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おはなし



分岐1その後


釣り合ってないよね、って。
はるかちゃんと二人で歩いてると、目を引くのははるかちゃん一人だ。一緒にいるようになって一年経ったけど、春夏秋冬通してはるかちゃんはいつでも見た目だけならかっこよくて、中身を知らない女の子にきゃあきゃあ言われてる。あたしはそれに嫉妬してるわけじゃなくて、そりゃちょっとは嫌な気持ちにはなるけど、そうじゃなくて、それよりもっと。
「あからさまよ」
「あー……でも、ほんとのことだし」
「ふざけないでよ」
頭軽そうなちゃらちゃら女が何も知らないくせに、なんて苛々しながらストロー噛んでる芽衣子は、あのジャージが目立つから悪い、頭の色がおかしいのも悪い、ってはるかちゃんのせいにする。でもそうじゃないんだよ、はるかちゃんは生まれた時からあの顔でしょ。あたしがあんまり可愛くないから、釣り合わないだけなんだよ。
あたしとはるかちゃんと、弁当くんと芽衣子と、たまに伏見くんと小野寺くんと。みんなで大学にいる時にちらちらと聞こえてくるのは、有馬くんと井生さんって付き合ってるんでしょ、なんで有馬くんあの子と付き合ってるんだろうね、みたいなやつ。その度にあたしは、はるかちゃんに申し訳なくなる。他の子にはるかちゃんの見た目が騒がれることよりも、釣り合わないねって言われてしまうことの方が嫌だ。
「気にすることない、とか無責任なこと言わないからね」
「……うん……」
「どっちかっていうと、馬鹿有馬はちょっとは気にすべきっていうかさあ」
「はるかちゃんは別に、自分が特別かっこいいとか思ってないから」
「あ、そうだ、千晶あんた、待ち合わせは?いいの?」
「え?あっ、やだあ!ごめん行くね、芽衣子ありがとっ」
はるかちゃんは、そうやって知らない女の子に言われてることを知らない。でも、あの人自分が気づいてないだけで、やっぱり人気あるし。そりゃお馬鹿さんだし頭のネジはいっぱい抜けてるし服のセンスとかも無いけど、かっこいいんだもん。見た目って重要だよね、中身知っちゃってこんなはずじゃなかったってなる女の子もいるらしいけどさ。
待ち合わせしてた大学のロビーで、鏡見てちょいちょいって髪の毛とか直してみるけど、やっぱりあんまり誇れる場所がない。はるかちゃんは何であたしと付き合ってるのかな、どうしてあの時あたしの手を取ってくれたのかな。今日の服、夜ご飯食べに行くって言うからいつもよりちょっと大人っぽくしたけど、やっぱり似合わないなあ。ヒールの高い靴はちょっと苦手だけど、少しでも背伸びしないとはるかちゃんと並んで歩くのに足りない気がして、こないだ買った七センチのヒール。転んだりしたらかっこ悪いなあ、今日一日がんばれるかな。
はるかちゃんは待ち合わせの時間通りになかなか来ないから、この間に深呼吸。今日こそ、釣り合わない子に見えないように、大人っぽくて可愛い彼女にならなくちゃ。

「あっ、弁当くんおはよっ」
「おはよう」
「芽衣子は、やっぱりまだだね」
「朝弱いからね」
一限からだといつもぎりぎりの時間に来るんだ、はるかちゃんと芽衣子どっちが早いかどんぐりの背比べ。まだあんまり人のいない教室の後ろの方、荷物とか上着とかで多めに席を取っておく。この授業はみんないるから楽しいんだ。しばらくしたら伏見くんと小野寺くんも来るだろうし。
「おはよ、千晶ちゃん」
「おはよおー」
「弁当っ、三限のプリント置いてきちゃったからコピーさしてっ」
「いいけど、今?」
「今!行ってくる!」
「ヘアピン」
「ん?」
「かわいいね、今日の」
あ、気づいてくれた。弁当くんからプリント借りてばたばた走ってっちゃった小野寺くんを避けて、後ろ側の席に荷物を置いた伏見くんがにっこり笑った。これ、はるかちゃんがくれたんだ。こないだお店見て回った時に似合うよって言われたから買おうとしたらお金が無くて、はるかちゃんも勿論無くて、ていうかむしろ二人で合わせて千円ちょいしか無くて。大学生にもなって財布の中身小銭だけって、なんてその時は笑ったんだけどやっぱりちょっと気になってたら、次の次の日にはるかちゃんがくれたの。そう説明すれば、にこにこしながら話聞いてくれて、よかったねえ、って。
すごく嬉しい気持ちの中に、人の増えてきた教室が滑り込んできて、ちょっと俯く。伏見くんなんか女の子の友達も多いから、きっとあたしとはるかちゃんのことも聞いたことあるんだろうな。釣り合わないよねって言われて、そうかもなって思ったりしたのかな。こうやって疑っちゃう自分が嫌だよ、伏見くんはきっとそんなことないんじゃないって笑いながら言ってくれるってあたし知ってるのに。
「どうしたの」
「あっ、え、どうもしないよ!」
「そう?風邪とか流行ってるし、元気ないから」
「あたし風邪とかあんまり引かないんだ、小中と皆勤賞だったの」
「いいな、俺しょっちゅう寝込んでた」
「あはは、それっぽい」
「弁当もすぐ体調壊す人でしょ、どうせ」
「どうせって何。俺もそんなに風邪とか引かないよ、人並み」
「子どもの時の話!」
「ちっちゃい時のがむしろ健康体だったと思うけど」
「じゃあ伏見くんは体が強くなったんだねっ」
「んー……」
ちょっと不満そうな顔で頬杖をついた伏見くんの横に、一階のコピー機とこの教室を走って往復したらしい小野寺くんが滑り込んだ。ぜえぜえ言ってる小野寺くんが鞄からペットボトル引っ張り出して、でもほぼ空っぽでぐったりしてたので、あたしの開けてないやつをあげた。ぶんぶん首振って遠慮するから、家にあったやつだからもらってくれなきゃ困ると半ば強引に押し付けて。
「ありがとー……すっげえ、ほんと助かる……」
「いえいえ」
「自分で買って来りゃいいのに」
「元はと言えば伏見が朝全部飲んじゃうからだろ!」
「あ、もう鳴る」
「っせ、セーフ!ちあきっ、隣入れてっ」
「おはよう芽衣子ー」
「夏目さん、俺詰めるから」
「あっ当也くん隣いいの、あれ!?やだあ教科書無い、無いよお当也くん」
「……見ていいよ」
「ありが……ルーズリーフもない……」
「……………」
「……と、とーやくん」
「……なにしにきたの……」
「ごめんねえ、しっかりしてなくてごめんね」
「俺、朝電話したでしょ」
「しました、あの時起きたんです、一回」
「二度寝したら意味ないの」
「……しっかりしてるように見えてそうでもないんだね」
「芽衣子?朝はダメなんだあ、あの子」
ぼそりと呟いた伏見くんにこそこそと教えれば、ダメじゃない、と芽衣子が仏頂面で振り返ったので、ちょっと笑った。あれ、俺もルーズリーフなかった、と小野寺くんが伏見くんを見て、ものすごく嫌そうな顔で一枚分け与えられたりしてる間に、先生が来て。芽衣子が来てばたばたやってる間にチャイム鳴ってるから、当たり前なんだけど。
「結局有馬は遅刻、と」
「もうあいつこの授業もやばいんじゃないの」
「やばくねえよ!まだ出席とってねえだろ!」
「えっ」
「あ、え!?」
「……は、るかちゃん?」
「そうだよ、はるかちゃんだよ」
どこがはるかちゃんなの、昨日までのはるかちゃんは一体全体どこに行ったの。暗めの茶色に染め直された髪はわざとふわふわにセットされてて、しかも前髪いつもよりちゃんとあるし、眼鏡は見たことあるいつもの伊達眼鏡だけど、手に持ってるキャスケットはきっと被って来たんでしょう?暑いから取っちゃったんだろうなって想像は、きっと当たってる。短い丈のコートに紺色のカーディガン、首元が広めに開いてるTシャツは裾がちょっと長くて、くしゃくしゃのカーゴパンツにショートブーツ。嫌いなんじゃなかったの、こういう動きづらそうな格好。ていうかジャージじゃない服持ってたの、珍しくシャツ着てたことあったけどあれだって弁当くんのだったじゃない。
唖然としてるあたし達に微妙な顔向けて、とりあえず座らして、立ったままとか恥ずい、とぼそぼそ喋る。急いで荷物どかして隣の席を空けると、あのはるかちゃんがちゃんとした鞄を持ってて、しかも中から色々出てきた。ちゃんと教科書持ってたんだ、と思ったと同時、嘘だろ、なんて小野寺くんが割と大きい声で言ったけれど、誰も止めやしなかった。だって嘘だもの、はるかちゃんがこんなこと、頭を強く打ちでもしたとしか思えない。
「なっ、えっ、なに!?どうしたの、有馬お前」
「うっせ!いいだろっ、イメチェンだよ!」
「だって、見なよ!伏見なんか固まっちゃったよ!」
「……なんか、変なの、俺」
「へえ!?」
伏見くんどころか、あの弁当くんまで口開けて固まってるけど。芽衣子も意味が分からないとでも言いたげな顔だし、小野寺くんはどうしたのどうしたのってみんなの聞きたいこと一人で聞いてくれてるし。こっちに向き直ったはるかちゃんに、正直目を合わせていられなかった。だからこの人かっこいいんだってば、何回言わせるの。そうだよ、はるかちゃんかっこいいんだから、やめて、まともな顔しないで、頭沸騰しそうになる。
「なあ、ちあきー、ちょっと」
「い、嫌っ」
「嫌!?っべ、弁当!ねえ、俺」
「え、あ、いや……」
「嫌なの!?これ駄目なの!?俺せっかく、雰囲気いけめん?とか調べて」
「……え、なに?有馬、ちょっと」
「はい、伏見」
「なにがあったらそうなるの」
「なに、って」
困った顔で頬を掻いたはるかちゃんが、視線を彷徨わせて。だって、目立たなくなろうと思って、でもよくわかんなかったから、流行ってるっぽいのに乗ればみんなと混ざるかなって、とぼそぼそ白状し始めた。目立たなく、って。
「……な、んで」
「千晶が時々、泣きそうな顔するから」
ああ、だめだ、今泣いたらまた迷惑かけちゃう。でも我慢できないや、どうしよ、ばれてたんだ、鈍感なはるかちゃんに分かってしまうくらいにはあたし、あからさまに悲しくなってたんだ。
ぐすりと鼻を鳴らせばちょっとぎょっとしたはるかちゃんがあたしの手を取って、出席取りにきた先生に、この子ちょっと具合悪いので、って学籍番号と名前を代わりに言ってくれた。荷物任せたってみんなに言い置いて、あたしの手を取ったまま教室を出たはるかちゃんが、人のいない廊下の端まで連れてってくれる。
「ご、っごめ、ごめんねえ、あた、っしが、あたし」
「なんで泣くの。俺がしたかったからしたんだよ」
「ちが、うじゃんっ、ちがうも、はる、っちゃ」
「うん」
「あたしがっ、ぐすっ、かわいくな、っいから」
「千晶」
「うえ、え」
「やっぱり似合ってる」
かわいいよ、って。あたしの髪の毛を撫でて、笑いながらそうやって言うから、あたしはまた泣くしかなくて。あなたのために買った七センチのヒールは、一日中履くと足が痛くて、家に着いた時見たら血が滲んでたの。それに、一緒に選んでもらったワンピースとは合わないし、あなたが大好きなふわふわのロングスカートとも合わないし。
背伸びしないでも、いいのかなあ。

その後しばらくはるかちゃんは、きっちりめの格好をして学校に来た。あんないっぱい服買ったの初めてだってぼやいてたけど、はるかちゃんの目論見は大成功で、今までのあの明るい色の頭とジャージがなくなっただけで周りに埋没してしまうようだった。でもしばらく時間が経てばその魔法も切れて、また女の子の目は向いて。あたし個人的にも、釣り合わない云々よりあの人かっこよくないってひそひそ話が気になるようになってしまった頃に。
「あああああっ!?」
「おはよー」
「あっははははは!もど、もっ、もどった、あはははは!」
「んだよ!伏見笑いすぎ、つか人のこと笑うな!ばーか!」
「……………」
「弁当お前だからいっそ声出して笑えよ!それはそれでむかつくんだよ!」
突然なにもかも今まで通りに戻ってしまったはるかちゃんは、みんなに笑われながらも肩の荷が下りたようで。ちゃんとするのは疲れるんだなあ、なんて言うから、あたしも笑ってしまった。


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