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おはなし



「スマブラ?」
「モンハン、あっ、ねえや。ここの家ないんだ」
「ポップンやってたかなあ、あとダンスダンスレボリューション」
「あのうるせえやつ」
「そうそう、矢印踏むやつ」
「太鼓の達人だったわ、俺」
「あとはなに?パラッパラッパーとか?」
「うわ、懐かしいなあ。ドンキーコングとかもあるよ」
「これやろうぜ。マリパ」
「なにこれ、古っ」
「当也あ、本体どこお」
「なんのー?」
「ろくよんー」
「64なら弁当家にあるんじゃね」
「実家から持ってきたって言ってたしなあ」
「はあ?じゃあ今この家ゲーム無いじゃん」
テレビの下の棚から大量に出てきたゲームソフトを両手に抱えたまま、どうすんだよこれ本体無かったら一個もできねえじゃねえか、と台所にいる弁当に航介が噛み付いていた。しばらく間を置いて顔を出した弁当は何も言わずに、ものすごく面倒だから巻き込まないでくださいとでも言いたげな嫌悪丸出しの顔で航介を睨んで引っ込んでしまって、おいなんだよそれ。お前そんな怖い顔出来たのかよ。
「おい!ほんとに全部持ってったんかよ、ソフトしかねえの?」
「ないよ、うざい」
「うざい!?」
「やりたいなら自分ちから持ってきたらいいじゃん」
「めんどくさいわ」
「じゃあ出来ない、伏見それもう混ぜなくていいよ」
「出来ないって!暇なんだけど!」
「もう混ぜな、ちょ、混ぜすぎ、えっ、なにこれ。初めて見た」
「俺混ぜてただけなのに……また……俺……」
「てめえ話聞けよ!」
「うるせ、航介黙ってて。大丈夫だよ伏見、食べれれば」
「伏見なにしたの?」
「もう諦めてこっち来いよ、食べ物粗末にしちゃダメなんだぞ」
「やだ、やる、俺は出来るんだ」
「自己暗示じゃどうにもならないでしょ……」
台所の奥の方にいるため姿は見えないもののなにかやらかしたらしい伏見が、大丈夫出来る出来る、と呟いているのを聞いて小野寺がぼやいていた。ていうかなんであいつ料理出来ないの自分でも分かってるくせに弁当の手伝いしたがるんだかな、大人しくこっちで一緒に座ってりゃいいのに。じゃあ次はこれをこっちの鍋に入れて、なんて弁当の声と伏見の返事の直後に、がたがたがっちゃん、となにかを取り落とした音と水的な物が吹きこぼれた音が被って、もういいから弁当に任せて伏見には下がって欲しいと切に思う。頼むから、食えるものを食えなくするのだけはやめてくれよ。
用無しになってしまったゲームソフトを渋々片付けていた航介に、いいなあ、と声が漏れた。すると手に持っていたマリカーを不思議そうな顔で見せられたけれど、それじゃなくて。
「弁当の態度?っていうか。航介と朔太郎にはやっぱり違うじゃん」
「あー、俺も思う。いいなあって」
「そっかなあ。そんな変わんねえだろ」
「でもなんか、なんかねえ。小野寺分かる?」
「分かる分かる。何が違うっていうか、なんか違うんだよな」
「なんだそれ」
ぱたんと棚を閉じて炬燵の上のみかんを剥き出した航介に習って、やっぱりガキの頃から一緒なのと二年やそこら一緒なのとじゃ違うんだよなあ、なんて笑いながら手を伸ばす。朔太郎は中学からだって昨日聞いたけど、航介はそれこそよちよちしてた頃から知ってるんだから、そりゃ態度も変わってくるだろう。伏見は猫被りだから特殊にしても、高校から一緒の小野寺に対する時の態度と俺や弁当への口の利き方、やっぱり違うし。
当也はちっちゃい時からなにしててもつまんなそうな顔でぼーっとしてて、俺が新しく買ってもらったおもちゃはみんな勝手に使うし、とーちゃんみたいにあんたもちょっとはおっとりしなさいよとか親にはしょっちゅう言われるし、ほんとやだ、幼馴染とかいらねえ、とだんだん怒りがヒートアップしてきたらしい航介が机を叩いて息を荒げていた。そんな話聞きながらみかん剥いて直で口に放り込めば、白いの取らないの?と小野寺に聞かれたので頷く。だってめんどくさいし、これって栄養あるんじゃねえの。
「あれってほんとなのかよ」
「ないの?俺今までずっと食ってたんだけど」
「あるなんて聞いたことない」
「小野寺が無知なだけだろ」
「そうか、あっ!これ種ある!種ありみかんなんて初めて食った!」
「あるだろ、実なんだから」
「小学生の時、帰り道にみかんの木がある家があって。そこのみかんには種あった」
「え、有馬勝手に食ったの?」
「ちげえよ!貰ったの!」
「目潰ししよ、皮で」
「やめろや」
皮握り潰してる小野寺の手を避けながら、そこは高校からでここは大学からなの、と其処此処彼処の指差しで俺や小野寺や伏見を繋いだ航介が首を傾げたので、あれは部活仲間でこれは大学入ってから、と同じく指差しで答える。白いとこちまちま剥いてた小野寺が、でも有馬は高校ん時うちの文化祭とか来たことあるんだもんねえ、と顔を上げた。そういやそうだ、会った覚えはないけど。
「有馬んとこブレザーだっけ」
「うん」
「俺学ランだったけど、航介達もそうだって弁当から聞いた」
「そうそう、え?じゃあ有馬ネクタイしてたの?」
「してたよ」
「結べんの?」
「結べるよ!むしろいろんな結び方出来るわ!」
「朔太郎なんか最初大変だったのになあ、働き始めた時」
「小野寺あ、これ飲んで、味見」
「ん?なに?」
「俺が作った、なんかの汁」
「嘘だ」
「弁当がほとんどやったんだろ?」
「ほんとに俺が作ったの!」
ふらふらと台所から出て来た伏見の手にはお椀があって、まあ、なんかの汁が入っていた。味噌汁っていうか、澄まし汁っていうか、スープじゃないし、なんかの汁だ。ほんとに一口分しか入ってないそれを三人で覗き込んで、これ何だと思う?飲んでも平気なやつだと思う?とぼそぼそ言い合っていたら、痺れを切らした伏見が旋毛に爪を突き刺してきたので、お椀を小野寺に返した。特に気負いもせず、へえ伏見が作ったんだあ、と一気に傾けた小野寺が、微妙な顔をしてお椀から口を離す。ああ、美味くはなかったんだな、確実に。というより、今まで散々伏見の料理の実験台、もとい味見役やって痛い目見てるはずなのに、よくこいつ一気飲み出来るな。いつか死ぬんじゃないだろうか、伏見下手したら洗剤とかうっかり混ぜかねないし。
「……伏見これ飲んだ?」
「ううん」
「なんか、ちょっと……いつもよりはマシだよ。食えるんだけど、なんか……」
「つーかこれほんと何入ってんだよ」
「どんな味だった?」
「……しょっぱ、すっぱ辛い、味がする」
「なにそれ」
「弁当に飲ませて味直してもらえよ」
「うーん、横で見ててもらったのになあ」
おっかしいなあ、なにが悪かったのかなあ、と本当に不思議そうにお椀を覗き込みながら台所へ戻って行った伏見の向こう側に、柱に半分くらい隠れてこっちを伺っている弁当が見えた。伏見を指差して指先をぐるぐる動かしているので、手で大きくバツ印を示してやれば、案の定といった体で肩を落としていた。弁当が横で見ててアレってことは、伏見が相当話を聞かずに無茶したか、神に見放されてるかのどちらかだ。
口直しなのかなんなのか、みかんをもそもそと大量に頬張っていた小野寺のせいで、机の上にみかんが無くなってしまった。いや、小野寺のせいというか、伏見のせいというか。とにかくちょうど良く台所から引き剥がせる口実が出来たので伏見に持ってきてもらおうと頼めば、案外すんなりとみかん抱えて来てくれた。多分弁当にも行け行けって言われたんだろうな。
「ん」
「ありがと」
「伏見は小野寺と仲良しだなあ」
「え?んー、うーん、はは」
「誤魔化した……」
「めっちゃ濁された……」
「そこのクソ共はどうなろうが知ったこっちゃないけど、弁当とは仲良くしたいかな」
「当也と話してるよりこっちのが面白いだろ、あいつつまんねえし」
「そうでもないけど。ていうか俺馬鹿と話すの嫌いなんだよね」
だから弁当とか航介と話すのは楽しいよ、とにこにこしながら、小野寺がいそいそ剥いてるみかん全部引ったくって口に放り込んだ伏見が炬燵に入ったので、もう台所はいいのかと聞けば、たくさんがんばったから休憩してきていいって弁当に言われたの、なんて胸を張っていた。残念ながらそれは恐らく追放だ、全く威張れない。
仲が良いかと聞かれて曖昧に誤魔化された可哀想な五年来の友達を、おいもっと早く剥けねえのかクズ、と罵りながら顎で使っている伏見のが最高にクズなわけだけど、まあそんなことはよくある風景なのでどうでもいい。聞き入れてもらえないことは承知という顔で、自分でやれば?なんてしれっとした体を取り繕いつつ伏見にみかんを渡した小野寺が、物理的に黙らされていた。今お前よく反抗したよ、明確な負けが見えてて逆らうのって大切だと思う。
「俺手汚したくないんだけど、分かるよね、小野寺」
「はい……」
「ちゃんとそのもやもや全部取ってよ、口の中残るの嫌」
「伏見も白いとこ取るのかあ」
「みかんあんま食べないけど、取るのめんどくさいから」
「あ、お?電話」
「出ていいよ」
ポケットから携帯を出した航介が、画面を見て首を傾げる。その場で出たので、恐らく仕事関係のなにかではないんだろう。急に用事が、なんていったらつまんないもんな。どうかした、と聞く航介になんとなく気を使って全員黙り込んでいれば、音量上げてハンズフリーにした携帯がそっと炬燵に置かれた。
『どうもこうも、今終わったとこだから行くってだけなんだけど』
「あっ、朔太郎だ」
「おつかれー」
『んー?なんかいっぱいいるねえ、航介はもうとっくに当也んちかあ』
「一旦家帰んの?」
『帰る帰る、明日休みだから』
「え、朔太郎泊まり?ずりい」
『航介も泊まれば?明日直で行ったらいいじゃん、服持ってってあげよっか』
「うーん……」
「泊まれ泊まれ」
『仕事なんて休んじゃえ』
「休みゃしねえけどさ」
『当也は?そこにいないの?』
「台所。飯作ってるよ」
『ふうん。じゃあその、伏見くんはいるのかなっ、うへへ』
「……………」
「……今いないかな……」
『あーん、そっかあ。声聞きたかったなあ』
マジ顔の伏見が静かに後ずさったので、全員いたたまれない顔で目を逸らした。でもそっち行ったら会えるもんね、昨日はあんまりお話しできなかったからなあ、ときゃっきゃしてる朔太郎の声にじわじわと顔を青くする伏見の体を反転させた小野寺が、そっと背中を押して台所に戻した。確かにあれは精神衛生上良くない、すげえ顔してたもん。
なんだか知らないけど伏見は朔太郎がとてつもなく苦手なようで、反対に朔太郎は伏見をものすごく気に入ったようだった。昨日も追いかけ回されて本気で逃げてたし、小野寺の背中と弁当の背中を交互に隠れ蓑にしてがたがたしてたし。ちょっと嫌そうとかじゃなければ、むしろ嫌そうとかそういうレベルですらない。実際昨日寝る前、あの人すごく怖い、もう会いたくない、って憔悴し切った顔でぐったりしてた。
「まあ伏見の反応が正しいんだけどな、朔太郎頭おかしいし」
「俺割と伏見と一緒にいるけど、あんな逃げてんの初めて見たよ」
「……なあ、聞いていい?伏見ってそんな料理できないの」
声を潜めてぼそぼそとこっちに問いかけてきた航介につられて顔を寄せる。額突き合わせて、そんなっていうか、出来ないっていうか、と小野寺と目配せした。改めて説明しようとすると、何が原因なんだがさっぱりだ。味覚が狂ってるわけでもないし、特別不器用なわけでもない。むしろどちらかといえば舌は肥えてるはずだ、好き嫌いは多いけど。
伏見が残してったみかんつまみながら考えてた小野寺が、ようやく思いついた顔で口を開いた。当の本人に聞こえたら恐らく体のどこかを引き千切られるので、まだ小声のまま。
「……どのくらいできないかっていうと、まあ」
「まあ?」
「こないだ俺と伏見で弁当の家行ったんだけど、その時お茶いれてもらって」
「えっ、俺行ってないんだけど」
「有馬うるさいからじゃね」
「仲間外れ反対!」
「違うよ!伏見が本借りたいって寄っただけだから、遊びに行ったわけじゃ」
「そんで?お茶どうしたって?」
「お湯沸かすのに電気ケトル使ったの、沸いたらぱちんってなるやつ」
「ああ、水入れてスイッチ入れたらすぐお湯になるやつ」
「……あれって失敗する要素なくない?」
「伏見にやらせたら、お湯出来た途端に上の穴からすごい量吹きこぼれてきた」
「っふ、あはははは!なんだそれ!」
「ほんとだって!かちんって聞こえたらすぐぶしゃあって、お湯が!」
「なんでだよ!なにしたらそうなるんだよ!」
「弁当は、ここまでって線より大幅に上まで入れたからじゃないかって」
げらげら笑ってる航介と俺に小野寺が一生懸命説明してるけど、正直なんでなんだかはどうだっていい。大切なのは、子どもでも簡単に使えることが売りのはずの電気ケトルでお湯すら沸かせない事実だ。伏見本人もびっくりしたみたいでしばらくその事に触れてもなにも言い返してこなかった、なんて真面目な顔で小野寺が言うから尚更面白くて、炬燵布団に埋まりながらぜえぜえ言ってると、実行犯が不思議そうな顔で覗きに来た。ひょこりと顔を出した伏見の手にはピーラーと、なんだそれ、ゴミかな。それがもし何らかの野菜の中身だとしたなら、食える部分をお前は皮と見做して剥いてしまったのかな。
「なに?なんかあったの?」
「っぐ、っ!っ!」
「航介!こーうすけー!」
伏見を見て笑い死にそうになっている航介を揺すれば、ほんとに息絶えそうな声で俺のことは気にするなとか言うのでそれも妙にツボで、小野寺と三人してくつくつと抑えめに笑い転げる。訳が分からんといった顔で台所に引っ込んだ伏見と入れ替わりに、弁当が顔を出す。
「……なに?」
「っべ、べんと、その、そいつ、台所にいちゃだめだ」
「は?」
「でも当也も、高校の時家庭科の調理実習でカップ一杯がなんのことだかわかんなくて水溶き片栗粉どばどば入れてゲテモノつぐっ!」
「うるせえな」
言い終わらない内につかつかと寄ってきた弁当が、航介の頭をすぱんと勢い良く叩いた。台所から航介のところまで歩いてくる間にほとんど聞こえちゃってたけど。弁当料理練習したって言ってたもんな、自炊なんか出来ないもう無理って一年の頭に散々聞いた覚えがある。
当たり所が悪かったのか、叩かれた航介が無言で丸くなって後頭部を抑えている隣で、しばらくそれを見下ろしていた弁当が台所へと戻っていく直前、いいなあ、と零した。振り返った弁当が訝しげな顔をしているのも気にせず、いいよなあ、航介とか朔太郎のことは叩くし蹴るよな、俺らにはあんまりしないのにな、と小野寺と耳打ちする。
「……なに、しないよ、別に」
「しないんだってよ、きっとまだ弁当は俺らのこと友達だと思ってないんだわ」
「素を見せてもらえないってやつだね」
「その点伏見はばんばん叩くもんな、あっちのが友好関係にあるのかもよ」
「口も悪いしね、弁当も言わないだけでもしかしたら怒ってること沢山あるのかな」
「ねえ、ちょっと」
「ん?」
嫌そうな顔をした弁当にわざと何も察してないふりをすれば、しばらくしかめっ面で考えた挙句にすたすた寄ってきて一発ずつ殴られた。ぺちんぺちんって感じだったけど、馬鹿なんじゃないの、なんなの意味わかんない、との言葉付きだったので、良しとしよう。小野寺と二人にやにやしていると、ようやく復活した航介が微妙そうな顔でこっちを見ていた。
「……当也が殴る蹴るなんてそんな珍しくもなかったんだけど」
「されたことあんまりないよなあ」
「俺らはほら、大事にされてるから?みたいな?」
「あ?」
「ぎゃっ、やめて、目が!」
まっすぐ人の顔狙ってみかんの汁飛ばしてくる航介に皮で応戦していると、がたがたがらがらと玄関が騒がしくなった。朔太郎が来たのかな、初対面の時もあいついつの間にか混ざってたし。ていうか、伏見は早く気づかないとまた大変なことになるぞ。
「伏見、それ味見してみてよ。俺もう舌麻痺した」
「自分でやったのなんて美味しいのか不味いのかわかんないよ」
「じゃああっちで転がってる三人のうち誰か使えば」
「小野寺あ」
「伏見くん!俺が飲む!俺にやらせて!」
「ひっ」
「うあっつ!熱い!舐めていい?美味しい!」
「わあ、朔太郎、いつ来たの」
「今!伏見くんこれ作ったんでしょ!美味しいよ!おいしい!」
「朔太郎先にあっち行ったな」
「伏見大丈夫?泡吹いてない?」
「美味しいらしいよ、さっきの汁改良されたんじゃない」
「弁当が手を加えたんだろうなあ」
「舌が麻痺する程の味ってどんなだよ」
「朔太郎が飲めても他の人間に飲めるとは限らねえからな」
「怖いなあ、どっちも怖い」
「流石、フライパンを剥がしながら料理する奴は違うよ」
「なにそれ」
「こないだの話なんだけどさ」


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