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おはなし




晩飯も食い終わって自分の部屋に引っ込んで、積んでた漫画をだらだら読んでた、九時半過ぎ。課題やんなきゃなあ、でもわかんないとこあるから誰かに聞いてからじゃなきゃ出来ないなあ、なんてぼやぼや考えながらベッドの上で寝転がりながらページをめくっていると、リビングの方からインターホンが鳴った音がした。はあい、なんて母親の応対する声とリビングを出ていく音、今玄関開けた、誰だろう。
きちんと閉まり切っていなかった自分の部屋の扉に枕投げて、わざと隙間を開ける。立ち上がってわざわざ確かめに行くのが面倒だっただけなんだけど、ぼそぼそ聞こえてきた声に漫画放り出して体を起こした。あれ、今日どっかに飯食い行くって言ってなかったっけ。その後来たらいいのにって話したらそんな毎日毎日行くわけねえだろ馬鹿って俺のこと殴らなかったっけ。
「お腹空いてないの?ご飯、今日お鍋だったんだけど」
「今日は食べてきたんで、大丈夫です」
「そう。あの子ならもう部屋にいると思うから、お風呂まだ沸いてないし」
「はあい」
「伏見くん紅茶とコーヒーどっちだっけ」
「あ、後で自分でやるんで大丈夫ですよ。ありがとうございます」
ぺたぺたと近づいてきた足音に、思わず焦って携帯を確認する。いや何にも連絡ねえよ、来るなんて一言も言ってねえよ、伏見のやつ。ていうか自分でやるとか有り得ないだろ、絶対後で俺がやるんだ、お茶とかお菓子とか。ぺったぺったと部屋に近づいてきた伏見が足を止めて、半開きだった扉の隙間からじとっと見てきた。怖いよ、入るなら入れよ。
「どしたの」
「なに、なんか悪いの」
「なんで喧嘩腰だよ、どうしたの?って聞いただけじゃん」
「なんで枕落ちてんの」
「投げた」
「うん」
うんってなんだよ、うんって。枕を拾ってこっちに寄ってきた伏見が、定位置にきちんと枕を戻してくれた後、中途半端に体を起こしていた俺の上にわざわざ乗っかってきた。えっなに、重いし怖い、寝るなら横にお願いしたい。意味わかんなくて固まってる俺を見上げて同じように固まっていた伏見が、もそもそと体勢を変えて人の胸に顔を埋めるように向き直る。
「痛い」
「え?なに?」
「お腹痛いの」
「食い過ぎじゃない」
「安くて油っこくて美味しくなかったしたくさん飲まされた」
「誰と行ったの?」
「秘密」
「そうですか」
「怒った?」
「別に。怒るっていうか、どちらかといえば悲しいよね」
「悲しいんだ」
「うん、まあ、おい、なにしてんだ、落ちるぞ」
いきなりぐいぐい力をかけられて、伏見が落っこちるか俺が横たわるかの二択を強いられたので仕方なく仰向けになる。満足したのか人のこと抱き枕にしてまた微動だにしなくなったので、することもなくなってしまった。仕方なしにさっき放り投げた漫画を手に取れば、再びぐいぐいと、襟首を力任せに引っ張られる感覚。やめろ、伸びちゃうだろ。枕元に漫画を置いて見下ろせば、眠いのか半目の仏頂面。言ったら怒られそうだから言わないけどすっげえ変な顔だ、お前今の自分の顔見てまだ自分が常に可愛いと思えるならすごいぞ。
「なんでお腹痛いって言ってる人のこといたわらないの」
「だって元気そうだもん」
「お腹痛い、吐いちゃう、中身全部出る」
「トイレ行く?」
「んなわけねえだろ……」
ばちんと音を立てて頬をひっ叩かれた、普通にすげえ痛い。なにが不満だったんだろうかと頬を摩りながら旋毛を見下ろしていると、人の上で丸まったままうとうとし始めた。なんだよ、電池切れかよ。さっきからなんかおかしかったし、充電残り十%ってとこだろうか。
「寝るなら降りてよ」
「んー」
「伏見、ふーしっみさーん」
「お風呂……」
「入ってから寝ろさ」
「……………」
「おーい」
黙りこんで丸まってしまった伏見をしばらく揺すったり叩いたりしてみたものの、どうも起きないようだった。腹の上を陣取られたせいで俺まで身動きが取れない、もうどうしようもないな。仕方ないのでさっきから読みかけのまま何度も放り出していた漫画のページをまた捲る。これ後何巻あったっけ、ていうか最新刊まで買ってたっけ。忘れた頃に読んでるからか普通に面白いんだけど、みんな知ってるのかなあ。長く続いてる割に残念ながらあんまり有名じゃないんだ、これを機におすすめしてみよっかな。弁当とか好きそうだし、持ってったら読むだろ。
起きたらどうせまた使い物にならなくなってるんだろうなあ、電源オフの時の伏見。明日俺学校休みたくないんだけど伏見はどうせ余裕なんだろうし、行きたくないってここから動かなさそうだ。その前に風呂か、朝だと忙しいから日付変わる前に一回起こさないと。
読むの遅い俺が漫画二冊読み終えた頃、風呂上がりらしい母親が部屋を覗きにきた。寒いと思って伏見の上から布団被ってたんだけど、呆れられてしまった。下ろしてあげなさいよ、なんて言葉に布団を捲って、俺の腰をがっつり挟んでる伏見の両足を見せれば、なるほどと言いたげな顔をされる。うるさくしないでね、なんて釘を刺されて、ちょっと耳が痛い。
「……う」
「お、起きた。おはよ」
「……………」
それからまたしばらくして、いよいよ最後の一冊まで来た時伏見が起きた。主人公の後輩があれこれあった末に裏切り者になって、でも抗争の間に裏切り者の恋人が大怪我をしてしまって、そのせいで裏切り者がどう動くかが分からなくなったところで宇宙船の動力が壊されて今にも墜落しそうな、要するにめっちゃいいとこだったから伏見もうちょっと寝ててくれても良かったんだけど、ふと時計を見たらもう十二時を回っていた。風呂入るなら明日の朝より今がいい、今すぐ。
「伏見、降りて。風呂入っといで」
「……や」
「やじゃない、ほれ。風呂入ってから寝な、お前頭から油の匂いするよ」
「しない」
「するよ。俺腹減っちゃったもん」
駄々をこねる伏見を、力づくで引き剥がしてベッドから降りる。さっきまでは寝てたから引っ張って起こすのも可哀想だったけど、今はこのまま目覚めてもらった方が都合がいい。まだ頭が起きていないのかぼおっとベッドの上に座ったままの伏見に、適当なスウェット上下を投げて寄越す。振り返ってみれば避けもせず取りもしなかったようで、二枚頭から被ってた。いや、せめて手くらい出せよ。
ずるずるとベッドから引き摺り下ろして着替え持たせて、そら行ってこいと廊下に送り出せば、部屋から一歩出たところでこっちを向いて無言の抵抗を示してきた。電池切れ伏見が一人じゃ動かないのは知ってるけども、でも風呂は二人じゃ入れないわけで。試しに一緒に入るかと聞いてみればとても嫌そうな、なおかつ残念そうな、微妙な顔をされた。やめてほしい、こっちが傷つくから。
「行ってこいって」
「……お腹痛い」
「えっあれほんとだったの?」
「痛いよお……」
「どこ痛い?薬飲む?」
「……飲まない……」
「嘘なら収集つかなくなる前に言ってね」
「痛くない気がしてきた」
しれっと言い放って、俺の横をすり抜けてまた部屋の中に戻ろうとする伏見の首根っこを掴んで止める。ふぎーとかうぎーとか、動物の鳴き声みたいなの上げながらこっちを見てくる恨みがましげな目は無視だ。背中を押して風呂場まで行く道中、洋服落っことしちゃっただのお腹空いたからお風呂入れないだのとうるさいので、それも全部無視した。無視した結果スウェットはマジで落としやがったけど、拾って手渡せば不満気な顔が帰ってきた。なんだよ、落っこちたスウェット二人で見下ろしてる方が気持ち悪いだろ。
こいつ、寝る前の様子からしててっきり目を覚ましたらすっかり電源オフ状態かとかと思ったら、寝てる間に大分充電回復してる。いつもは減らず口叩かないもん、もっと大人しく俺の後ろついてくるもん。いっそそっちのが楽だった、我儘言わないし。すっかり元気になって、なんのスイッチがいつ入ったんだが、我儘吐き散らかすモードらしい伏見がぐずぐずと風呂場の前でごねるので、とりあえず脱衣所に押し込んで扉を閉めた。うるさいって怒られたらたまったもんじゃない。ていうか今更気づいたけどこいつちょっと酒入ってんじゃないのか、絡み方が若干うざったいし。
「やだ、入んない」
「ばっちい」
「明日がいい、明日するもん」
「明日の朝は忙しいでしょ、お前は行かないつもりなのかもしんないけど」
「小野寺も行かない」
「行きます、俺は単位やばいんで」
「行かないの」
「我儘言わない」
「うええん」
「泣き真似してもだめ、入ってらっしゃい」
「寒いから服脱ぎたくない」
「ごめん伏見、いい加減ちょっとうざい」
「……………」
「お風呂入ろうね」
「……小野寺冷たい、怒ってる」
「別に怒ってるわけではないんだけど……」
「でも小野寺も俺の心配してくれない……お腹痛いって言ってるのに……」
「だって嘘なんだろ?痛くないんだろ?」
「痛くないけど」
「ほら」
「痛くても心配してくんない」
「痛かったらするよ、でも今は平気なんでしょ」
「小野寺のばかあ、氷河期」
心が冷たいってことだろうか、氷河期。えーん、と下手くそ過ぎて可哀想になってくる泣き真似しながら蹲った伏見の服を、背中側から剥がして脱がせる。このまま放り込んでやれ、流石に風呂場で一人にされたらちゃんとするだろ。
ぐずりながらも一応協力的に服を脱いでくれる伏見を全部脱がせて風呂場に送り出せば、扉を閉める直前じとっとこっちを見ていた伏見が口を開いた。話があるなら風呂上がってからいくらでも聞いてやるよ、と思いかけて動きを止める。
「小野寺」
「ん?」
「入る?」
「……え?」
「お風呂」
「後で」
「一緒に」
「後でにします」
「なんでえ」
また下手くそにめそめそし始めた伏見を残して扉を閉める。危ねえ、あの誘いに乗ってたら確実に明日朝学校行かせてもらえない。絶対確信犯だ、怖い。あの甘え方危なすぎるだろ、普段あんなことしないから俺としては恐怖が先に立っているってことを伏見本人は分かっているんだろうか。
数十分後、伏見はいつまで経っても上がってこないし俺も入りたいし、どうしたんだろうと風呂場を覗きに行った結果、待ち構えてた悪魔に風呂場に引き摺り込まれて服ごとみんなびしゃびしゃにされて、結局次の日の朝は起きられないわけだけど。



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