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おはなし



「ロング」
「髪長いならまっすぐが好きだな」
「わああああ!あああああ!」
「いてえ!いってえよ!」
「うるさいな、なんなの」
航介の言葉を受けて、ばっしばしと背中を叩きながら騒いでいた有馬に弁当がマグカップを渡す。テレビの正面から時計回りに、朔太郎、有馬の隣に航介、伏見と俺、そのまた隣に弁当が収まった。六人で炬燵は結構きついんだけど、暑くなった奴からごろごろ出てくと思うし、大丈夫だろう。弁当とか航介とかが気を使って足を折ってくれてるから、炬燵の内部は四人分だ。助かる。
「黒髪でストレートのロング!」
「いいよな、清楚っていうか?大人っていうか?」
「ほら!ほら弁当!黒髪で!ストレート!」
「え?うん、なに?うん」
「何で話振られてんだか弁当分かってないじゃん」
「なんかあったの?黒髪でストレートのロング事件」
「……え……?」
「お前に散々話したろうがよお!」
どたばたと一人で騒がしい有馬を横目に朔太郎が、なに?元カノ?とか言い出した。俺は詳しいことを知らないから、そうなの?と弁当に聞けば、確か女の子の好みの話だったはずだと教えてくれた。伝言ゲームのように反対側の隣にいた伏見に、有馬の女の子の好みだって、と教えれば本当に心底どうでも良さそうな顔で、死ぬほどどうでもいい、とすっぱり切り捨てられた。うん、有馬の好みよりお菓子のが大事だよな、俺もそう思うよ。
「それうまい?」
「うん。航介あげる」
「おー、ありがとな」
「俺も!俺も!」
「黙ってろカス。はい弁当、いっこあげる」
「ありがとう」
「伏見くん俺も!俺にも!」
「……………」
「俺にも一つちょうだいよ」
「……ん」
珍しく俺にも一本くれた。朔太郎に目が行ってるからだろうか、極限まで厳戒態勢でがっつり警戒してるもんな。そんなの物ともせずへらへらしてる朔太郎の隣で普通に断られてしょんぼりしてる有馬があまりに可哀想なので、俺のはあげることにしよう。すげえ喜ばれたけど、食べる前に一時停止した有馬が二つに割って結局半分くれたので、こいついい奴だなあと思った。
「朔太郎はねえの?好みとか」
「んー、そんなに。目と口の位置が逆とかだったらちょっと引くけどね」
「怖すぎるだろ」
「しかもちょっと引く程度なんだ」
「逃げた方がいいよ」
「顔見て逃げられたら女の子傷ついちゃうだろ!」
「……そもそも目と口の位置が逆だったら人間じゃないと思う」
航介や有馬、俺に口々に否定され、尚且つ弁当にきちんと諭された朔太郎はぶすくれてしまった。傷ついちゃうだろとか言える優しさはとてもいいことだと思うんだけど、なんというか、怖すぎるんだよ、例え話にしたって。目と口が逆って、うっかり想像しちゃった奴が可哀想じゃないか。弁当一瞬すごい顔になってたし。
「ていうか航介、ストレートがどうたらとか、何言ってんの?」
「あ?」
「お前、ある程度年行った人ならすぐ綺麗だなーとか言い出すじゃん」
「ああ、そういえばそうかも。昔から」
「だよねー、こいつの場合見た目じゃなくて年齢だよね」
「航介年上好きなんだ」
「お、う」
「年上っていうか熟女趣味なん、ったあ!なんで今俺叩かれたの!」
「ちげーよ!馬鹿!」
事態について行けなかったらしい有馬がぼけっとしながら、俺も年上は好きだけど、とか言って、そういうのと違うんだよ、こいつのはもっとやばいやつなんだよ、と朔太郎に耳打ちされていた。それを力づくで引き剥がそうとしている航介にばれないように、いつの間にやらお菓子を一人で一つ空けてしまった伏見に聞く。つーか食いすぎだよ。なに黙ってりゃバレませんみたいな顔してんだよ。
「ねえ、熟女ってどんぐらいの人」
「三十路以降じゃないの」
「上は?」
「知らない。航介に聞いたら」
「有馬も守備範囲広くないっけ。ほら、前なんか話してなかった?」
「あ、この人と一緒にしないでください」
「てめえ!」
「なんだよ!流石にお前と同類にされたかねえんだよ!」
「三十路と言わず四十オーバーが恋愛対象だもんねー、航介は」
弁当にも朔太郎にも航介の趣味趣向は周知らしく、元凶の朔太郎は航介に締め上げられてる。弁当の言葉を聞き逃さなかった伏見に、女ならなんだっていいのかよ、と冷たい目を向けられた有馬が焦りもせずしれっと、だから航介のそれとは違うってば、と普通に反論したから伏見はつまらなかったようだ。
隣に座っている航介が移動して朔太郎を黙らせることで手一杯になっているのを見て、お茶飲みたい、と弁当の服を掴んだ伏見が炬燵から出て行った。頬を引き伸ばされながらそれでもこっちを向いた朔太郎がもごもごと話し出したので、何とか内容を聞き取ろうとする。なんか言ってるけど、と試しに有馬が告げたところ、抓り上げている頬を航介が離す気配は全くなかったので、なんとかして解読しなきゃ。
「なあ、おい。今朔太郎なんか言ったけどって」
「どうせろくでもねえことだよ!黙ってろ!」
「うぐー、ふひにふうろころりほはあ」
「今のなんて?」
「当てっこしようぜ」
「不死身風、えー……ロボ」
「なんだそれ、強そう」
「いくら朔太郎でもそんな突然ロボの話しねえだろ」
「なあ、さっきなんて言ったかもっかい言って」
「ふひいふうおおろへらふんあふひはっへんほ」
「あっ、さっきと変えやがった!」
「駄目だもう、不死身風のロボとしか聞こえないよ俺」
「小野寺は自業自得だけど俺もそうしか聞こえねえんだよ、なんつったのお前」
「ぶはっ、いったあ。ほっぺた千切られるとこだった」
「いいからなんつったか言えよ」
「伏見くんの好みとかは?って言ったんだよ、ロボなんて言ってない」
「なんだ、伏見の話かよ。あいつ話が通じる人間相手なら誰だっていいんだ」
「えっ、じゃあ俺も範囲に入ってるじゃん!」
「え、なに……?話通じたことなんてあった……?」
「確実に入ってないことだけは確かだって俺でも言い切れるわ」
「嘘こけ、お前が伏見くんの何を知ってるんだ」
出会って数日の癖にさ!と朔太郎は息巻いているけれど、それ全部ブーメランで自分に戻ってきてる。有馬の言った通り、確かに伏見には好みとかあんまり無いかもしれない。会話が出来る相手ならいくらでも猫被るし、外面ばりばりで色んな女の子と遊ぶし。好きよりも嫌いの方がはるかにはっきりしてる。ていうか基本的に自分が一番可愛いからそれ以上のものが存在しないんだよな、あのナルシスト。これ言ったら怒られそうだから言わないでおこ。
あいつ彼女だか何だか微妙な感じの女の子取っ替え引っ替えしやがるしさあ、と零した有馬に、元の場所に戻って来た航介が愕然とした目を向ける。時々彼女紛いの女の子といるのは根本的に外面固める為にやってることだから伏見本人には何の感情もない関係だから取っ替え引っ替えなんだけど、そんな話をわざわざ素で懐ける航介にするわけないから、知らなかったんだろう。
でも別に遊び歩いてるとかそういうつもりじゃあ、悪気があるのとは違うだろ、と有馬と俺に聞いてくる航介を見て朔太郎がげらげら笑っている。残念ながら百パーセント打算なんだけど、航介そういうの良しとしなさそうだしな、伏見が自分からバラすんならまだしも俺とかが言っちゃうのはな。有馬も微妙に察したのか、二人で顔を見合わせていると、ひーひー言ってる朔太郎が口を開いた。
「航介には縁のない話だよ、伏見くんとはやっぱり生きる世界が違ったんだね」
「うっせえな!俺だって別に、そういうことするし」
「無理すんなよ、熟女趣味なんだから。そんなことしたことないだろ」
「人見知りだって言ってたし、仲良くなったら多少距離が近くなっても普通だし」
「認めろよ、伏見くんとお前の間には埋まらない距離があるんだよ」
「ねえよ!おんなじだろ!逆になにが違うんだよ、そうだよな!?」
「……ごめん、航介、それは……」
「なにが違うかっつったら、何もかもが違うんだけど……」
「なんなんだよ!」
伏見のが悪い、って意味で何もかもが違うと言ったんだけど、航介は反対の意味で受け取ったらしい。朔太郎なんか笑いすぎてついに炬燵の下まで埋まってしまった。かたかたといくつかマグカップをお盆に乗せて戻ってきた弁当がなにがあったと言いたげな顔をしたけれど、その後ろで自分用のカップをちゃっかりキープしてる伏見が真顔でこっちを見てくるので話すのはやめた。察し良すぎるだろ、化け物かよ。お前が遊び歩いてるのが悪いんだろ、と言ってやりたかったけど確実に言い返されてけちょんけちょんにされるので、黙る。
「はい、コーヒー」
「わあー、伏見くんありがとー」
「……………」
「照れ屋さんだなあ!横顔もかわいいよ!」
「朔太郎、詰めて」
「えーやだ、当也がそっち座ればいいでしょ。俺と交代で、有馬くんの隣」
「あいつがあそこ座ったら席変わってやるからな」
「うん……航介ありがとう……」
「なんでえ!一人分間開けてるじゃん!ひどい!」
「一人分だと手が届いちゃうからだろ。ほら、どきな」
「なに?これどれでもいいの?カップ決まってたりとかすんの?」
「しない」
渋々朔太郎が元の位置に戻った。そういえば伏見と朔太郎は必ず対角にいるような気がしてたけど、手が届かないようにだったのか。そりゃ二人挟んでれば届かないよな。真っ正面じゃ視界には確実に入るのに、って不思議だったんだけどそれが理由だったなら仕方ない。そもそも伏見ずっと顔上げて前向いてる人じゃないしな。なんか食いながら俯いてるかどっか別の方見てるか寝てる。
有馬の言葉を皮切りに、適当にカップを取って行く。茶色のカップが二つに黄色が一つ、弁当と伏見が早々と確保してたのが黄色で二つ。なにも気にしていなかったんだけど、両脇でなにやら神妙な顔をされて首を傾げていれば、ぱっと顔を上げてこっちを見た航介が言った。
「なに入れた」
「えっ」
「ええ!?俺もう一口飲んだ!」
「あ、ううん、有馬のは平気、黄色だから」
「……俺のと、朔太郎のと航介のは……?」
「おい、茶色になにした」
「なんにも」
「伏見」
「違う、ほんとに今回は俺悪くないもん」
「俺が間違えて出しちゃったから、伏見は親切でしてくれただけで」
「ねえ、だからなに入れたの」
「……塩……」
「し、おかあ……」
しばらく沈黙が流れる。まあ味の素みたいな変わり種じゃなかっただけマシか。どうやら、弁当が砂糖だと思って出した容器が塩で、伏見はそれに気づかず茶色のカップのどれかに入れてしまったらしい。なんというか、自分は砂糖入れる派だし、伏見はそれを知ってるだけに、余計に責めづらい。弁当も砂糖入れるし、相手的に考えて悪気は本当に無かったんだろう。らしくもなく親切するからこうなるんだよ、悪い子のくせに。
本気でこんなつもりじゃなかったんだろう、膨れてる伏見をこれ以上突っつく気にもなれず、なんとかならないかと考えていたら、安全だと分かり切っている黄色のマグカップを持った有馬が口を開いた。
「そういや、コーヒーに塩入れるとおいしいって俺聞いたことある」
「あー、知ってる。ぱらぱらってちょっと入れるといいんだって」
「そうだよ、深みが増しておいしいよ」
「ちょっと当也、なに良い話に持って行こうとしてんの。確実にまずい量でしょ」
「何杯入れたんだ、正直に言えよ」
「え……やだ……みんなまた馬鹿にする」
「しないしない」
「もうみんな知ってるからしない」
「天丼そんな重ねられても面白くないし」
「うるせえな!ネタじゃねえよ!馬鹿にしてんのか!」
「うへへ、伏見くん困ってるかわいい」
「ちょっと朔太郎は黙ってて」
「で?どのくらい入れちゃったの」
「……丸々一杯、気づく前に他のカップと混ざって」
「え?じゃあ塩入ってるのは一つだけ?」
「うん」
「ロシアン伏見か……」
「ふしみんルーレットのが語呂がいいよ」
「なんかむかつくだろ、それ」
「俺小野寺くんの方に一票」
「ほら、朔太郎がこっちがいいって言うんだから、ふしみんルーレット決定」
「うるせえな」
んなもんどっちだっていいからとっとと飲め、と伏見に急かされてマグカップを見下ろす。だから俺砂糖入れたいんだって、もしこれが塩入りで上から更に砂糖入れちゃったらどうなるかわかんないじゃん。絶対美味しくはないでしょ。一気飲みする気にはなれなくてもごもごしていると、いや待てよ、と航介が話し出した。
「つーかなんで二人して黄色持ってんだよ。安牌選んでんじゃねえよ」
「三つの内どれだかわかんないなら伏見くんと当也で二つ埋めるべきじゃない?」
「……え、いや、それはさあ」
「なんでわざわざまずいって分かってるの取らなきゃいけないの」
「航介さえ気づかなけりゃ済んだ話なのに、めんどくせえことしてくれたから」
「俺に失敗作飲ませて嫌な顔させたいの?小野寺ってそんな奴だったんだ」
「えっなに?俺?なんて?」
「あのデコ金パが黙ってりゃなんかこれ味変だねって笑って終われたのにね、小野寺」
「あ、はい、うん」
「おい誰だ、デコ金パって」
「それは航介だろうけど、なに両脇から言いくるめようとしてんの、ずるいよ」
「すげー、馬鹿から懐柔されてくんだ。俺あっちにいなくて良かった」
「どうせ俺んとこに塩入りが来たらお前が飲むんだしさあ」
「そ、そうでしょうね」
「伏見のせいにしていっつも料理下手だからって笑い者じゃ可哀想だよね」
「ああ、うん、そっかな……」
「小野寺も俺のせいにするの?がんばって練習してるのに?」
「今後のためを思えば塩入ってるコーヒーくらい安いもんだと思うよ」
「そっか……皮が全部付いたままの玉ねぎとかよりは……」
「え?そんなもん食わされてんの、小野寺」
「皮付きってなに?あの茶色いやつのこと?」
「あっ馬鹿!しーっ!黙れ!」
「あいた、痛い、ごめん!」
「ていうか畳み掛けられて納得すんなよ」
「いつもああやって言いくるめられてるの?馬鹿二人は」
「ば……え?馬鹿、え?俺と小野寺のこと?」
「ははは、かわいそうな脳みそだなあ」
とか言ってる間に俺飲んじゃったけど別にまずくなかったよ、と朔太郎にカップの中身を見せられる。ほんとだ、空っぽだ。ということは、俺が航介のどちらかが塩入り。早く飲んじゃえ、と両隣に急かされてあわあわしていると、嫌そうな顔で溜息をついた航介がカップを傾けた。
「お」
「あ」
「……まっず……」
「どんくらいまずい?」
「いやほんと……なんか、微妙な味がする……」
「小野寺くんよかったねー」
「砂糖あるよ」
「航介、なんかごめんね」
「あー、いい、そんな吐くほどまずいわけじゃねえし」
飲もうとすれば飲める、と笑った航介を見て弁当がぼそりと、流石は下手物食い、と呟いたけれどこれは聞こえてたら多分怒られるやつだから秘密にしておいた方がいいだろう。暑くなったのか炬燵から出て床にごろごろと寝転がった有馬が、リモコンを背中で踏みつけてテレビをつけた。いててって聞こえたってことは落ちてることに気づかなかったんだな。
ぽちぽちとチャンネルを回して落ち着いたのは、この中で童顔のお母さんはどの人でしょう、みたいなクイズだった。五分の三で小学生、見事に二人のお母さんを当てることが出来るか、なんて煽り文でみんな口々に自分の番号を言い出す。俺こういうのわかんない、普通の人相手でもあの『いくつに見えます?』っていうの当たった試しがないんだ。みんな小学生に見えるし、言われてみれば全員子持ちのような気もしてくるし、わけわかんなくなってきた。
「五番の人と思う、俺」
「二番」
「俺も二番」
「有馬の目なんか信用ならないからな」
「んだと!絶対五番はお母さんだから!賭けるか!?」
「二番が子持ちにポッキー」
「有馬はこの先三連で外すにメルティーキッス」
「外さねえよ!間違ってたらなんでも奢ってやるよ!」
「そういうことしてるからすぐお金無くなるんだよ」
「小野寺くんはどの子が好き?」
「えっ、好き?好きかあ、どれかなあ」
「……お前面食いじゃん、一番可愛らしいの選べよ」
「小野寺面食いなんだ」
「知らなかったや」
「えっ、違、伏見!」
「なに、俺嘘ついてない」
「可愛い子にゴミぶつけられるのと普通の子に美味しいクッキー貰うのだったらゴミ?」
「顔が良ければなにされたっていいんだろ、ゴミなんか序の口だよ」
「違うよ!面食いとかそういうんじゃないよ!」
伏見がぽろっと零した一言でざわつく四人に、そうじゃなくて、と弁解するも聞いてもらえなかった。この中で一番可愛い子っつったら三番かな、と朔太郎が指さして、いや待てこっちだろなんて有馬と航介が噛み付いているけれど、そんなんどうだっていい。別に面食いじゃないし、顔さえよければそれでいいわけじゃないし、伏見のやつなんて爆弾落としやがるんだ。
顔で判断するのはよした方がいいんだ、かなたの少女漫画にそういう顔だけで生きてる悪い女が出てくるけどそれに主人公の好きな男が惚れると大概悲惨な目に会うんだ、ちょっと野暮ったくても優しくて温かい心の持ち主を最初から選んでおけばいいんだ、と有馬がぶーぶー言い出した。俺は縁がないから分からないけど朔太郎も少女漫画を読むらしい、うちの妹にはまだちょっとそういうのは早いかなーとかって笑ってる。少女漫画にも早いとか遅いとかあるんだ。コロコロの次はサンデーかジャンプ、そしたらマガジン、みたいなもんだろうか。飽きたら即ポイだぜ、伏見かよあっはっは、なんて言葉に航介がまた凍りついたし伏見は炬燵の下で有馬の足を粉砕しかけたみたいけど、今のは完全に自業自得だ。なんだっていつも言わなくてもいいことを言うんだ、お前は。
答え合わせの前に、ぱっとテレビがCMに切り替わって、アイドルの新曲が流れる。最近人気あるやつだ、センター可愛いよね、と笑った有馬と朔太郎がふと気付いたようにこっちを見た。やめろ、分かってんだよみたいな顔すんな。
「……だからこの中だったらセンターなんだろ?」
「うるさいな!俺の話はもう終わったでしょ!」
「終わってないよ、小野寺くんすぐそうやって話変えようとするからなあ」
「はやや可愛いじゃん、好きだろ」
「か、わいいかもしれないけど!」
「真ん中の子可愛いから、どっかの熟女趣味と違って理解できるから大丈夫だよ」
「おいてめえ、当也。誰のことだそれ」
「分かってんのに聞くな、恥ずかしい奴だな」
「当也はー、この子?馬鹿が好きなんだよねー」
「えっ」
「え」
「なに、言って、さくたろ」
「え?違った?馬鹿そうなの好きじゃん、なんにも考えてませんって顔ぁいったあ!」
「朔太郎、ちょっと」
やった、話題の矛先がずれた、なんて喜ぶのも束の間だった。朔太郎が話のついでみたいに漏らした言葉のせいで、俺も伏見も有馬もびっくりして固まる。航介はびっくりしてる俺達にびっくりしてるみたいで、知らなかったの?みたいな顔してる。だって、馬鹿が好きって、イメージ違いすぎるだろ。
結構な音を立ててぶん殴られた朔太郎を引きずって台所へ消えようとする弁当のズボンの裾を、有馬ががっつり掴んだ。朔太郎引きずられてる割に伏見に向かって両手でピースしてるけど。伏見が見てるの弁当だと思うけど、殴られた割に視界に入れるからって全然余裕そうなんですけど。まあもう一度座れよ、と促されて、朔太郎の首根っこを引っつかんだまま元の場所に弁当が戻った。そういう話しねえの?と航介に聞かれて、弁当はいつもよくわかんないってはぐらかすし変なことも言わないからみんな深く突っ込まなかった、と伏見が返した。そうなんだよな、明け透けな有馬とは対照的に、俺もそう思う、みたいな同意が基本だから、弁当自体のそういうの全然知らない。
「……馬鹿はやめといた方がいいよ……?」
「あ、それは俺の言い方も悪かったよ、馬鹿しか好きになれないわけじゃないよ」
心配そうに弁当に告げた伏見の言葉に朔太郎が反応した。どちらかというと馬鹿寄りというか、ちょっと抜けてる部分がある子に惹かれるというか、文化祭とかではしゃぐタイプの子が好みというか。人間は自分にないものを求めるって言うじゃん?といい笑顔で親指を立てた朔太郎が次の瞬間後頭部を引っ叩かれて凄い勢いで炬燵に頭打ったけど、全然効いてないようだった。強いな、サイボーグか何かなんだろうか。
重ねるように航介からもぼろぼろとばらされて、弁当がだんだん縮こまって行くのを見て匍匐前進で有馬が寄ってくる。ぼそぼそと恨みがましい小声で、俺だって何回もそういうの聞いたんですけど、お前一回も教えてくれなかったんですけど、なんて漏れ聞こえてくる。有馬可哀想だな、一番聞きそうだし一番一緒に居るのに教えてもらえなかったんだ。それに気付いたらしい伏見が、弁当に悪いから笑ってはいけない、しかし有馬のことは盛大に馬鹿にしてやりたい、といった顔で震えてる。あと一押しあったらこいつ大笑いし出すな。
「だって、それは」
「酷いんですけど……見た目元気な子が好きってことしか知らないんですけど……」
「そんなのわざわざ言うことでもないじゃん……」
「俺なんて自分の好み全部弁当に言ったのに、お前ばっかり知ってて」
「勝手に自分で口滑らしただけでしょ」
「あー!そういうこと言う!共有しようとしたんですー!このケチめがね!」
「耳元でうるさい」
「つーかケチめがねって」
「語彙力がすごいな」
「あ、答え合わせ終わってる」
「え!?」
結局誰がお母さんで誰が小学生かは分からず仕舞いだった。その晩のご飯は朔太郎の分だけ食パン一枚だったので、弁当の琴線に触れるような言動は慎まないといけないんだとはっきり分かった。ていうかこの話題自体地雷がたくさん埋まりすぎててもう二度としない方がいい。
「せめて焼かしてよ!なんか塗るとか!」
「別のもんがいいなら家帰れ」
「馬鹿な彼女にむかついても同じことするの?ねっ、熟女趣味もそう思うよね!」
「帰れ」
「ひどい!面食い助けて!」
「……………」
「小野寺怒らすなよ、弁当と一緒で怖えよ」
「ちぇー、もういいよ、伏見くんと遊んでこよっと」
「やめろ!おい誰か止めろ!」
「今あいつ風呂入ってんだぞ、やめてやれよ」
「お背中お流しするだけだから」
「パン食ってろよ」
「つまんないの」

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