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おはなし




「……ねえ、ちょっと、俺かわいくない?」
「分かったよ……可愛いよ……」
「おかしくない?すごすぎない?なんでここまで着こなせるの?」
「なんでだろうなあ……」
「はああ、見てこれ、全体的に見て。可愛いでしょ、ねえ小野寺」
「可愛いよ、かわいい……すっげえかわいい……」
「やっぱスカート短過ぎない方がいいんだって、女の子は分かってないんだよ」
「はい……」
文化祭まであと数日、看板やチラシ、衣装や飾りがそこらじゅうに散らばった教室の真ん中で、大きめの鏡を前に伏見が恍惚としていた。しかも、近所の名門私立女子校の制服を纏って、だ。確かに、これなら入るだろうから着てみたら、なんて軽々しく言ったのは俺だけど、まさかこんなことになるとは思わないじゃないか。
うちのクラスは文化祭で、近隣学校の制服をそれぞれで掻き集め、店員がそれを着て接客をする、半ばコスプレ喫茶のようなものを開くつもりで準備を進めている。最初はもっと違う案もたくさん出たんだけど、飲食物を扱う店は三年が大半を占めていることとか費用的な問題とか、いろんな物が重なった結果、特に誰が不満を覚えるでもなくここに落ち着いたので、良かったと思う。制服だから友達や家族からいくらでも集められるし、自分の中学時代の制服だって全然構わない。浮いた分の衣装代で食べ物や飲み物の質を周りのクラスより少しだけ上げたり、宣伝の看板やチラシを増やしたり派手にしたりすることに回せるため、なかなかにクオリティの高いものが出せそうだとみんな盛り上がっていた。
「小野寺、おいこら」
「分かった……かわいい……可愛いから……」
「それ以外にないの」
「……女みたい……」
「ちっ」
何が気に食わなかったのか舌打ちして、また鏡に向き直りくるくると回ってみている伏見を見て、深く溜息を吐く。教室内に誰もいなくなった放課後、職員会議のせいで弓道場の鍵が取れずに苛々大爆発だった伏見の気が少しでも紛れたらと制服を渡してみたのだけれど、こんなことになるとは思ってもみなかった。そうだった、こいつ根本的にすごくナルシストなんだった。自分が一番可愛いんだからそれに劣るような彼女なんかいらないじゃん、の人なんだった。にやにやしながらスカート引っ張ってるの、ちょっと気持ち悪いんだけど。
ちっちゃいから大きめの女子の制服が余裕で入る伏見は、次はこっちにしちゃおうかなあとかなんとかうきうきしながら選んでて、女物を着ることに特に抵抗はないんだろうか。それとも、俺可愛いが行き過ぎてそんなの麻痺しているんだろうか。きょろきょろしてた伏見がその辺に落ちてた巻き髪のウィッグをつけて、これでもう完璧でしょ、とこっちに向き直る。それを受けて、完璧に男には見えないよ、と言ってやれば何故かむかついたらしく上履きを投げてきた。上履きを払い除けて、伏見が満足するまで待とうと内心で思いつつ遠い目をしていると、ぱたぱたとかったるそうに歩く音が廊下から響いた。
「誰か来たよ」
「んー」
「いいの?」
「平気平気」
上履きを引き摺るような歩き方に嫌な聞き覚えがあって扉の方を向けば、ぴろぴろ口笛吹きながら六島が入ってきた。おー小野寺なにしてんの、なんてこっちに手を振っている様子から、どうやら伏見には気づいていないらしい。教室の中若干暗いし、廊下側は明るいし、仕方ないか。忘れ物取りに来たんだけど道場開いてねえし、と言葉を半ばで区切った六島が、教室の真ん中に突っ立ったままおずおずと気弱そうな態度に変わり身を果たした伏見に目を止めた。あ、今気づいたな、こいつ。
「えっ、どちらさん?」
「う、え、と……」
「三吉野の制服じゃん。小野寺いけないんだ、彼女連れ込んで」
「違う!違う違う違う!」
「違うの?ふうん、可愛いね?なんていうの」
ずかずかと物怖じせずに伏見の方へ寄って行った六島が、暗い教室内で目を細めて、素っ頓狂な声を上げた。カンナちゃんじゃん、って、誰だっけ。確か六島が好きなアイドルだったはずだ、しかも一年の時から伏見が似てる似てるって六島本人から言われ続けてるやつ。少し崩れたふわふわの巻き髪を恥ずかしそうに弄りながら、ふるふると首を横に振った伏見が、困ったように目を泳がせて俺の背中へと隠れた。でもこれ確実に演技だ、だって今俺の背中に爪突き刺さってるもん、こいつ笑うの我慢してるもん。
「えっ、えっ!すっげえ可愛いね!なに、小野寺なんなのお前」
「俺はその、この人は、なんていうか」
「名前なんていうの?何年?このでかいのとなんの知り合い?」
「そんな立て続けに聞いたって答えらんねえだろ!」
「あっ、俺、六島真尋ね!早口言葉とか逆さ言葉みてえっしょ、あっはは」
楽しそうな六島を見ていると悲しい気分になってくる。六島が可愛い女の子だと思ってきゃっきゃしてるこいつは恐らく、俺があまりにも可愛らし過ぎるせいでこの女好きまで騙くらかしてる、六島マジ可哀想、とか思いながら内心で大爆笑しているんだろう。ていうかどう切り抜けるつもりなんだ、俺上手く言い逃れるとか出来ないんだけど。
好きなアイドルに似てる可愛い女の子に見える伏見を前にテンションが上がりきった六島がしばらく一人でマシンガンのように喋り倒し、それで結局名前も年も聞いてないんだけども、とかしれっと言い出した頃に、ぽつりと伏見が口を開いた。正確には、伏見が口を開いたものの声が普段より大分高かった。
「……あ、の」
「なになに?小野寺から俺に乗り換えるって?」
「だから彼女じゃないって」
おどおどと俺の背中から顔を出した伏見が、ぼそぼそと小声で呟くように話す。途切れ途切れの言葉に高めの声、元々声が低い方ではないけれど相当無理してるのが分かる。それでもそんな伏見を見て六島は、引っ込み思案で恥ずかしがり屋さんなんだなあ、なんてちゃらんぽらんな感想を抱いたらしく、こいつが馬鹿で本当によかった。
「へえ、伏見の妹ちゃんなんだ。あいつ姉もいたよな」
「うん」
「妹ちゃん何年?」
「……い、一年、です」
「そっかそっか。なんでお兄ちゃんと来なかったの?」
「あんまり仲良くないんだよ、伏見姉弟」
「こんなに可愛いのに?だめだなあ伏見」
「えっ?あっ、見学、しに来たんだよな、伏見妹は」
「見学?文化祭の準備の?」
見学、と背中に指で書かれたからこれは言わなきゃならないんだろうと咄嗟に口にしたものの、よく分からない。けど六島は合点が行ったらしく、三吉野はお嬢様学校だからこんな適当な文化祭じゃないでしょ、でもこういうのも意外と楽しいんだよ、とへらへらしていた。こくんと頷いてはにかむように笑みを浮かべた伏見に、六島が真顔で食いつく。怖い怖い怖い、お前が引っ掛けようとしてるこの女の子、普段はお前の隣で学ラン着てるから。頼むから騙されないで、六島。
「妹ちゃん伏見にそっくりだな。あいつもカンナちゃん顔だし」
「伏見家はみんな顔似てるよ」
「姉も?すげえな、顔面偏差値が天国かよ。行きてえ」
「……そんなこと」
「いやあ可愛いよ!似てるよ!お兄ちゃんそっくりだよ、あいつ女顔だし」
似てるって言うか、同一人物だ。にこにこしながら伏見を褒めちぎっては合間合間に連絡先を得ようとしたり彼氏の有無を聞いたりしてる六島に、早く目を覚ませ、とぼんやり思う。教室の中暗いし、これで灯りが付いてたらまた話は違ってきたのかもしれないけど。
「妹ちゃんさあ、中村瑞希に似てるって言われない?」
「……………」
「言われるっしょ!綺麗だもん、おっきくなったらああいう美人さんになるよ」
ぶんぶん首を振った伏見を否定するように食い気味で言った六島が、ふと気づいたようにポケットから携帯を取り出した。西前だ、どうしたんだろ、なんて言葉に、そろそろ俺妹ちゃん送ってくるからバイバイしなよ、と六島に早口で告げる。このタイミングを逃したらいつまでも六島は居座るだろう、もう胃が痛い、やめてほしい、俺を解放してくれ。どうやら西前からは電話がかかってきているらしく、後ろ髪を引かれまくっている顔で残念そうに伏見に手を振って、良ければお兄ちゃん伝いでいいからまたお話しようねとか最後に付け加えて、六島は教室から出て行った。ぺったぺったと上履きの音が遠くなって、今伏見の妹に会ったんだけどクソ可愛い、なんて口が最高に軽い六島の声も一緒に遠ざかる。それからしばらくして、伏見が背後で震え出した。怖い、笑うなら声出して笑って欲しい。
「……六島には定期的に会ってやろうかな……」
「やめろ!やめてください!伏見もっとよく考えて!しっかりして!」


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