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おはなし



仕事終わって、ちょっと前から帰ってきてる幼馴染の家へ。この二日三日ですっかり癖みたいになっちゃったけど、ちょっと前までは毎日行くのが当たり前だったんだよな。それにどうせ隣だし、自分の部屋に帰ったって寒くて寝れないし。
車止めて降りれば、家の前の道で有馬と小野寺が転げ回ってた。なにしてんのって聞いたら、雪かいてるんだって。嘘つけ、ちっちゃい雪だるま五個くらい足元に見えてるんだからな。さぼったら困るのは主にお前らなんだけど、分かってんのか。
「さみいー」
「ん」
有馬小野寺はほったらかしたまま、からからと玄関を開けて靴を脱ぎ、廊下を進む。勝手知ったる人の家、もう目瞑ってたって分かる。居間を覗けば、当也と伏見が揃ってテレビ見てた。あ、違う、当也は本読んでるんだ、伏見だけものすごくつまんなそうに古いドラマ見てる。当也こうなったら喋んないからな、伏見可哀想だろ、ちょっとは会話しろよ。伏見がこっちを向いて手を上げたので、有馬と小野寺はなんで外にいるの、と上着を脱ぎながら近寄る。
「知らない。朝ご飯食べたらすぐ出てっちゃった」
「元気だなあ、あいつら」
「仕事終わった?」
「おー。寝に来た」
「寝ちゃうの……」
「……別に寝なくてもいい」
しょぼくれた顔を浮かべられて言葉を返せば、ぱっと笑顔になった。なんだかなあ、くそ、ものすごく踊らされてる。伏見に異常な執着を見せる朔太郎のこと、気持ち悪いと思うし馬鹿にもするけど、やっぱりこいつ顔が可愛い。それに、こんなに嬉しそうににこにこされて嫌な気分になる奴なんていないだろ。
もそもそとこっちに寄ってきた伏見が、ジュースあるよ、お菓子もあるよ、さっき俺歩いて買い物してきたんだよ、と台所へ引っ張るので、後をついて行く。コンビニ行ってきたのか、この雪の中頑張ったな。朝ご飯食べた後、二人は外に出て行くし当也は昨日父親の部屋から発見したらしい本読みたそうで邪魔したくなかったしで、あまりにも暇だったから外に出てみたらしいけど、とっとと帰りたい気持ちとなんか買ってくるって出てったのに手ぶらで戻るのは癪だって思いが戦った結果、コンビニで落ち着いたらしい。まああそこまでならぎりぎり徒歩圏内か、いつも買い出しに行くでかいスーパーまでは遠いけど。
「転んだりしなかったのかよ」
「んー、帰り道滑った」
「どっか怪我しなかったか、頭とか打ったり」
「だ、大丈夫」
「嘘つけ。どこ打ったんだ」
「……しりもちはついたけど……」
「痣にならないといいな」
お菓子の袋ぶら下げて居間へと戻れば、黙ったままもくもくと読書に勤しむ当也がとても邪魔だったので、足先でちょいちょいと蹴ってどかしておいた。全く退こうとしない当也を跨いで座れば、舌打ちされた。なにが不満なんだよ、ちゃんと邪魔しないようにしたろ。
「航介どれ食べたい?」
「どれでもいいよ。好きなの開けな」
「んー……これとこれだったらどっち」
「それ」
甘いのとしょっぱいの掲げられてしょっぱい方を指差せば、じゃあこっちにしようと俺が指した方の袋を開けていた。どうぞ、と向けられて一つもらえば、じっとこっちを見ている瞳と視線がかち合って。
「……なに?」
「航介って甘いものあんまり食べないの」
「別に。食いたくなる時もあるよ」
「でもそういう時もいっぱいは食べないんだろ?」
「あー……まあ、そうかもな」
チョコとかクッキーとか、食べたいなって突然思っても一欠片で満足しちゃうこともあるし。だったらしょっぱい系のお菓子の方が食べる回数は多いかも。そう答えれば、何故か伏見は困った顔をしていた。なんだろう、甘いものばっかり買ってきちゃったのか。それなら当也に食わせたらいい、こいつ食う量は多くないけど甘いもの好きだから。
「そうじゃないんだけどさ」
「じゃあどした」
「……俺、あんま、筋肉とかつかなくて」
「うん」
「でも航介はすごいちゃんと、なんか、力あるし背もあるし……」
「それは、まあ、仕事上仕方ないっていうか」
「でも小野寺も仕事してないのにあんなだ」
「あいつ運動好きだろ?それに、バイトも体動かす感じらしいし」
「そうかもしんないけどさあ……」
「だって当也はひょろひょろじゃん、動かないから」
「……でも背が高い」
「それは、なんつーか、体質?」
「俺声変わりも遅かったし……」
なんだろう、どこで何のスイッチを押してしまったんだか、伏見がめそめそし出した。どうしたもんかと頭を掻いていれば、ちらりと顔を上げてこっちを見ては、溜め息と共にソファーに寝そべっていた。やることなくて暇だからいろいろ考えるんだよな、って自分に置き換えてなんとなく思って、ぐったりしてる伏見を持ち上げれば、驚いたのか目を丸くして固まっていて、ちょっと面白かった。
「うえっ、え、なに」
「うち来る?」
「……筋肉つく?」
「そんな魔法みたいな力はねえけど……」
アルバムがあるよ、と担いだ伏見に上着を被せれば、それはぜひとも見せてくれと言いたげな反応だったので、これは良かった。気分転換って大事だ。
当也のことを爪先でつつきながら、ちょっと伏見連れてうち帰るから、と告げれば、はあとかふうんとか曖昧な返事が返ってきた。東京から一緒に来てくれてる友達ほっぽって読みふけるほどその本は面白いかよ、この根暗眼鏡。この寒いのに先に玄関まで出て、楽しそうに靴履いてる伏見の長いマフラーを後ろで結びながら、もう転ぶなよ、と一言釘を刺しておく。するともうそこには触れてくれるなとでも言いたげな半目で睨まれて、つい笑ってしまった。
「……他の人達に言わないでよね」
「はは、分かったよ」
「弁当ならまだいいよ、クソジャージとアホピアスに言ったら怒るから」
「言わない言わない」
ていうかその、クソジャージとアホピアスがいないんだけど。雪かきしてた形跡はあるから、どっかに遊びに行ったんだろうか。これ見れば、と伏見に言われて足元を見下ろしたものの、肝心の足跡もぐるぐるといっぱいつきすぎて、どこに行ったのかまでは分からない。まあ子どもじゃあるまいし、ほっといても戻ってくるだろう。
出てきた家から歩いて一分もかからない近距離で、がちゃがちゃと鍵を開ける。朝早くから全員出ていたので勿論家の中は冷え切っていて、マフラー取ろうとした伏見に、寒いからそのままにしときな、と声をかける。
「ほれ、小中高」
「ありがとー」
ぺらぺらと小学校の時の卒業アルバムを捲る伏見を暖房の近くに移動させて、この時はまだ朔太郎はいないけど、と一緒に覗き込む。これ、と指さされたのは自分だったので顔をあげれば、今にも笑い出しそうな顔。
「ん?」
「……こーすけ、ずいぶ、痩せ、ぶふっ」
「なんだよ!いいだろ!」
「あっはははは!べっ、つに、駄目とは言ってないじゃん、だめっ、とは」
「大笑いしながら言われたって説得力ねえよ!」
「ひー、お腹いたあ、顔の形違うじゃん、ふはっ、これ、みんなに見せようよ」
「やだよ!朔太郎には散々馬鹿にされてんだ!」
人の小学生時代でぼろくそに笑ってくれやがった伏見はしばらく経ってからようやく大分落ち着いたのか、弁当はいつから眼鏡なのかと思ってたけどもう小学校卒業の時にはかけてたんだね、と仏頂面の当也をしげしげ見ていた。あいつ割とすぐ目悪くなったんだ、いつから眼鏡かは覚えてないけど。
最後にもう一度俺の写真があるページに戻ってご丁寧に吹き出してくれた伏見から小学校の卒業アルバムを取り上げれば、半笑いのまま見上げられた。もう見せないぞ、と中高のものにも手を伸ばせば、でも面白いもんは面白かったんだと開き直られて、そりゃ笑えたかもしんないけどさ。
「いいじゃん、今はそんななんだから」
「……さっきあんな話したから伏見は笑わないで見てくれるかと思ったよ」
「俺デブじゃないもん、肉付きやすいだけだもん」
「俺だってデブだったわけじゃねえよ!」
「ちょっと、寒いから立たないで」
ごもっともだった。もそもそと再びさっきまで座ってた伏見のすぐ隣に腰を下ろせば、満足気に息を吐かれて、じゃあ今度はこっちね、なんて中学校の卒業アルバムを開かれる。楽しそうでなによりだけど、俺もみんなのそういう写真とか見たいなあと思ったり思わなかったり。
「高校の時の小野寺ならあるけど」
「ああ、部活一緒なんだっけ」
「そうそう、えっと、これ。みんなで撮ったやつ」
「どれだ」
「この、一番後ろのでかいの」
伏見に見せてもらった携帯の画面に目を凝らす。ほんとだ、あんまり今と変わりゃしないな。ただ今と髪の色が少し違って、ピアスは一個もなくて、弓道のやつを着てるってだけだ。数人知らない奴を挟んで小野寺の斜め前くらいにいるのは、恐らく伏見だろう。ていうかこいつ、弓道着でかくないか?本人に言ったら怒られそうだけど、隣の人とかと比べてちょっとぶかついてるような、そんな気がする。
「ねえ」
「んー?」
「弁当美術部だったの?」
「あー、ほぼ幽霊だったけどな」
「……これ、あの、この人」
「さくたろ?合ってるよ、これ」
「ふうん……」
中学校の卒業アルバムはそこまで食いつくポイントが無かったのか、早々に切り上げた伏見が高校のアルバムに手を伸ばした。まあそんなにいくつも笑えるところがあっても困る。朔太郎は神出鬼没だからともかく、俺も当也もあんまり写真とか撮られる方じゃなかったから、元々あんまり写ってないっていうのもあるけど。
「あ、航介、いた」
「うん」
「弁当もいる。ご飯食べてる」
「クラスのページだから。急に撮られたんだ」
「まだ頭黒いね」
「卒業してすぐだし、染めたの」
「あ、このちっちゃいのも航介でしょ」
「……虱潰しに探すのやめてくんね」
「なんで」
「恥ずかしい」
「そっかなあ。俺すごいいっぱいいろんなとこにいるけど、卒業アルバム」
「はあ」
伏見なんか撮っても撮っても保養にしかならねえもんな、とは言わないけど。なんかちょっとやな奴だな、俺。違うこと考えようと卒業アルバムから目を逸らして、ぱっと視界に飛び込んできたものを反射的に口に出した。立ち上がって本棚の方へ歩くと、きょとんとした顔の伏見が見上げてくる。
「あー、伏見って本読むっけ」
「まあまあ」
「当也の好きな本みてえなのが好き?」
「弁当の好きな本って、王道っぽいのとか、実話ものとかだよね」
「そうそう。俺あんま好きじゃねえんだ、ああいうの」
「あっ、それ読んだ!良かった!」
手に取った一冊を指さされて、ほんとに!なんてテンションが上がる。当也は実話を元にした感動ものだったり、王道ど真ん中のファンタジーだったり、結局最後はみんなが幸せになるバトルものだったり、そういうのを割と読んでたんだけど。俺はあんまりそれが気に食わなくて、しょっちゅう喧嘩したっけ。うちにあるのは、登場人物がみんななんか抱えててあんまり幸せにならないやつとか、ハッピーエンドだけどわだかまりが残るやつとか、戦争の中で仲間がどんどんいなくなっちゃうのとか、そういうのばっか。だってそういう方が好きなんだ、底抜けに明るい話は一年に一回あるかないかくらいでいい。だから、自分の気に入ったやつを好きだっていう人は、あんまりいなくて。ぱたぱたと本棚に寄ってきた伏見に、これは見たことあるか、こっちなんか映画にもなってるんだけど、って本引っ張り出して教えれば、ぺらぺらページを捲って顔を上げた。
「……え、普通に読みたい。借りてもいい?」
「いい!好きなの持ってけ!」
「これ、七日だけの恋人のやつ。こないだ借りてきて見たばっか」
「本で見るとまた違うから、でも結構描写がきついんだ。見たことある?」
「ない、あれ?こんな短い話だったんだ」
「そう。読んでみ、印象変わる」
「いなくなってからの頭おかしくなりっぷりが好きで、小野寺には引かれたけど」
「あれは俳優も良かったよなあ、今ドラマで殺人鬼役やってるけど」
「んー、あれはつまんない、推理ものなのに簡単すぎて」
「俺お前のことすごく好き……」
「えー?」
案外速読らしい伏見が話しながらも本に目を落として読み進めて行くのを見て、こんなにちゃんと好きなものの話をしたのはいつぶりだろう、なんてふと泣きそうになった。当也は俺の読んでる本は一応読むけどあんまり好きじゃなかったって一刀両断するし、朔太郎はそもそも大概の場合読んでくれないし。早くも一章を読み終えたらしく、これだけじゃなくてこれもこっちもあれも読みたい、と手を伸ばされて、どれでも貸してやるからいくらでも持っていけと伏見を持ち上げた。台を持ってくる暇が惜しい、もういいから抱えられるだけ借りてってくれ。
「はあ、これで俺明日から幸せ」
「読んだら教えろな、いろいろ聞くし」
「うん。どうしよ、どれから読もっかなあ」
「これとこれだけ続きものだけど」
「あー、じゃあ俺、二巻から読んじゃったんだ。こっちは前読んだの」
「もったいねえよ、一巻ちゃんと読み込んだ方がいい」
「……航介あっちの家戻りたい?」
「うん?」
「馬鹿がうるさいからここで読みたいなあ、って」
寝ててくれても構わないけどやっぱり弁当の家よりまだこっちのが寒いからどうしよう、と困った顔をされて、ぼすぼすと丸っこい頭を撫でた。確かに本読んでる時って他人の声気になるよな、静かな場所で読めると話にも入り込めるしな。
「毛布も暖房もあるから気にせず読めよ、お茶もあるぞ」
「う、でも、航介仕事終わったとこで」
「俺はそれよりも本の話がしたい」
がし、と伏見の肩を掴めば、嬉しそうな顔でにこにこされて、こっちまでつられてにこにこする。朔太郎に追っかけ回されて逃げてる時とか、多分当也とか小野寺とかと間違えられてるんだとは思ってたけど、ぴゃって背中に隠れられたはいいけど俺がいざ振り向くと間違えたと言わんばかりの焦った顔して出てくから、嫌われてんのかと思ってちょっと怖かったんだ。あったかいお茶淹れてやりながらそう笑って告げれば、ちょっと恥ずかしそうな笑顔で、実はあんまり初対面の人と仲良くすんの上手くなくて、と教えられてなんかこっちが照れた。
「有馬とか、伏見はすげえ猫被りだって」
「んー。初めて会った人の前って話しづらいから、外面は被るかも」
「俺は?最初から被ってた?」
「そう見えた?」
「見えない」
「あは、だって航介、話しやすかったから」
「え、俺いろんなやつに、怒ってるみたいとか怖いとか言われんだけど」
「そんなん言わせとけばいいんだ」
「ふしみ……」
「少なくとも俺はすごく話しやすかったと思、うあっ」
「伏見ー!」
「えっ、重、なに、重たい!乗っかんなよ、なんだよ!重いってば!」

「ただいまー」
「ひぐしっ、あ?伏見は?」
「おかえり」
「なあ弁当、伏見どこ消えたの」
「隣の家にいるよ。なにしてんのかは知らない」
「隣?」
「航介んちってこと?」
「んー、担がれて拉致られてた」
「ずりい!俺も行く!」
「えっ、え、俺も、有馬が行くなら俺も行くっ」
「いってらっしゃい」
「弁当は来ねえの?」
「うん。今更行ってもなんも面白くないし」
「そっか、じゃあ俺たちだけで行ってくるね」
「伏見一人で抜け駆けずるいから、さっきの雪だるまぶつけようぜ」
「あれ凍ってたじゃん……怪我するよ……」




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