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おはなし



「伏見さん」
「はい」
「ぎゅってしていいですか」
「はい」
「ですよねえ」
「はい」
「……えっ?いいの?ねえ、俺の話聞いてた?いいの?」
「うん」
というわけで二人で寝ることになりました。伏見の家で、伏見のベッドで。床で寝ろって言われると思ってたし一緒の布団に入れてもらえるにしてもひっつくのは駄目だろうなあと九割諦めてたから、自分の耳を疑ってしばらく固まっていれば、しれっとした顔で布団に入って、来るなら来いと言わんばかりに隣を開けてじっとこっちを見るので、ちょっとどうしていいか分からない。なにこれ、なんなの、受け入れられるのめっちゃ怖いんだけど。
これが食いたい、と携帯の画面押し付けられてそのまま授業終わってから何にも考えずに電車飛び乗って、知らない駅まで数十分。日付変わるぎりぎりまでいろんなとこ連れ回されて、その後なんとなく家に連れ込まれて、お前が着られそうなもんこれしかねえやって貸された伏見の服は流石に大分きつかった。破いちゃったらやだから、と返せばすっげえ小声で、これ俺でかくて着れないやつなのに、と拗ねたような怒ってるような言葉がうっかり聞こえてしまったので、下だけ借りることにしたけど。スウェットこんなに下げて履くの初めてだし、結局裾足りないから踝丸見え。でもちょっと満足気な顔がかわいかったから、良しとしよう。お風呂上がりに俺が履いてんの見てこっち来てぐいぐいって引っ張るから、うっかり言うこと聞いてコーヒー入れてあげちゃった。寝る前にコーヒーは寝れなくなるからだめだよっていっつもだったら言うのにな、だってご機嫌そうでかわいかったんだもん。
おろおろしている俺を見てぽかんと口開けて、どうしたの、なんて言うからまた狼狽える。からかってんじゃないの、入ろうとしたら馬鹿じゃねえのとか言われんじゃないの、えっちょっと、本気なのこの人。
「えっ、え、入るよ、いいの、入るよ俺」
「いいってば。なに?床がいいならそう言って」
「ちっが、違いますけど、お」
「……なにそんな、変なの」
へらあって笑われて、やっぱ床で寝た方がいい気がしてきた。だって駄目だろ、俺にどうしろっていうの、そんな鉄壁じゃないよ俺、案外ゆるゆるなの知ってんだろ。出されたご飯は残さず食べるし、つーかむしろ米粒一つ残さずぺろっと食い切ってやるぞって勢いの人だし。伏見そんなの分かってるでしょ。いっつも怒るじゃん、がっつくとブチ切れるじゃん。なのにこんな、怒られても困るからね、俺悪くないからね。でもまあここですぱんと、いやいや今日はこっちで寝ますよ明日も一限から頑張りましょう、とか言って理性勝ちできたらかっこいいよね。大学一年目から一限サボり癖つけるのとか良くないしね、こういうことするのはやっぱり余裕がある時じゃないとね。
「おのでらあ」
「はい、今行きます」
まあ入るんですけど。布団に入るんですけどね、そりゃだって伏見がわざわざ隣開けてるし、ていうか入らないと閉めそうにないし、そしたら寒いじゃないですか。そういう気遣いみたいなね、風邪引くなよ!みたいなね。だから要するに下心は無いわけで。呼ばれた時にそっちを向かなかったら、伏見の顔を見なかったら紳士的な理性が勝てたかもしれないけど、呼ばれたらそっちを向かなければならないなんてとっくの昔に刷り込まれてるから仕方ないよね。ちょっと寂しそうな顔とか見ちゃったら、そりゃもう入るしかありませんよ。
「あったかい」
「おっ、まえ、いや、あの、はい」
「ん?」
しかも向かい合わせだし。がっつりこっち向いてる上に普通に擦り寄ってくるし、こいつ。ちょっとぶかぶかのジャージから指先が覗いてて、それが鎖骨の少し下を這うもんだから、もう。長い睫毛がゆらゆらしてて、眠いのかな、ってぼんやり思った。だからいつもしないことしてんのかな。一緒に寝ていいって言うのも、引っ付いてくるのも、あったかいって言うのも、きっと部屋が寒いからだ。そしたら寝辛いもんな、仕方ないなあ。まだ消えてない部屋の電気をシャットアウトするように目を閉じる。このまま寝てしまおう、伏見だって疲れてるみたいだし。電気消さないのもなんか理由があるんだろう、リモコン壊れてるとかさ。そうだよ、だからほら、変な期待とかしないで、このまま。
「……………」
「……………」
いや待てよ、全然仕方なくないよ、俺寝れると思ってんの、馬鹿なのこの人。するりと微かな音を立てて絡められた足に、あのほんと無理なので床で寝かせてもらえませんか、とお願いしようと目を開けて。
耳までどころか首から真っ赤になりながら、こっちを見上げる瞳と視線がぶつかった。怒ってる、のかと一瞬思ったけど、そういうわけでもなさそうで。ふい、と目線を逸らした伏見が、俺の着てる服の胸元をちまちまと引っ張りながらぼそぼそと喋る。
「……ねえ、あの、なんでさあ」
「えっ、なに?ごめ、俺」
「なんで、お前の手は横にあんの」
「は?」
「俺はこうしてるのに、ぎゅってしていいですかって言ったから、小野寺が」
「え、あ、はい……」
とりあえず背中に回して引き寄せたものの、うぐぐって唸り声が聞こえるから、求めているものはどうやらこれではないらしい。なにをしてほしいか言ってくれればすぐ言うこと聞くのに、と他人任せに思っていればぐりぐりと額を擦り付けられる。痛くするよ、と前髪を上げて顔を見ればちょっと涙目だった。ほら、赤くなってんじゃんか。
「伏見、ほら。寝苦しいよ」
「寝んな」
「なんで。お前眠いんじゃないの?涙目だよ」
「だっ、てさあ、小野寺がさあ」
「うん」
「……お前、寝たい、の」
「え、なに、それ」
「睡眠を、わざわざ取りたいんですかって、ここにいるのに」
「……えっ」
「……寝ちゃうの、って」
このまま、なにもしないで、寝ちゃうんですか、とか何とかぶつぶつ聞いてくるので、背中に回してた手を腰から服の中に入れてみる。しかも無言で、なんの断りもなく。べたべたと背中を撫で回して、背骨辿ってみたりとかして、普段だったらこんなの百パーセント怒られる行動なわけだけど。ずるりといきなり入り込んできた体温に一瞬びくりとした伏見がこっちを見て、向けられた顔がもう、全てを物語っていた。
「……えろ」
「だ、って、え」
「なんだよ、こういうことじゃないの?俺間違い?」
「……間違いくない……」
片手を下ろしてズボンを下げれば、言われる前に言おうと思ったのか、それも間違ってない、とか早口で言うからちょっと面白かった。これはどうなんですかって全部聞いてやろうかとも思ったけど、なにやらもぞもぞと布団の中で伏見が動いているのでやめた。あんまりしつこくしたら怒りそうだし、こんなに機嫌良さげなのに怒らせるのも嫌だし。
さてここからどうしたもんかとぼんやり思いながらずるずると手を動かしていると、伏見がぱっと顔を上げた。やめろって言われんのかなって思って面食らいながら固まった俺の足に自分の足絡めて、さっきまでは足先だけだった体温が太もも辺りに押し付けられて、調子乗って動かしてた手が止まる。おい、太ももを太ももで挟まれてるよ、すげえ。
「……………」
「……伏見?」
「……なに」
「なに、っていうか……あの」
「だめなの」
だめじゃないけど。とりあえずどうしたらいいか分からなくて、何も考えずに身を捩ったら、伏見がびくんってなったからやめた。うーん、あの、俺はやっぱりこう、伏見は基本的にはそういうことしたくないっていつも言うから、まさかなあそんなわけないだろうなあって思ってたんだけど。当ててんだよっていうよりむしろ擦り付けられてるからね。人の足使って一人で盛り上がんないでくれるかな。
「えー、あの、伏見さん?」
「……俺ばっかこういうことしたいみたいじゃん」
「えっ、いや、俺はさっきから、我慢しよっかなってがんばって」
「がまん……?」
はああ?とでも言いたげな顔で睨みつけられて、ごめんねそうだよね、今更我慢しようとか信用0だよね。怒られる前に、と思って伏見の体を引き寄せれば、急に動いたからかうひいって引きつった声が聞こえて、驚かしちゃったかな。胸倉掴んでた手がゆっくり首筋に回ってきたのを見て口を開く。
「電気は?つけたままでいいの」
「……消したら確実にお前寝ると思って、ただけ、なんだけど」
「そっかあ。どっちがいいかな」
「暗くてよく見えないからくっつくのと、明るくて全部見えるの、選んで」
「……俺が決めんの?」
「ん」
「ううん……えー……」
「……優柔不断」
唸る俺を見て目を細めた伏見が、ずりずりと片足の爪先を俺の履いてるスウェットの腰元に引っ掛けて下げるから、今日ほんとにどうしたのって聞けば、たまにはいいじゃん、だって。そりゃたまにはいいかもしんないけどね、下手だよ。誘うの下手すぎて、でももう一周回って上手いレベル。これでお前がかわいくなかったら、誘ってんだか睡眠妨害だか分かったもんじゃないからね。普段しないことなんてするもんじゃないよ、いつもだったら勝手に盛って勝手に乗っかってくるじゃん、下手に俺の意思を尊重しようとするからこう訳の分からないことになっちゃうんだよ。そこんとこ分かってるんですか、伏見さん。
「引っかかって脱がせらんないんだけど」
「あ、はい、自分で脱ぎます」
「脱がして」
「やります、脱がすんでちょっと、ちょ、待ってって、待って!伏見!こら!」
もちろん次の日は一限どころか昼からしか行けなかった。まあ、なんていうか、因果応報。


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