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おはなし



飯買って来てもらう代わりに荷物番を任されて、三人分の鞄の隣でぼうっと座って待つ。サンドイッチ食べたいって言っちゃったけど、さっき通り過ぎた人が持ってたスープ美味しそうだった。でもインスタントのはあんまり好きじゃないし、ブイヤベース食べたい。どうせならちゃんとしたやつがいいし、材料調べて買って持ってったら弁当作ってくれないかな。それともいっそ弁当とかその他適当に連れて食べに行った方がいいか、そしたら味覚えさせられるしまた次に作ってもらえるかもしんないし。小野寺はスープったってお味噌汁くらいしか作れないしな、この際頭にレシピ叩き込むのも悪くない。
食べに行くならどこにしようかな、なんて調べているといつの間にか小野寺が戻って来たところだった。ぐずぐずと鼻を啜っている様子に、そういえば昨日風邪引いたとかなんとか言ってたっけ。ほぼ手ぶらで戻って来たので、お前俺の飯どこやったんだ、と聞けば弁当にこれ持って先戻ってろって言われたの、と鼻声で返され手元に目を落とす。そこには入れ物のみを買ってレジ横であったかいコーヒー入れるタイプのコップがあって、恐らく弁当が気を使ってくれたんだろう。若干ふらふらしながら寄ってくる小野寺に、荷物退かして座れば、と顎で指せばこくりと頷かれた。気持ち悪いな、大人しいと。
「馬鹿は風邪引かないんじゃなかったのかよ」
「俺馬鹿じゃなかったんだ……」
「馬鹿でも風邪だって分かるくらい悪性のやつをどっかからもらってきたんだろ」
「う、ぐしっ」
「きたね、移すなよ」
くしゃみの拍子にコーヒーが危なっかしく揺れたので、早く座れと椅子を引く。乗っかってた鞄を一つ後ろの机にずらしていた小野寺に、コップ先に置けばいいだろ、と言おうとしたのと同時、割と勢い良く二発目のくしゃみをかました小野寺の手が柔らかいプラスチックのコップを握り潰して、中身が思いっきり飛び出た。
「……………」
「……あー……」
くしゃみと同時に潰れたコップからは割と熱いはずのコーヒーが零れていて、小野寺の手は勿論のこと、まだ後ろの机にずらしていなかった弁当の手袋に八割、何故か出しっ放しだった有馬の筆箱とノートに二割がぶっかかった。逆だったら良かったのにな、なんて他人事に思いながら眺めていると、どうしようどうしようと小野寺がおろおろし始めた。潰れてバランスが取れなくなったカップは机に置けなくなってしまったようで、ちょっとだけ持ってて、と渡され仕方なく受け取る。拭くもんなんもないや、と自分の上着のポケットやら鞄やらを小野寺が漁っていると、コンビニの袋をぶら下げた弁当と有馬が帰って来た。
「あー!俺のノート!」
「小野寺大丈夫?帰った方がいいんじゃないの」
「うん……弁当ごめん、手袋、今度ちゃんと買うから」
「いいよ、洗うし」
「俺のノート!ねえ小野寺、俺の」
「うるっせ」
「あいっ、何で伏見が叩く、あっつ!やめろ!それまだ熱い!」
熱いコップを有馬に押し付けて黙らせていると、どうやらティッシュを奇跡的に発見したらしい小野寺が机を綺麗にしてこっちに向き直った。微妙に涙目だし鼻ぐずぐずだし、ほんとこいつ俺に風邪移したらぶん殴る。移された風邪を更に移し返すためにお前んちで寝込んでやる、なんて冗談交じりに思いながらコップを手渡したせいで、一瞬本気でなにがあったか分からなかった。
「伏見ありが、ふぁ、っ」
「あっ」
「くしょいっ」
「……あっ……」
「……あ?」
どうやら俺は、真っ正面から不意打ちで飛んできた飛沫をもろに全被りしたようだ。じゃあその飛沫はなんなのかって、直前に聞こえた音と小野寺の表情からしてくしゃみなんだろう。やべえって書いてある顔に、若干冷たい頬を拭ってにっこりと笑いかけてやれば、つられて引きつった笑顔を向けられた。おいこら、笑うの我慢してんの小野寺越しに見えてるからな、覚えとけよ馬鹿ジャージ。
「……ご、め」
「しゃがめ」
「ひっ、嫌です、すいません」
「膝を床に突けって言ってんだ」
「うえ、だって、俺病人だし、ひぐしっ」
「そのまま拗らせて死ね」
「いっ、ぎ、こめんなさい……!」
懲りずにくしゃみした拍子に下がった頭を引っ掴んでそのままピアスを引っ張れば、悲鳴じみた声が上がった。人の耳が千切れるとこなんて見たくないんだけど、と弁当の小声が聞こえたので、千切れねえように根性出せよ、と小野寺に告げればそれどころではなさそうだった。ピアスを引っ張られる方向に徐々に傾ぐせいで体重を掛けられて非常に不愉快だったので、引き摺り下ろしがてら膝を立てて額にぶち当てればそのまま動かなくなった。熱でもあるんじゃねえの、怖。
「割と勢いあったぞ今……病人にすることじゃねえよ……」
「おい」
「弁当呼んでるぞ!」
「俺じゃない方見てますけど」
「お前だよお前、馬鹿の方だよ」
「小野寺!伏見が呼んでる!」
「……頭打った時って揺さぶっちゃいけないんじゃなかったっけ……」
「ちょっとさあ、どっかのクソピアスがくしゃみしたせいでさあ、寒気すんだよね」
「そ、うすか、気のせいじゃないすかね」
「ちょっとこれ貸せよ」
「はい……」
逃げ出そうとした有馬の腕をとって上のジャージを剥ぎ取る。別に寒くも何ともないのでその辺にほっぽり投げれば、なにか言いたげな顔をしていたので脇腹に親指をねじ込んでおいた。布一枚隔ててすぐ肌だから今日はいつもよりよく刺さるなあ。
「ぁいっ、臓器が!そこ内臓なんだけど!」
「ああもう寒いなあ、スタバのあったかくて美味しいやつ飲みたいなあ」
「……えっ、弁当、この辺スタバ無くね……」
「コンビニでも売ってなかったっけ」
「店員さんに書いてもらってきて、カップに落書きみたいなのなきゃやだ」
「あんなんあったって無くったって一緒だよ!」
「伏見、ご飯は?サンドイッチ、ちゃんと買ってきたんだよ」
「弁当は俺と一緒にご飯食べようねえ」
「あれ……俺は……」
「まだいたの、早く買ってきてよ」
弁当のフォローに頼らせるわけねえだろ馬鹿、甘えんな。そもそもあったかくて美味しいやつってなんだよわかんねえよ、ときゃんきゃん騒ぎ出した有馬に、まさかとは思うけど俺の好きなのじゃなかったりしたらやっぱり買い直ししかないよね、と笑顔を向けて財布を投げつける。
「小野寺!助けて、伏見の好きなのって何!」
「早く行けよ、お前寒いの平気だろ?上着なんかいらないよな」
「流石にねえだろ!一枚だぞ!風邪引くわ!」
「馬鹿じゃない証明になるじゃん、やったね」
「ていうか小野寺ほんとに大丈夫なの、微動だにしないんだけど」
「大丈夫だよ、丈夫なことしか取り柄無いし」
「……有馬、息してる?」
「寝てる……感じがする……」
「ねえねえ、弁当なに買ったの?見して」
「え、うん」
「なに、えっ、俺これほんとに行くの?伏見さん、あの」
「弁当ってさあ、麺類好きなの」
「まあ……寒いとあったかいもの食べたくなるから、それで」
「今度スープ食べ行こうよ、美味しいとこ調べるから」
「無視だよ!もう俺いなかったことにされてるよ!」
「……伏見、なにが飲みたかったの。やっぱ俺行くって」
「有馬ならちゃんと俺の飲みたいやつ買ってきてくれるよ、俺信じてるから」
「行ってくりゃいいんだろ!くそ!鬼!悪魔!好き嫌いすんなよ!」


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