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おはなし



「がぶがぶかみつけー」
「おい、パジャマ」
「いまおどってるの!」
「踊るの後にして、風呂入るよ」
「うああん」
「ほれ行くぞー」
その場から動こうとしない子ども抱えてお風呂場へ。日曜の朝やってる戦隊ものの踊りを最近覚えたらしくてずっと踊ってるけど、正直なんか違う。本人が楽しそうだからいいけどさ。
肩のボタンを外してやれば、うんうん言いながらきちんと自分で服を脱ぎ出す。頭が毎回突っかかってはばたばたするけど、しばらくほっとくと何とか抜け出せるから、見て見ぬ振り。なんでもかんでもやっちゃだめってさちえさんも言ってたしな、もういい加減服くらい脱げるだろ。
「お洗濯のとこみんな入れな」
「れっどのぱんつあしたもはきたい」
「一つしかないだろ。明日は別ので我慢しろよ」
「こーちゃんのいじわるっ」
「はいはい」
踊りをやめさせたから怒ってるんだろうか。大好きななんとかヒーローのパンツを明日も履けないことが不服だったらしく、ぷんすかしながらお風呂場へ入ってしまった。後を追うように服を脱けば、子どもはもう既にシャンプーをしこたま手のひらに出しているところだった。おい待て、出し過ぎにも程がある、そんなしたらお前頭泡だらけになっちゃうよ。半分くらい手から貰えば、ふくれながらこっちを見ていた。怒ってるなあ、真ん丸の目して。
じぶんでぜんぶやるんだもんって言うので子どもには構わず自分の頭を洗っていると、目に泡が入ったのかぐすぐすし出した。さっきまでぶすくれてたのはどこに消えたのか、おめめがいたいよお、と目を閉じたままうろうろしているので、だってまだこれつけてないもん、そりゃいつもより痛いよ、とシャンプーハットを被せる。危なっかしいな、なんで見えないままうろつこうとするんだ、しかもよりによって風呂場で。お湯を被せて泡を流して顔を拭ってやれば、ぱちぱちとでかい目がまたたいて、もういたくない!だそうで。そりゃ良かったな、と垂れてきた泡をもう一度拭えば、嬉しそうににこにこしながら自分の髪の毛わしわし掻き回し始めた。下手くそだけど、がんばってるからいっか。
「できないとこあったら言えよな」
「かっぱさんあるからできる!」
「体は?自分でやりたい?」
「んっ、かえるしゃ、とってえ」
「後でな、先に頭やっちゃえ」
「こーちゃんのかみのけもごしごししたげよっか」
「俺は自分でするよ」
「やだ!やりたい、ぼくがする!」
「だーめ」
泡だらけの手が伸びてくるのを避けて、弱くしたシャワーで髪を流す。ただでさえ後で体も洗いたがるのに、髪の毛まで任せてたら時間がかかって仕方ない。ちゃんと目を閉じて顔を覆っている子どもに、はいおしまい、と声をかけてシャンプーハットを外しかけて、やめる。どうしたの、と聞かれて、今日は二回頭洗う日にしよっか、と答えた。
子どもいわく、さちえがくれたかっこいいしゃんぷー、要するに子ども用のリンスインシャンプーなんだけど、毎日自分でやらせたまま放置しとくと汚れその他が溜まってばっちいことになるので、ちょくちょく俺たちが普通に使ってる方のやつで洗ってやらなきゃいけない。かえるさんのスポンジ取ってやって、一生懸命ごしごしと体をあわあわにしている子どもの髪の毛をがしがし洗う。一旦自分でやらなきゃ怒るからな、もっと上手くなったら二度手間しなくていいようになるんだろうけど。
「……いつか一人で風呂入んのか、お前」
「んん?」
「ううん、目瞑って」
「はあい」
ざばざばお湯をかけて、頭も体も流す。シャンプーハットをとってタオルを渡せば拙い手で顔を拭いて、でも結局髪の毛びちゃびちゃだから水垂れてくるんだけど。犬みたいに頭振って無理やり水滴飛ばした子どもが、ふんふん歌いながらかえるさんのスポンジで俺の体を擦り始めた。いいよ、自分でやるってば。
「むっかっしっ!なっきっむーしかっみさっまがっ!」
「それそんな力込めて歌うやつだっけ」
「かなしくてもないて!かなしくてもないて!」
「……………」
全部悲しくなってるけど、いいんだろうか。今度の発表会で踊るらしいんだけど、よくよく思い返してみればこいつ最近ずっと戦隊もののエンディングばっかり踊ってる。おかげで俺はほとんどその歌の踊りを知らないんだけど、ほんとに踊れるのかな、発表会。
手の力と比例してるのか、無駄に力強く歌いながらごしごしと洗ってくれている子どもに背中は任せることにした。一曲丸々歌い終わるまでごしごししてもらって、飛び散る泡でまた体が白くなった子どもごとお湯を被る。かえるさんスポンジをほっぽり投げて、よじよじと浴槽に入る様子に手を貸して、湯船の中へ。
「ういー、びばのんの」
「おっさんくさいぞ、誰の真似だよ」
「さくちゃんがしてた」
「なんでも真似っこしないの」
「はあい」
人の膝の上でゆらゆらしながら落ちるか落ちないかの瀬戸際で遊んでいる子どもを押さえてまさか落っことしたりしないようにしていると、からからとお風呂場の扉が開いた。
「あ、やっぱ風呂だった」
「あっあっ、さくちゃあん」
「おー、俺まだスーツだから水飛ばさないで」
ばたばたと泳いでるんだが溺れてるんだが不明な動きをお湯の中でしている子どもを押さえて、危ないから大人しくしてなさい、なんて。何か用事があるのかと思えば覗きに来ただけだったらしい朔太郎に、もう上がるの?と聞かれて頷いた。
「さくちゃんもおふろー」
「俺は後でいいよお」
「やーだー」
いっしょにおふろはいるもん、と湯船から飛び出す勢いで子どもがばしゃばしゃし始めたせいで、顔面にお湯を食らった。完全に不意打ちで咳込めば、振り返った拍子にこっちに倒れ込んできたので受け止める。ほら、ちゃんと座ってなきゃ危ないだろってば。
「……ごめんなさい……」
「うわあ、こーちゃん心狭っ、こんなことで怒るんだ」
「怒ってねえけど……」
「ごっ、ごめっ、ごめんなさっ、ひぐっ」
「泣かしたー!俺が泣かすと怒るのに航介泣かしたー!」
「うるっせえな!怒ってねえってば!」
「うえっ、えっ、でも、でっ、こーちゃっ、おめめがっ、ひっ、ひっ」
「こーちゃんおめめ開いてないからだいじょっ、あっぶね」
「避けんな馬鹿!当たれ!」
「だからまだ着替えてないって言ってんじゃん!ていうか逆上せる前に出なよね!」
「えっ」
朔太郎の言葉に下を向けば、さっきまでしゃくりあげていた子どもが真っ赤な顔でぼーっとしていた。ほんの数分前まで元気そうだったのに、泣いて興奮したから逆上せたんだろうか、よく知らないけど。
慌てて風呂場を出てパジャマを着せれば、こーちゃんのおめめが、とまた啜り泣き始めたので、もう俺のことはほっといてくれと抱き上げて居間へ向かう。しばらくすればけろっとした顔で、でかい目ぱちぱちさせながら白飯かっ込んではもぐもぐするだろうから、平気だと思うけど。
「ごちそうさまするー」
「まだ残ってる」
「んん……これきらい……」
「好き嫌いすんな、おっきくなれないぞ」
「さくちゃんたべる?」
「ん?食べる」
「自分の分を食えよ、こら」
「航介だってプラスチックは食べないじゃんねえ、好き嫌いなんかちょっとくらいあってもいいと思うけど」
「プラスチック食う奴なんかいねえよ!」
「いたら失礼だろ!謝れ!」
「食べ物じゃないだろ!そもそも!」
「たべれないの?」
「大きくなったら食えるようになるよ」
「へえー」
「おい、嘘教えんな、食ったらどうすんだ」
「うちの子はそんな馬鹿じゃない」
「ごちそうさまでしたあ」
「さっきデザートにプリン買ってきたよ、食べなね」
「わあああプリンだあああ」
「走ると転ぶぞ」
「うえええ、いたいよおおお」
「遅かったみたいだけど」
「あー!もう!」


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