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おはなし



弁当と小野寺が授業で俺と伏見は空き、って時間が週に一回は存在するんだけど、大概の場合伏見はお前みたいな馬鹿と一緒になんていられるかよってどっかに行っちゃう。だから俺は俺で他の誰かといたり、小野寺と弁当の授業に潜り込んでみたりするわけで。でも今日は二人が授業に行ってからしばらくの間、てこてこと俺の後ろを無言でついて歩いてきたので、ここにいる気らしい。ただ、無言の時間はめちゃくちゃ怖かった。どこ行くんだよ、とか聞いてくれた方がまだ恐怖心を煽られずに済んだ。
適当な空き教室に入って、どうしよっかなあ、とぼんやり天井を見上げる。そういえば、お兄ちゃん弁当さん以外に友達いないの、って昨日かなたに聞かれたんだっけ。こいつの写真でも見せたら大好評なんじゃなかろうか。
「ふーしみっ」
「なに」
「いえーい」
ぱっとこっちを向いた伏見に携帯向ければ、かしゃって音がすると同時に仏頂面をかなぐり捨てて素晴らしい笑顔を浮かべてくださりやがっていた。いや、いっそすげえわ。その反応速度、弁当にも分けてやってくれよ。あいつこないだ缶コーヒー投げて渡したら、受け取り損ねておでこにごつんってやったんだぞ。見てていっそ可哀想だった。
道行く人にこれを見せて評価してもらうとしたら九割越えの人がとても良いに票を入れてくれるであろう可愛らしい笑顔を保存してる間に、いつも通りよりちょっと怪訝そうな顔に戻った伏見が、なんなの、お前頭どうかしたの、とか聞いてくるので事情を説明する。なあんだ、別に俺じゃなくてもいいのか、とか頬杖つきながらつまんなさそうに言う伏見に、いやあそういうわけでも、なんて言葉がほとんど無意識に口をついて出た。
「小野寺でも撮ってやれよ、喜ぶだろ」
「うん……だから伏見がよかったんだって……」
「きっしょ……」
「だってお前が一番か、あ」
「か?」
顔がいいから、もしくは、可愛いから。そのどっちかが口から落っこちそうになって、すんでのところで止める。なんか嫌だな、普通に褒めるの癪。か、一番か、かっかっ、と鳥の真似みたいに繰り返しながら考えていた伏見が急ににたあってとても悪い顔で笑ったので椅子を引けば、がつんと床で音がした。あっぶね、今下がってなかったら絶対このがつんの威力で足踏まれてた。隠しもせずに舌打ちした伏見が、にっこにこしながら椅子を立って向かい側に座ってる俺のところまで歩いてくる。怖い。どうしよう、かなた、お兄ちゃん死んだらどうしよう。かなたの結婚式には絶対出るぞって決めてたんだけど、無理かな。
「えー、一番か、って何かなあ、ねえ有馬、俺分かんない」
「俺も俺も!俺も分かんない!なんだろうな!」
「か、から始まる言葉なんて沢山あるもんねー」
「カビとかな!数の子とかな!」
「かわいいとか?かっこいいとか?顔がいいとか?ああ、顔は勿論のこと中身も、とか?」
「よくもまあ自分をそこまで褒め称える言葉ばっかり……」
「あ?」
「いっでえ!なんにもまだ俺言ってないだろ!」
「なんて言うつもりだったんだよ、言えよ」
「あっ痛いごめんなさい、痛いですほんとに!本当です!」
「素直に吐いたらもう一枚大サービスしてやるよ」
「いらない!いらねえから!それより離して!痛いんです!」
「いーえーよーお」
「一番です!いっ、伏見さんが一番ですって言いたかったんです!もげる!」
「何に関して一番なんだよ」
「世界で一番です!世界!一位!」
「なんか昔そんなコントあったね」
満足したのか飽きたのか、ぱっと俺の指を千切り取ろうとしていた手を離して、固められていた腕も開放してくれた。指の感覚ないんだけど、おいこらこの鬼野郎。いつの間に盗ったのか俺の携帯を弄くっている伏見に仕返ししようと手を伸ばした瞬間、ほぼ同時に首に腕を回されて引っ張られる。
「ど、おっ」
「はいチーズ、あいた」
「いってえな!なんなんだよ!」
「痛いのはこっちなんだけど、せっかく仲良く一枚撮ってやったのに」
「えっ」
「最悪、馬鹿が移ったらどうしてくれんの」
引き寄せられたタイミングと俺が飛びついたタイミングが一緒だったせいで頭突きを食らわしてしまったわけだけど、お互いにそこまで痛い思いをせずに済んだ。返された携帯を確認したら、まあなんとなく予想はしてたけどやっぱり俺がすごくぶれてて伏見はちゃんと写ってるので、静かに黙ったまま消そうとしたら今度は首のやらかいとこに指を突き立てられた。すごい、なんでこいつこんなに人に痛い思いをさせることができるの。
仲良しなんだからこれ見せなきゃだめだろ、とツーショットを押し付けられて渋々携帯をポケットにしまえば、きゅるきゅると伏見のお腹から音がした。お腹空いたの、と聞けばこくりと頷かれて、じゃあなんか食い行くか、なんて話になって。そういえば今の時間って二限だし、いつもだったら弁当たちの授業に潜り込んでなければ誰かと飯食いに行ったりしてるし。
「でもお昼、弁当とかまだ授業受けてるのに。お前いつも一緒に食ってるんじゃないの」
「弁当たちは弁当たちでいつもなんか食ってるって聞いた」
「コンビニ飯か」
「外出ることもあるって言ってた、前に」
「小野寺と弁当が?変なの」
「変ではねえよ……」
三限始まるまでに帰ってくればいいから、まだ結構余裕あるんだよな。なに食べようか、とだらだら大学出てその辺歩いてたら、伏見が無言でふらふらと歩いて行ってしまうので後を追う羽目になった。ああ、なんか弁当の気持ちわかった気がする。一緒に歩いてる奴が急に曲がり角曲がったりするとすげえびっくりするし歩きづらいのな、これから気をつけよう。
「ここがいい」
「はあ、なんでもいいけど」
「うまい」
珍しい、伏見が美味いって言うなんて。大通りから少し入ったところにある小さいラーメン屋、の前で立ち止まった伏見が普通に入ろうとしてこっちを向く。なんだよ、やっぱりやめたとか言うなよ。俺もう久しぶりにラーメン食べれると思って、一瞬でラーメンのスイッチ入っちゃったよ。
「お前ラーメン駄目だっけ」
「え?なんで?」
「食えなくなかったっけ」
「食えるけど」
「……弁当に聞いたから間違いないと思うんだけど……」
ふうん、と頷いたところで思い当たって伏見の肩を掴む。既に店の方向へ向き直っていたところを掴んだからびっくりしたのか、目を丸くして振り返った伏見に、弁当が俺は麺類食えないっつったのか、と聞けば平然と頷かれて。アレルギーとかじゃないならいいじゃん、と不思議そうに返した伏見は、どうやら細かいことまで聞いていないようだった。良かった、いや良くはないけど、だって今から正にラーメン屋入ろうとしてるし、恐らくバレるし。
何を隠そう、というか別に秘密にしているわけでもないけど、俺は麺類を啜るのが苦手だ。十回試したら九回は噎せる。熱いものなら尚更、ラーメンなんか啜ったら恐らく大惨事になる。子供の頃からの癖だとか、喉が元々小さいんだとか、色々原因は聞いたことあるけど、直んないんだから仕方ない。練習したこともあるけど、ほぼ無駄だった。十回中一回成功するかどうか微妙だったものが、一回は確実に出来るようになった程度だ。ちなみに、ものすごくゆっくりやれば成功率は上がる、代わりに汁が辺りにめちゃくちゃ飛び散ってしまう。ばっちいってかなたに叱られたことがあるので、あんまりやりたくない。所謂最後の手段だ。パスタみたいなのは別だけど、ラーメンとかそばとかってやっぱり啜るものじゃん、って意識はちゃんと俺の中にあるから、練習するし試してみるんだけど、上手く行ったことはない。
だから、麺類食べる時はちまちまと口に運ぶしかないんだけど、やっぱりなんか違うっていうか。とは言っても、恥ずかしいっていうのもなんか違う。そこを突っつかれて馬鹿にされるのが嫌、っていうのがしっくりくるかも。あーあ、伏見絶対馬鹿にするじゃん。いっそ最後の手段を使ってしまうか、でもそれはそれできったねえな馬鹿ってぶん殴られる気もするな。
「どれにすっかな」
「伏見来たことあるんだろ?どれが美味かったの」
「これ」
「じゃあ俺それにしよ」
「ボタン押して、俺決まったから」
ぼやぼや考えてる内に席に案内されて注文まで済んでしまった。こいつ人を痛めつけることに関してはプロだからな、後々まで散々囃し立てられるんだろうし、とかぐるぐる考えてたら、名案を思いついた。バレる前にバラしたらどうだろう、自分から言ってしまえば深く突っ込まれないんじゃなかろうか。我ながらなんて冴えてるんだろう、もしかして俺って頭いいのかもしれない。
「伏見」
「あ?」
「俺、ラーメンとか食うの下手くそだから!」
「はあ」
そうと決まれば善は急げだと思い、きちんと挙手して伏見に告げれば、案の定はあそうですか程度の受け答えだった。ほら、これで突っ込まれないで済むだろ、先手必勝とはこのことか。ふわふわと欠伸かましてる伏見を見ながら、もうこれで後からどれだけお前が下手くそって笑おうが、いやいや俺は先に言ったから、とかっこよく切り返すことができるって寸法だ、ざまみろ馬鹿め、なんて思いながらにやにやする。初めて伏見に勝った、いやむしろ戦いを防いだ、無益な争いを頭を使って避けたと言った方がいいな。こんなにいい気分でラーメンが来るのを待つのは初めてだ。
「おまたせしましたー」
「いっただっきまーす」
「……………」
「ん?食わねえの?」
「いや、どんだけ下手なのかなって」
ほぼ同時に届いたのに何故か皿に手を付けずこっちを見てる伏見に聞けば、ラーメンを食べるのが下手な人間なんて見たことがないのでどんなもんか知りたい、とのことで。舐めるな、そんじょそこらの下手くそとは一線を画する下手くそ加減だぞ。なんせいくら練習しても上達しないんだから。仕方ねえから特別に見せてやろうと、確実に失敗する食い方を見せてやった。
「……お前可哀想な奴だな……」
「んぐっ、う!?」
「いただきます」
頑張ってみたけどやっぱり失敗してげほげほ言ってたら、何故か憐れまれた。おい、お前が見たがったから見せてやったんだろ、今ので俺喉火傷したんだぞ。熱いと食べ辛いから噎せちゃうんだよ、ちゃんとふーふーするんだよ、なんて懇切丁寧に説明されて、んなこと知ってんだよと伏見を見れば、馬鹿にしてる顔ではなく可哀想なものを見る目だった。やめろ、それは予想外だった、その顔やめろ。
「ちょっとずつ口に入れてちゅるちゅるしようね」
「やめろ!その言い方もやめろ!」
「いや……だって、まさかここまでとはさ……ごめんな……」
「なんで謝んだよ!お前が何したんだよ!」
「俺はもっとこう、からかうつもりだったんだけどさ。なんか、悪かったなって」
「からかえよ!いっそ笑って馬鹿にしろよ!どうした!?」
「美味しい?」
「温かい笑顔すんな!もっとお前はあれだろ、悪魔みたいな顔のが得意だろ!」
「ゆっくり食べなね、待ってるから」
「待ってなくていいよ!しっかりしろよ、普段の伏見はどこ行った!」
「ねぎあげるね」
「それはお前が食いたくねえだけだろ」
「あげるっつってんだろ」
「いらねえよ」
「いいから早く啜れよ、次は笑ってやるよ」
「もうやらねえから!ばーか!」
「ちまちま食ってんなよ、あ?これいらないの?食べたげるね」
「あっ俺の、俺の玉子!なにしやがる!」
「だからねぎやるって」
「いらねえっつったろうがよ!」

「有馬、伏見とご飯食べてきたんだってね」
「……うん……」
「……なんでそんなに疲れてるの」
「弁当、あいつと二人で飯食ったことある……?」
「え、あるけど」
「疲れたろ」
「いや別に」
「なんでだよ!なんで俺にばっかり!」
「あっ、でもほら、伏見は楽しそうだったし」
「なんのフォローだよ!結局ねぎ食わされたし!汚ねえなって蹴られたし!」
「え、何食べてきたの?」
「ラーメンだよ!もういい!俺寝る!」
「宣言しなくてもいつも寝てるくせに……」


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