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おはなし



「あっ、小野寺先輩!」
「ん?」
「すいません、千景ってもう帰りました?」
「うん。さっき出てったよ」
「あー……そうですか……」
「まだ部室にはいるかもしれないけど」
「ほんとですか!」
サッカー部の練習は終わったらしく既に制服に着替えた、……なんだっけ、にのみや?だっけ。ちょっと名前忘れたけど、晴臣さんの弟の友達がばたばたと走ってきて、また忙しなく部室棟へと駆けて行った。俺は俺で、練習終わってから着替えも済ませた後、さて帰ろうかと校門に向かいかけたところで伏見に、そういや職員室行かなきゃなんだった、ここで良い子に待ってろ、とか弓道場の前に置いてかれて、そのまま待ち続けてるわけなんだけど。職員室ってなにかなあ、またなんか表彰されたりすんのかな、すげえ。
鞄降ろしてコンクリに直で座って、弓道場の前にまだいるからね、と念のため伏見に連絡して、ふと顔を上げればとぼとぼ部室棟から歩いてくるさっきの一年生が見えた。どうしたんだろ、いなかったのかな。
「どしたー」
「いませんでした……俺、あいつにノート貸しっぱなしで、明日提出のやつ」
「やったノート?」
「手付かずのやつです、数学なんですけど」
「一年の数学、ああ!三原か、ルーズリーフ駄目だもんなあ」
「解き方とかもみんなノートに書いてあるんですよ」
「そっか。俺がもっと頭良かったら教えてあげられたんだけど」
がっくり肩を落として隣に座り込んだ拍子に鞄の中身が見えて、仁ノ上だ、思い出した。にの、しか合ってなかった、危ねえ。呼んじゃうとこだったよ、間違ったまま。
どうしたもんかと唸っているので一応手助けになればと色んな提案をした結果、まだ家までは帰ってないはずだから連絡だけして後で直接受け取りに行く、という方法が採用された。晴臣先輩の弟とは幼馴染みで家も近いらしい、ただすんなり渡してもらえるかは分からないようで頭を抱えていたけれど。
「小野寺先輩、何待ちですか?」
「んー、伏見待ち。職員室行ったんだあ」
「はい?」
「え?」
「俺さっき部室棟行く途中で、校門から伏見先輩っぽいのが出てくの見ましたよ」
「……………」
「人違いかも知れませんけど、顔はっきり見えたわけじゃないんで」
絶対伏見だ、あの野郎。仁ノ上の手前、伏見のやつ確信犯で俺のこと置いて行きやがったんだとは言えないので、じゃあ入れ違いになっちゃったのかなあ、同じだね、なんて笑っておく。あいつめ、ここでいい子に待ってろって言ったじゃないか。どうせきっと、俺が大人しく待ってるのこっそり覗き見て大笑いして帰りやがったんだ、泣くぞ。
ちらりと携帯を覗けば案の定、なんの連絡も無かった。これじゃうちにいるか自分の家にいるかすらわかんねえよ。でも多分今日は平日だから自分の家かな、試験近いし。
「先輩帰りますか?」
「うん」
「あの、途中まで一緒に行ってもいいですか?」
「いいけど」
「はいっ」
なんだ、楽しそうだな。俺と一緒に帰るのそんなに楽しいとは思えないんだけどなあ。半分開いてたリュック背負って立ち上がった仁ノ上につられるように、鞄を引っ掛ける。どうやら俺の帰り道の途中にあるバス停までは一緒らしいことが分かって、じゃあそっち方面回って歩いて帰ろうかなあ、なんて。
校門から出る前に自販でジュースを買ったので一本投げて渡せば、ものすごく喜んだ。いやいや、六十円だし。ペットボトルならまだしも、パックのやつだし。仁ノ上は面白いやつだったんだな、弓道場の前で何回か見たことあったけどいっつも晴臣先輩の弟の我儘聞いてる印象しかなかった。あと、たまに伏見にべったりの弟を引っぺがして連れ帰ってくれる人、としか思ってなかった。改めよう、こんなににこにこされるとなんかとっても懐かれたみたいでこっちも嬉しいし。
「先輩は中学どこだったんですか?」
「俺は二中。仁ノ上は伏見とかと同じだっけ」
「樫ノ木です」
「あそこでかいよなあ」
「二中って、花岡先輩とかと一緒でした?」
「将利?知ってるよ、俺一回同じクラスだったし」
朧げに覚えている中学時代のことを教えてやれば、へええ、と目を丸くして話を聞いてくれた。ごめんな将利、俺お前の後輩に変なこと吹き込んじゃったかもしんないや。記憶力にはあんまり自信がない方なんだ、許して欲しい。
ぶらぶらと足を進める途中、公園の横を通り過ぎた。ボールを蹴って遊んでいる子どもを見てふと気になったので、仁ノ上はちっちゃい頃からずっとサッカーやってたの、なんて聞いてみる。
「はい。あんまり上手じゃないんですけどね」
「嘘だあ、俺見たもん。練習してるとこ、弓道場から時々見えるんだ」
「やー、俺なんて全然、あはは」
「実は三年抜けたらもうレギュラーとかなんだろっ、本当のこと言えよ」
「ほんとに俺なんか全然、試合じゃ使い物になりませんって」
「そうなのかなあ。俺サッカーよくわかんないけど、仁ノ上がゴール決めたの見たよ」
「うーん、俺あんまり頭良くないんで、勘で動いちゃうんですよね」
「それすげえ分かるわ、俺もやる」
「小野寺先輩は何か弓道以外にやってたこととかあるんですか?」
「中学の時はバレーやってたよ」
「……なんか、すごく似合いますね……」
「そう?でももう今はすっかりだからなあ」
「あの、ずっと気になってたんですけど」
先輩ってなんで弓道部入ったんですか、と聞かれて腕を組む。うーん、特に深い理由とかないんだけどな。バレー部はもちろん高校にもあるし続けようと思ってなかったわけじゃないんだけど、なんか弓道部入っちゃったんだ。強いて言うなら、仮入部期間に気紛れで覗きに行ったことがきっかけだろうか。弓道場って校舎からちょっと遠い上に校庭の端にあるから、あんまり一年生が見学に来てなくて、でもなんかすげえかっこよくて、気づいたらいいなあって思ってて。
「そんな感じ」
「でもかっこいいですよね、袴に弓持って。俺ちょっと見とれますもん」
「そんでやってみたら楽しいんだ、中ると気持ちいし」
「千景と晴兄に弓道やらしてもらったことあるんですよ、小学生の時」
「どうだった?」
「難しかったです」
照れたように笑う仁ノ上に、でも弓道は練習したら誰でも上達するんだよ、なんて伏見の受け売り。弓を引いて矢を放つところまでなら練習次第で出来るようになる、そこからが難しくて楽しいんだ。
それからもしばらくだらだらと歩いていると、分かれ道のバス停が見えてきた。それじゃあここで、と頭を下げられて、気をつけて帰れよ、なんて返したところで一言。
「あの、また帰れる時あったら、一緒に」
「ん?いいよ、伏見いるかもしんないけど、帰りたい時弓道場おいで」
「はいっ、お疲れさまでしたっ」
「うん、おつかれー」
バス停を振り返りながら手を振って歩く、あいつ俺と帰るのそんなに楽しかったのかなあ。それとも、いつも晴臣先輩の弟に引っ張られてるから別の人といること自体が楽しいのかな。よく分からんなあ、と欠伸混じりに角を曲がれば、後ろから誰かに飛びつかれた。おいこら、帰ってなかったならそれはそれで早く言えよ。
腰元に手を回されたまま背中にがんがん頭を当てられて、あのすいません痛いんですけど、と告げれば髪の毛を引っ張られて振り向かされる。怖い顔だな、どうしたんだお前。
「楽しそうだな、クソ犬」
「伏見どこいたの」
「お前がしょぼくれて弓道場で待ってるの見てコンビニ行った」
「やっぱお前一回出てんじゃん……」
「でもアイス買って戻ってきたもん、そしたらお前がこっち歩いてきて」
「伏見先輩は出て行きましたよって仁ノ上に教えてもらったから」
「ちっ、可愛い後輩とにこにこ喋んながら帰んのはそんな楽しかったかよ」
「うん、割と」
「死ね」
「仁ノ上いい子だよ」
「何名前覚えちゃってんだ馬鹿のくせに、忘れろ」
「ええー……」
「後ろからずっとつけてたのに気づかないし、また一緒に帰る?はあ?」
「いたたたた」
「ああいうのが一番厄介なんだ、気のない振りしてる女が面倒なのと一緒だ」
「なに?なんの話?」
「馬鹿、クズ、すっからかん頭、もうお前なんか嫌い」
「アイス買ったの?」
「もうねえよ」
「今日うち来る?」
「行かねえ」
「じゃあここまで着いてきちゃダメでしょ、あっち帰んな」
「どこ通って帰ろうが俺の自由だ」
「うち今日兄ちゃん夜いないんだ」
「親は」
「え?なに?乗り気?急に?」
「ちげえよふざけんな」
「隣の部屋に誰もいないと聞いた途端乗り気になるってことはそういうことだよね」
「なんかお前今日生意気だな、殺すぞ」
「いやあ、伏見が焼いてるから」
「やいてる?」
「やきもち」
「自惚れんな」
「あいったあ!」


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