このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



妬ましいっていうのは、羨ましくて悔しいこと、なんだそうだ。じゃあ羨ましいの意味がなんなのかっていうと、他人の能力や状態を見て自分もそうありたいと願う様、らしくて。そして最後に、悔しいの指すところは、物事が思い通りに行かなくて諦めがつかずに腹立たしい気持ち。自分の気持ちがそれのどれに当てはまっているのかと言えば、どれでもない。ただなんというか、胸の真ん中にでかい穴空けられたような感じで、何かが抜けてしまったような気がしてたまらない。足りない気がする、足りないものなんてないのに。
そろそろ使い始めてから十九年も経つ自分の頭だし、なに考えてるかくらい分かる。今まで四六時中飽きるほど一緒にいた、隣見ればつまんなそうな顔してた幼馴染がいないから、それにまだ慣れてないだけ。たったそれだけだ、簡単な話じゃないか。そりゃあ東京に行ってみたい気持ちがないと言えば嘘になる、憧れはするし当也本人にもいいなあって言った。でもついて行こうとは思わなかったし、自分はここでやりたいことがあるんだってちゃんと考えて決めたわけだし、なにか不満があるわけでもない。なにも不足していることなんてないわけで、だからもやもやした感情を抱える必要だってない。なのに、なんというか、だから、きっと、まだ慣れていないだけなんだろうけれど。
『もしもし?航介?おーい、電波悪いの?』
「あ、いや、聞こえてる、大丈夫」
電話口から聞こえる能天気な朔太郎の声に、若干苛々している自分が嫌いだ。なんなんだよ、こいついつもこんな感じじゃん。今更苛つくくらいなら、中高と一緒に過ごしてきた間に胃が穴だらけになっててもおかしくない。
当也は俺にも親にも自分から連絡をとるような質ではないし、こっちからあいつにこまめに連絡するのも癪だ。それを知ってか知らずか、割と頻繁なペースで当也と連絡を取り合っているらしい朔太郎が楽しそうに電話先で話すのは、自分の知らない場所で過ごす、わんわん泣いてたガキの頃から知ってる幼馴染のことで。
『こないだ洗濯物干すの忘れて大変だったんだって。あっちもう暑いらしいし』
「ふうん、そうなんだ」
『こっちとはやっぱ大違いみたいだねえ』
朔太郎の声に言葉を返して笑いながら、ぽっかり空いた穴がどんどん広がって行くような気がした。

「悪い、待たせて」
「どしたの、珍しいね」
「なにが」
「航介から会おうって。今まであったっけ、こんなこと」
「知んね」
「明日は霰が降るよ」
「降らねえよ」
海っぺりに腰掛けて、寒いのか肩を竦めながら笑った朔太郎の隣に座る。今日は休みなんだって聞いてはいたけど、休みになった途端気抜き過ぎだろ。地元で公務員として働いてる癖して、相変わらず一切私服に気を使わない奴だ。中に着てる変な柄見えてんぞ、隠せよ。
特に行く場所もなく、用事があったわけでもなく。パーカーのフードから出てる紐をぐるぐる弄っていた朔太郎が、沈黙を破って唐突にぽつりと呟いた。
「雨降りそうだし、寒くない?どっか入る?」
「行くとこないだろ」
「さちえいるけど、うちでよければ」
「いいよ。別に用があったわけでもないし」
「じゃあなんで俺呼んだの?」
「……なんとなく」
朔太郎がこっちを見ているのが分かって、答えはするけどそっちは向かなかった。確かに空は少し暗くて、今にも雨が降りそうだ。ぼおっと見上げていると、ここにいてね、と言い置いた朔太郎がぱたぱたと走ってって、飲み物買って戻ってきた。渡された缶受け取ってお礼を言えば、被せ気味で朔太郎が言葉を零す。
「航介、変」
「……なんで?」
「いつもだったらなんでなんて聞かないし、うっせえ馬鹿って言う」
「いいだろ別に」
「よくない」
ああ、もう、めんどくさいな。ねえどうしたの何かあったんじゃないのって妙にしつこく食い下がってくる朔太郎の声が耳に刺さって、ますます苛々が募って止められない、どうしようもない。しつこいな、ほっとけよ、俺がどうだろうがお前には関係ねえだろ、頼むから黙ってくれ。
開けて一口呷った缶を片手に、がりがり髪の毛掻き回しながら横に目を向ければ、朔太郎は驚いたのか一瞬びくりとした。その奥にいつも見えてたはずの、だるそうに黙ってる真っ黒い頭は、当たり前のように見えなくて。
「……うるさい」
「は、」
「うるさいって、言った」
こっちから言わないことはわざわざ聞こうとしなかった、その距離の取り方がちょうど良かった。付かず離れずと言えるほど近かったわけじゃないし、喧嘩はしょっちゅうした。でもその度に、お前らめんどくせえなって顔を朔太郎があからさまに浮かべるのとか、喧嘩した癖にその日の放課後一切話さないまま三人で一緒にゲームやってるのとか、意外と嫌いじゃなかった。テスト前には勉強するのだって楽しかった、飯食う度におかずの取り合いで言い争いになるのはちょっとめんどくさかった、ぼおっと黙って誰もなにも言わない時間だって大事だった。
その時間が無くなったわけではないことなんて、分かってる。分かってても、分かってるからって、なんになるって言うんだ。呆然としている朔太郎に背中を向けて座り直せば、まだ開けてない缶が後頭部に当たった。
「いって」
「そんなに寂しいなら行きゃいいだろ!ここにいる大層な理由もないくせに!」
「っ誰が」
「東京で仕事見つけて一人で暮らしゃいいんだよ!誰も止めないから!」
「そんな簡単な話じゃねえだろ!」
「お前が思ってるよりは簡単だよ!」
「やったこともないくせに何が分かるんだよ、ふざけんな!」
「家事なんて覚えりゃ小学生でも出来んだよ!航介は理由が欲しいだけだ!」
「りゆ、う」
「お前なんか、っ」
お前なんか、いてもいなくても一緒だ。そう吐き捨てられてつい咄嗟に、手の中にあった缶の中身をぶちまけた。ぱたぱたと滴が落ちる前髪の隙間からこっちを睨みつける目が見えて、息が止まる。だって、そんなこと言われたら、俺だってこんなことしたかったわけじゃあ、違うのに、話がしたかっただけなのに。
「……寂しいだけのくせに」
「ちが、そうじゃない、俺は」
「当也のことが、羨ましいだけのくせに」
「違うって、違う、羨ましくなんか」
「自分にはここから出ていく勇気なんてないから、羨ましくてずるいんだろ」
「っ、知ったような口利くな!」
「じゃあなんなんだよ」
羨ましくて、狡くて、悔しくて、憎たらしくて、寂しいだけだろ、と。そう呟いた朔太郎が、ふと気づいたように服の袖でごしごしと顔を拭って、俺の手の中にある二つの缶を指しながら言った。
「それあげる。俺もういらないから」
「さく、たろ」
「口利かなけりゃ満足なんでしょ?余計なことばっか言って悪かったよ」
「え、待っ」
「全部勘違いしてたみたい、ごめんごめん。じゃあね」
普段と変わらない様子で手を振って行ってしまった朔太郎を、追いかけることは出来なかった。追いかけるどころか手を伸ばすことすら憚られるくらいに、潔くて。あまりにも普段通り過ぎて、行ってからもしばらくの間その場からいまいち動けなかったくらいだ。手の中の缶が冷え切ってようやく、掠れた声が出た。
「……なん、なんだよ……」

携帯にも、家電にも、職場の電話にも、出ない。あれから数日が経った今、どうやら俺は、分かりやすく朔太郎を怒らせてしまったようで。飲みかけの缶の中身顔面にぶちまけられて怒らない方がおかしいとは確かに思うけれど、原因はきっとそんなところにはない。俺が、知ったような口利くな、とか言ったから、朔太郎は生真面目に口を利かないことにしているだけだ。要するに、自業自得。
普段だったら来るはずのない、朔太郎の職場の出入り口の前で、手持ち無沙汰に待ちながらつらつらと考える。言われたことはみんな図星で、もっと言い合いになっていたとしても確実に論破されていた。だからこそ何も言い返せなくて、腹が立って、頭が回らなくなって、今に至るわけで。どう贔屓目に見たって俺が悪い、そりゃあ朔太郎だって怒って当然だ。だから、謝らないと。
暗くなりだした辺りをぼおっと眺めながら、あの日は結局雨が降らなかったんだっけ、なんて思う。
曇りに曇って真っ暗な空だったくせして、夜になったら急に、星が綺麗に見えるほど晴れた。今日は雨が降るんだって天気予報で言ってたけど、まだほとんど曇ってないし、夜遅くからなんだろうか。朔太郎のやつ、傘持ってるかな。俺は元々あいつが出て来るまで待つつもりだったからいいけど、遅くなるなら傘持ってないと困るだろうな。天気予報とかあんまり見なさそうだし、持ってないかもしれない。そしたら俺の傘貸してあげよう、それでまた返してもらう時に会える、謝った後も普通でいられる。
「……おそ」
爪先で地面を叩きながら、どのくらい時間が経っただろう。時計を見るのがもう嫌だ、いつまで仕事してんだ、朔太郎のやつ。仕事の帰りにふらふらとうちに来たこととかあるけど、こんなに遅くなかったはずだ。忙しいのかもしれないな、と何度目か知れない溜息をついた途端、鼻先にぱたりと雨が落ちて来た。
社員用の出入り口に逃げ込んで、またしばらく待つ。何人か出て来ては俺を変な目で見るけれど、雨宿りをしていると思われているらしく、貸し傘ありますよ、なんて声をかけられてしまった。もういい加減待っていても仕方がないから、ちょうど声をかけてくれた人に、ここで働いてる人を待っている旨を伝える。すると、もう中に人はほとんどいないと思いますけど、と返されてしまった。
「え、っ」
「私で遅い方なので。名前をお教えいただいてもよろしいですか?」
「あ、辻です。辻朔太郎」
「辻さん、は……あの、出てきませんでした?」
「多分……」
「確かもう出たと思うんですけど、見てらっしゃらないんですもんね」
「はい、でも、あの。大丈夫です、俺」
「私の見間違いかもしれませんし、確認してきますね」
にっこりと笑顔を浮かべてまた中に入っていってしまったお姉さんの背中を見ながら、何となく察していた。これだけ待って出てこないなんておかしい、心の何処かで気づいてたはずじゃないか。しとしと降り続く雨を見ながら、ここからすぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「ごめんなさい、辻さんやっぱりもうお帰りになられたみたいで」
「……ありがとうございます」
「玄関、ここともう一つあるんです、けど……そっちは来館者用で」
「そうですか」
「何か用があってそっちから出られたのかも。お役に立てなくてごめんなさい」
「いえ、ほんとに、ありがとうございました」
「なにかご用でしたら、明日にでも伝えておきましょうか?」
「……じゃあ」
ここで誰かが待っていたことは朔太郎には伝えないでほしい、とお姉さんに告げて踵を返す。傘をさしているような余裕はなかった。それよりも早く、この場から今すぐに、いなくならなきゃいけなかった。ぱたぱたと、まだ水溜りの出来ていない道を走る。傘をさして歩く人に見られるのが嫌で、人気のない道へと自然に足が進んだ。
学生の時は、学校に行けば嫌でも会えた。喧嘩したって謝れた。けど、今は。

『そしたらそいつ教科書持ってきやしねえの』
「お前が見せてやるからだろ」
『だって』
久しぶりに聞く眠そうな声から、誕生日おめでとう、なんて切り出しで電話がかかってきたのはほんの数分前だ。祝われたのなんて最初の数言だけで、その後はなんとはなしにだらだらと、近況報告交じりの他愛ない話。洗濯やら掃除やらはもちろん自炊が結構大変だとぼやく当也に、買って食えば、と身も蓋もないアドバイスをすれば、そんなことできるかと怒られた。一人暮らしは大変だな、なんて他人事に思いながら、少し前に吐き捨てられた朔太郎からの言葉が頭を回った。あれから結局連絡はつかないままで、もちろん会えもしないまま、何日が経っただろう。口を利かないということがこんなに簡単で、それでいてこんなに重いものだなんて、思わなかった。
朔太郎は忘れてるかもしれないけど、俺今日誕生日なんだよ。あの当也でさえ電話しておめでとうって言ってくれたんだ、今日くらいは律儀に黙ってないでなんか連絡寄越せよ。そんなの自分勝手だなんて分かってるけど、それでもやっぱり、一人足りないのは嫌だ。この電話が切れたらまたばらばらになって、大きく空いた穴の横に一人ぼっちで、泣かないように耐えてなきゃいけなくなる。全部きちんと謝るから、ただ謝られるのが嫌ならまた喧嘩してやるから。お願いだから、もう一度だけ話をさせてほしい。
「いいじゃん、ただの面白い人っぽいしさあ」
『まあ、うん、そうなんだけどね』
「髪染めてる奴に偏見持ちすぎなんだよお前」
『航介そろそろ飽きたんじゃないの、髪色』
「飽きてねえよ!当分このままだ!」
笑う当也が、なにかあったの?といつ言い出すかが不安で、きちんと取り繕えているか、いつもみたいに喋れてるか、口を動かしながら考えるのはそんなことばっかりで。こいつは目敏いから、ちょっと気を抜いたらきっとすぐに気づかれる。心配はかけたくない、朔太郎と連絡がつかないなんて泣き言言いたくない、一人ぼっちで淋しいなんて以ての外だ。楽しそうな当也の声にまた穴が広がっていくのをぼんやり感じながら、寂しくて羨ましくて妬ましくて憎い、汚い感情の塊を飲み下した。
朔太郎の話にだけはなるな、と念じながら話しているうちに電話は切れた。早く帰ってきて、俺も行きたい、お前ばっかり狡い、なんて言葉は喉に押し込めて言わないままに、耳から受話器を外す。通話終了の音が酷く耳に残って、怖い。未練がましく携帯を確認しても、新着メールも留守番電話も入っていなくて、それを見るたびに頭が痛くなる。何日声を聞いてないんだろう、このまま一生話せなかったらどうしよう、一人ぼっちでこんなとこに置いてかれるのだけは嫌だ、誰かに一緒にいてほしい。がりがりと髪を掻き回して膝を抱えれば、玄関からばんばんと扉を叩く音がした。
「あ、う」
知ってる、チャイムいっつも押さないでその代わりに扉叩いて、何回もやめろっつってんのにやめなくて、毎回同じように、これ俺がきた時の合図だもん、ってへらへら笑うんだ。今と同じこんな光景を、春も夏も秋も冬も、繰り返し何度も、ほんとに何度も見てきた。
ばたばたと走って転びかけながら扉を開けた先で、おはよう航介、なんて言う朔太郎が、気の抜けた笑顔を浮かべていた。おはようじゃねえよ、もうこんばんはだよ、それよりまず先に言うことあるだろ、なんなんだよお前、ほんとにおかしいよ。
「お誕生日おめでと。はあい、ちょっくらおじゃましますよ」
「え、っえ、いやおま、さく、待っ」
「真っ赤な顔してどした、腹でも痛いの?ケーキ食い過ぎた?」
「食ってねえ!」
「そりゃよかった、これケーキ。さちえがくれた」
「わあ、あ、ありがと」
「コーヒー入れてね」
「食うのかよ、おい!勝手に部屋、ああもう!」
袋から出したちっちゃいケーキを俺に押し付けて、自分はさっさと俺の部屋に引っ込んでしまった朔太郎を追いかけるか一瞬迷って、大人しく言うことを聞いておくことにした。二人で話すのが怖いわけじゃない、ただほんの少し、コーヒー入れてる間でいいから、時間が欲しかった。がたがたと忙しなく台所で支度をしていると、ぺったぺったと殺しきれていない足音が聞こえてきて、恐らく入り口辺りで止まったようだった。用があるから言ってくれればいいし、そんな待ちくたびれるほど時間もかかってないのに、なんなんだ。振り返ってみれば素早く隠れやがって、頭のてっぺんだけ見えてるし。
「朔太郎、自分の持ってけ」
「はあい」
いることは分かっていたので普通に声をかければ、誤魔化しもせず柱の影から堂々と出てきて、カップを持って部屋まで行った。ちょっとよく分からない、こいつなにがしたいんだ。でも部屋についたら謝らないと、とぐるぐる思いながら、ちょっと低い頭を見下ろしつつ歩く。あーこぼしちゃった、と聞こえた時には流石に溜息をついたけれど。
「ごめんね」
「いいよ……絶対なんかすると思ったし……」
朔太郎が零したコーヒーを拭いてから、割とぐったりしつつベッドに上半身を預ける。ちっちゃい机にケーキ広げた朔太郎が、雑極まりないハッピーバースデーの歌と共に切り分けた大きめのケーキを押し付けてくるので、そっと手ごと外しておいた。自分で食うから、むしろ自分のペースで食うから。
しばらく二人してもそもそとケーキ食って、ああこれおいしいやつだ。さちえさん作ってくれたのかな、買ってくれたにしても嬉しいけど。そう聞けば、妹とさちえで作ってたよ、とケーキに夢中の朔太郎から返事をもらって、後でお礼の電話をしようと思う。もっとも今日の午前中に、お誕生日おめでとうの電話はされているのだけれど。ちっちゃいホールケーキが半分くらいなくなったところで、もう迷ってても仕方ないからちゃんと謝ろう、と顔を上げ、ようとした。
「あの、さく」
「じゃーん」
「た、ろ……え?」
「携帯」
「見りゃわかるわ……」
「プレゼント。はい、あげる」
「はっ、え?俺携帯くらい持って」
上げた顔の鼻先に、水色の小さな携帯。CMとかで見たことある、主に電話用のやつ。渡されるままに受け取って、なにこれ、なんなの、と朔太郎を見れば、もう既にケーキに向き直っていた。早い、説明がない。揺さぶるようにこっちを向かせれば、手についたクリーム舐めながら俺の手にある水色の携帯を指して、言った。
「それ代金俺持ちだから、気にせず使って」
「はあ!?なに、なんでっ」
「そこからかかってきた電話は最優先でとるから、何があっても」
「な、え……」
「寂しくなんないでしょ、これで」
こつこつと携帯の背面を指で叩きながら笑われて、呆然としながら電源を入れてみる。当たり前のように使えるそれには、きちんと電話番号が登録されていて。朔太郎の顔と携帯の画面とを見比べておろおろしていると、人の髪をぐしゃっと掻き回した朔太郎がけらけら笑いながら口を開いた。
「当也みたいにはなれないし、代わりも無理だけど。これでいつでも話せるじゃん」
「……………」
「俺は、ここにいるつもりだからさ。航介のこと置いてかないから」
「……ん」
「泣くなよ、安心しろって」
「誰が泣くかよ」
「さびしんぼのこーちゃん」
「うるっせえ!」
「うはは、よしよし、これでもう一人ぼっちじゃないよ」
「知ったような口、っ」
「きいてんじゃねえって?」
言っていいよ、と髪の毛をぐしやぐしゃされたまま言われて、ほんとに泣きそうだった。思い出して言葉に詰まったことまで、きちんと見透かされてる。なんなんだよ、ほんと意味わかんねえよ、朔太郎の馬鹿。そんなんだから彼女できても理解不能ってふられるんだよ。
なんで連絡取らなかったのかは、朔太郎が自分から教えてくれた。普通に腹も立ったし意地もあったけど、航介が苛々してるのも知ってたのにあれは無かったなって思ったから携帯買った、とあっさり言われて、こっちが拍子抜けしたくらいだ。
「……大事に、する」
「んー。使いたい時だけ使えばいいよ、絶対出るから」
「絶対?」
「死んでても出る」
「それは無理だろ、お前ゾンビかなんかかよ」
「俺約束破り嫌いなんだ」
「……知ってる」
でもこんな携帯なんて、彼氏彼女でも今時しねえんじゃねえの、なんて誤魔化し紛れにちょっと馬鹿にするみたいに言えば、じゃあ付き合っちゃおうか、なんてくそ真面目な顔で言われたので、残ったケーキを口にぶち込んでおいた。気持ち悪いこと言うな、馬鹿。


38/69ページ