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おはなし



「お」
「あ」
「しーっ」
授業終わった後弁当にノート写さしてもらって、ぺこぺこお礼言いながらもう既に誰もいなくなった廊下歩いてたら、通り過ぎかけた教室の中に小野寺っぽいのがいて、ふと覗き込めば小野寺の横で机に突っ伏した伏見もいた。からからと扉を開ければこっちに気づいた小野寺が、口元に人差し指当てて、しーって。分かってるよ、そのぐらい。伏見いつもだったら物音すると割とすぐ起きるのに、扉開いて二人入ってきても起きないってことは、相当がっつり寝てるんだろ。
「……すげー……」
「起こすの可哀想で、ぎりぎりまで寝かしたげようかなって」
「でももうすぐ警備員さん来るよ。授業終わってから結構経つし」
「ほんとに?」
「小野寺時計見てないでしょ」
「うん。伏見が寝てんの見てた」
「ずっと?」
「割と」
「お前頭やばいな」
「ええ?そうかなあ」
以上、全部こそこそ話。すぴすぴ寝息立てて珍しく本気で寝てる伏見をなんとかしてそっと起こそうと三人で額付き合わせて考えた結果、びっくりすることによって目覚めたら流石の伏見でもぶち切れたりしないのではないか、という答えを出した。だって揺さぶったり声かけたりして起こしたら普通に舌打ちしか返ってこなさそうだし、痛い思いすんのやだし。こいつ殴ったり蹴ったりしない代わりに攻撃がねちっこいしちまちましてるからすげえ痛いんだ。
「びっくりってどうするの」
「大きい音とか?」
「起きるかなあ。音系は駄目そう」
「耳ふーってするとか」
「しっしってやられそう、虫とかみたいに」
「伏見くすぐり駄目だったよな、くすぐってみる?」
「多分落ちついてから切れる」
「やめよう」
「弁当がなんかするのが一番怒られないで済むって」
「なんかって……」
「首んとことか触ってみれば」
「弁当今手冷たいっけ」
「寒いから、まあ」
「ひやっとしたら起きるかもよ」
そうかなあ、どうだろう、と困った表情のままの弁当が恐る恐る伏見の首筋に指を伸ばして、つんつんって触る。机に突っ伏してるせいでうなじ丸出しだけど、やっぱりちょっと突っついたくらいじゃ全然動じなくて、唸るどころかぴくりともしなかった。なんだこいつ、死んでんのか。
「起きないねえ」
「背負って帰ろっかな」
「動かした時点で起きるだろ」
「そのまま小野寺が絞め落とされるに十円」
「怖いこと言うなよ……」
ぐーすか平和な寝息が聞こえる内に好きなだけ言っとこう、触らぬ神に祟りなしって言うし。顔に落書きしてやろうと提案したものの、全員が一瞬黙ってどうすべきかよく考えた結果、それは行うことによるリスクが高過ぎるのでやめよう、という結論に至った。落書きして、写真撮って、落とすとこまで伏見が起きないならいいよ。ただ確実に途中で起きるし、起きたら終わりだ、人としての命を諦めた方がいい。
意を決したらしい弁当がべたりと冷たい指先を両手共に首に絡めたと同時、びくんと派手に体を跳ねさせた伏見が顔を上げた。
「ふあっ、や、う」
「あっ」
「起きた」
「……あ、え、なに今の……」
「弁当の手。おはよう伏見」
「び、っ……くりした……」
「心臓止まった?」
「ごめん、驚かせて」
「あー……うん、いや、いい、けど」
「目え落っこちるぞ、伏見」
瞬きを忘れているのか元々でかい目見開いてぼけっとしてる伏見の背中をばしばしと叩けば、そっと払われてちょっと傷ついた。なんか言えよ、ぱんぱんって服だけ払われるとそれはそれで悲しい気分になるだろ。
「頭すっきりしてきた?」
「……うん」
「驚かせてごめんね、でも起こさなきゃだったから」
「ううん、平気」
「なあ、帰ろう、さみぃよ」
「そうだね」
まだ若干ふらついてる伏見を、しっかりしろよと支えながら、教室を出る。ばちんばちんと電気を消せば、窓の外はもう真っ暗だった。日が暮れるの早くなったなあ、なんて話しながらふわふわ欠伸してる伏見のことをちらちら伺えば、なに見てんだ気持ち悪いんだよ、と舌打ちされた。もう通常運行かよ、早いよ。
「有馬そういえば、小テスト引っかかってるって」
「えっ、え、嘘」
「俺聞いたもん、さっきの授業で。伝えといてって言われた」
「はあー……範囲分かってたからがんばったのに……」
「0にはなにかけても0なのって知ってる?」
「うるせえな!さっきまで寝てたくせに!」
「それ関係なくない」
「俺、プリントまとめてあるよ。使う?」
「弁当……お前はほんとにさ……」
「あれ?明日の一限ってなくなったっけ」
「それは先週だろ。小野寺お前、間違えて来ちゃってたじゃん」
「そうだった」
「伏見は疲れてるならちゃんと休まないと駄目だよ」
「んー、平気。ありがと、弁当」
「俺がノートとっといてやるから、明日一限さぼれば?」
「馬鹿のノート参考にするとかなんの罰ゲーム?俺、有馬になんかした?」
「親切心だよ!ふざけんな!」
「あ、俺今日チャリ」
「そっか、じゃあなー」
「明日ね」
「あ、伏見乗ってく?」
「……うん。ばいばい」
「おつかれー」
「なあ、弁当今日晩飯なに?」
「なんでそれを聞く必要があるの」
「興味」
「……肉じゃが」
「俺好き」
「なに?」
「ん?」
「肉じゃがだけど」
「うん、だから、俺は肉じゃがが好きだよ」
「……いや、あの」
「煮物類は作りすぎるってこないだ言ってなかったっけなー」
「そ、だけど……」
「また多くなっちゃって困ってるんじゃねえかなー、食い切れなくて」
「そんなことない」
「ほんとに?」
「……………」
「おいこっち向けよ」
「……そりゃ、ちょっと、多く出来たけどさ……」
「食べに行ってあげてもいいよ」
「なんで上からだよ」
「ちょ、もう、寒いから早く行こ、手がやばい」
「うわ、冷たっ」
「この三日くらい寒波がすげえんだってさ、天気予報で言ってた」
「へえ」
「お前の実家の方なんか雪すげえらしいじゃん」
「そうなの?帰った時はいつも通りだったけど」
「そうらしいけど、えっ、ねえ、弁当手冷た過ぎねえ?平気?生きてる?」
「生きてるけど……」
「肉食え、肉」
「今日肉じゃがだって」
「おでんにしよう」
「やだよ!なんで今から!」
「じゃあコンビニで買ってこ、なにがいい?」
「……大根……」
「俺ねえ、卵とちくわと、もちのやつ」
「ごぼう」
「なんで繊維っぽいのばっかだよ。もっと力になるもん食えよ」
「美味しいのに」
「知ってるよ、知ってるけど、あっコンビニあった」
「有馬いつまで手握ってんの」
「さみいんだもん、ほら、信号赤になる!走るぞ!」
「え、うわ、引っ張んな、早っ」


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