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おはなし



「かしこりまって呼んで」
「こりま」
「こりま?」
「有馬だけど……」
伊達眼鏡をかけた有馬が口を尖らせてレポート用紙とプリントを出したのを見て、弁当が席を立つ。ちょっと自分の調べ物してくるから伏見もここにいてね、と行ってしまった背中に手を振って机に頬杖をつけば、目の前の有馬は伊達眼鏡もそのままにがりがりとシャーペンを走らせていた。
「なあ、それ何」
「うん」
「なに?って聞いてんの。どの授業?俺いないやつ?」
「うん」
「聞いてんのかよ」
「うん」
聞いてねえじゃねえかよ。プリント片手に忙しなく目を動かしつつレポート用紙に書き殴っている文字は、特に見覚えのないもので。俺がとってない授業で出たレポートか、と机に上半身を預ける。それとも何かの授業で、赤点ぎりぎりだから特別に出された課題かもしれない。こいつ馬鹿だからなあ、かわいそ。
「おい、そんな汚ねえ字じゃ突っ返されるぞ」
「あー」
「聞ーけーよーお」
「はあ」
ぐりぐりとこめかみを押せば、ちょっと嫌そうな顔をされた。生意気だな、ていうか眼鏡取れよ、絶対邪魔だろ。仕方ないから取ってやろうかと手を伸ばせば、ばしりと叩き落とされて、思わず唖然。こいつ、この野郎、こっち見向きもしねえの、俺が隣にいてやってんのに、くそ。
「いたい」
「うん」
「痛いんですけどお」
「はい」
「そんなんやったってお前のゴミみてえな持ち点は変わらないと思うんですけど」
「はあ」
「……んだよ、聞けっつってんだろ」
「うん」
「……………」
「……………」
俺が黙ったのをいいことに無言ですよ、いくら自分のレポートが切羽詰まってるからって俺のこと全無視ですよ、この野郎。かちかちとシャーペンの後ろをノックしては芯引っ込めて、なにお前一丁前に行き詰まってんの、頭の中すっからかんなくせに。横から覗き込んでプリントの文字を目で追えば、ぱっと隠されてしまった。なんだよむかつくな、手助けしてやろうってんじゃん、心底腹立つ。
「ありまあ、なあ、おいってば、有馬」
「ん」
「俺こないださあ、お前が好きっつってた映画見に行ったんだけど」
「おー」
「くっそつまんなかったから見に行かない方がいいよ、金の無駄だよ」
「ふうん」
「爆発とか銃撃戦とか?そういうシーンばっか派手で、うるせえし」
「はあ」
「あと、それに、あの主人公、ヒーローなのにめそめそしててかっこ悪いしっ」
「あー」
「女の子と一緒に見に行ったんだけどっ、すっごいつまんなさそうだったし!」
「うん」
「あんなんおすすめするから彼女も出来ないんじゃないの、趣味が幼稚だから」
「うん」
「……だからあ……」
「うん」
「聞いてんのかよ!俺の話!」
「はいはい」
適当にあしらわれて腹が立ったので睨みつければ、相変わらずこっちを向きもしないままプリントと睨めっこしてた。いつもだったら今の会話のどっかしらできゃんきゃん言う癖に、なに真面目ぶっちゃってんの、きもちわる。だってあれほんとにつまんなかったもん、有馬は一作目から好きだって言うけどあんな超王道シリーズ俺は嫌いだ。どうせ最後は弱っちいヒーローがヒロインのためにがんばって戦って、派手に敵に勝ってハッピーエンドなんだから、先が見えてちゃつまんない。
なんとなく苛々して、その辺に散らばってる消しゴムのカスを指先で弾いてレポート用紙に乗せる。意外と難しいな、ぴんってやるとどっか行っちゃう。いくつかが忙しそうに書いてる手元に飛んでった時点で俺の周りに消しカスが無くなって、また暇になってしまったと溜め息をつけば、有馬と目が合った。伊達眼鏡越しに、なんにも言わないから、つい思わず声が漏れて。
「……え」
「……………」
「なに、なん、うわあ」
「うっせ」
ごつ、と額に当てられたのは、シャーペン持ってない方の手で作られた狐で。こんこん、と突っつかれてうざったかったので手で押し返せば、ようやく伊達眼鏡を外した有馬がまたレポート用紙に向き直って、ぼそりと零した。
「あとで構ってやるから、もうちょっと待ってろな」
「か、まっ」
「これ持ってて」
「え、う、はい」
ぽいっと放られた伊達眼鏡を受け取れば、またプリントに向き直った目はこっちを向くことが無くなって。どうしたの、なんて弁当の声にびくりと振り向けば、本の一部をコピーしてきたらしいくるくる丸めた紙でぽこぽこ頭叩かれて、変な顔だよ、だって。
「あ、有馬が、有馬がっ」
「うん。有馬がどうしたの」
「俺のこと馬鹿にして、上からなんか、偉そうに、レポートやってる癖にっ」
「伏見どうしたの、なんで焦ってんの」
「焦ってない!」
「ここ図書館だから、もうちょっと声ちっちゃく」
「弁当まで俺のことガキ扱いする!」
「してないよ、ただもうちょっと静かにしないと」
周りの目が、と呟かれてぎしぎしと見回せば、元々図書館にいる人数は少ないにしろ、ぱっと顔を背けた人や目を落とした人が見えて、かあっと顔が熱くなった。いやいやそんな俺でかい声出してないって、こんな静かだったら普通の声でも聞こえちゃうけど、でもそんなみんながみんな今までの一連の会話を聞いてたわけじゃないし、俺が有馬に無視されるとか?ましてや構ってほしがったとか?そんな馬鹿な話あるか、当たり前だろ、そんなわけないじゃん、構ってやろうとして俺は、あの、その。
無性に恥ずかしくて、でも苛立たしくて、だって俺が恥ずかしくなる必要なくない、ほんとに。机に突っ伏せば、勢いがつきすぎてごちんって額をぶつけた。痛い、でも机冷たくて気持ちいいし、これでいいよ、もう知ったこっちゃないよ。
「ん、終わった!弁当、これどうよ!」
「有馬もうるさい」
「そういや伏見がずっと構え構えってうるさかったんだけど、伏見?」
「……構えなんて言ってない……」
「え?なに?声ちっちゃくて聞こえない」
「もうちょっと静かにしろってば、ここ図書館」
「弁当、伏見なんで死んでんの」
「恥ずかしいみたいだよ」
「なんで?」
「さあ。俺が戻って来た時にはもうあわあわしてた」
「伏見お前なんか恥ずかしいことしたの?」
「してねえよ!」
「拗ねんなよ、構ってやれなくて悪かったよ」
「だから構ってほしいなんて一言も言ってないんだよ、馬鹿!」
「ねえ、二人とも、声」
「こら伏見、しーっ」
「うっせ、馬鹿、いっつも俺の一億倍はうるさい癖にっ」
「ちょっとほんとに、しーってば」
「お口チャックしような」
「死ね!もういいっ、お前らなんかだいっ嫌いだ!」
「あ」
「出てった」
「お前ら大っ嫌いだってさ、弁当も嫌われたぞ」
「……そんなこと初めて言われた」
「やったじゃん」
「ていうか有馬、伏見のこと無視してたの?それは良くないよ」
「無視してねえよ。返事してたし話も聞いてた」
「ふうん」
「なんかがんばって悪口言ってるから、なに言ってんのかなーって聞いてた」
「それがだめだったんじゃないの」
「そっかなあ」
「うん」
「いつもは俺が口答えすると怒るからさあ、しなかったんだけど」
「今日は口答えてもいい日だったとかかもよ」
「そっか、伏見難しいな」
「ね」



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