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おはなし



「しおり?」
「そお。修学旅行の」
なんでも、実行委員の人から手が足りないから手伝って欲しいって頼まれたんだとか。珍しく部活行く前に用事があるっていうからついてきてみれば、これまた珍しいことに行き先は視聴覚室だったので、気になって聞いてみたんだけど。パソコンぱちぱち弄くりながら、でもこれだけだからすぐ終われそう、と呟いた伏見がこっちを向いた。
「お前は部活行けよ」
「すぐ終わるんじゃないの」
「すぐだけど。先行ってろってば」
しっしっと手を払って視聴覚室を追い出されて、仕方なく弓道場へ向かう。なんだよ、そりゃ俺パソコン苦手だけどさ、手伝えなくても一緒にいるぐらいいいだろ、けち。
それからしばらくして、もう部活始まって三十分くらい経ってから、伏見はようやく弓道場にやってきた。遅れた理由を聞いてきた後輩に、伏見先輩部活もあるのに実行委員もしてるんですか、すごいですね、なんてじゃれつかれてはそんなことないよって笑ってるの見ながら、すごいもくそもねえよ、その分こいつだって疲れてんだよ、と思ったり。
次の日、昼休み。一緒に飯食おうと思って伏見のところに行ったら、委員のやつと話してた。ほんとに助かったよ、ありがとう、なんてそいつらしくもない殊勝な言葉に、だって修学旅行行けなくなったら困るもんなあ、なんてちょっとからかうみたいに返して。それにつられて、なんだとこのやろ、って頭ぐりぐりされて笑ってる伏見を見て、なんとなく目を逸らした。あー、あれ、なんかすごい、嫌いかも。
五時間目、テストが返って来た。俺はどうせぎりぎり赤点免れるくらいにしか取れないけど、伏見はいっつもいい点ばっか。チャイム鳴って、鞄肩に引っ掛けて、道場行こうって伏見のクラスを覗けば、今度は吹奏楽部のやつと話してた。名前知らない、俺あんま話したこともないし。お前なんでどの教科も頭いいんだよ、天才かよ、なんて笑いながら言うそいつに合わせてへらへらしてる伏見が、そんなわけないじゃんか、英語はお前のが点いいくせに、って。からからと扉を開いて伏見を呼べば、ぱっとこっちを見た一瞬だけクソつまんなさそうな顔。じゃあ俺部活だからって吹奏楽部の人に言う時にはどうせまたにこにこなんだけどさ。
「伏見先輩っ、部室に黄色いカバのキーホルダー落ちてませんでしたかっ」
「ん?見てないけど、どうしたの」
「あの、あたしの家の鍵ついてるんです、けど着替えたら無くてっ」
部活終わってみんな帰った後、俺と伏見だけしか弓道場にいなくなる時間。ばたばた駆け込んできた後輩の困り果てた顔に、一緒に探すから大丈夫、と当たり前みたいに伏見は笑いかける。ほっとくわけにはいかないから俺も一緒になって探すけど、全然見つからなくて。弓道場の中はもちろん、女子部室もちょうど残ってた同級生に頼みこんで入れてもらってくまなく見たし、なんかの間違いがあるかもって男子部室も探したし、そいつが通りそうな道もみんな見て、ようやく道端に落っこちてるの見つけた時にはとっくに下校時刻だった。
べそべそ泣きそうな顔しながらあんまり可愛くないカバ握りしめて、ありがとうございます、ほんとに今日家帰れないかと思って、こんな時間までごめんなさい、なんてお礼を言う三つ編み頭を慰めて手を振り、気をつけて帰んなって見送る伏見に、ぼそりと聞く。お前今日自主練出来てないけどいいの、って。
「え?いいよ、別に」
「いいんだ」
「今日は仕方ないから、今日の分は明日やる」
「あ、ちゃんと明日やるんだ……」
袴脱いで制服に着替えて、足袋は今日持って帰ろうなんて言いながら開いた鞄の中には、教科書とノートがいっぱい。どうせやらねえけど、なんて一年生の時は言ってたけど、知ってる。ほんとはちゃんと勉強してるんだ、きちんとその日のうちに理解できるように。他の奴がどうだかは知らないけど、伏見の成績がいいのはその分必死で勉強してるからであって、あの頭緩そうな吹奏楽部が言ったみたいな、そんなくそみたいな理由じゃない。俺ちゃんと知ってるから、だっていっぱい見てきたから、好きだから。
校門抜けてから二人で歩く帰り道、後ろから追い抜かれたチャリに乗ってた同級生に笑顔でばいばい言ってる伏見に、呼びかける。斜め前を歩いてた頭が振り返って、仏頂面。
「ねえ」
「あ?」
「伏見って、がんばりやさんだよね」
「……はあ?」
意味わからんって顔。がんばってる自覚ないもんね、お前。自分じゃわかんないから、いきなりぶちんって限界迎えるし、抱え込みすぎて押し潰されそうになるし。でもこれからはその前に俺が止めるから、破裂する前に空気抜くから。
「よしよし」
「なんだよ、やめろ」
「いいじゃん。今日はいつもよりもいっぱいいいことしたでしょ」
「なに、きっしょ、触んな」


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