このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし


「小野寺が子ども連れてる……」
「は?」
有馬の買い物に付き合って、普段だったら電車使う距離をあっち行ったりこっち行ったり散々歩いた挙句、いよいよ日が暮れかけた頃だった。学校出たのは確か昼飯時だったはずなんだけど、なんだっていつの間にかこんな時間になってるんだ。その辺で適当にサンドイッチ買って行儀悪く食べながら歩いて、行く先々で適当なもん買っては食べの繰り返しだったからお腹は特に空いてないけど、とにかく足が疲れた。まだ今日月曜なのにどうしてくれる、俺はお前みたいに体力に自信はないんだからな。
一応買いたかったものはちゃんと手に入れられたみたいだからいいや、なんて思いながら帰り道をふらふらと辿る途中、大きめの公園の前で有馬が足を止める。それにつられて目を凝らして、今日のお礼、と買い与えられたコンビニのクレープ落っことしかける程度にはびっくりした。ほんとだ、小野寺が子ども連れてる。この辺は確か小野寺んちの辺りだったはず、なんて雑な説明は今さっきされたところだけど、そうか。この辺はやっぱり小野寺の地元らしい、もう道覚えてないから歩いては来れないし意味ないけど。ていうかそんなとこまで歩いてきちゃったのか、小野寺んちって学校挟んでうちと真逆とかじゃなかったっけ。小学校に入るか入らないかくらいに見える、小さい子どもに手引っ張られて小走りでついてってる小野寺に、有馬が声をかけた。
「おのでらー」
「ん?あっ、え?どしたの、珍しいね」
「色々買い物あって、ていうかお前、なに?いつ生んだの?」
「俺の子じゃないよお」
「知ってるよ」
「あっ、そもそも生めないじゃん!もう!」
「それも知ってるよ」
妙なタイミングで照れて焦っている小野寺はほっといて、人見知り気味なのかびくりと固まってこっちの様子を伺っている子どもを見る。ていうか、うるさくて得体の知れないジャージ男がいきなり出てきて今まで遊んでた小野寺に絡み出したら、そりゃ警戒するよな。小野寺を軸にしてじりじりと有馬との距離を開ける様子と、何となくの顔立ちが、すごく誰かさんに見覚えがあった。俺が向ける訝しげな目に気づいたのかじっとこっちを見てくる真っ黒な瞳と、いまいち視線を絡めていられない。なんだってこんなに見てくるんだ、もう絶対血縁者だよ。恐らく男の子だろうけどって不安になりそうな顔とかばっちばちの睫毛とか、めっちゃ血の繋がり感じるよ。
「え?じゃあ誰の子?」
「誰の子でもないって」
「いくら小野寺でもいきなり知らない子と遊びはしな、伏見だー!」
ふらふらと男の子の顔を覗きに行った有馬がいきなり大声を上げたので、男の子もやばいと思ったのか小野寺のズボンを引っ張って逃げ出そうとしていた。それを抱き上げた小野寺が、大丈夫だよ、こいつら俺の友達だよ、とにこにこしながら告げる。
「ともだち?がっこうのひと?」
「うん。今度また遊んでもらおうな」
「きょうは?かえるの?」
「もう五時半過ぎちゃっただろ、夜ご飯の時間だよ」
「んんー……もうちょっと……」
「え?昴はいっぱいご飯食べて、でっかくなるんじゃなかったっけ?」
「なる!」
好き嫌いすると伏見みたいになっちゃうからなー、と笑う小野寺に、思わず辺りを見回した。本人がすぐ側にいるのにそんなこと言えるほど、俺は命知らずじゃないつもりだ。同じく有馬も一頻りきょろきょろして、ふと気づいたように口を開く。
「ああ、伏見今日バイトじゃん。いねえわけだわ」
「そうだよ、だから俺が昴と遊べんの。なー」
「クレープ!」
「えっ」
小野寺の言葉を無視してこっちを指さした子ども、どうやら昴くんというらしいけど、その指先から思わず庇うようにクレープを遠ざければ、残念そうな顔を向けられてしまった。小野寺の腕の中でしょんぼりと俯いた昴くんに、食べかけだけど、と渡してみる。夜ご飯前なのにいいのかよ、と文句を言う有馬には、仕方ないじゃないかと返した。だって、こんなちっちゃい子となんてあんま関わったことないし、泣かれたくないし困らせるのもやだし。物で釣るって、言っちゃ悪いけど一番確実で効果的なやり方だと思う。
渡したクレープを小さい口にもごもごと必死に詰め込んでいる様はハムスターみたいで、なんだか面白い。伏見がバイトある時は昴と遊ぶとなんかよくわかんないけど怒られるからあいつがバイトの時しか一緒に公園来れないんだよな、と小野寺が話しかけているものの、素晴らしいまでに無視だった。なんかすごい、この光景学校でよく見るなあ、って感じがする。話の通じなさがやっぱり血縁者だ。
どうも伏見の親戚の子どもらしいことは分かったけれど、それをなんで小野寺が連れ出して遊んでるのかが分からない。なんか複雑な事情があったらこの子の前で話すの憚られるな、と思ったんだけど特にそんなことはなく、相変わらずクレープを頬張っている割に全く進んでいない昴くんごとベンチに移動した小野寺が、割とすんなりと話してくれた。
「昴と、その兄ちゃん姉ちゃんが一時期伏見んちにいたんだよ。家庭の事情で」
「顔みんな似てるの?」
「いや、昴が一番伏見似なだけ。そんで、その時いっぱい遊んだんだよ。なー」
「いまたべてるからはなしかけないで」
「……うん……」
「でも今はいないんだろ?なんで小野寺が連れ出してんだよ」
「昴がここの公園覚えてて、親引っ張って遊びに来て俺探してるとこと会って」
「えっ、親公認?俺てっきり伏見の代打とかかと」
「最初はそうだったけど。そもそも伏見が子ども預かったりするわけないじゃん」
「ああ、まあ……それもそうか……」
「そんで、伏見がバイトの時だけあいつに黙って、時々遊んでんの」
「お母さんとか迎えに来んの?」
「うん。忙しいらしくていつも急いでるけど、いい人だよ」
「へえ、お前大変なんだな」
「さわんないで」
「すいませんっした……」
「伏見家基本誰もいないから、あっちに送っても一人ぼっちになっちゃうし」
「当の伏見は子ども嫌いだしね」
「あれ?迎えに来んじゃねえの、母」
「来るのは夜だよ。うちで飯食わすから」
「知らない人の家なのに、子どもに飯食わすほど仲良いんだ」
「うちの母親が仲良くなったんだよ、昴の母と。あの人お節介焼きだから」
「……ああ、伏見がバイトの時だけって、バイトないと小野寺の家で飯食うからか」
「そうそう」
「て」
「ん?洗って来な」
「うん、ねえ、いこ」
「え?えっ、おれ、なに」
俺達が話を聞いている間ずっと黙ってクレープを食べていた昴くんが、べたべたになった手を小野寺に見せてベンチから飛び降りた。そのまま俺の手を引いて歩き出すので、つられて立ち上がる。懐かれたぞー、なんて笑い声に振り返って助けを求めれば、小野寺は一切動こうとしていなかった。あっちじゃないの、間違えてないの、と昴くんに聞けば案の定ガン無視で、ばっちいからみずだして、と蛇口を指されて従う。手が汚れてて回せないから代わりにやって、ということなんだろうけど、蛇口が汚いから触りたくない、ということだったならなんだかちょっと穏やかな気分ではいられないぞ。
「なんか弟出来た気分だわ、いねえけど」
「小野寺子ども好きだっけ」
「割と。かわいい」
「そうじゃなければ着ぐるみなんか着てらんねえだろ」
「ぼくこんど、ママとゆーえんちいく。わんわんのとこ」
「えっ、来るの?いつって言ってた?」
「わすれたけど」
「土日だよなあ……俺絶対どっかにいるよ……」
小野寺にちっちゃい手を引かれて歩く昴くんが反対側の手を俺に伸ばして来たので繋いでやれば、地面から浮いた。身長的に仕方ないし、本人はとても嬉しそうなので良いとしよう。
その後、約束通り暇を見つけて、昴くんと有馬と小野寺は死ぬほど走り回って遊んだらしい。俺はそんなの絶対無理だから、会いに行くのは構わないけど野外を駆けずり回るのは嫌だときちんと断っておいた。その代わりと言うわけでもないが、今度なんかお菓子でも作ってやってほしい、あいつ普段からお菓子とかあんまり食べないからあの時もクレープにめっちゃ食いついたんだ、と説明されて頷いたのは記憶に新しい。それで、遊んだ時に撮った写真の中でもきちんと伏見バレ対策に訳が分からないほどぼやけてるやつを有馬は待受にしたにも関わらず、自分への隠し事や悪口に異様に鋭い伏見があっさりそれを見破って、一切口を聞いてくれなくなる程度には怒られた。というか今まで隠しきれてたのが奇跡だよ、よくやったよ小野寺。
「だってえ、伏見、ごめんって。お前怒るんだもん、だから」
「……………」
「今度は一緒に遊ぼ、昴も会いたいって言ってたし」
「……………」
「ふしみー」
もう口聞かなくなってから、三日経つ。どっかに行くわけでもなく黙ったままってことは、懐柔の余地はありそうだけど。伏見子ども嫌いだから一緒に遊びたかったわけじゃないんだろうな、小野寺のあれじゃもう一生口聞いてもらえないな、なんてぼんやり思った。
「小野寺を子どもに取られて悔しいに一票」
「クレープ食べたかったに一票」
「あー!そっちかー!弁当頭いいなー!」
「ちょっと!俺今一生懸命伏見の機嫌取ってるのに!余計なこと言わないで!」


32/69ページ