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おはなし




一人で勉強するのが苦手だ。どのくらい苦手かと言うと、なんというかうまく言えない、馬鹿だから。とにかく凄まじく苦手なわけだ。一人で机に向かおうとして結果的にやる気を削がれて何一つ進まずに終わるよりは、誰かに隣でがみがみ言っててもらった方が断然良い。
「俺さあ、明後日試験なんだけど」
「あと一時間!六十分だけここにいろよ!」
「六島さっきもそれ言ってたよお」
眉間に皺を寄せながらジュースを啜っている西前がもう帰ると宣言してから、既に一時間弱は経った。高校生の時から散々勉強に付き合ってもらってるけど、今回限りはとうとう痺れを切らしたようだ。別の奴を呼べば文句ないだろうとふわふわの頭掻き回しながら珍しく乱暴に吐き捨てられて、はい申し訳ありませんでしたとしか言いようがなかった。試験ってもしかして授業内の小テストとかじゃなくて、もっとなんか資格に関わるやつだったりすんのかな。そしたらほんと悪いことした、今度ちゃんと埋め合わせはしよう。
鞄引っ掛けて、俺学校戻るから、と手を振り出て行った西前は誰かを呼んでくれたらしいけれど、肝心の誰だかを俺は聞いていない。どうしたもんかと困っていれば、ちょうど西前から連絡が来た。友達多くて割と気が利く明るい子呼んであげたからね、との文面に自分の目が輝いたのが分かった、だってこれどう考えても女の子だろ、西前そんな友達いたのかよおい俺に隠してやがったなふざけんなあの天パ。どんな外見の子なのかな、とうきうきしながら聞けば、いいから早く勉強したら、と釘を刺された後に、黒髪で目がぱっちりしてるかも、と返ってきて。にやつく顔を抑えきれないまま、とっくの昔に氷が溶けてなくなったジュースを一気飲みした。
「ろーくしまー」
「あ?」
それからしばらくそわそわしながら待って、そろそろいい加減に来るんじゃなかろうかとテンションが最高潮に達した頃、ふらりと現れたのは伏見だった。どうかしたのかと聞けば、六島が呼んでるって西前に言われて来たんだけど、と訝しげな顔で返されて。
「……うん?」
「六島が助けてくれって言ってるって、西前が」
「言ってねえけど」
「なにそれ。俺あと三十分くらいしたらバイトなんだけど、今日夜だから」
「……西前から連絡行ったんだっけ」
「うん」
「あのクソ天パ!殺す!」
確かに友達多くて割と気が利いて明るくて黒髪でぱっちりお目々だよ、ただ性別が違う上に知り合いなんだよ、どういうことだよ。叫んだ俺を見てきょとんとしていた伏見が机の上に広がった紙を一枚拾い上げて、ああこれが進まなくて困ってたの、と一人で納得している。違う、困ってたけどそうじゃない、俺の期待を返してくれ。確認しなかった俺も悪いけど曖昧な言い方をしたあいつも悪い。ぎりぎりと歯噛みしながら、西前に今すぐ怒りの丈をぶちまけようか、とりあえず我慢して今度ぶん殴ろうかと悩んでいると、どうやら察したらしい伏見が、自分の代わりに誰か呼ぼうか、と有難い言葉をくれた。
「六島、一人じゃ勉強できない人だっけ」
「できない人……すげーありがたい……」
「元気な同い年と人懐っこい後輩、どっちがいい?」
「タメ!」
「うーん、連絡してみるね」
しばらく携帯を弄っていた伏見が、今授業終わったとこみたいだからすぐ来れるって、と笑顔を浮かべた。伏見は女の子の友達多いから安心だ、どこぞの天パみたいな過ちは犯さないだろう。大人しめで家庭的な子が一緒に来るかもしれないよ、と言い置いてバイトへ行った伏見にぺこぺこと頭を下げて、今度こそわくわくしながら待つ。元気な子かあ、スポーツとか好きだったりすんのかな。その子の友達が大人しめの子なのか、エプロン似合う子って可愛いよなあ。
「あっ、六島ー!なにー!何の用ー!」
「あああああ!ちがああああう!」
そわそわしてたから店に入ってきた段階ですぐ分かった。入って即行こっちを見つけて、びゅんびゅん手を振りながら寄ってくる有馬に手のひらを向けてストップサインを出せば、頭の上にはてなを浮かべて立ち止まった。元気な同い年だよ、確かに元気すぎるぐらい元気だし同い年だよ。伏見のことは信じてたのに、とんだ伏兵がいたもんだ。次からは絶対性別の確認する、なにがあろうともする。固まっている有馬を他所に、家庭的で大人しい子はどこだ、と探す。こいつの彼女かなんかか、もうそれでもいい、俺は女の子と話がしたい。
「弁当、あれが六島だよ」
「あ、どうも」
「男だー!もうやだー!」
「えっ」
後ろからひょっこりと顔を出したのは紛れもなく男で、見たことない人だけど恐らく有馬の友達なんだろう。でもとにかく男だった、女の子じゃなかった。伏見今度会ったら一発はたく。机に突っ伏して黙りこめば、どしたのなんかあったの、なんて寄ってきた有馬が目の前に普通に腰掛けるので、ぼそぼそと告げる。
「……チェンジ……」
「俺伏見に呼ばれたんだけどなんでいないの?あいつ細かい説明しねえから」
「今日バイトあるって言ってたっけ」
「確かないはずなんだけど。んー、じゃあ小野寺んとこかな」
「チェンジっつってんだろ!」
「うわ、うるせ!なんだよ!」
「俺は女の子と話がしたいんだよ!女の子に囲まれながら勉強がしたいの!」
「彼女作れば?」
「うるせえ馬鹿!死ね!」
「死ね!?」
だんだんと机を叩きながら悔しさを発散していれば、いつの間にか有馬と友達がメニュー開いて勝手に注文しようとしてた。おいてめえ、と言いかけてふと思い出す。弁当ってさっき言ったけど、こないだ伏見潰した時にお世話になったのってこの人かな。俺の視線に気付いて顔を上げたその人が、若干困った顔で口を開いた。
「……あ、迷惑ですよね、ごめんなさい」
「うぇ、え?いや、あの」
「弁当が勉強教えてあげれば?教科書読めばお前大概のことは分かるべ」
「でもうるさくしたらきっと勉強し辛いし、俺帰るよ」
「帰んないでいいって!あのさ、こないだ伏見泊めてくれたのって」
「ん?……ああ。あの時の、そっか。別に大丈夫でした、俺一人暮らしだし」
「タメなんだから敬語やめろよ」
「でも」
「弁当?なんで弁当?」
「名前長いから、あっすいませーん、これ一つください」
「フルネームなんていうの」
「弁財天当也、両方の頭取って弁当って」
「ドリンクバーも、弁当はなんか食う?」
「ううん」
「俺六島真尋、六島でいいよ」
教科書読めば分かるったってまさか受けてない授業の説明できるわけねえだろ、とからかい半分に教科書を渡せば、にこにこしながら受け取ってしばらく黙って読んだ後、じゃあとりあえずここから、と指が伸びてきて言葉を失う。俺が馬鹿すぎることに絶望したらいいのやら、頭がいい人間っていうのは本当に存在するんだと感動したらいいのやら。後々聞けば、塾の先生やってたりするんだとかなんとかで、そりゃ教えるのが上手いはずだ。最初からそういうことは言えよ、と有馬の方を見やれば暇だったのかうとうとと船を漕いでいて、こいつは馬鹿だから仕方ないな、完全にこっち側の人間だもんな。
しばらく黙々と教科書の内容を噛み砕いて説明されて、とりあえず課題はなんとかなりそうだった。ただ喋ってくれる他人がいないとやる気が起こらないのは変わらないわけで、どうにかしてくれと頼めばようやく眠気から逃れたらしい有馬がポケットから携帯を取り出した。
「知り合いがいい?知らない奴がいい?」
「知り合いだとどうせまた男だろ!やだよ!」
「ヤンキーとロリコンとヤクザ、どれがいい?」
「だから男はやめろ!話聞いてなかったのか、このあんぽんたん!」
「んだよ!食った分の金払わずに帰るぞ!」
「弁当の分は奢ってもいいけどてめえの分は一銭も出さねえからな!」
「なんでだよ!差別だ!」
「お前寝てただけで何もしてねえだろうがー!」
「あっ、俺自分の分は払うよ」
「お前なんも食ってねえよ!有馬しか食ってねえよお!」


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