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おはなし



「誰かいんの?」
「いない」
「友達来てるんだろ?」
「来てない」
「弁当お前これあっためんのどうやって、あっ」
「あっ」
飲み物食べ物の入った袋をぶら下げて、勝手知ったると言わんばかりに来訪し上がり込もうとしていた航介にぎりぎりで気づいて止めたのはつい先程のことだ。我ながらよく気づいたと思う、普通に上がられててもおかしくなかった。それからしばらく玄関前でガードして、背後から聞こえる三人の声を無視して何とか航介を帰そうとしてたのに、ひょっこり顔出した有馬が皿片手にふらふらこっちに来やがった。航介の目に指二本突き立てるふりをして、ぎゃあなにすんだなんて声と共に目を瞑ったのを確認してから有馬を押し戻しに早足で戻る。別に全然会わなくていいから、接点持たなくていいから。しかも一番めんどくさい奴が来た、せめて伏見だったら空気読んでにこにこしながら何事もなかったかのように引いてくれるだろうに。
「こんばん、うわ、なに、なんで押すんだよ」
「あっち行ってて」
「誰?ねえ弁当あれだ」
「……誰もいなかったね」
「今いたじゃん」
「うち今、親戚の知り合いのまた友達の霊が出ててさ」
「雑だよ!誤魔化し方がよ!」
「霊だから、お化けだから。航介帰った方がいいよ」
「足あったし皿持ってたんだけど」
「怖いよ、泣く前に帰った方がいいよ」
「俺お前と違ってホラーは平気なんだけど」
「俺だって平気だよ」
「嘘こけ。あれ誰だよ、友達?」
「そもそもお前なんで来んだよ、俺今日帰って来てるなんて連絡してないのに」
「お前の母ちゃんが当也友達連れて来てるって連絡くれてさあ」
「ああああ弁当!弁当!伏見がレンジ爆破した!すげえことなった!」
「俺じゃない!俺じゃないもん!小野寺が弁当に聞く前にボタン押したから!」
「ボタン押したのは俺だけど指の上からぐって力入れたのは伏見だよ!」
「分かったよ!分かったから引っ込んでて!」
「あっ、誰かいるよ伏見、金髪」
「は?外人?あっ、どうも」
「こんばんはあ、東京から来たの?大変だったろ」
「帰れよ!」
ずかずか上がり込む航介を結局止めきれずに、とりあえず爆発したレンジを見に行く。なんでこうなるんだろう、伏見には台所に入らないで欲しいってちゃんと伝えておいたのに。色々なものが飛び散ったレンジを拭いていると、悪いと思っているけど手伝うと被害が拡大すると分かっているらしい伏見がおろおろ周りを回り出したので、あっち戻ってていいよ、気にしないで、なんて浅いフォロー。ちゃんと温まった方の皿を渡して振り向けば、航介が柱の陰から有馬と縦に重なってこっちを見ていた。用があるなら言いに来いよ。
「当也いっつもああなの?」
「うん。ノートも見してくれるし飯も食わしてくれる」
「はあ、そう、すか……」
「……なんだよ」
「なんでもねえですけど」
怪訝そうな顔をした航介が引っ込んだかと思えば当たり前のように炬燵の一角を陣取ったので、有馬と航介と伏見と小野寺で、俺の座る場所がなくなった。帰れ帰れと引っ張れば、航介も一緒にご飯食べたらいいじゃんか、なんて何故か有馬が抗議してきた。なに名前で呼んでんだよ、なに今の一瞬で仲良くなってんだよ、あいつも苗字呼びづらいんだから変なあだ名つけりゃいいだろ。
仕方が無いから一番隙間が空いてる伏見の隣に失礼すれば、あの人弁当の幼馴染で高校まで一緒で今は港で働いてて弁当のことは名前で呼んでて弁当からも名前で呼ばれてて五月生まれで一人っ子でイクラが好きでゲームも好きなんでしょ、と俺も交えた割と詳細なプロフィールが早くも公開されてて、なんであの一瞬でそこまで明かせるんだ。実は知り合いだったとか恐ろしいこと言わないでくれればいいけど。
「当也、さくたろも来るよ」
「はあ?仕事は」
「終わってから来るってさ」
「わざわざ?」
「あいつ三徹まではテンションハイで行けるって意気込んでた」
「意気込まなくていいよ……」
「酒と食いもん持ってきたんだけど、どうする?」
「まだ誰か来るなら開けちゃわないない方がいいかもなあ」
「みんなずっと東京の人なのか」
「そうだけど」
「じゃあここまで来んの不便だったろ、電車もないし」
当然のように飯に箸を伸ばしている航介に、お前ほんとに帰んないの、知らないやつの中で飯食って楽しいの、と小声で聞けば、きょとんとした顔をされた。なにその顔、俺全員分の自己紹介出来るほど長い時間レンジ拭いてなかったからね。やめてその、なに言ってんだお前みたいな顔。
「知らなくねえよ、名前教えてもらったもん」
「……そりゃ、そうかもしんないけど」
「ちゃんと覚えたし、黒いのが伏見、茶色いのが小野寺、青いのが有馬」
「あっジャージ?俺だけ服?」
「小野寺他人の名前覚えんの苦手だから、お前の名前なんて知らないから」
「ん?こーちゃんでしょ」
「馴れ馴れしいなお前」
「江野浦の方?航介の方?」
「当也、どっち」
「忘れたよそんなもん……」
もそもそと野菜炒めを突ついていた航介が、酒は朔太郎を待つにしてもお茶くらい出せよ、と横柄な口を利くので自分でやれと台所へ顎をしゃくっておいた。お前飛び入りだろ、それならそれらしくもっと慎ましやかな態度取れよ。しかもお茶のある場所くらい知ってるだろ、自分で行け。
小野寺が剥いた海老を横から攫っては食ってる伏見が、そういえばこれ弁当が作ったのじゃないね、と呟いた。なんで分かるんだと聞けば、味がちょっと違う、そうで。伏見が一緒に食べる時は大概、ちょっとしょっぱくてでも蜂蜜が入っててどろってした味、みたいな曖昧極まりない伏見好みの味の説明されてそれに近くなるように作るから、それと違うって意味だろう。
「うん」
「え?さっき作ってたんじゃないの」
「あっためただけだよ。作っといてくれたから」
「弁当はお母さんも料理上手いんだなあ」
「当也が飯作るとか面白すぎ」
「うるさいな、自炊しないとお金が足りないんだよ」
「航介は弁当の料理食べたことないんだ」
「まあ、うん。なに、そんなにうまいの?」
「うん」
「うまい」
「明日っからは弁当が飯作ってくれるんでしょ?」
「手伝ってよね」
「俺もやっていいの」
「……皿とか箸とか、出してもらおうかな」
「じゃあ俺明日も食いに来よっと」
子どものおままごとみたいな需要しかされないことが不満らしい伏見が仏頂面だったが、深く突っ込んでこないということは自覚症状があるんだろう。それよりもしれっととんでもないことを言った航介に焦って目を向ければ、俺お前の手料理なんかほぼ食ったことないけど、とわざと有馬の方を横目で見ながら重ねて口を出してきて、こいつずるいやり方覚えやがった。案の定、じゃあ食べようよ一緒に食べよう美味しいから、と騒ぎだした有馬を引っ叩きたい衝動を我慢して、おかずに箸を伸ばす。久しぶりの実家の味なのに航介のせいで疲れた、ゆっくり一人で食べたい。
男ばっかり五人も集まってればそりゃあ飯の減る量も速度もそれなりのものなわけで、航介と有馬が割と喋り通しの癖してよく食う。若干人見知りが入ってるのか、静かにもそもそと気に入ったらしいおかずをつついてる伏見に、こっちも食べな、と野菜を回せば、うん分かったありがとうなんて上の空の返事と共に、すぐさま小野寺へと野菜が回った。伏見は好きな味のドレッシングがかかってない生野菜は食べたがらないし、残念ながらそのドレッシングはここにはない。炒めるか茹でるかしないと野菜を取りそうにないな、と思いつつ会話に耳を傾ければ、どうやら髪の色の話をしているらしかった。高校在学中はずっと黒かった航介の髪はいつの間にやら金というか黄色というか、とにかく全然違う色に染められていて、まあ実際そこまで驚きもしなかったけれど。
「だから俺、色入るならなんでもいいやってこれにしたんだよ」
「俺さあ、黒似合わないってよく言われんだよな」
「あー……」
「……似合わなさそう……」
「やめろよお」
「褒めてねえから照れんな」
「伏見は黒じゃないと似合わないよね、逆に」
「染めたことないし」
「小野寺、それ取って、お醤油」
「うん、はい。でも文化祭でヅラ被ってなかったっけ」
「あー、売り子の時だけ」
「何年の時?」
「ん?三年」
「俺三年の時に伏見と小野寺のとこの文化祭、行ったと思うんだけどな」
「いた?伏見と小野寺」
「覚えてない。でもちょっと飯食うとこに、なんか色んな格好のやつはいた」
「そこだったんじゃないの」
「そうかもな。すげえ、会ってたかもしんないんだ」
「なんか色んなとこの制服着てた?」
「そうそう。伏見の金髪すげえ違和感だったんだよ」
「確かにそれはあるかも、イメージ湧かないし」
「黒が似合うから他は変なんだって」
「変って言うな」
「弁当も茶色とかなんか違う感じする、目が黒いからかなあ」
「ここにいた時は、当也もうちょい髪違ったよな」
「そうだっけ」
「そうそう」
「今のがいいよお。俺は好きだなあ」
「そう?切りに行けないだけなんだけど」
「今くらいでいいんじゃない?当也それ取って」
「はい、あ!?」
「ん?」
「さく、お前、えっ?いつの間に来た?」
「今さっき。どうもどうも」
手刀で空を切って、にこにこしながらいつの間にか白米山盛りのお茶碗片手に背後に座ってた朔太郎に、全員絶句する。いつの間に来たか全く分からない、いつからいたんだか心当たりもない。今までの癖で普通に会話してしまったけど、なに素知らぬ顔して上がりこんでるんだ。外寒かったんだから炬燵入れてよ、と詰められたものの伏見と俺で既に二人詰まっているここの辺にはどう頑張っても入れない。狭いんだからあっち行けよと押し出せばちょうど航介が手招きしてくれて、そっちへ移動してもらった。
「はあ、寒かった。おじゃましてます」
「あ、はい」
「なんで航介一緒にご飯食べてんの?」
「駄目なのかよ」
「当也の友達いっぱいいるじゃんか、なんで遠慮しなかったの」
「えっ?挨拶もせずに上がり込んでる奴が何言ってんの?」
「だって俺行くって言ったよ、ちゃんとお酒買って来たし」
「そういう問題じゃねえだろ」
「誰?弁当と航介のゆかいな仲間?」
「さっき言ってた人?」
「うはは、なに?え?一度に言われても何言ってんのか全然わかんない」
「……弁当、あの人頭おかしいの?」
「わりかし……」
なにが面白いのか、隣に座ってた小野寺のピアスにすげえすげえってはしゃいで笑ってる朔太郎を見て、伏見が珍しくがっつり引いてる。有馬は本人に名前を聞くことを諦めたのか、航介伝いに朔太郎の個人情報を得ていた。だからお前そのプライバシーをがつんがつん流していく方式やめろよ、朔太郎の視力まで有馬に把握させなくていいんだよ。
「辻?朔太郎?どっちで呼んだらいいかな」
「名前でいいよお。うん?うわすげえ、イケメンだ」
「は?」
「当也、こんなんが東京にはいっぱいいるの?恐ろしいね」
「いっぱいはいないよ……」
「なんていうの?イケメンとピアスは」
「あっ俺?有馬」
「小野寺!」
「小野寺くんは背が高いねえ、当也とどっちがあるの」
「どっちって、多分小野寺のがあるよな」
「航介と有馬くんは?」
「ええ?どっちだろ」
「比べてみるか」
「やだ、俺絶対負けたくない」
「俺だってやだよ」
立ち上がって背比べしてる有馬と航介と、その審判をしてる小野寺の足元を掻い潜って、朔太郎がこっちに寄って来た。途端に伏見がびくりと反対側に回って、えっ。なんで。
「はああ!かっわい!可愛い顔してるね、なに?女の子?三対一で来たの?」
「この人男だよ」
「当也この子お前、なに、えっちょっ、なんで逃げるの、ねえっ」
「……伏見?」
「あっ伏見くんって言うの!へえ!伏見くん!ねえ伏見くん!」
余計なことを教えてしまった気がする。伏見の顔が相当気に入ったのか、炬燵の周りをばたばたと無言で逃げる伏見をがさがさ追いかける朔太郎に、やめてやれよ、と声を掛けるも無駄だった。一度始まったら飽きるまで終わらないことくらいよく知ってる。
航介のが高いってば、何回やっても同じだよ、と有馬に呆れ顔で告げている小野寺の背中に飛び込むように隠れた伏見が、こっちに助けを求める目を向けて来た。そういえば朔太郎が来てからこっち、伏見ほとんど喋ってないな。本人と口をきかないのは勿論、隣にいた俺にも、こいつ頭おかしいの、くらいしか喋ってない。もしかしたら生理的に恐怖を覚えるタイプなのかもしれない。朔太郎変わってるし、強ち間違っちゃいない判断だと思う。
「えっ、どうしたの、伏見」
「小野寺くん、その、伏見くんを、こっちに渡してくれないかな」
「お前何言ってんの、気持ち悪いんだけど」
「航介ちゃんと伏見くんの顔見た!?すっげえ可愛いんだけど!」
「見たよ。綺麗な顔してるなあとは思ったよ」
「やっぱり?うへへ」
「なんで小野寺が照れるの?」
「俺は伏見くんとお話がしたいんだよ!あわよくば顔をよく見せて欲しい!」
「だからそれ気持ち悪いんだけど」
「ていうか伏見なんでそんなびびってんの?」
「……この人気持ち悪い」
「この人って俺かな?伏見くんが俺に興味を持ってくれたのかな」
「気持ち悪いから帰って、朔太郎」
「出てけよ、お前今日飲むな」
「やだよ、せっかく仕事終わらして来たのに」
「仕事?」
「働いてんだ、なにしてんの?」
「公務員」
「こ……え?」
「高卒で公務員試験受けたら受かったんだあ、伏見くん俺すごい?」
「……すごく気持ちが悪い……」
「そっかあ、すごいかあ!ありがとう!」
「朔太郎頭大丈夫?耳っていうか、脳」
「公務員って忙しいんだな……」
「完全に病んだ人じゃん……」
びっくりするほど超健康体だよお、と笑った朔太郎に、こないだ足の骨やらかしたの治ったばっかりだしな、と航介が呟くのでつい顔を覆った。またやったのか、ちょっとは落ち着けよ。さちえさんや妹さん、お父さんや職場の人に迷惑をかけるな。
何故か全員立ち上がっていることに気がついて、とりあえず座ろうかと思い思いの場所に座り直し、伏見に引っ付きたがる朔太郎を全力で引き剥がして無理やり落ち着くのは、あと数分後になる。

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