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おはなし




「お兄ちゃん、ちょっと、いい加減にしてよ」
「かなたのことが心配なんじゃないからな、弁当が心配なんだ」
「せめて椅子座っててよ!見える位置にいないで!」
「俺から見えなくなった途端に弁当が襲われてあばらの二三本やられるかもしれない」
「あたしのことなんだと思ってんの!?ゴリラかなんか!?」
「肉食系女子とか最近言うしな」
以前有馬の家に来た時にかなたちゃんに、料理を教えて欲しいと言われた。有馬のお母さんのご飯もすごく美味しかったんだけど、かなたちゃん曰く、あの人は物を教えるのに向いていない、そうで。有馬にも是非ともと勧められて今に至るわけだけど、有馬が一向に台所から出て行こうとしない。入り口で腕組みし仁王立ちしてる兄をなんとか追い払おうと、かなたちゃんがぽかぽかと手や鍋つかみで叩いたりしているけど、ほとんど効果がないようだった。俺の心配、とか体の良いこと言ってこの妹大好き男、本当はかなたちゃんが料理するとこ見たいだけの癖に。どっちかって言ったら心配なのは俺より妹だろ。
女の子だし、がっつりご飯よりは少し凝ってて軽めのものとかお菓子の方が食べやすくて嬉しいだろうとまず今日作ってみるものを決める。買い物はかなたちゃんが前もっとしておいてくれたようで、割とすんなりメニューは決まった。調理実習か母親の手伝いくらいでしか台所になんて立ったことない、と照れながらエプロンをつけるかなたちゃんの後ろで有馬が、おい餡かけチャーハン食わせろ、と口出しして無視されていた。重いだろ、餡かけチャーハン。
「俺は見てるから。ゆっくりでいいよ、自分でやってみようか」
「はいっ」
「出来なそうなところあったら言ってね」
「かなたお前、弁当がちょっと優しいからって全部やらせんなよ」
「やらせないよ!お兄ちゃんうるさいな!」
「お兄ちゃん手伝ってやろうか。皮剥きくらい出来るぞ」
「やだ!やーだー!出てってー!」
ついに台所に侵入してきた有馬がお玉で殴られて渋々元の場所に戻っていった。かこーんって聞こえたけどあいつほんとに脳みそ入ってんのかな。恐る恐る、といった感じで包丁を持ってゆっくりとじゃがいもの皮を剥くかなたちゃんを見ていると、暇になったらしい有馬がこっちに話しかけてきた。
「なに作ってんの」
「じゃがいもとかきのことか買ってくれたみたいだから、スープにしようかなって」
「俺腹減ってんだけど」
「コンビニでも行ってくれば?」
「えー、弁当なんか作ってよ」
「今日俺はそのために来たわけじゃないから」
「かなたの隣ですごい速さでじゃがいも剥いて、プレッシャー与えてみて」
「やだよ……」
「それ分厚すぎねえ?かなた、食うとこまで削ぐなよ」
「……………」
「無視か、おい。淋しいな、お兄ちゃん泣くぞ、年甲斐もなく」
「ほっといてあげなよ」
「……じゃがいも切ってぺったんこに焼くやつ食いたい」
「なにそれ」
「わかんないけど美味そうだったからさあ、テレビで見たんだけど」
「今度ね」
「おいかなた、指切るなよ」
「……………」
「弁当、お兄ちゃんまた無視されちゃった」
「一生懸命やってるとこに話しかけるからだよ」
「ちげえよ、弁当がいるから猫被ってんだよ。なー、かなた」
「……………」
「かなたちゃーん」
「ちっ」
「舌打ちしやがったこいつ、可愛くねえの」
「……………」
しばらく有馬がかなたちゃんに懲りずに話しかけては無視されるのを繰り返し、ようやくかなたちゃんがじゃがいもを切り終わった。鍋の支度をしているかなたちゃんにまた有馬が声をかけて、さっきからうるさい馬鹿兄、と蹴り飛ばされた。有馬本人はようやく構ってもらえたことで嬉しそうだったのでいいとするか。
「かなたかなた、お兄ちゃんあの白くてどろどろのやつがいい」
「弁当さん、コンソメスープが作りたいんですけど」
「なんかあの、横文字のやつ、シチューじゃなくてあの、なんだったかな」
「……なんか言ってるけど」
「無視してください」
「ポタージュ!かなた!じゃがいもで!」
「じゃがいもちょっと崩れかけくらいがあたしは好きなんですけど」
もう振り返ることすらせずに塩胡椒を手に取っているかなたちゃんの後ろで有馬が変な顔をしたから笑ってしまった。じゃがいものポタージュか、俺もちょっと食べたいかも。今度作ろう、とぼんやり思いながらかなたちゃんを見守っていると、有馬がまた口を開いた。
「弁当だって料理出来なかったんだって言ってたぞ、自分で練習したのに」
「お兄ちゃんうるさいー」
「それをお前は人の力に頼って教えてもらって、試行錯誤してみろって話だよ」
「弁当さん、お兄ちゃんうるさいですよね?」
「うーん……」
「あたしだけに聞こえてるわけじゃありませんよね?あの人うるさいですよね?」
「あ、いや、俺にも聞こえてはいるけど」
「でもかなたは本とか見ながらやっても失敗するからなー、こないだも」
「お兄ちゃん黙って!あっち行ってて!」
「行きませーん、ここに居続けますー」
「弁当さんにお菓子とか買ってきてよ!うち何にもないんだから」
「後で一緒に行くからいいんですー」
構ってもらえなくても喋り続けてるとうるさいって振り向いてもらえることに気づいたらしい有馬が、かなたちゃんが黙ってからもずっと話しかけ続けるようになった。無視されるのには慣れたようだ。味付けの段階になって、これ入れろとか一口くれとか言いながら台所にそろそろと入ってきては追い出されていたけれど。
「お、おいしいですか?」
「うん。大丈夫」
不安そうに小皿で差し出された味見も上出来、ほっとしたような顔をしたかなたちゃんが味見を求める兄をしっしっと追い払った。量的に一人分じゃないから、後でちゃんと有馬の分はもらえると思うんだけどな。後片付けに取り掛かったかなたちゃんを見て、腹減った腹減ったと有馬が騒ぎ始めたので、残ったもので何か出来るんじゃないかと辺りを見回して有馬に言う。
「なんか食えばいいだろ、適当に」
「かなたにだけ教えて俺の分は作らないとかおかしくない、そう思わない、弁当」
「ええ……」
「焼いたじゃがいも食べたい」
「もうじゃがいもないよ、おにい、ちゃ」
「……お兄ちゃん?」
「弁当さん?」
「……………」
やってしまった。見事なまでにつられてしまって、ふいっとそっぽを向けばかなたちゃんも有馬も視界に入る位置にもそもそと移動してきた。やめてくれ、いたたまれない。
「……お前一人っ子だろ……?」
「そうだけど……」
「ちょっともっかい言ってみ、お兄ちゃんって」
「嫌だ」
「言って」
「帰る」
「待てって」
「お邪魔しました」
「待ってくださいよ」
「帰らせてください……」


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