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おはなし



家の手伝いしながらでも出来る部活が良かった。うちは最近改装したばっかでそれなりに評判もある美容院だ、普通に猫の手も借りたい程度に忙しい。俺はお客さんの髪には触れないけど、親が楽しそうに他人の髪弄ってんの見るだけでも満足だったし、元々接客は好きだし、小遣い程度に貰えるお金で好きなグループのアルバム買ったり握手会行ったり写真集買ったりしてたからその収入源が無くなるのはあまりに痛手だったし。あと、そんでもってやっぱり運動部。あんまり忙しくなくて上下関係も激しくないやつ、出来れば可愛い女の子もいるとこ。そうやってちょっとずつ条件を削ってって、何と無く残ったのが弓道部だった。
色の混じった髪にピンクのヘアピン、歴代で一番気に入っている髪型だ。我ながら似合ってると思う、派手なの好きだし。でもそれが許されるほど甘くはなかったようで、入部して早々部長に呼び出された。もうちょっとどうにかなんねえのかその頭、とやんわり言われて憮然としていれば、担任にもその内なんか言われるだろうし今の内に暗めに戻せよ、なんてアドバイスを貰って、もっと仏頂面になる。このまんまじゃ駄目なんですか、とぶっきらぼうに聞けば、正直な話そのままで道場には居て欲しくない、とクソ真面目に言い放たれてしまって言葉に詰まった。何か理由があるなら聞かなくもないけど、と問いかけられたものの深い理由なんて勿論無くて、ああもうめんどくさいしやめちまってもいいかな、とかぼんやり思っていたところに横からひょっこり顔出したのが、西前だった。
「いいじゃん、じゃねえや。じゃないです、か?六島こう見えて真面目ですし」
「……あのな、西前」
「こういうのってやる気の問題じゃないんです?髪とやる気って関係あるんですか」
「やる気があったらこんな頭にしねえだろ」
「俺、弓道なんかやる気無いですけど、こんな頭にしようとは思いません」
「はあ!?」
「六島辞めさせんなら俺もやめた方がいいと思います、やる気ねえしクズだから」
こんな頭こんな頭って二人してうるせえし、急に出てきて俺を庇った西前が不思議で仕方なかった。結局俺は、試合や審査の時は黒く戻す条件で入部も練習も無事に許可されたわけだけど、ほとんど西前の屁理屈のおかげだ。そりゃ有難い話だけど、なんだってあいつはあんなに先輩に噛み付いたのかが知りたかった。いつもふわふわ眠そうに欠伸してるから、周りに興味がない奴なんだと思っていた。
「西前」
「俺先輩が偉ぶってんの嫌いなんだよね、そんだけ」
「……はあ……」
「真尋って言うんでしょ?逆さま言葉みたいな名前だよね」
眠そうな顔で、猫背で、一人ぼっちでいるわけじゃないけど誰とつるんでるわけでもなく。俺も特定の誰かとずっと一緒にいるの苦手だったから、西前は何と無く都合良かった。二人組作れとかグループで話し合いしろとかあるじゃん、学校の恒例行事。そういう時ふらふらって西前のとこ行くと無言で受け入れてくれるから、楽だった。部活も一緒だから行動時間も大体被るし、こんなに長い間特定の誰かと一緒にいるのは初めてかもしれなかった。まあ必然的に、部活仲間とは一緒にいる時間は増えるんだけど、その中でも西前はぶっちぎりで。基本だるそうだし眠そうだし黙ってるから、居心地が良かったってのもきっとあった。
偉そうな先輩が嫌いだと言い放った割に次の日にはその先輩とくだんない話してげらげら笑ってた時には、こいつなんなんだって流石に思ったけれど。西前は基本、思ったことを口に出さない。俺なんかうぜえなって思ったら顔にも態度にも出ちゃうけど、西前は欠伸の一つでそれを見過ごすことができて、すごく羨ましい生き方だなって思った。あとは頭が特別良いわけでもない、というか俺に言われたくないかもしれないけど恐らく勉強はできない方だ。特に理数が酷い、逆に国語の読解は異様に得意なようだった。俺はその真逆だから、お前馬鹿だなあって言い合いながら教科書とノート見せ合いっこした。その頑張りも虚しく、小野寺と俺と西前で勉強出来ない三馬鹿として括られていたようで、試験が返された日に部室でテストの見せ合いした時に誰が一番クソかって言い合いしてたら、桐沢が大爆笑しながらどんぐりの背比べで何言ってやがるって言うから、そうか俺らは馬鹿なのか、って思った。そこまで気づかなかった辺りお前が一番ヤバイ、なんてぼそりと吐き捨てた西前とその時初めてちょっと喧嘩した。
「やる気出てきた?」
「ん?」
「弓道。やる気無いって割に練習頑張るじゃん」
「やる気出すとかちょっとよくわかんないけど、負けんのは嫌いだし」
昼飯で食いそびれたらしいコンビニの冷めたポテト食いながら椅子の背もたれに肘をついていた西前に、今日は金曜だから電車乗って帰んの、と聞けば、珍しく若干驚いた顔をしていた。もう会ってから半年以上経つんだ、流石に気づく。みんな帰った後の静かな部室で、一瞬呼吸の音さえ消えた。
西前は、火金だけ電車に乗って何処かへ行く。普段の使うはずの駅と学校間じゃない定期を何故か持ってるから気になって、ちょっと前に無断で鞄から抜いて見せてもらった。学校から見て実家とは逆方向の、急行も快特も止まらない駅らしい。なんでだかは知らないし突っ込んだこと聞いて面倒がられんのもやだし、と今まで思っていたけど、西前が珍しい顔をしたから少し興味が湧いてしまった。
「……六島には関係ないでしょ」
「うん。でも気になったから」
「そっか」
「言いたくなかったらいい、面倒事とか俺もごめんだし」
「別に。隠したいわけじゃないし」
祖母の家が、あるのだと言った。下に兄弟が多く両親共に働いている西前は、おばあちゃんにとてもお世話になって、尚且つ懐いていたそうだ。当たり前みたいに優しかったし、悪い事をしたら散々叱られたし、弟と妹の面倒を見ている自分が唯一甘えられる場所だったのだと西前は言う。今は一人暮らしをしているものの、だんだんそれすらも難しくなってきているんだと、ぽつぽつ零す西前の前から動けなかった。
「そのうち忘れちゃうんだって。俺のこと」
「……なんだっけ、アルツハイマー?とか言うんだっけ」
「それ。まだ今は、あやちゃんって呼んでくれるんだけど」
「ああ、文彦だからあやちゃんか。可愛いな」
「言うなよ」
いつかそれも無くなるから、だから今の内に、会いに行ける間に話しておかなきゃならないことがたくさんあるんだと、西前がポテトを食い切った。ぱんぱんと手を叩いてこっちに向き直り、お前のヘアピン目立って良いよな、それ見せたらばあちゃんも俺のこと忘れないでいてくれるかな、なんてちょっと笑って零した西前の鞄を引っ張って学校を出る。電車乗る時間は決まってるのかと聞けば、金曜は泊まるから大丈夫、なんて飄々とした返事が聞こえて、そのままほとんど無言で駅前の百均に駆け込む。がしゃがしゃとピン留め引っつかんで西前に押し付ければ、きょとんとしていた。なにするのって、ピン使ってすることなんて一つだろうが。
「お前その、うざったい前髪留めろ」
「ええ……」
「でかくて派手なピンならここにいくらでもある、これなんか花ついてんぞ」
「やだよ、前髪無いと嫌だ」
「顔が見えなきゃばあちゃんだって寂しいだろ」
「……顔が見えなければ、そのせいで忘れたんだと思えるだろ」
「馬鹿か、忘れるもんは忘れんだから今の内に顔見せとけ」
長い前髪を分けるように、黒字にピンクのドットがついてるピンと青に黄色の線が入ってて妙な飾りがついたピンでばちばちと留めていけば、変な顔をした西前と目が合った。俺そんな変なこと言ってないだろ、ていうかお前とちゃんと目が合ったの初めてだわ。
俺が渡した馬鹿みたいに派手ででかいピン留めいくつかと、小さい黒ピンを箱で買った西前が、店の外でそれをまとめて渡してきた。お前んち髪弄るとこなんだから六島やってよ、だって。ふわふわした髪を横でまとめて留めれば、だっさいヘアピンのせいで奇妙奇天烈な髪型になった。顔がちゃんと見えるようにって、顔の横でもさもさしてた髪も耳にかけて、ちっちゃいピンで留めてやる。顔洗う前の人みたいだ、額から頬から、今まで髪で隠れてた目も勿論、みんな丸見え。げらげら笑えば西前も一緒になって笑ってて、道行く人がこっち見てた。
「はあ、げっほげほ、なんだこれ、変なの」
「ぶふっ、後ろの髪もうぜえから縛れば、ひらひらついたゴム売ってたじゃん」
「やだよ」
変な頭のまま西前は駅までだらだら歩いてって、駅の前で手を振って分かれる。女の子がつけるきらきらがついたでかいヘアピンが、暗くなった辺りに比例して増える街灯を反射して、ちかちかと光った。眠そうな顔はどこに消えたのか、百均から駅までの間西前はげらげら笑いっぱなしで、腹抱えてひーひー言ってた。よくわかんねえな、こいつのツボ。
週明け、月曜日。ふわふわくるくるしてるせいで髪を短く切れないんだと以前言っていた癖に、ばっつりと眉上で短く切りそろえられた前髪に、また俺はめちゃくちゃ笑う羽目になる。後ろの髪もどうにかしろよと告げれば、ばあちゃんち行く時耳にかけてヘアピンで留めるからいいんだ、と西前がまた笑った。とりあえず、自分で切ったらしい前髪があまりに酷いので、うちでどうにかしてやろうと思う。



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