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おはなし



「伏見と昨日服買いに行ったんだけどさあ、あいつすげえ買うの、体一つしかねえのに」
「こないだ帽子二つ三ついっぺんに買ってたぞ、頭一つしかねえのに」
「上着ほぼ日替わりだし、五着以上はあるってことでしょ?」
「でしょ?って小野寺のが知ってるだろ」
「あいつ飽き性だからなー」
いいなあお金持ち、とぼやく小野寺に、お前こそ割と給料いいバイトしてんのになんでいつも財布の中すっからかんなの、と思わなくもない。俺はぽこすか使うからすぐに無くなるんだ、そんなこと自分で分かってる。弁当も割と万年金欠の貧乏学生だけど、一人暮らししてるからそれは致し方ないことのように思う。でも小野寺はそんなに買い食いしたり服買ったりなんやかんやしてる印象ないし、でもその代わり金持ちのイメージもない。というより、どっちかといえば財布見る度しょんぼりしてる。対照的に伏見は稼ぎがすごい訳でもないはずなのにしょっちゅう金使うし、そのくせ金欠だと苦しんでるのも見たことない。なんだかここの金の流れはおかしい気がするけど深く考えるのはよそう、頭痛くなってきた。難しいこと考えすぎちゃった、失敗。
「そんで、お店見てる時に思ったんだけど」
「服についてるタグって会計したら千切られるよな」
「そうだけど、そうじゃなくて」
「トトロ?」
「違う!もう!俺の話聞いて!恥ずかしくて他の人には聞けないんだから!」
「お、おう、どした」
珍しく相談事のようだったので、一応秘密にしたいのかと椅子ごと近づく。伏見には馬鹿にされた上に教えてもらえなかった、と苦い顔をした小野寺がぼそぼそと喋り出した。
「ズボンはパンツで上着はジャケットとかアウターとか言うじゃん」
「うん」
「それ以外にもある、用語?みたいなの。俺店員さんの話、訳分かんなくて」
「え?それ俺に聞くの?」
「えっ?」
「えっ」
「うん?」
「はあ」
ちょっとこのまま一音だけで会話してても埒が明かないので、一旦離れる。俺もそんなの詳しくないっていうか、なんでこいつ毎日ジャージ着てるような奴にそんなこと聞こうと思ったわけ。弁当に聞いたら、と伝えればもう聞いてみたらしく、でも弁当もそんなに詳しくないって、と困り顔だった。よく考えたらあいつも服買わないからな、それにしたって俺よりは詳しそうだけど。ていうか伏見に任せときゃいいじゃん、そんな専門用語だらけの会話。お前どうせ季節ごとに服買ったりしねえだろ。
「でも気になる、知ってるやつだけでも言って」
「お前記憶力ないからきっと覚えてられないよ」
「でも一度耳に入れとけば分かるかもしれないだろ!」
「えー……あの、インナーは、一番下のやつ」
「靴下のこと?」
「ちげえよ!これだよ!」
ジャージの下に着ていたTシャツを引っ張って見せれば、なにそのライオン目いかれてる、と全く違うところに食いついてきた。俺のライオンを馬鹿にするんじゃないよ、かっこいいだろうが。
「あとは?ねえ、他には」
「自分で調べろよ!もう!」
「こないだ伏見が紐とかない靴買ってたの、あれはなんていうのかな」
「なにそれ、脱げねえの」
「平気なんじゃない?なんか間抜けな名前だった」
「間抜けって」
「きゅっぽんみたいな」
なんだそれ、聞いたことない。小野寺は記憶力ないくせに知りたがりだから、これも必死で思い出そうとするだろうな。覚えてられない割に知識欲はすごいことは知ってる、でもすぐ騙されるわ嘘の情報教えられても信じるわで、正解に辿り着けてるとこあんまり見たことない。なんかそう考えると可哀想になってきた、こいつ自分が知らないことに対しては基本的にはなんでもすげえって言うもんな。
うんうん唸りながら考えてた小野寺が、ぱっと顔を上げてシャーペンを走らせ始めた。こんなん、と指差されて覗き込めば、ひし形が繋がったみたいな柄が描かれていて、首を傾げる。
「こないだこんな柄の服も見た」
「弁当着てるじゃん、稀に」
「ガーゴイル」
「……アーガイルじゃねえの」
「そう!それ!」
ガーゴイル柄ってなんだ、怪物がいっぱいいんのか。弁当そんなの着るわけねえだろ、怖すぎるわ。それでね、ガーゴイル柄の服をね、とやっと分かったくせにナチュラルに間違えてる笑顔の小野寺に小声でもう一度、アーガイルな、と告げれば混乱している顔をしていた。いや今お前二回同じように間違えただけだからな、俺は二回とも正解を教えたんだから。
「小野寺そんなに記憶力無くてよく生きて来れたな……」
「あるよ!無いわけじゃないよ、失礼だな!」
俺自分のことあんまり頭良くないとは思うけど、きっとこいつより学習能力はある、ていうか記憶力は確実に俺のが上だ。そう思いながら小野寺を見てたらなにやら伝わってしまったのか、お前だって頭悪いじゃんかよ、とむっとした顔で言い放たれてちょっと喧嘩した。

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