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おはなし




二日くらい前から、幼馴染が久しぶりにこっちに戻ってきている。背が高くてピアスだらけのと、ジャージの癖にイケメンと、女の子みたいに可愛くてちっちゃいの。三人の友達を連れて東京から帰ってきた幼馴染は、久々に会う割に全く変わっていなくて、少し安心した。もしゃもしゃの髪も眠そうな目もそのままで、まさかとは思うけどどっかの航介みたいにいきなりとんでもねえ髪の色になってたりしたらどうしようかってちょっと思ってたから。
俺は仕事があるから、昨日の夜と同じく今日も遅れて合流することになっている。昨晩はなんだかんだで飯ばっか食ってみんなあんまり飲まなかったんだよな、なんて思いながら買って知ったる玄関扉をがらがらと開ければ、とても嫌な予感がした。すっごい酒くさ、なにこれ。
「とーや、ただいま」
「んー」
「ほらあ、当也、開けてやったんだから飲めよ」
「自分でやるってば」
「べんとー、俺入れてあげるからね、飲んで」
「だから自分でやるってば……」
居間を覗けば、既に有馬くんが横たわっていた。炬燵に下半身突っ込んで俯せてる有馬くんの隣で、ご機嫌そうな航介がげんなりしてる当也に缶を押し付けている。当也はどれだけ嫌そうな顔をしたところでそれを受け取らざるを得ない、反対側には伏見くんがグラス持って待ち構えているからだ。どっちに逃げてもどっちかに飲まされるシステムらしい、大変そうだなあ。伏見くんを挟んで当也の反対側では、小野寺くんがおかずに箸を伸ばしていた。こっち座りなよ、と手招きされて大人しく近づく。
「お仕事おしまい?」
「うん。お腹空いちゃったや」
「今日の飯ねえ、弁当が作ったんだよ。俺らも手伝ったけど」
「すごいや、料理出来るんだ」
「伏見以外はそれなりに」
小野寺くんらしくもない真顔でぼそりと告げられた言葉に、冗談じゃなさそうだなあと思う。見た感じ味音痴ってわけでもなさそうなのに、伏見くんは料理が出来ないらしい。かわいいなあ、またこんなこと言ったら引きつった顔で見られちゃうから言わないけど。というか恐らく今なんて、航介と伏見くんに俺の存在は気づかれてすらいない。有馬くんが寝てるってことはもう既に大分酔ってるんだろうし、ていうかよく見るとその辺に缶も瓶も転がってるし。
いただきます、と手を合わせて箸を持つ。初めて食った幼馴染作の飯は、普通に美味しかった。

「きみがすきだーっと!さけびーったい!」
「ひぐっ、ひっ、ふしっ、み、うえ、えっ」
「小野寺邪魔死ね、弁当はいこれ食べさしたげるっ」
「それいらない、あったかいのじゃなきゃやだ」
「わがまま言うなよお」
「やだ、やだったらやだ!やだー」
ぶんぶんと腕を振り回して箸を遠ざけるようにしながら駄々を捏ねる当也、その横で危なっかしくぐらんぐらん揺れながらあーんしそびれたおかずを自らもそもそと頬張っている伏見くん、その膝下に突っ伏して丸まりひぐひぐと嗚咽を漏らしている小野寺くん、後ろではケチャップをマイクに見立ててでかい声で歌いながらうろうろしている航介。阿鼻叫喚だった。見てて面白いからいいけど、この中には出来れば混ざりたくない。じたばたと暴れていた当也がぴたりと動きを止めて、ふと気がついたように航介の方へ寄って行く。立とうとしてふらふらと失敗して四つん這いで近寄る辺り、運動神経が無いせいなのか酔ってるせいなのか、微妙なラインだ。
「こーすけ、歌って、校歌」
「あ?なにが?」
「うーたーあーってー」
「んう、校歌、なんだっけ、緑輝いてたっけ」
「きらめいてた!緑はきらめいてただろ!あ?緑なんてねえよ!嘘つくな!」
「いって、いっ、いてえな!ばか!」
「んぇ、あー、あ、うへへへ」
ばしばしと航介を叩きながら注文をつけていた当也が、航介に突き飛ばされてずるずると体制を崩した。そのままごろりと横になってへらへら笑いながらなにやら言っているようだけど、あいつ酔っ払うとあんなんなるんだ。航介が歌い出すのは知ってたけど、当也は知らなかった。さっきまでやだやだってじたばたしてたのは何処吹く風で、にこにこしながら這うように炬燵へと戻ってきて頭から埋まろうとしてる当也の首根っこを掴んで止めながら、若干めんどくせえなって思った。普段抑圧されてる分みんな出ちゃってるじゃないか、もっと上手に息抜きしろよ、お前。
「さくたろ、お前眼鏡いくつ」
「ん?視力?そんなに落ちてないよ」
「俺は最近目にいいってお菓子を食べた、だから目がよくなったんだ」
「おう……」
どうだと言わんばかりの顔されても困る、そう簡単に人間の視力が変わってたまるか。だからめがねなんかいりません!とかなんとか急にでかい声上げた当也にぽいっと投げ捨てられた眼鏡を上手くキャッチしている内に、当の本人はよたよたとハイハイで有馬くんの方へ寄って行っていた。寝てる人に迷惑をかけちゃだめだろ、ていうかよく見えるな、なんて思っているうちに横たわっている有馬くんを思いっきり両手で踏み潰してふぎゃああとか言いながら転がっていた。見えてないのか、そりゃそうだよな。バランス崩した拍子にどうやら額をどこかにぶつけたらしく、今さっきまでのきゃっきゃした声色はどこに消えたのかぐずぐずと泣き声混じりだった。痛かったんだな、ごんって聞こえたもん。
「うええ……おでこ……」
「当也、有馬くん寝てるんだからこっち戻っといで」
「いやですう、ここでねるんです」
「狭いでしょ」
「んへへ、ありまくさい」
失礼極まりないな、こいつ。にへらにへらと締まりのない笑顔を浮かべながら、一度潰した有馬くんの隣、狭っ苦しいはずのスペースに収まった当也が、しばらくして静かになった。肝心の隣はといえば、いくら細いとは言え成人済みの男に両手で潰された衝撃はでかかったのか、うんうん唸りながら脂汗かいてた。内臓とかやられてないだろうな、こっちからじゃどこをどう潰したのかよく見えなかったけど。
とりあえず、一人大人しくなった。残るは航介と伏見くんと小野寺くんなわけだが、航介は一人で気持ちよさげに歌ってるし、構ってもらいたがりらしい伏見くんは小野寺くんにべったりで管巻いてる。小野寺くんも小野寺くんで、まだしゃくりあげてはいるものの多少なりとも落ち着いたのか、普段より数倍へにゃへにゃと笑いながら、相槌打ってるのと船漕いでるの、どっちだか微妙な感じで首がくがくさせてる。あれもほっといたら寝るな、多分。
「航介」
「んー?」
「ジャニーズやって、踊り付きで」
「なんのお?」
「なんでもいいよ、かっこいいこーちゃん見たいなあ」
「ええー?」
どおしよっかなあ、とか言う割りにはもう準備万端じゃないか、腕まくりして。なにしてくれるかは航介に任すけど、とにかく歌い踊り疲れて暑くなってそのまま寝てくれればいい、何時ものパターンだ。何が楽しいのか一人でげらげら笑いながらきちんとイントロから歌い出した航介を乗せるためにぱちぱちとお座なりな手拍子を合わせていると、ごとんと重いものを落とした音がした。なにこれすっげ、嫌な予感しかしないんだけど。
「……………」
「……伏見くん、は、眠くな」
「あのさあ」
「うっす……」
案の定、重い音の正体はぐうすか寝息立ててる小野寺くんで。恐らく話し相手がいなくなったから用済みの小野寺くんを投げ捨ててこっちに来るつもりなのだろう、じりじり寄ってくるのが非常に怖い。伏見くんのことはすごく好きだし可愛いと思うしたくさんお話ししてみたいけど、それは素面の時であって、今じゃない。だってぶっちゃけ一番めんどくさそうだし、絡み酒って苦手なんだもん、俺。途中で絶対飽きるし話終わらそうとする、でもこの人確実にそれに抵抗してくるタイプのやつじゃん。そんでいつまで経っても寝ないんでしょ、やだよ。そんなん俺に任せないでよ。
逃げ腰に横を向いた俺の正面まできてべたりと腰を下ろした伏見くんが、踊りまくってる航介には目もくれず俺の服の裾を掴んだ。いやこれもね、いつもだったらすげえ嬉しいはずなんですよ、ぎゅうって感じで可愛いじゃないですか。でも今この人、がって掴んだんですよ。もうどう考えても、逃がさねえぞコラ!って感じじゃないですか。つい敬語にもなりますよ、いっそ仕事だと割り切りたくもなりますって。
「ねえ」
「な、にかなあ」
「こーむいん、って。忙しいの」
「あー……そんなでもないよ」
「遊びに行けないの」
「行けるよ、時間作れば」
「なんでなったの、大学いかなかったのなんでなの」
「んん……」
「テレビとかどんなの見るの、好きな歌手とかないの、彼女いないの」
「ちょお、ちょっと待って、待とう、早いよ!」
「えう……」
しょぼんと残念そうな顔をされてつい絆されそうになるけれど、相手は酔っ払いだ。余計なこと言って食いつかれて長くなるより、つまんねえ話して飽きさせて寝かした方が断然お互いのためだ。可愛い顔に騙されるな、がんばれ、俺。ぐっと握り拳を固めたところに、後ろからタックルを食らった。いてえ、やべえ、完全に忘れてた、伏見くんしか見えてなかった。
「さくたろ見てなあい!さいってー!」
「いっ……ぐっ、くるし……」
「今さあ!俺すっげーかっこいい振り付けしたのに!伏見ばっか!お前は!」
「俺ばっかあ!」
「いった!なに!なんで伏見くんまで俺を叩くの!あなたのせいでしょうが!」
「えっ……なんで怒んの……おれ、たださくたろのこと、いっぱい知りたくて」
「えっあっ、ごめ」
「なにいじめてんだ!ばか!」
「ぎゃっ、いってえな!航介の一発は伏見くんの五発分なんだよ!」
「俺がかわいいからって、俺がちょっと周りよりもかわいいから」
「そうだ!伏見のせいにして五発も殴って!なんだっけ、でぃーぶい!」
「ドメスティックバイオレンス」
「それ!」
「ちょっと!人聞き悪いよ!伏見くんも今ちょっと酔い冷めてなかった!?」
「さくたろ怒るう、やだあこわい」
「なんでお前はいっつもそうなんだ!この変態!」
「航介に言われたくないよ!」
「変態なの?うわ、引くわ」
「伏見くん素面だよね?ねえ?」
「あっ触んないでください、いいんで、黙ってるんで、性癖のことは」
「ほらあ!また伏見にそうやって!迷惑ばっかり!」
「ちょっ、航介うるさい、黙って」
「あーあ、そういうこと言うんだ、わっかりましたよお、黙りますう」
「拗ねんなよ!お前ほんとにめんどくさいなあ!」
「俺も寝よ」
「伏見くん、待って、誤解があるよ、それ解いてから寝よう」
「やー、航介たすけてえ、変態が寝込み襲ってくるう」
「さくたろお!」
「お前こそもう寝ろよ!はい!おやすみ!はい寝る!」
「んー!んぐー!」
「小野寺んとこ行こ、おやすみ助けてえ」
「やめて!その語尾やめて!」
「………………」
「あっ有馬くん起きてる!ちょっと!なんとかしてこの酔っ払い!」
「……あ、うん……俺、聞いてないから……大丈夫だから……」
「寝ないで!なにそれ!どこから聞いてたの!誤解を残したままにしないで!」
「弁当あったけえなあ」
「ちょっと有馬くん、ねえ、ちょっとこっち来てよ、俺の話を聞いて」
「なあに!」
「航介はそこで寝て、一刻も早く」
「えっ、なに?えぐいのが好きなの?血とか出ちゃうやつ?」
「そもそも別に俺そんな偏った趣味は持ってないよ!」
「いいって、遠慮すんなって。小野寺なんか先輩呼びで大興奮するくらいだし」
「有馬くんもっかい俺と飲み直そ、そんで俺のことは忘れてみんなの話をしよう」
「コスプレとかはもうぬるいぜってレベルなわけ?ツタヤに置いてないレベル?」
「ほーら飲め飲めえ!かんぱーい!」
「かんっぱあい!」
「航介は寝てて!」
「あとなんか俺お腹痛いんだけど」
「うん……」


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