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おはなし



分岐2その後


↓弁当と伏見
「で?」
「……なに、が」
「聞いてんのは俺だよ?」
「はい……」
 左を向けば柱、右を向けば伏見、まさか机を乗り越えるわけにも行かず、椅子の下を這いずることも出来ず。逃げ場がないなんてもんじゃない、悪夢か何かの方がまだマシだ。
 授業が終わってすぐに有馬の携帯が鳴り、珍しく小野寺から電話がかかってきた。話を聞けばどうもチャリの鍵が無いとかで、鞄の中とか一応見て、なんて言葉に素直に従って二人して鞄を引っ繰り返せば、有馬のすっからかんの鞄に小さな鍵が入っていて、もうその時点で不自然だと思うべきだったんだ、本当に。それを届けに行って来ると言う有馬を見送って、扉が閉まって三秒もしない内に前の席から伏見が湧いてきた。悲鳴を押し殺した代償に思いきり背もたれに背骨を打ち付けて、痛みに仰け反ったらいいんだかとりあえず笑顔の伏見から逃げたらいいんだかどっちつかずに地団太踏んで悶えている間に、さっきまで有馬が座っていた場所に机を乗り越えて腰掛け、第一声があれだ。
「まあ何があったか細かい事は聞かないし、どうとも思わないけど」
「じゃあなんなの、え、なに、怖いんで距離取っていいですか」
「駄目ですね」
「はい」
 とは言ったものの怖いので後退する、その分詰められるから意味は無いけれど、とりあえずずるずると下がっておく。察してはいたし、気取られているなとも思っていたけれど、こんな爆弾を直接ぶち込むような真似されるとは全く思っていなかったので心の準備も何もない。
伏見達のことだって若干気が付いてたけど俺は黙ってたし、そういう感じで何となく暗黙の了解だったし、だから触れないでくれるとありがたいと言うか、そう直接言えたらどんなに楽か。正直言って伏見と二人きりで話すとか怖すぎる、何をどこまで推測されててそれがどれだけ的を射ているんだか、分かったもんじゃない。
「じゃあ、答え合わせにする?」
「……どういうこと?」
「お互い何となく実情の予想はしてるわけだし、こんな感じじゃない?って言ってみて間違ってるとこだけ正解を言ってもらう方式」
「細かいことは聞かないって言ったじゃん」
「本筋だけでいいよ」
「あんまり話したくないっていうか」
「じゃあ俺の予想を小野寺に言ってもいいかな」
正解が分かんないから誇張されちゃうかもしれないけど仕方ないなあ、と席を立とうとした伏見を引き止めて、首を振る。何があったかまで細かく言うつもりはないしべらべら話して回る事じゃないのも知ってるけど、恐らく誇張なんて可愛いレベルじゃないどぎつい話を平然と小野寺に語られるのもごめんだ。しかも相手が悪い、確実に信じる。ただでさえ友達なんて少ないんだから、わざわざ傷を抉るようなことしないでほしい。
声に出すのも何なので、と携帯に打ち込んだ文章で答え合わせをした結果、伏見達の実情は予想のはるか彼方というか斜め上というか、とりあえず口に出すのを憚られるラインだったので割と本気で聞かなきゃよかったと思った。
「弁当は察しが良いから話しやすくって助かるね」
「……ついでに聞くけどさ、小野寺の鍵」
「チャリの?」
「あ、なんかいいです、もう」
「そう?じゃあそろそろ小野寺と有馬呼ぶね」
「……あっちはあっちで何話してんの?」
「知らない、終わってない課題の量の比べっことかじゃないの」
「それは小野寺の勝ちだわ」
「俺もそう思う」

↓有馬と小野寺
「鍵、はい」
「あー助かった、うんありがと」
 それじゃあ弁当待ってるから、と踵を返そうとしたところ後ろ手を掴まれて、歩みを止める。小野寺がポケットに鍵を突っ込んだのを見て、帰るんじゃないの?と聞けば、まあ後でとかよく分からない答えが返ってきて首を捻る。この後講義は無いし、俺も早く帰って明日提出のレポートどうにかしたいんだけど。
「俺も終わってねえから平気」
「何が平気なんだよ、早く帰れよ!」
「いや伏見がメモリ持ってんだ、だから、ほんともうちょっとだけここにいよう」
「なんで伏見?」
「人質だよ!」
 あれ出せなかったら単位落ちるしもう、と項垂れる小野寺に、目を閉じて合掌する。なにがなんだかは分からないけれど、弱味的な意味で単位を握られてるのだろう、可哀想に。仕返しとかしないの、とふと気になって聞いてみると、これがもう仕返しみたいなもんだからとこれまたよく分からない答えが返ってきて、とりあえず分からないままに頷いておいた。
 とりあえず鍵はほんとに助かった、ともう一度礼を言われて、俺が間違えて自分の鞄に入れちゃったのがいけないんだし、と思う。それとも小野寺が自分でわざと入れたんだろうか。そんなことしたってただの手間なんだから、する意味が不明だけれど。
「とりあえず、なに?まだ戻っちゃいけないの?」
「できたら。俺の単位のためにも」
「いいけどさあ」
「あっ、じゃあいいもん見せたげる、伏見には秘密な」
 伏見には秘密、そりゃそうだ。小野寺が見せた画面には恐らく女子用のブレザーとスカートに身を包んだ伏見が映っていて、何の経緯でこうなったんだか全く掴めない。けどネタにしちゃ似合いすぎだし、らしくもなく恥じらうような表情なので笑い飛ばすには本気すぎた。
「……どういうこと」
「なんかノリで」
「酒の?」
「素面」
「え?入んの?女物が?」
「弁当だって入るべ、細いし」
「身長的にどうなんだろうなあ」
「あー、それ考えたら無理か。伏見ちっちぇえから」
 他にもあるかなあ、とデータを遡っている小野寺に、あいつ女装癖でもあんの、と若干の心配を込めて聞くと、いや俺の趣味、とずれた回答が返ってきて考えるのをやめた。まあ、なんというか、よく分からないままにしておいた方が良いこともこの世にはある。

↓弁当と有馬
「というわけで、伏見の女装写真を見ました」
「うん」
「驚かねえの?」
「……有馬はそのままでいいよ」
「うん?なに、その顔」
「調べたら何でも出てくるから、今の時代」
「女装趣味の人なんていっぱいいるって事?」
「有馬はネットに触れちゃだめだよ」
「俺ってお前のなに、子ども?」



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