流されてここまで来たから角が取れて丸くなってるみたいだ。当たった額に手をやれば、なんかべたべたしてた。
「おい、てめえ」
「うわあきったね、伏見きったねえの」
「待てこらこの野郎、殺す」
「ばーか!ばーかばーか!ばっ」
「馬鹿はどっちだ」
濡れた靴でがぽがぽ走って逃げた有馬がすっ転んだので、馬乗りになってその辺に落ちてた木で殴る。発泡スチロールと同じでみんな尖ってないからちょっとくらい強くぶん殴っても大丈夫だろう、ついでに砂も頭からぶちまけてやった。べたべたしてたのは海風のせいだと思うし、それも適当に有馬の服で拭っておくことにしよう。
「行くよー」
「ねえカラオケやだ、ご飯おいしいとこがいい」
「ご飯おいしいカラオケってどこのこと?」
「シダックスとかビッグエコーとかあんじゃん」
「あるとこに入りゃいいだろ、コンビニ行って。この辺全然わかんないし」
「えー……」
「伏見の好きなの買ってあげるから」
「んー……どうしよっかなあ……」
「有馬もいつまでも横たわってないで、行くよ」
「……なんで伏見のこと怒んねえのお前ら……」
「え?なに?」
「なんでもない、んぐ」
「どしたの、口もごもごして」
「ぺっ、ぺ、すな、砂が口ん中入った」
「きったね」
「有馬服はたかないと、すごいことになってるよ」
「なあ、砂だらけで入店拒否ってあるかな」
「そしたら有馬だけ外で待ってりゃいいじゃん」
「知ってる!?これいじめって言うの!知ってるかな!?」


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