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おはなし




「こーうすけ」
「なに」
「人と喋る時はそっち向くって教わんなかったの」
「お前人間じゃないもん」
さっきからずっとこの調子で減らず口だ。なにに腹立ててるのか知らないけど、どうせまた自分でも気づかない内にしょうもないこと俺がやらかしたんだろう。航介の分のお菓子はちゃんと取っといたし、新しく買ったゲームもセーブデータちゃんと分けといたし、なんにも心当たり無いんだけど。こいつが理由なく腹立ってるなんて無いから、よく考えたらきっと俺が何かしらしてるんだろうなあ。
久しぶりに仕事が早めに終わったから一旦家帰って着替えて、航介んちでだらだらしようかなって来たところまでは良かったものの、部屋の主がこの調子じゃつまらない。最近妹が勉強に精を出すようになったからあんまり邪魔したくないんだよな、せっかくのやる気が削がれてしまっては可哀想だ。だから家帰りたくないし、正直今日はこのままここに出来る限り長く居座るつもりだったんだけど。試しに、帰っちゃおうかなあ、と呟けば肩がびくりと揺れたので、ここにいることは許してもらえているらしかった。こっちに背中を向けて寝転がっている航介に手を伸ばせば、指先が触れた瞬間、触んな馬鹿、と突っぱねられて少しむかつく。なんだよ、帰って欲しくないんだろ、だったらちょっとくらい構えよ。勝手にゲーム出したら怒る癖に、黙ったままじゃ俺だって何も出来ないんだからな。
「こっち向けよ」
「……やだ」
「俺がなにしたっていうの」
「別に」
「じゃあなんでこっち向かないの。怒ってんでしょ?」
「怒ってない」
「航介」
「……………」
これじゃ堂々巡りだ。黙り込んだ背中に溜息を吐けば、もぞもぞと布団を被ってしまった。首から上だけ出てるのを見て、めんどくせえなあ、とぼんやり思う。ばしばしと後頭部を叩いても振り返らないので後ろから髪の毛に指を差し込んでみると、触んなっつったろうが、と生意気な言葉が篭った声で聞こえて、またいらいらっとしたのでそのまま髪を掻き分けて悪戯することにした。
「こら」
「う、や、っちょ、やめ、耳っ」
「ちゃんと言ってもらわなきゃわかんないでしょうが」
かりかりと耳を引っ掻けば、布団の中から焦った声と手が伸びてくる。仰向けに体勢を変えて両手で抵抗して来たので、こちらとしてもそれに応じて相応の態度を取ることになるわけで。手を叩き落として布団に、もとい航介に跨がれば、逃げ場が無くなったことに更に焦ったのかじたじたともがいて這い出ようとしていた。馬鹿め、マウントポジション取られたら負けに決まってるだろう。
「や、めっ、さくたろ、俺、そこ」
「んー?ここがなに?さっきの態度はなんだったわけ?ねえ、航介」
「ちょっ、待っ、あ、くすぐった、だめだって!」
爪先を引っ掛けたり、触れるか触れないかの距離を辿ったり、指の背で擦ってみたり。離せやめろと暴れる手を片方捕まえて布団に押し付ければ、なんとか逃げようと布団の中にじりじりと潜って、押し殺した声を漏らしていた。頭のてっぺんしか見えなくなったものの、指先はまだ布団の中に残ったままだ。捕まえていない方の手は俺の手首を握っているものの、力が入らないらしく全く使い物になっていなかった。耳に這わせていた指を首筋に伸ばせば、跨っていた布団の下でがくんと体が揺れて、ちょっと面白い。
航介は耳が弱い。別に擽ったがりなわけでもない、逆に脇腹とか足の裏とかはいくらこちょこちょしても平然としてる。けど、なんだか知らないけど耳だけはどうも駄目らしい。中学生の頃、当也と一緒に二人掛かりで散々弄くり回してからかって遊んでいたら、急にどたどたと別の部屋に逃げ込んでしばらく出てこなかったことがあるくらいだ。今更ながらに思うけど、あの時絶対こいつ泣いてた。それに関しては反省しなきゃならないとは思うけど、今回のこれは航介が悪いから、別にいいということにしておこう。布団に押し付けた方の手が、堪えるように握り締められてるのを見て、弄って無い側の耳が恐らくあるだろう位置に顔を寄せてぼそぼそと口を開いた。
「なーんで怒ってたの」
「お、こってねえってば!しつけえな!」
「嘘だあ、ちゃんと言って、言わなきゃもっとするよ」
「ほんとに、なんもないから、なんもっ、うあ、なに眩しっ」
「べえ」
胸元辺りまで布団を剥いで、暑かったのか息ができなかったのか赤くなった顔とご対面。見せつけるように舌を出して、固まってる航介の耳元までそのまま降りて行く。寸前、なにをされるか分かったらしく今日一番の力で跳ね返されそうになったけれど、俺の方が一瞬早かった。
耳をがぶりと噛めば、うぎゃあ、なんて色気もへったくれもない悲鳴が上がった。強く歯を立てたわけではない、むしろどっちかというと挟んだだけだ。噛み付いていない側の耳も指先でがりがり引っ掻きながら、もぐもぐと唇を動かせば若干泣きが入った声が聞こえた。じたばたと暴れる体を押さえつけてべろを耳の際に這わせたまま話しかければ、もがいたせいかぜえぜえと息を荒げていて。
「あんえおこっえあろ」
「うぎいいい……気持ち悪いってえ……」
「あぐ」
「ひっ、かった!わか、分かりました!」
なにが分かったんだが知らないけど分かったらしいので一旦離れれば、腕で顔を覆ってぐずぐずしていた。なんでお前変なとこしつこいの、俺そもそも怒ってねえしどうだってよくね、とぐずられて、いいから早く話せよと頭を小突いて急かした。
「だから別に怒ってないんですよ……」
「でもさっき分かったっつったじゃん」
「そんなんお前がなんかしつこいから、言わされてるみたいなもんで」
「もういいから早く言えよ、次はもっと奥までべろ入れるぞ」
「……お前それ汚いとか思わないの」
「え?航介耳掃除するでしょ?」
「するよ」
「じゃあ良いよ」
「良くはねえよ」
「ていうか耳触んの駄目なのに耳掃除は出来るんだ」
「他人が駄目なんだよ、自分でやるなら耐え切れるだけで」
「今度俺やったげようか」
「人の話聞いてた?」
「それで、何で怒ってたのかについてなんですけど」
「ちっ」
話を逸らせたかと思ったか、単純め。あからさまに嫌そうな顔をされたのでちょっとむかついて、割と強めに耳朶を捻れば大人しくなった。これいいな、今度から使おう。ていうかさっきからずっと俺航介の上に乗ってるけど重くないのかな、筋肉あるからやっぱ平気なのかな。
「……怒ってないけどさあ」
「もうそれは分かったよ」
「今日さちえにばったり会って、朔太郎最近忙しいって、聞いて」
「うん」
「なんか、お前あれじゃん、こないだ女の子とご飯食べたんだろ、仕事一緒の」
「え?ああ、うん。食べた」
「……そんで、俺はそういうのなんかほとんどないのにって、思って、思っただけ」
「なにそれ、くっだんね」
「うっせ!お前はっ、高校ん時もそうやって、女子とも仲良くしてさあ!」
「だって航介目開かないんだもん」
「開いたら女の子と仲良くなれんのかよ!俺だって彼女とか欲しいの!馬鹿!」
熟女好きがよく言う、とは口にしなかったけれど。確かにあまりに人としてちっちゃすぎて言い出すには勇気がいる理由だった。ごすごすと握り拳を叩き込まれながら、馬鹿馬鹿と罵られて、くそどうでもいい理由のために余分な時間を使ってしまったとぼんやり思う。頭に血が上っているのか、さっき弄くってた耳まで真っ赤になりながらまだなにやらもごもごうるさい航介を見下ろして一応謝れば、見せ付けやがってとまた殴られた。理不尽だ、俺はただ仕事頑張って、上司の女の人に飯連れてってもらって、今日ようやく一段落ついたところだっていうのに。
「いーたーい」
「さくたろのっ、馬鹿っ、お前なんかどうせすぐ結婚すんだろっ」
「ええー……なに一人で妄想して盛り上がってんの……」
「結婚して二年で別れろ、性格の不一致でバツイチになれっ」
「なにもう、やだもう、めんどくせえな。童貞だからって」
「どっ、も、さくたろ嫌い、お前のそういうとこ嫌い」
「あーそういうこと言うんだ、へえー、へええ」
「あっごめ、ごめんなさい!嘘です耳っや、やめて、みっ、首も、謝るから!」
「なに?俺今まで航介は耳がくすぐったい人なんだと思ってたけど、なんなの」
「分かってんなら触んなよこのば、っすいませんすいません!ごめんなさい!」
「くすぐったいだけじゃなくて性感帯なの?ここって気持ち良いもんなの?」
「っだから、あ、なにお前!なにに切れてんのかわっかんねえよ!」
「切れてないしちょっと布団入れて、それか布団自分で出て」
「嫌だ!やだちょっと待っ、ごめ、無理!」
「なんで?あ、俺が乗ってるからか、よし」
「そ、そう、退けって、ど、っ馬鹿!ば、っ布団どけていいなんて俺言ってねえ!」
「けちくせ、見せろよ。じゃあ自分で説明して、布団の中どうなってんの」
「どうもなってない!」
「大洪水?」
「なにが!?」
それから久しぶりに航介で散々遊んで夜更かししたら、次の日遅刻しかけた。最近頑張ってたからねえ、とかいう上司の言葉が耳に痛かったです。


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