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温泉行こうよ



一旦脱衣所の方に出てまた戻ってきた訳だけど、俺たち以外に客はいないんだろうか。時期が悪いのかな、それとも時間かな。もしかしたら男湯には人がいないだけで女湯にはいるのかも。人がいないとちょっと寂しいなあなんて思いながらからからと扉を開ければ大声が響き渡って、前言撤回。人がいなくてよかった、うるさいって怒られちゃうよ。
一応ざっと体を流してから湯船の方へ行けば、煙に紛れて見えなかったみんなの姿がはっきりしてきた。大きい声の出元は航介と朔太郎の言い争いのようで、伏見が背中に隠れて
るところを見ると恐らく朔太郎は怒られているんだろう。そこから少し離れたところに弁当と有馬がいたのでそっちに向かえば、気づいたらしい伏見がぱっとこっちに駆け寄ってきた。なにやらテンパっている伏見がすっ転びそうになりながらこっちに来るのを受け止めれば、急に止まったせいでずるんって滑りかけたりしてて、大丈夫かこいつ。
「うお、っと。走ったら危ないよ、伏見」
「こ、わかったんだからな、ほんと、ほんっとに」
「うん……」
見ればわかる。仲良くなってくれたらなあって思ったんだけど、伏見にもだって無理なことくらいあるというか。あったかいお湯にゆっくり浸かりたいよお、とらしくもなく弱気になってる伏見を連れて弁当の隣にお邪魔すれば、見えてなかったからかびくりと大仰に反応されて、申し訳なくなった。ごめんな、びっくりしたよな。
「あれなにしてんの?朔太郎は航介に怒られてんの?」
「多分……反響してて聞こえないけど」
二人の方を目を細めて見てた有馬がこっちを見て、あれ伏見がいる、って。それを聞いて弁当がこっちに目を凝らすけれど、いやいや見えないだろ、無理すんなよ。
べそべそしてる伏見が弁当に話を聞いてもらってるので、ばしゃばしゃと弁当を挟んで反対にいる有馬の方へ移動すれば、手で水鉄砲された。なんだよ、なんでお前そういう変なとこばっか器用なんだよ、俺それ出来たことない。
「こうだって」
「んんー……」
「ほらあ、横から出てんじゃん」
「仕方ないだろ!指同士そんなくっつかねえよ!」
「俺はくっつくもん」
ぴゅっぴゅっと得意げにお湯を飛ばされて、むかついたので両手でお湯を掬ってかければ、奥にいた弁当に全部かかった。あまりに突然のことだったからか呆然としてる弁当にぺこぺこ謝って、大人しくしてろと伏見にも叱られて。
「足が伸ばせるお風呂なんてなかなか入らないからさあ」
「小野寺がでかいんだろ」
「伏見はどこでだって収まぶっ」
「沈め」
「え?でも弁当も家の風呂で足伸ばせる?」
「あー……今の家は無理かも。実家の風呂は大きいから」
「ぶはっ、死ぬ!いつまで頭抑えてんだよ!」
「風呂って言うか、弁当んちでかくない?なんか広いし」
「おい伏見!聞けよ!」
「伏見んちも負けてないよね」
「そうなんだ」
「……人が少ないから広く感じるんじゃないの、基本誰もいないし」
「伏見んちの風呂はなんか弄くるとミストサウナになるんだよ」
「なんだそれ!すげえ!」
「洗濯物も干せるんだっけ」
「あー……そんな感じだったような……」
有馬がすげえすげえってはしゃいでる奥で弁当がぼそりと、なんで小野寺がそれ知ってんの、と呟いたので目を逸らしておいた。そっか、そんなことまで知ってるのは言わない方がいいのか。まあ伏見が怖い顔してないからいいのかもしれないけど、後で怒られるの嫌だしな。
しばらくぐだぐだ話しながらお湯に浸かってると、大分体がぽかぽかしてきた。先にいた二人は逆上せたりしないのかな、と横を見れば弁当は案外しれっとした顔をしていて、大丈夫そうに見える。でもその手前の有馬は顔真っ赤になってる、逆上せたなら上がればいいのに。
「え?俺赤い?」
「自分の体の変化にくらい気づけよ」
「おっかしいなあ」
「なに?出んの?」
ざぶざぶと肩から上だけ水面から出して寄ってきた航介に、だって有馬絶対逆上せるよ、と教えれば本人は根拠も無しに大丈夫大丈夫とか言ってた。いやあ、このまま浸かり続けたら絶対湯当たりすると思うんだけどなあ。
「有馬、先に上がっててもいいよ」
「嫌でーす」
「でも後で調子悪くなったら」
「なんないなんない、弁当は心配性だな」
「そういえば朔太郎は?」
「今反省中」
「……あの人どこ行ったの」
「湯船への立ち入り禁止、って言ったらあっかんべーしてどっか行った」
ほっとした顔の伏見が、保険とばかりに航介を片手で捕まえたと同時、脱衣所と違う方から扉の開く音がした。振り向けば朔太郎が歩いてくるところで、航介に向かってぺっぺっと威嚇した後にこっちを見て言う。
「あっちに露天あったよ」
「外!」
「行く!」
「……俺行かない」
「俺もいいや、伏見と残る」
「弁当は?行くならほれ、手」
「あ、えっ、いい、ここにいる」
ぱっと手を出した有馬に弁当が首を振って、残るのは伏見と航介と弁当の三人。残りの三人で露天に行ってみようと朔太郎が見つけた扉を開けて、思わず悲鳴を上げた。
「いいいいい……!」
「さっむ!なに、寒っ、うわうわうわ」
「早く早く早く、出たらすぐお湯のとこあるからっ」
朔太郎に急かされてばたばたと石の階段を降りる。飛び込むように湯船に浸かれば、なんとか生き延びた感覚だった。よく考えたら全裸なんだもんな、真冬だし。外なんか出るもんじゃないよ。
「航介が湯船入るなーとか言うからさあ、俺ずっとここにいたんだけど」
「あ、でもこれ、上は寒いけど下はあったかいからちょうどいいかも」
「あいつらもったいねえな」

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