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帰ろう


「おはよ、弁当。久しぶり」
「あ、小野寺、おはよう。もう来て大丈夫なの?体調とか」
「熱下がってから二日経ってるし。全然もう平気!すごい元気!」
「ああ、そっか。そうだよね」
丸々四日も休んでしまったから、金曜なのに月曜みたいな気分だ。兄ちゃんがインフルエンザにかかって熱出したのが先週の木曜、案の定移って俺も同じく熱出したのが土曜。熱下がってから二日は学校行っちゃ駄目だって止められて、暇を持て余した水曜と木曜。で、今が金曜。弁当にはインフルエンザになっちゃったって連絡してたけど、他の人には一切教えてない。だって下手にうち来られても困るし、伏見とか移ったらあいつ家に基本一人だし、そんなの心配じゃん。だから、遠回しな予防というか、なんというか。
授業がある程度減ってて良かった。今日だって二限終わったら三限は空きだし、四限は出ても出なくてもいいやつだ。有馬は多分来ない、でも伏見は弁当と三限あるんだったか。昼食って三限、伏見に聞いてから四限考えようかな。分かる範囲のノートとプリント、と弁当に紙を渡されてぺこぺこと拝んだ。
「なんかなかったの?面白いこととか」
「ないよ。普通」
「そっかあ、だよな」
授業始まって、まあ中身は分かったり分からなかったり。最後の授業でテストするから、なんて言葉にしかめっ面すれば、レジュメに元々書いてあったでしょ、と弁当の呆れ笑いが聞こえた。そうだっけ、俺取れる気がしない。
「落とすテストじゃないって言ってたし、平気じゃないの」
「名前書けば大丈夫かな」
「いや……それは、駄目だと思うけど……」
授業終わっても席を立たない弁当にどうしたのって聞けば、ここまで伏見が来てくれるって、と携帯を見せられた。お昼を一緒に食べる約束をしていたらしい。伏見と丸々一週間近く会わないのも今まで無かったから、なんかちょっとそわそわする。兄ちゃんがインフルエンザって分かった時点であいつにはうち来んなって言ってあったし、確実に俺が保菌者だから近寄らないようにもしてたし、ほんとに久しぶり。でももしかしたら怒ってるかもな、弁当にだけ教えて伏見には秘密にしてたから。母親も昨日言ってたしな、伏見くんご飯ちゃんと食べてるかしら、とかなんとか。今日はハンバーグだって言ってたし、食べ物で釣るみたいだけど誘ってご機嫌取らなきゃ。
「なに食いに行くの」
「学食でいいでしょ」
「じゃあ俺ハヤシライスがいいな」
「えー、やだ、まずいもん」
「うわ」
「うっわ」
「なにその顔。酷い」
振り向いたら伏見がいた。あからさまにびっくりしてしまった俺と弁当を見て不愉快そうな顔。なんか外に高校生がいっぱいいたからここまで迎えに来てやったのに、と不満を零されて謝れば、ぷいっと先に歩いて行ってしまって。弁当と二人で後を追う、じゃあなに食べに行こうか、一時間あるけど、なんて話を、そんな話、しながら。
あ、れ?
「なんでもいい」
「じゃあ学食でもいいじゃん。安いんだから」
「それはやだ、まずい。嫌だ」
「あったかいものがいいよ、寒いし」
「うどんとか?」
「伏見うどん食べたいの」
「ぜんっぜん食べたくない」
「言っとくけどあんまり高いものは食べられないからね」
「んー、あ、隣の駅前に定食屋が出来た。そこ行く?」
「いいけど」
「俺も外から見たことしかないんだよね、全部座敷で」
「……小野寺?」
「え?」
なに、なんで弁当、普通に話してんの。伏見おかしいじゃん、どうしたの、なにがあったの。何が違うのかと聞かれたら答えられないけどおかしい、気持ち悪い、無理してる。なんかが決定的にずれてる。首だけ後ろを向いて、前へ前へと歩いてるみたいだ。嫌なら定食やめる?なんて飄々と聞かれて、そうじゃない、それが嫌なわけじゃなくて、伏見どうしちゃったのって聞きたくて、でもきっと今聞いたって訝しげな顔されて終わりだ。
そのまま何も聞けずに三人でご飯食べに行って、四限は二人とも出ないって言うから、ていうか前にやった特別授業に出席した人は出なくてもいいらしくて、俺いつの間にかみんなと出てたんだって。それで、三限に行く二人を見送る途中、弁当が電話かかってきたって少し離れた合間に伏見を引き止めて、口を開いた。まだ違和感は確実に残っていて、気持ちが悪かったけれど手を引いて、目は合わなかったけれど言葉をかければ、ふと立ち止まることはしてくれた。
「あ、今日うちハンバーグでさ」
「いいなあ、俺最近食べてないや」
「じゃあ伏見の分も作ってもらうから、後で」
「行かないよ?」
笑われて、手が離れた。哄笑でも嘲笑でも失笑でもなくて、普通に笑った。別に、他人に向けてるにこにこ顔なわけでもなかった。なんでまた行かなきゃいけないの、と小声で呟かれて、追う言葉に詰まった矢先、振り向きもせずに吐き捨てる。
「来んなっつったのお前だし」
「あ、れは」
「授業始まるから、明日ねー」
なにを間違えたら、こんなことになるんだ。

悪い夢かと思った。机の端からずり落ちかけて目を覚ましたら、窓の外はもう暗くなりかけていて。三限終わった後なんとかしてきちんと話をしようと思って、でも一時間半も教室の前で突っ立ってたら流石に不審だから図書館に来て時間潰すことにして、そのまま寝ちゃったんだ。携帯の画面を確認したらもうとっくのとうに三限なんか終わっていて、伏見も帰ってしまっただろう。でも話さなきゃ、なにがあったかはよく分かんないけど、きちんと話さなきゃいけない。
なにか誤解してるのか、それともただ伏見にインフルエンザのこと教えなかったことに腹を立ててるのか。恐らく前者だろう。だって、単純に怒ってるだけ、って感じじゃなかった。色鉛筆を重ね塗りしすぎるといつしか真っ黒になるみたいな、違和感が何十にも重なって元の形が分からないような、そんな。でも俺なんにも誤解するようなことしてないんだけど、看病して自分もかかってからは家からほとんど出てないし。でもきっと伏見は俺よりもずっとずっと色んなことを考えてるから、どこかでなにかが引っかかってしまったんだろう。俺の頭じゃ分かるわけない。分からないけど、分かりたいから、おかしいってことには気がつけた。察しのいい弁当でさえ伏見が無理してることに気がついていなかった、ということは一人でなにかを抱え込んで無かったことにしようとしてるんだ。見なかったふり、上から埋め立てて無かったことにしてしまう。だって伏見は、例え自分相手だろうが、嘘をつくのが上手いから。折れてしまった自分も騙し切って、どこまでも強がって、平気に見せかけられるから。立ってるか転んでるかも分からなくなるくせに、俺よりずっとばかだ。
一応まさかとは思うけど、と家に連絡を入れたものの誰も来ていないようだった。ハンバーグどうするの、帰ってこないの?と聞かれて、ちゃんと五つ作って待ってて、と返す。両親と兄ちゃんと、俺のと伏見ので五つだ。絶対食わす。とりあえず伏見の家に行ってみよう。最近あいつ遊び歩かなくなったし、今日金曜だから夜バイト入ってるかもしれないけど、待ってれば会えるだろう。今から行くなんて言って逃げられるのは嫌だから、着いてから連絡することにして、鞄持って大学を出る。
歩いて、電車乗って、頭の中ぐるぐるしてるのはどうしようばっかりだった。話をしなくちゃどうにもならないなんて知ってるけど、本当に原因が分からなくて、もしこのままだったらって思うと怖くて。ちょっとでも長く隣にいようって必死でついてきたのに、もういらないって言われちゃったら、伏見の中で俺の価値がなくなっちゃったら、俺がどんなに頑張ったって無駄だ。自分で言うのもなんだけど、俺は頭良くないから、ちゃんと順序立てて自分の考えを伝えられるとは思えないし、伝えられたとしてもきっと論破されてしまう。どうしたらいいのかな。どうしてこんな風になってしまったんだろう。ただ伏見のこと考えてただけなのに。
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