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帰ろう



「……いるし……」
部屋の電気がついてるのが見える。インターホン鳴らしたところで出てきてくれないかもしれない恐怖を押し込めて、ボタンに手をかけた。ぴんぽん、と間延びした音の後しばらく空いて、玄関の鍵が開く音。ここんちインターホンで応対してるの見たことない。
「……どしたの」
「あ、えっと、今日」
「入る?とりあえず」
すんなり入れてもらえた驚きと、また引っかかる違和感。靴脱いでる俺を見下ろして、寒そう、と呟いた伏見がぱたぱたとリビングの方へ引っ込んで行ったのでついていく。あったかいお茶をあげよう、なんて言葉と共に、珍しく自分でお茶の支度をし始めた伏見に、なにしてんの、とつい声が出てしまった。
「え、お茶」
「いいよ、俺やるし、自分で」
「なんで?こんくらい出すよ、座ってれば」
「お前なに、そんなことしなくていいよ」
「そんなこと、ていうか」
家まで来てくれたお客さんにお茶ぐらい普通出すでしょ、と至極当然のことを言い放たれて、言葉に詰まった。お客さん?誰が、それもしかして俺のこと?普通お茶ぐらいって、お前今までその普通やったことなんてあった?寒いっていくら俺が訴えたって、そんぐらいてめえで準備しろ馬鹿、としか言わなかったのに。俺の分も作れ、牛乳からやったミルクティー飲みたい、早くしろ凍え死ぬ、とか人のこと散々急かした挙句に作ってやれば最終的には遅いだの不味いだの文句言うんだろ。なんでそれしないの、怒ってんの?怒ってるんならもっとこう、いつもみたいに当たり散らしてくれないと分からない。
そこまでつらつらと考えて言葉を詰まらせていたところで、ふと気がついた。え、なに、俺ってもしかしてもうお客さんでしかないの。いらなくなっちゃったの、俺のこと。だからいてもいなくてもいい、お客さん扱いなの。
「え、伏見、ねえ、聞いて」
「あんま美味しくないかも。ん」
「ありがと、でも後でいいから、ちょっと話聞いて」
「いらないの?なら早く言ってよ、せっかくあったかいのに」
「いらないなんて誰も言ってないだろ!」
目は合わないままだ。渡されたマグカップの中身を捨てられないように奪い取れば、一瞬体が強張った。あっさりと手放されたそれは俺の手の中に移動して、伏見はしばらくカップを見下ろした後、なんかよくわかんないけどとりあえず座らない?とこっちに笑顔を向けた。気持ち悪いよ、やめろ、その顔俺嫌いなんだ。知ってるくせに、俺が伏見の外面苦手だってこと分かってるくせに、なんでわざとそんな顔するんだ。ぞっとして、まだ温かいカップを置いて伏見に詰め寄れば、びっくりしたみたいな困ったみたいな顔。嘘つけ、俺がせっかくやってやったんだからとっとと飲めよふざけてんじゃねえぞ、ってほんとは思ってるんだろ。もっと怖い顔したいの隠してなに猫被ってんだ、馬鹿じゃねえの。
「なに、どうしたのって。話があるならちゃんと聞くから」
「……お前が何をどう勘違いしてるか分かんないから、最初から話すけど」
「え、うん」
「兄ちゃんがインフルかかって、だから俺は伏見にうち来ちゃ駄目だって言って」
「そうなんだ、良くなったの?」
「なったよ。なったけど、今度は俺が熱出したから月曜からずっと学校休んでた」
「インフルエンザって登校禁止の期間あるもんね」
「うん、だから、俺は伏見に万が一移ったらって、一人で寝かすのが嫌で」
「うん」
「……俺の話伝わった?分かってもらえた?なんか誤解してた?」
「ううん、分かったよ?大変だったんだね」
治ってよかったね、とにこにこされて、首を横に振った。よくない、そうじゃない、分かってないじゃないか。それともなに、俺の話なんてもう聞く価値もないの。ほんとのことしか言ってないんだ、俺嘘つくのすごく下手だから。伏見相手に嘘ついてばれなかったことなんてない。ばらすかばれるか、その二択しかないのに、なんで聞こうともしてくれないの。信じるとかそういう以前の問題だ。
なんて言っていいか分からずに、台所の入り口で二人立ったまま。俯いてる俺を見て、不思議そうな顔でこっちを覗き込んでくる伏見に、それやめてよ、と絞り出すような声で訴えれば覗き込むのをやめてくれた。それじゃなくて、なんて言ったらいいのかな、今まで通りにどうして戻れないのかな。
「だから、あ……」
「うん」
「……俺なんかした?伏見、今日うちハンバーグなんだってば」
「さっきも聞いたよ」
「お前の分も」
「それほんとに俺の分なの?」
顔を上げれば、笑ってるのと無表情の合間くらいの、なんだか良くわからない顔した伏見が横に置いてあるマグカップをじっと見ていた。半分笑ったまま、いやだからなんつーかさあ、と吐き捨てて、声の出ない俺を無視して話し出す。つらつらと立て続けに、言葉を挟む隙がない位、もうなにも聞くことはありませんもでも言いたげだった。
「お前の話がみんなほんとだったとするよ。インフルで大変で、しかもその上俺のことまで考えて、人のこと避けつつ休んでたんだとするじゃん。でもこっちとしてはそんなもんいくら移してくれても構わねえって言うかまあそんなの独りよがりだからどうだっていいんだけど」
「……え」
「そんでその言い訳信じたところでなんなの?俺ってそんなに都合いいわけ?看病だろうが同居だろうが代わりの女がいるみたいじゃん、そっちでどうにかしたら?ああ、もしかして代わりの女じゃなくて俺が代わりか。そりゃ失礼しました、申し訳ありませんでした。家事もろくすっぽ出来ねえ上に重ねて男だもんな、どう考えても俺が代わりか」
「かわ、女?だれ、それ」
「あーもういいよ、いっそ言ってくれなきゃ困るって。もしかしたら俺も声かけちゃうかもしんないだろ。俺とあの女で万が一どっか行っちゃったりしたらどうすんだよ、すっげえ泥沼じゃん。だからどこの誰だかくらい教えてくれても良くね、お前にしちゃよく隠し切ったと思うし。二人で仲良く家入ってったの見たから。お前の両親も知ってるんだろ、俺みたいじゃん。ああごめん、俺が代わりなんだからそりゃ俺みたいになんのか、ごめんごめん」
「ねえ、待って、見たって何?それ誰のこと?」
「だからもう隠さなくってもいいって、な?怒ったりしねえから、大丈夫だから」
半分くらい笑ってたのがようやく無理やり笑顔になった伏見が、やっぱいいや、お前もう帰れ、と突然踵を返したので手首を捕まえて咄嗟に止める。誰の話をしてるんだ、見たってなんのことだ。だって俺この一週間ほとんど外に出てないんだぞ、片手で数えられる回数しか玄関開けてない。意味が分からないなりに何とか整理しようと思って必死でこの一週間のことを思い返していると、手首を掴まれているせいで前に進めない伏見がこっちも向かずに口を開いた。
「ねえ、離して」
「や、やだ、だってお前なんか、すごい違うこと考えてる」
「考えてない」
「考えてるってば。俺だって知らないよ、誰の話してるの」
「もう帰って、頼むから」
「嫌だ、伏見。こっち向いてよ」
「俺が悪かったから、こんなにみっともなくなるなんて思ってなかったから」
「なに、が」
「いつかきっといらなくなるもんだと思ってたんだよ」
伏見の手首を俺がまだ掴んだままなのに、何故か伏見がぺたぺたと歩いて行ってしまうので、後をついて行かなくちゃいけなくなった。どこに行くんだろう、と思いながら低いつむじを見下ろしていれば、着いたのは伏見の部屋の前で。がちゃりと音を立ててドアノブを回した伏見が、振り返って笑った。
「ごめん。ほんと、なんて言ったらいいかわかんないけど」
「え、なに、なんなの、やだよ」
「迷惑かけたと思ってるし、でもやっぱり独り占めじゃないと嫌なんだと思う」
「なにが、なんの話してるの?さっきの続き?」
「楽しかったよ。お前言うことなんでも聞くし、馬鹿なとこも割と気に入ってたし」
「ねえ、嫌だ、やめて。黙って、もう喋んないで」
「ごめん、なさい。あと、いろいろありがと」
空いてた方の手でゆっくり手首を掴んでた指を外されて、死刑宣告みたいだった。みんな帰ってきたら不審がられるからお前も早く出てかなきゃいけないよ、と嫌に優しく告げられて、首を振る。聞きたくない、言わないでほしい、こんな形にだけはしたくなかったのに。
「もう、いらないから。ばいばい」
「っやだ、嫌だ!」
軽い音を立てて閉まった扉が酷く頑丈なものに見えた。触ることすら難しく思えて、板を力任せに叩こうとした手が止まる。どうしよう、こんなの嫌だ、立ってられない、目の前がぐるぐるする。へたへたと座り込んで、捨てられた動物みたいに呆然と扉を見る。なんで、なにを間違ったら、どうしてたった七日前と同じように過ごせないんだろう。
扉を叩きたい気持ちでいっぱいだ、けどきっとそれはしちゃいけない。どうしよう、どうしようって考えてもなにも思い浮かばなくて、だって本当のことはみんな話したし、でも伏見の勘違いの元は俺には分からなかった。どうか、誰か時間を戻してほしい。けちくさいこと言わないで一ヶ月くらい前まで戻してくれないか。そしたら俺ものすごく気を使ってインフルエンザその他の対策するし、伏見が勘違いなんかする余裕もないくらいにずっと一緒にいるようにする。うざったいって怒られた方が何億倍もマシだ、今のこの状況をぶち壊せる可能性があるなら未完成のタイムマシンに乗って実践失敗で死んだっていい。
「ふし、み?ねえ、俺、ごめん、どうしたらいいかわかんない、や」
返って来るわけがない言葉を期待して、扉に向かって話しかける。途中からぼたぼた涙も鼻水も止まらなくなって自分でもなに言ってんだか分からなくなってきたけど、ここにいるからってことをまず伝えなきゃいけないと思ったから、ぐずぐずの声で話しかけ続けた。本当のことしか言ってないんだよってことは勿論、出来る限り色んなこと。なにかの拍子に開けてもらえるかもしれないから、どうだって良さそうなことも全部伝えないと。
熱出したのなんて久しぶりですごい変な感じがして、暑いからって薄着になると寒気止まんなくて大変だったんだとか。うちの母は俺が寝込んでるのにずーっと伏見の心配ばっかして、あの子ちゃんと食べてるのかしらとか髪の毛乾かさないから風邪引いたりしてないかしらとか、うっかり晩飯多めに作ったりしてたんだとか。昨日と一昨日は暇で暇で仕方なかったからゲームしたりマンガ読んだりしてたんだけど、今日学校行ったら弁当からレポート貰って、こんなことなら昨日とかにやれたらよかったのにって思ったとか。そういえば弁当にはインフルエンザだって伝えてたけど他の人には一切言ってなかったら、弁当伝いに有馬は知ったらしくて、美味しそうなアイスの画像だけ送られてきてぶん殴ってやりたくなったとか。
「あと、あとね、まだあるよ」
ゲームやってたら伏見のセーブデータが出てきたんだけど、プレイ時間をよく見たらものすごく長くなってて、そんなにずっとやってる印象無かったからびっくりしたんだとか。兄ちゃんにいつの間にか彼女がいてこないだ初めてうちに連れてきて、いきなり結婚するとか言い出すからものすごく驚いたんだとか。兄ちゃんもうちを出ていくせいで、四月からあの家は父さんと母さんの二人暮らしになるみたいで、少し淋しがってたんだとか。うちにある伏見の服とかもみんな、引越しの時は俺のと一緒に詰めちゃっていいのかなって確認しようと思ってたんだとか。そろそろちゃんと家具とかも見に行かないとって思って通販とか調べてみたんだけど一人で舞い上がってるみたいで恥ずかしくなったから今度一緒に見に行こうって言おうと思ってたこととか。
「だから、っひ、ゔ、だ、からさあ」
だからここを開けてください。お願いします。なんでもするから捨てないでください。いらないなんて言わないでください。そんなことばっかり途中から言ってた気がする。床なんてもうびちゃびちゃだ。最初は雫を拭ってた袖なんて絶対絞れる。涙が垂れた先の、膝頭とか太ももとかだって、布の色はがっつり変わってる。もしかしたら俺を中心に水たまりが出来てるかもしれない。人間の体から出る水分がこんなにあっていいもんかってぼんやり思った。
最後は必死で頼むしかないのか、かっこ悪いなあ。ぐずぐずになった頭で、あと言ってないことなんかあったっけ、舌が回る内に出来るだけたくさん話しておかなくちゃ、って考えながらしゃくりあげていると、物凄い勢いで目の前の扉が開いた。
「っひ、え」
「……お前、それずるいからな」
「え、あ、っごめ、ごめんなさ」
「うるせえし、こんなとこで喚かれても困るし、お前がいるから俺も気が散るし」
「あっ、え、いたっ、なに」
「おちおち感傷に浸れもしねえし、帰れっつった、のに、帰んねえ、しっ」
「いっ、痛い!痛いごめんごめんなさい!痛い!」
がつん、ごつん、と額と後頭部の両方から音がする。言葉の区切りごとに俺の頭を結構な勢いで伏見が踏みつけるので、土下座みたいな体勢になってる俺は踏まれる度におでこを床にぶつける羽目になるわけで、その音と痛みで目が回る。これはまずい、ほんとにやばい。ぐわんぐわんする頭を引っ張り上げられて、何に満足したのかちょっと笑った伏見がそのまま俺を引きずって部屋に入ろうとするので、頼むから歩かせてください、と喚いた。なんでこんな扱い受けなきゃいけないんだ、なんでもするから捨てないでって言ったからか。そりゃなんでもするけどちょっと心の準備する時間くらいくれたっていいじゃないか、サンドバッグにしたいならそう言ってくれ。
「泣くのはずるい」
「は、あ」
「ていうか諦めが悪い」
「……ごめ」
「お前自分が悪いことしたと思ってんの?だから謝ってんの?」
「え、う……」
「なにしたの」
「それは、わかんない、けど」
「じゃあ謝んないでよ。つーか他に言うことないわけ、俺に」
「ええ……?」
「はーあ、お前は延々泣き止まねえし、あんなん聞き続けて何が楽しいわけ」
「ご」
「謝ったら殴る」
「……だって……」
「ねえ、なんか言うことないの」
「なんかって、なに勘違いしてるのかも俺わかんないし」
「勘違い」
「そうじゃないの……?」
「わかんないわかんないじゃなくて他に、なんか無いの?俺に言いたいこと」
「え、待って、考えさして」
「うん」
クッションも敷かずに床に直に座ってる伏見が、こっちを見てる。久しぶりに目が合った、でも視線を合わせていられない。すごい頭痛いんだけど、今なんとか考えなきゃ、またここを追い出されでもしたら今度は本当に後がない。なんか言いたいことって、ていうかなんでこいつこんな急に戻ってんの、そっちのが気になるんだけど。でも最後の餞別みたいな感じだったら嫌だからな、そこに深く突っ込む前になにか言いたいこと、伏見が今求めているであろう俺の言いたいことを探さないと。
「まだー」
「えっ、待って、今すごい考えてるから!出てかないから!」
「出てけなんて言ってねえじゃん」
「あった!言いたいことあった、今日まだ言ってない!」
「うん」
「好きです!」
「……は?」
「だ、だからっ、伏見のことが好」
「いや、ねえ、待って?ごめん、なに?」
違いますけど、そうじゃないんですけど、と猫みたいな緩い握り拳で殴られて、じゃあもっかい考えるから待って、絶対当てるからちょっとだけ時間ちょうだい、と焦る。違うのか、どうしよ、あと言ってないことなんてあったっけ。ぽこぽこと殴ってくる手を止めることも出来ずに必死で考えていると、もう遅すぎて待ってらんねえので正解を教えてあげよう、と胸倉を掴まれた。やだ、もういらないとか言われたくない、息出来なくて死にそうになる。思わず目を閉じれば、なんもしねえよ、とビンタが飛んできた。嘘つけ、叩かれたぞ、どこが何もしないだよ。
「正解は、全部お前の勘違いじゃねえか!謝れ!でした」
「は、え?なに、かん、え?」
「もっかい言う?」
「あっ、はい……」
「全部俺の勘違いでした、ってことにさっきお前が泣き喚きながら話してたくだらない話の間に俺は気づいちゃったわけ」
「……伏見の?勘違い?」
「そう」
「どこから?」
「最初から」
「俺は?」
「とばっちり」
「……あ、そう……」
「怒った?」
「え、や、なんか、腰抜けた……」
「ははははは!ばっかじゃねえの!怒れよ!先に!俺に!」
げらげら笑ってた伏見が途中から俺の膝に蹲ってわあわあ泣き出したから、どうしたらいいのかまた分からなくなった。なんだよ、今度は情緒不安定かよ。怒りたくないんだよ、泣かせたくもないし、笑っててほしい。ごめんなさい、今まで全部ごめんなさい、って泣かれるから、謝られるようなことなんて一つもないのになって思った。少し前からちょっとずつ、俺の知らない奴と会って外面全開で遊ぶ回数の少なくなってきたことも、二人暮らししようって決まった頃から俺が寝てる間にベッド抜けて台所で眠い目擦りながら練習してることも、知ってたけど黙ってた。だって言ったら伏見やめちゃいそうだったから。がんばってくれてることは分かってるから、謝られるようなことなんてもうないのに。
「……お前どうしてくれんだ」
「伏見声酷いよ」
「うるせ」
「うん」
「いつか、やめときゃよかったって思うからな。俺はどうしようもないぞ」
「そうだね」
「フォローしろよ。なにそうだねとか言ってんだ」
「だってどうしようもないもんはどうしようもないし」
「わあ、ひどい」
「今の伏見の声のが酷いよ。ねえそれほんとに大丈夫?」
「うるさいな。毎日泣いてると五日目にはこうなるんだよ、覚えとけ」
「そっか」
「ここでやめときゃよかったんだからな」
「なにを?伏見といるの?」
「うん」
「聞き間違いかな、死ねって聞こえた」
「言ってねえし……」
「聞こえた」
「ああはいはい、そうですか」
「お腹空いたねえ」
「味噌汁作れ」
「それじゃお腹の足しにならないけど」
「ハンバーグがあるんだろ。終電前にお前ん家行くからいい」
「おお、覚えてたんだ。あるよ、ちゃんと」
「そういえばさっき作ったコーヒー、あれ乾燥剤入れたから飲まない方がいいよ」
「なんてことしてくれてんだ!」
「嫌がらせのつもりだった」
「飲まなくて良かったあ……そんな余裕なかったけどさ……」
「明日お前暇だろ」
「決めつけんな、レポートやんなきゃいけないんだよ」
「そんなもん俺が今晩中に終わらせてやるから」
「伏見がやったら意味ないの!俺のレポートなの!」
「案内したげる、新しい家の周り」
「なに?いつ行ったの?」
「お前が兄の嫁と仲良くお買い物してた日だよ」
「……え、なにそれ、いつのことだよ……」
「もうそんなんどうでもいいから、早く」
「なに、ああ、味噌汁?勝手に作っていいの?」
「泣いたら歩けなくなったから運んで。はい、リビング」
「……しないよ、なにどさくさに紛れて甘えてんの」
「なんでもするから捨てないで」
「それはそれ、ほら立って」
「やだ」
「立って。あっ、部屋の前拭かなきゃ、まだ俺のでびちゃびちゃだ」
「小野寺」
「なに」
「……ううん、なんか、久しぶりだから」
「そうだね」
「おのでらあ」
「名前は?」
「忘れた」
「嘘つけ」
「好きです」
「う、え」
俺からじゃ顔が見えなかったので覗き込めば逃げられた。言いたいことは沢山あったけどどれも喉でつっかえて、なにから言おうか迷っていると、もそもそと小さくなった伏見が小声で、もう嘘じゃありませんよ、とか言うから泣きそうになった。とか思ってたらぐすりとあっちが先に鼻を啜ったので、お互い様。
「また泣いてる」
「ないてらい」
「鼻声、変なの。立てよ、リビング行くぞ」
「今無理、ちょっとほんと、今は駄目だから」
「抱っこでもおんぶでもして運んでやるから顔見せろよ」
「や、やだ、やめて、待って、ほんと十秒でいいから、やだってば!」
「うっわ、真っ赤。目やばいね」
「顔洗うから、もう、ほんと、やだあ……」
「怒らないでね」
「なに、早く洗面所」
「すっげえ、ぶっさいく」
「殺すぞ……ほんとに……」
「他の人に見せるのやめてね」
「こんな顔になること今後もうねえよ」
「そんならいいや」
「言っとくけど、小野寺だって泣いた形跡はあるんだからな、俺と変わんないから」
「ぶさいくな伏見の写真撮っていい?」
「撮ったら嫌いになる」
「なれないよー、五年以上先輩の俺が言うんだから間違いない」
「なる」
「なれるもんならなってみてよ、逆に」
「……早く、お味噌汁」
「あ、逃げた」
「早く」
「そんなすぐできないよ」
「できないんじゃなくてやるの」
「はいはい」
「こちとら飢えてるんだよ、早くしないと小野寺を食べざるを得なくなってくるでしょ」
「齧る?まずいよ」
「だから早くしろって言ってんのお」

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