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おはなし



甘いものが嫌いなわけじゃない。というよりは特に嫌いな食べ物はない、何でも食うし量もそれなりな方だとは自分でも思う。つい先日幼馴染の家に行った時に、こーちゃんは当也よりもたくさん食べるからねえ、なんて言葉と共に異常な量のお菓子を出されたことも記憶に新しい。
それでも、この惨状を見たらこの先一週間は甘いものを食べたくなくなるのは当たり前だと思う。
「……さくたろ」
「ん?」
「あっこっち向くな!甘い!匂いが!」
「航介いらないの?」
「もう充分食ったよ!」
もさもさとクッキーを口に詰めている朔太郎がきょとんとした顔で箱ごとこっちに押しやってきたけれど、そうじゃない。隣で普通の顔してる当也なんて問題外だ、しれっとしながら何箱開けたか知れたもんじゃない。
色々な種類のクッキーが缶に詰まってるやつを段ボールいっぱい貰ってしまって処理に困ってる、なんて話をしたら当然のように学校帰りについてきたこいつらは、我が物顔で上がり込みばりばりとクッキーを貪り続けている。いや、別にいいんだけど、うちの家族だけじゃどうにもならなかったから処理してくれる分にはありがたいんだけど。
「あっ、チョコの無くなっちゃったや」
「こっちに新しいのあるよ」
「開けるな!開けるなー!」
好きな種類だけ食って、無くなったら次の缶って、どんなセレブの食い方だ。量は減ってるんだからいいでしょ、なんて減らず口叩きながら一缶に三枚ずつしか入ってないさくらんぼ入りのクッキーを貪っている当也の後頭部を引っ叩いた。なんで俺だけ、という不平に朔太郎にも手を伸ばせば、盾としてゲームソフトを掲げられて、大人しく手を引っ込める。つかそんなべったべたの手でパッケージ触んな。
こいつらがぱかぱか新しい缶を開けるせいで、部屋中甘い匂いでいっぱいだ。最初は一緒につまんでたけど、今となってはもう無理。こっち食え、と缶に取り残されたクッキーを押し付けたものの、そんなんはいつでも食えるとそっぽを向きやがった。うちはクッキーバイキングじゃねえんだ、確かにこれ普通にスーパーとかで見たことありそうだけど、ちゃんと胡麻のやつも食えよ。
相当気に入ったのか真ん中にチョコが入ってるやつをずっと食べてる朔太郎が、ふと気づいたように顔を上げてこっちを見た。俺の手には、缶の中に入ってた説明書。
「ん、俺これ好きかも。航介、これなんていうやつ?」
「あ?これ?これは、ミロワール」
「こっちは?」
「チュイール」
「じゃあねえ、こっちは?」
「ビスコッティー?」
「美味しくて強くなる?」
「それじゃない」
「……航介が横文字使ってると無理してる感じがする」
「もう食うな」
けたけた笑ってる朔太郎を横目に当也から缶を取り上げると、ばしりと足が飛んできた。なんだってこんなに足癖が悪いんだ。せっかく美味いクッキー食ってるくせにつまんなそうな顔しやがって、ちっちゃい時からこんな感じだった気もしなくもないけど。
「口がもそもそする」
「……食うのをやめてみたらどうだろう、なあ、おい」
「お茶が欲しい」
「俺牛乳がいい」
「なに?」
「持って来てよ」
「てめえで行けよ」
「いやあ、ここの家の人じゃないし」
「台所までの行き方がわかんないし」
「そんなにうち広くねえっつの!」
部屋から出るのが面倒なのかぐだぐだとうるさい当也と朔太郎を部屋から追い出して、その隙に缶を閉める。少ないやつは一つに纏めてしまおう、種類が混ざるなんて知ったこっちゃない。甘い匂いが少しずつ緩和されてきた頃、台所の方から、なんか飲む?なんて朔太郎の声がして、なんでもいいと答えた。砂糖水とかじゃなければいい、流石にそんな悪戯しないと思うけど。
がたがたと戻ってきた二人はマグカップを三つ乗せたお盆を持っていて、ていうかそのお盆どこから出したんだ。しょっちゅうお互いの家に行きっこするから、家の中の構造とかどこに何があるかとかはそりゃ知ってるけど、住んでるやつが知らないものを持ってくるなよ。
「はい、これ航介のマグカップだよね?」
「おー、ありが……」
「……俺は、止めたんだけど」
「うん……あの、さくたろさん、これ何すか」
「白湯」
湯気を立てるマグカップの中には本気で何にも混ざってないお湯が注がれていて、悪気が無いことを知っている分なにも言えない。にこにこしている朔太郎に、もう一度お礼を絞り出して、マグカップを受け取る。一応砂糖は持ってきてみた、と微妙そうな顔をこっちに向ける当也は恐らくきちんと止めてくれたのだろう。でも残念なことにこいつのかっ飛んだ頭はその程度で止まるものじゃないことくらい、ある程度の付き合いがあるやつなら知ってるから。
「甘いのが良かったの?」
「いや……甘くないのがよかった、んだけど」
「でしょ?そうだと思ったんだよねー」
俺なんで航介クッキー食わねえのかなって思って考えたんだけどさっぱりしたもの欲しいのかなって気づいてさっぱりしてるっていったらお湯かな?みたいなね、と得意気に語る朔太郎を見ながら、小さな親切大きなお世話、の文字が頭の中で点滅していた。本人は心から他人のために動こうとしているところがまた悲しい。
「あっ、クッキー片付けられてる」
「出しゃいいだろ、もっかい」
「なんだっけ?その、トリガーハッピーみたいなの取って」
「どれだ!?」
「これ?」
「違うけどそれでいいや、美味そうだし」
「さくたろので思い出した、これ買ったんだよ」
「航介こういうの好きだよね」
「かっこいいだろ」
「俺はRPGのがいいなー」
「なにこれ、FPS?やらして」
「食い終わってからな」
「ごちそうさまでした」
「てっめ、手ぇ洗ってこい!当也こら!コントローラー油まみれになる!」
「難しい?こないだやったのと同じ?」
「味方撃ちしないようにだけ気をつけてよ、さくたろすぐ乱射するから」
「だから、それがトリガーハッピーだろ?クッキー関係ねえよ」
「ふむ」
「ふむって」
「ほう」
「なんで急にじじくさくなったの」
「牛乳飲んでひげ生えたから」
「……拭いといで」
「うん」
脱ぎ散らかしてあった制服を手に取った朔太郎の襟首を引っつかんで止める。誰のだか分からないのに拭かれてたまるか、アホ。


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