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おはなし



いつもちゃんと寝ないから、今日という今日はきちんと電気を消して就寝しようと言い出したのは、誰だったっけ。布団の数は足りないけど、幸いなことに今は冬なので炬燵が出ているわけで、炬燵に有馬と伏見と小野寺の半分、布団に俺と小野寺の残り半分が収まった形で、電気を消した。小野寺が体を二分割する羽目になったのは偏にじゃんけんに負けたからだ、悪意も他意もない。何処ぞの悪魔はにたにたしてたけど、俺はなんにも知らないし、知ろうとしない方向で行く。頭と足をばらばらの場所に突っ込むわけにはいかないので、布団をずらして右半身と左半身で別々の布を被っている状態だ。お腹が、というか体の中心部がとても寒そうである。
普段は何となく済し崩し的に泊まられるから準備が皆無だけど、今日は連休前ということで、レポートを書きがてら映画でも借りてきて見るか、なんて名目で集まったので全員それなりに支度がある。伏見なんてちゃんとパジャマ持ってきたし、小野寺も歯ブラシ持ってきた。どっかの馬鹿だけ手ぶらで来た、もうそれは最初から諦めてたけど。一本目は洋画を字幕で見て、それをレポートに使うことにして適当にまとめて、二本目からは一人一つづつ持ち寄って来た映画を立て続けに見た。内訳としては、ハリウッドのアクション、サスペンス系の推理ミステリ、恋愛要素ありのコメディ、SFディストピア、と上手い具合に分かれてくれて、まあその合間合間に飯食ったり風呂入ったりして、現在時刻は午前三時半だ。明日休みだからって流石に夜更かしし過ぎたような気がしなくもない。
「おやすみ」
「んー」
「伏見狭い、もっとそっち行って」
「うるせえ馬鹿、黙って寝ろ」
「……なんであいつら喧嘩すんのにいっつも近寄りたがるのかな」
「さあ……」
不思議そうに呟いた小野寺の言葉とそれに対する曖昧な俺の返事を最後に、一旦部屋の中が静かになる。なんだ、静かに寝れるんじゃないか。いつもうるさいし大概強制的に寝落ちで黙るから、こいつら集めたら安眠は不可能なのかと思ってた。
窓の外が明るくなる前に寝られて良かった、なんて思いながら手探り足探りで布団に潜って、いくらか時間が経った。大分うとうとしていた所にぼそぼそ話す声が聞こえて来て、目を開く。
「やめ、やめろってば、やだ、触んな」
「触りたくて触ってるわけじゃねえっつの」
「もぞもぞすんな、邪魔だから出てけ馬鹿」
「狭いの!我儘言うな!寝返りも打てねえんだぞ!」
「……なに、どしたの」
「弁当、有馬が」
「違う、伏見が」
「よし分かった、寝な」
電気をつけて、一応話を聞こうと体を起こしかけたものの、恐らく堂々巡りになるのでやめた。再び電気を消して布団に潜る。有馬と伏見なんて隣同士にしたらほぼ百発百中で寝ないじゃないか、どっちかがどっちかにちょっかい出すに決まってる。文句垂れてる二人に、寝ないなら黙ってなさい、ととっととすやすや寝息立ててる小野寺を指差して見せれば不満げな顔でそっぽを向かれた。追い出すぞ、こら。
しばらくまた無言が続いて、再びうとうとする。うとうと、から脱却できないのは炬燵組がやかましいからだ。妙な笑い声に、目を開けないまでも耳がそっちを向いてしまった。
「うふ、ふへへへ」
「きしょい、耳元で笑うな」
「だって、ぶふっ、伏見お前」
「俺の顔に何か文句あんの、それとも喧嘩売ってんの」
「ちが、っふふ、今更だけど、ちゃんとパジャマ着んなよ、ふへへ」
「あったかいんだもん」
「ガキかよ」
「お前これ、ふわふわすごいのに。ほら、きもちいだろ」
「えっ、あっ、ほんとだ。ちょっと着さして」
「はあ?やだよ、ちょっと、無駄絡みマジうざいんだけど」
「だって興奮して寝られないんだよ俺」
「誰か助けて襲われる、弁当のとこ行こ」
「……伏見、無理だよ、入れないよ」
「あれ、起きてた」
「うん……」
黙って聞いてただけで実はずっと起きてた。炬燵から布団の方へ逃げて来た伏見を追い返そうとすれば、小野寺を外に出せば俺が入れるとか鬼みたいなこと言い出したのでやんわりと止めておいた。可哀想だろ。
布団に潜り込もうとする伏見を炬燵に送り返して、起きてても構わないし喋るのも別にいいから静かにしててくれないかともう一度説けば、ぶつぶつ文句垂れてる有馬の声と、返事だけは良い子そのものの伏見の声が揃って聞こえた。伏見がごそごそしたせいで布団からはみ出して全身外に出てる小野寺をなんとか引っ張って戻し、布団の中で丸くなる。もう目も開けないし声も出さない。
「あいって」
「うっさいなあ、炬燵揺らさないでよ」
「足ぶつけた、べんとー」
「寝てるよ」
「嘘だあ、弁当俺が喋ってる時寝ないもん。うるせえから」
「でももう目閉じてるし、寝てないにしても寝そうなんじゃないの」
「伏見寝ないの?」
「寝るよ。眠いし」
「ええー!やだー!寝んなよー!」
「うるっせえな!馬鹿か!叫ぶな!」
「俺を一人にすんなって、なあ、おい、寝んなよお」
「うっぜ、やめろ、死ぬか離すか今すぐに選べ」
「はい」
「俺は寝る」
「はい……」
「お前酔ったら寝れるじゃん、さっきの残り飲んでれば」
「一人酒じゃん、さびしい」
「弁当起こせ、ザルだし。おい、こいつお前の担当だろ、目開けろ」
「伏見さっき自分で弁当寝てるっつったじゃん、返事ねえし」
「起きてんだよ絶対。弁当目開けろよ、ズボン脱がすぞ」
「なんつう起こし方だ……」
「いいのか、起きないんだな?俺ほんとにやるから、小野寺でまずやる」
「なんでさ」
「次は弁当だって思い知らせてやるんだ、よっと。よし」
「うわ、もうベルト抜いた、早っ、手が早い」
「人聞きの悪いこと言うな。ボタン外すぞ」
「え、ちょ、弁当?伏見もう前全開にしてるんだけど。ていうかよく起きねえな」
「小野寺はこのくらいじゃ起きないよ、ほれ、よいしょ、抜けた」
「弁当この速度で脱がされたらひとたまりもねえよ、起きてるなら早く目開けな」
「寝てんならそれはそれでいいよ、脱がそう」
「なにお前、どうしちゃったの?深夜のテンションってやつなの?」
「この脱がしたズボンどうするよ」
「寒そうだからかけといてやれば」
「うん」
「ていうか……マジ早すぎるんだけど……なに、伏見こわ……」
「弁当脱がそっと」
「俺知らねえからな」
「ねえ、弁当、最後のチャンスだよ。目開けな」
「……寝てるって、もう諦めろよ。俺よりお前のがしつこいじゃねえか」
「ベルトベルト」
「やめてやめてやめて」
「あっ」
「ほら見ろ。起きてたろ」
「ちょ、ごめ、起きてたの謝るから手離して伏見、外さないでください」
「知ってる有馬、ベルトってこうしてこっち引っ張ると一発で抜けんだよ」
「わああ!やだってば!」
「おお、ほんとだ」
我関せずで寝たふりしてた俺が悪かったから、もう許してほしい。俺の抵抗を片手で払い除けながら、もう片手で外したベルトを放り投げつつボタン弾いて外した伏見に、思わず足が出た。割と渾身の力で放った蹴りは、にたにた顔の伏見にひょいっと避けられて、後ろで見てた有馬に当たった。完全に不意打ちを食らった有馬が小野寺の方にぶっ飛んでって、ごつんと痛そうな音。
「あっごめん!あり、ぎゃあっ!?」
「弁当はいつも厚着だから上も脱ごうねえ、俺のこと無視した罰に」
「やだ、伏見離して、はな、有馬!有馬助けて!こっち見ないで助けて!」
「助けなんて来ねえよ!無駄な抵抗はやめときな!」
「ちょ……今それどころじゃ……内臓破裂したかもってくらい痛い……」
「ん、え、なに……なにこれ、どしたの……」
「あっ、伏見!小野寺起きた!小野寺にしなよ、おれ、っ俺より、あっち」
「抵抗したって無駄だっつってんだろ!観念して脱がされろよ!」
「伏見なんでそんなノリノリなの、あっ、やめて、やめてください!」
「あれ、えっ?俺なんでこんな痛いの、あっ、なんでズボンないの」
「小野寺!助けて!伏見が!伏見に脱がされる!」
「弁当が?なんで?」
「いいから助けろっつってんだろ!」
「もう八割脱がされてるじゃん、そんだけされたら脱いでるのと変わんないよ」
「あっほんとだ……俺が苦しんでる間に弁当すげえことなってる……」
「やだ、やだってば!ちょ、なん、なんでこいつ、こんな、やめろ!」
「相変わらず手が早いなあ、伏見」
「弁当ほっせえな、自分よりちっちぇえやつ退けらんねえのかよ」
「伏見がしつこいんだよ、服を脱がすことに対して」
「つうか小野寺ズボン履いたら」
「あ、ほんとだ。忘れてた」
「おい!お前ら!全部脱がすのと半分脱がすのどっちが好きだよ!」
「……あれは、弁当をどうするかって話だよな……」
「弁当布団被ってなにしてんの」
「必死で身を守ってるんだろ、助けも求めなくなったし」
「伏見、これじゃお前悪者だよ」
「うるせえ、俺は露出の激しい弁当が見たいんだ」
「……ああ……」
「……まあ、それは、否定しないけど……」
「お前らなんか二度とうちに入れないからな!嫌いだ!大っ嫌いだ!馬鹿!」
「布団の中の人怒ってるぞ」
「え、伏見お前、弁当どこまで脱がしたの」
「ズボン下げてシャツ腕抜いて中のやつ脱がした、パンツは触ってない」
「……ふうん……」
「有馬てめえ、こっち来たらかなたちゃんに電話するからな!」
「あっすいません!別に全然見ようとしてないんで!伏見を止めようとして!」
「嘘だ」
「ふうんって言いながら一歩踏み出したもんな」
「社会的に死ね!」
「待って!待って電話はやめて!ごめんなさい!服着よ、弁当ほら、はいこれ!」
「……伏見、外明るくなって来たね」
「俺寝るわ、炬燵触んなよ」
「うん。おやすみ」
「ごめんね、ごめん弁当、だから電話はやめよう、携帯を手から離そう」
「……有馬が、伏見のことを身包み剥いできたら、離す」
「殺される……どっちにしろ死しか待ってない……」
「……も、いい。寝る」
「あ、はい、おやすみなさい」
「俺が起きるまでに伏見剥いどけ、泣かせろ」
「はい!」
「……弁当怒ってるな」
「伏見に脱いでもらうしかねえよ……脱いでくれっかな……」
「褒め千切ればすぐ脱ぐよ、伏見は」
「……それもそれでやだな……」
「うん、まあ……」

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