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帰ろう



「伏見、しばらくうち来ちゃ駄目だよ」
「……なんで?」
「なんでも」
おにぎり頬張りながら普通に言われて、あっそう、なんて答えるしかなかった。そうか、なんだかよくわからないけれど、しばらく小野寺の家には行けないらしい。別に、いいけどさ。それから授業開始のチャイムが鳴るまで、小野寺は特にその話に戻そうとするわけでもなく、理由は最後まで分からないままで。有馬と笑ってるの見てたら、ねえなんでなの、なんて余計に聞けなくなった。もやもやしてるままに授業が始まってしまって、ほら、こいつすぐ寝るし。小野寺の奴、この授業難しくてわかんないって言う割に、三十分もすればうとうとしてむにゃむにゃ言い出すし。じっと睨んでいれば、それに気づいた弁当がおかしそうに小さく笑ったけど、笑いごとじゃないっての。
来ちゃ駄目だよって言われたから、今日は急遽自分の家に帰る事になった。やだなあ、家嫌いなんだよ、普通に帰りたくない。誰かのとこ遊びに行こうかなって思ったけど、小野寺の捨てられた犬みたいな顔がぼんやり頭に浮かんで、やめた。来ちゃ駄目ってことは理由があるんだろうなって、それなのに俺がどっかふらふらしたらあいつまた死にそうな顔して我慢するのかなって。それはしちゃいけないことなんじゃないかと気づけたのは最近になってからだ。今更な話だけど、やっとそう思えるようになった。きっかけというか、発端というか、そういうものはいくらでもその辺に落ちていて、俺がそれを無視してただけで。あと数か月後に迫った卒業式を終えた先、二人で住む家を見に行こうって俺が言った時に小野寺が泣いたのを見たらなんとなく、落ちてるきっかけを拾う気になった。ぼろぼろって落っこちた涙を見下ろしたら、気づかなきゃいけなかったものも、拾い損ねていたものも、たくさんその横にあったってだけの話だ。
まっすぐうちに帰るのなんて、いつぶりなんだろう。少なくとも大学入ってからはずっと、どっかで誰かと飯食うか、小野寺んち行くかの、ほぼ二択だったから。冷たい鍵を開けて、ただいまって言っても返事なんかほとんどあったことないような、静かすぎる家の中に入る。手洗ってリビングへ行けば、台所にお皿が幾つかおいてあった。晩飯いらないって言わない限り、必ず俺と姉ちゃんの分の飯は用意されてる。特に不味いわけでもないおかずに、俺の嫌いな野菜。母親は絶対、俺がサラダ食わないことなんて知らないんだ。もう既にどこかで済ませてきた時とかは冷蔵庫にそのままぶち込むけど、今日はこれを食べるしかない。まだ全然早い時間だけど、どうしようかな、暇にも程が有るしな。
とりあえず台所から出て、自分の部屋へ。鞄下ろして携帯を見れば、明日の夜飲みに行こうなんてメールが入っていたので、ごめん明日は用事ある、と反射的に返してしまった。あ、これ、行けばよかったかな。そしたら夜うち帰ってきて風呂入って寝るだけじゃん、そうしたらよかったのに、なんで行けないって返しちゃったんだ。まあきっと、捨て犬が一匹脳みそのどこかを過ったからなんだろうけど。絆されてるなあ、我ながら、なんて溜め息。
来んなっつったのあっちなんだから一回くらいいいじゃんかよ、と思う普段通りの自分と、やっと分かったとかお利口さんぶったこと今さっき言ったとこじゃねえかふざけんな、と思うここ最近出てきた自分が睨み合っている気がして、大変うざったかった。この、小野寺に絆されきったかわい子ぶりっ子してる自分が、ほんとになに考えてんだか分からないのだ。自分の利ばっかり考えてきたくせに、あいつが俺のせいで傷つくって思うと、頭の中がぐしゃぐしゃってなる。そんなの本当に今更なのに、ここまできてそんなこと思うくらいなら、最初からやらなきゃよかったのに。小野寺がいるのに遊び回るのは悪いこと、なんて思ったこと今までなかった。一人は嫌いだから、あいつが一緒にいてくれない時は他の奴といる。イコールで結びつく、単純明快で至極当然のことじゃないか。なのにあいつをほっぽって誰かのところに行くのは酷く悪いことな気がして、なんでかって小野寺が傷つきましたって顔をするからなんだけど、でもだからって、じゃあ俺に一人ぼっちでいろって言うのかよ。
「……あー」
もう考えるのやめた。時々突然意味わかんない行動を取ろうとする自分は、きっとあの理解不能の犬ウイルスに侵されてしまったんだとでも思おう。悪いなって思う気持ちと、一人で居ることに対する嫌悪がぶつかると、いつも嫌悪が勝つ。けど、今日はかわいそうな小野寺の顔がちらちら覗いてきたから珍しくそっちに傾いただけだ。ていうか来ちゃ駄目だって言うならうちに連れこみゃ良かったじゃん、くそ。あいつ授業終わったら俺のこと置いてそそくさ帰りやがって、なに考えてんだよ。
携帯だけポケットに突っ込んでリビングへ。レンジに皿入れてボタン押して、ぼーっと眺める。さっき時計見たら、まだ六時過ぎだった。こんな時間にうちいるとか、しかも今から晩飯とか、あり得ないだろ。でもすることないし、腹減ったし、どうせ暇だし。ぴろぴろと鳴る電子音にレンジを開けて皿と箸持ってテーブルに移動。テレビつけてチャンネル回して、手を合わせてもどうせ一人ぼっちだ。
「いただき、ます」
あー、お味噌汁飲みたい。小野寺が作る、毎回味が違うやつ。

「……………」
寝覚め最悪な気分で起きて、ぼんやりと大学行く支度をする。どうせ今日は昼からだし、ていうかもうあんまり授業自体もないし。朝昼兼でなんか外出て食べたいから、どっか行こうかな。まあお腹空いたからとりあえず、と台所を漁って置いてあった菓子パンをもらう。うん、これ好きくない。朝飯にも満たない量のパンを行儀悪く食い切って、もそもそとスウェット脱いで寒さに震えながらお風呂場へ。髪の毛から滴る雫がうっとおしい、切っちゃおうかな、うざいし。巫山戯交じりに小野寺に切ってって言うとあいつ必ず土下座するんだ、あの時はどうかしてましたって。どうかしてるのは大概いつも俺の方なんだけど、小野寺がぷっつんしてしまったあの時にざっくり髪の毛切られたの、案外邪魔じゃなくて良かったんだよな。あれでいいからもっかいやってくんねえかな、またあのぐらい傷つけて怒らしたら切り刻んでくれんのかな。
なに着て行こうかな、とクローゼットをがらがら開ければ、ここ最近の洗濯物に混じって小野寺の服がいくつかあった。あれもこれも着て来ちゃったやつだ。反対に奴の家にも俺の服が上下共に数着置いてあるんだけど、それはうっかり支度も無しに泊まった時用のやつなので、あれとこれとじゃ用途が違う。わざわざ返すのめんどくさいな、どうせもうすぐ同じとこに住むんだし、このままでもいいか。せっかく出てきたし着て行ってやろう、あいつきっとこれ見たら不思議そうな顔するんだろうな、楽しみ。
電車乗って、目的の駅まで十数分。この辺じゃ割と大きい方に分類されるはずの駅ビルをうろうろしてたらお腹が可哀想なくらいきゅるきゅる鳴り出したので、店に入った。新発売って書いてある広告ぼーっと見ながら順番待ちして、適当に食べれそうなやつのセット頼んで、席に座ったとこで気づいた。
「……あれ」
せっかくオーダーメイドできるサンドイッチ頼んだのに、色々抜いたり足したりするの忘れた。えびとかベーコン足したかったし、パン焼いて欲しかったし、野菜減らせばよかった。オリーブとかいらなかったのにめっちゃ入ってるんだけど。ちょっと楽しみにしてた理想のサンドイッチががらがらと崩れて行くのを呆然と見て、溜息。いつもだったらちょっと間違えても小野寺が野菜は食べてくれるし肉寄越せっつったらくれるから、注文の時どうしてたかなんて覚えてない。これでもかと言わんばかりに詰め込まれた玉ねぎにトマトにレタスに、他になに入ってたっけ、ともやもやしながらかじった矢先にピーマンが出てきたのでがっくり肩を落とした。野菜入りすぎ、それが売りなのは知ってるけど。なんでそんなのわざわざ頼むの、と呆れ顔をする小野寺を思い出したものの不愉快で、お前がいねえからこんな野菜まみれの食わなきゃならなくなってんだ馬鹿、と頭の中で蹴り転がしておいた。
もうやだ、無理矢理健康にされた気分。腹は満たされたけど満足感は得られなかった昼食を終えて、ふらふらと大学へ向かう。図書館でも行こうかな、うるさくないし、と駅から歩く道の途中、横断歩道の向こう側に弁当を見つけた。
「あっ」
「おはよう、伏見」
「ねえ聞いてよ、俺今サンドイッチ食べてきたんだけど、そしたらね、野菜が」
「一人だったの?珍しいね」
ちょっと驚いた顔の弁当に、そりゃ俺だって一人でふらふらすることだってありますよ、と告げれば、そういえば散歩好きだったね、と返されて首を傾げる。いや別に、散歩は好きじゃないけど、誰から聞いたの、それ。一人でうろうろするの好きじゃなかったっけ、と言われて頷くけど、それって散歩じゃなくない。
「え?そう?」
「川っぺりとか歩いてたら散歩だけど」
「それ以外にどこ歩くの」
「だから、いろんな店見たり」
「買い物?」
「買わない、見るだけ」
「はあ」
説明したもののよく分かりませんって顔された。弁当はしなさそうだもんな、買わないのに見るだけみたいな、悪く言えば冷やかし。小野寺と有馬はなんだかんだで割と、いろんなとこに二人で行くらしい。ただお互い金がないから、いっつも見るだけ見て安い飯食って帰ってくる。時たま小野寺がピアス買ってきては穴が足りねえって言ってるけど、別に持ってるピアス全部耳に刺さなきゃいけないわけじゃないだろって毎回俺は思う。いくつ開けてやったと思ってんだ、もういいだろ。
それ小野寺のやつ、と弁当に服の袖を引っ張られて、でかいから上着として着て来たんだと見せればちょっと笑われた。なんだよ、案外あったかいんだぞ、中もこもこしてて。結局図書館に行くのはやめて、空き教室で少しだけ空いた時間を潰すことにした。ぐだぐだと喋っている内に知らない人が入ってきてしまったので、次の授業の教室に移動して。
「あれ?小野寺だ」
「ん」
「……どっか行くね」
「うん」
後ろの方の席からは、入ってくる奴が丸見えで。携帯の画面見ながら俯きがちに歩いてる女の子にぶつかりかけて、あわあわしながら謝ってる小野寺は、こっちに気づかなかったのかふいっと奥の方へ歩いて行ってしまった。授業始まるまでには気づくだろうと頬杖つきながら小野寺の背中を見ている間に、時間はどんどん過ぎて。
チャイムが鳴っても小野寺はこっちに来なかった。わざと、来ないように見えた。なんて言ったっけ、小野寺と前に授業が一緒だったことがある奴。顔は見たことあるけど話したことないからよく覚えてない、仮に田中としておこう。田中と楽しそうに喋る合間、ふいにこっちを向く。確実に気づいてるくせに、目なんかがっつり合ってるくせに、手を振るわけでも声をかけるわけでもなく、見なかったふり。なんなんだよ、なんで俺がそんなことされなきゃいけないわけ。またなんかしたかと思ったけど、でも最近は誰かと遊びに行ったりもしてない。お前が死にそうな声で泣くからやめたんじゃん、なのになんなの、俺がなにしたっていうの。突然来んなとか言うし、昨日もいきなりいなくなるし、理由があるなら話せっての。
「伏見なにそれ!小野寺のじゃん!あれ、なんで小野寺いねえの?休み?」
「あっちにいるよ、山内と一緒に」
「つーかお前うっせ」
「いてっ、なんだよ、なんで殴るんだよっ」
「一発で済んだことに感謝しろよ」
「あ!?……あれ?ほんとだ、お前どうしたの、もっと殴んなくていいの?」
「うぜえ、マゾかよ、きめえ」
鳴ってから来たって遅いんだよ馬鹿が。うるさいジャージ男を足蹴にしても全く苛々が晴れなかった。ていうかなんで俺がこんなに腹立てなきゃいけないの、馬鹿が二人から一人に減ったのはいいことじゃん、静かだし。
結局昼飯前にうろうろしたのが祟ってか、授業の後半はうっかり寝てしまった。弁当に申し訳ないと思いながらノートを見せてもらえないかと頼めば、疲れてるんじゃない、と心配されてしまって。そんなつもりはなかったんだけど、ちょっと気を抜いたら時計がものすごい勢いで進んでただけなんだけど。
「やーい寝てやんの、ばぎゃっ」
「黙れカス。ごめんね弁当、今日バイトとか大丈夫?」
「ううん、今日は無いから平気。ゆっくり写していいよ」
「鼻!鼻は駄目だろ!血とか出たらどうすんだよ!」
「青緑色とかじゃなければ大丈夫だろ」
「赤いけどさ!俺も人間だからね!赤いけど!」
うるさい馬鹿を千切っては投げながら、今度こそ図書館にでも行ってノートを写そうかと思っていたら、昨日野菜とかが仕送りで届いたから鍋でもしようかと思ったんだけど来ない、とお誘いをいただいて。別に無理にとは言わないし、疲れてるなら家帰った方が、と続ける弁当を引きずるようにして方向転換。弁当の家に向かうことにした。そんな遠慮しなくてもいいんだよお、と弁当に告げればいつの間にか逆転した立場についていけなかったのか目を白黒させていた。面白いな、びっくりしてる弁当。
「あ?なんでいんだよ、有馬は帰れよ」
「残念でした、俺のが先に誘われてます」
「誘ったっていうか、仕送りたくさん来たって言ったら有馬が鍋やろうって」
「お前が来ると飯がまずくなるから帰れよ」
「それならお前が一番来ちゃいけないはずだろ、下手くそなんだから」
余計なことを言う有馬の目に指をねじ込んで、スーパー寄って弁当の家へ。どうせなら小野寺にも声掛けよう、と道中有馬が連絡を取ったものの、ごめんね今日は行けないや、と端的な言葉しか返ってこなかった。なんでだろうね、と不思議そうに聞く二人に、んなこと知んねえよと言うことも出来ずに、なんでだろうねえ、と笑って見せた。

ふらふらと、弁当の家から帰ってきたのが深夜一時。ざっとシャワーだけ浴びてベッドに飛び込んだのが一時半、上手く寝れずに魘されて飛び起きたのが三時。そこから必死で眠気を辿って、ゆらゆらと漂う意識の中で聞こえてきたのが母親が家を出る音。なんだ、朝か。
「……は、あ」
がんがん痛むこめかみを押さえて携帯を見ても、昨晩と何の変化もなかった。別に、なにかを期待しているわけじゃあないんだけど。今日学校ないやって事を思い出すのに時間がかかって、しばらくベッドの上でぼおっと過ごす。あまりにも覚醒しない意識とそれに反して痛む頭に苛々して、水でも被って無理矢理目覚めてやるかと部屋を出たところ、姉と会った。
久しぶりに見た姉は驚いたようにこっちに目線を寄越して、なにも言わずにたかたかとリビングの方へ行ってしまった。なんとなく、本当に何の気なしに、その背中を追う。どこか幼い頃に戻ったみたいな気分だった。嫌いなものばかりの外から苛々しながら帰ってくると、先に帰っていた姉ちゃんがソファーに座って宿題してるんだ。俺はその隣でおやつを食べてて、なんて小さい時の日常が今に被って、なんでだかはよく分からないけど。リビングを覗き込むと、冷蔵庫の中身を覗いていた姉がこっちを見て、ぼそりと呟いた。
「寝癖」
「……あ、あー……」
「あんた最近家にいるんだね」
「え?」
「ご飯が、冷蔵庫にないから」
だから家にいるって分かったって、そりゃそうなんだけど。確かにここ最近は晩飯外で食うことあんまりなかったし、小野寺んちで食う時は大概連絡入れてたからもともと用意されてなかったんだろう。こいつよくそんなとこまで見てんな、と思いながらぼーっと突っ立ってれば、邪魔なんですけど、と退かされた。姉の片手に牛乳、もう片手にはお皿持って、テーブルの上にはもう既にシリアルが出てて、あれ朝飯かよ。ざかざかとお皿にオールブランてんこ盛りにしてる姉に、それくそまずくない、と告げれば知ってるって返ってきた。じゃあなんでわざわざ食うんだよ、まずいんだろ。
「まずくてもいいの」
「なんで」
「いいの」
「……変なの」
「子どもには分かんないのね」
あ、馬鹿にされた。むかついて、リビング出て扉を閉めてお風呂場へ。シャワー浴び終わって出て来た時には姉はリビングにいなくなってた。まあ、別に、何の会話があるわけでもないし。卒業したら家出るって話は親にしてあるし、そこから姉には伝わってるだろう。
さてなにをしよう、とソファーに横になってがしがしと頭を拭いているとお腹が空いてきたので、冷蔵庫を漁って適当なものを食べる。ご飯をレンジであっためたら中心だけ何故か冷たくなっちゃったけど、まあ食えるからいいか。しばらく何も思いつかずにテレビ眺めて、引っ越し先のマンションでも見に行くか、と思った。どうせ暇だし、することもないし。中には入れないだろうけど、あっちの方探検したことないから、いろいろ歩いてみよう。全く地の利がない状態よりかは、どっちか片方だけでも知識があった方がいいだろう。よし決まった、準備してすぐ行こう。
電車乗って、うっかり座れちゃったもんだから揺れが心地良くてうとうとしたりして、目的の駅に着くまでに若干大回りした感はあるけど、ようやく着いた。とはいってもまだ昼前、でもお腹空いたな。どうしたもんかと駅前をぐるぐると歩き回った挙句に、あったかいコーヒーとミラノサンドを買った。昨日はサンドイッチで酷い目見たからな、今日は期間限定とかじゃなくて一回食べたことあってそれなりに食えたやつを買うことにした。一昨日の夜はご飯、昨日の朝昼がパン、夜は弁当の家でご飯、今朝はご飯、昼はパンってなかなかバランスいいんじゃないだろうか。麺類だな、あとは。
もそもそと行儀悪く頬張りながら、あまり人のいない道を歩く。駅前はある程度開けてるけどちょっと入ったら静かな住宅街って感じで、うるさくなくていいや。大通り沿い歩きながら、ちょっと脇道入ってうろうろしてみたりして、スーパーとかコンビニとか発見。車通りの多い道から一本入ると少し寂れた商店街があって、パン屋さんとかお肉やさんとかクリーニング屋さんとかあって、なんかドラマで見たことある古き良き風景って感じ。ここで帰りに買い物したりすんのかななんて思いながら、お肉やさんでコロッケ買った。ちょっときょろきょろしながら商店街抜けて、また住宅街しばらく歩いて、目的のマンションへ。
駅から直接来たらこんなに時間かかんないはずだから、電車の着いた時間から考えて、今日は寄り道が過ぎたんだろう。マンションの前で方向転換、来た道と違う道を戻る。反対側の駅にも行ってみようかな、ちょっと距離あるけど小野寺ならあのくらい余裕で歩くだろうし。
駅で路線図見上げてたら、小野寺に会いたくなった。来んなとは言われてるけど会うなとは言われてない、地元の駅についてから連絡したら来てくれるだろう。それとも今日バイトかな、返事なかったらそっち行ってみてもいいし、なんか分かんないけどとにかく無性に会いたくて仕方がない。昨日の態度の理由も聞きたい、なんで家に行っちゃいけないかも聞きたい、今日見たことも話したい。一人は嫌いだって知ってるくせに、ほっとく方も悪いんだ。乗り慣れない電車に揺られて、乗り換え一回すれば、使い慣れた駅に着いた。今駅にいるんだけど、とメールして返事待ち。ふらふらと本屋とか見て回っていると、携帯が震えた。
「……ん」
迎えに行くよとか、家までおいでとか。てっきりそういう内容が書いてあると思ったら、開いた返信にはそっけなく、今日は会えないよ、とだけ書いてあって。なんでだよ、こないだから会えないとか来んなとか、理由くらい教えてくれたっていいだろ。無性にむかついて、これで大人しくはいそうですかって帰るわけねえだろ、阿呆か。ぶん殴ってやる用に週刊の漫画雑誌一冊買って、ずかずかと小野寺の家へ向かう。来んなとか言うなら理由を言えよ、分かんないから行っちゃうからな。いつもだったら寄り道するコンビニ無視して、普段は通らないような家と家の隙間の細道無理やり抜けて、小野寺の家の通りに出た時だった。
「ぁ、……え」
向かいから歩いてくる二つの影と、その手にぶら下がった大きめのビニール袋。両方とも知らない顔、少なくとも片方は見たこともない。短めの髪がふわふわしてる隣で、お前ああやって笑うんだ、そんな風に笑えるんだ。袋の中にはペットボトルとかレトルトパックとかが見える。身長差、頭一つ分無い位。頭ががちゃがちゃする。脳みそ溶けてなくなりそう。家の扉を開けて入る時に自分が必ず後だってことは知ってる。俺が何回先に入れてもらったと思ってるの。部屋に椅子なんか一個しかないじゃん、どうすんの?ベッドに座るの?二人で?なにそれ、馬鹿みたい。超笑えるんだけど。ああ、もうちょっと猶予が欲しかった、もしくはあと少し早く教えて欲しかった。あの家一人で住むとか、俺のことどうしちゃいたいの。まあいいよ、そんなこと。ていうかさ、いらなくなるなら元から欲しがるなよ。捨てるとゴミになる。お前さえ欲しがらなければ他の誰かが有効活用してくれたかもしれないじゃないか。とかやってる間に部屋の電気がついた。辺りはとっくに暗くなっていた。俺の目の錯覚とかじゃなくて、本当に暗くなっていた。なんか寒い、温かいものが食べたい。例えば、そうだ、お味噌汁とか?だめだ、今そんなもん食ったら吐く。見ただけで吐く。ピアス食べたい。食べられないなら飲む。そんで喉詰まらせて病院送りになったら会いにきてくれる?それともそういうのも二人で来るの、だったら病院なんか行かないでその場で消えたい。出来るだけ滑稽な理由でいなくなりたい。思いっきり定番ど真ん中のラブストーリーにあるみたいな、逃避行してみたかった。俺が大っ嫌いなやつ。
つまりは、そういうことなわけだ。
来るなっていうのも、避けるのも、そういうことだったわけ。

気づいたら家にいた。雑誌は知らない内にどっか行ってた、きっとゴミになったんだ。置いてあった晩ご飯を、何となくあっためないでそのまま食ってみたら、案外行けた。吐かなかった。なんだ、平気じゃん。平気平気、大丈夫。月曜日からまた元気に学校行こうっと。
行こう、っと。


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