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おはなし




「だからね」
「はい」
「俺の家は溜まり場じゃないって何回言ったらね」
「すいません」
「ていうか明らかに狭いよね、四人も入り浸る部屋じゃないよね」
「このジュースすっげえ美味しいんだけど。え?弁当作ったの?うめえ」
「なにそれ、俺にもちょうだいよ」
「馬鹿有馬、お前今まさに弁当に怒られてんのにジュース飲む奴があるかよ」
「伏見」
「はい」
どっかから勝手に出してきたらしい瓶を伏見が手放して、いそいそと三人並んで正座する。壁に寄りかかるようにして立っている弁当に、いやほんとは押しかけるつもりなんて無かったんすよ、と言い訳するも、無視された。いっそいつも通りの真顔の方がマシだ、今日に限って薄く笑ってるから余計怖い。
「ほんとに、あのね、俺と有馬とで飯食っててね、そしたら伏見がね」
「ううん俺なんにもしてない」
「ずりいぞ!お前が言い出したんだろうが!」
「ねえ弁当、この馬鹿二人の言うことと俺の言うこと、信じるなら俺だよねえ」
「この中だったら小野寺を信じる」
「えっ」
「ええ……」
「わあい」
口しか笑ってない弁当と、その場の空気を読まずに頭に花咲かせて喜んでる小野寺と、あからさまに舌打ちしてぶつくさ言ってる伏見と、俺。ちなみに俺はなにしてるのかと言えば、弁当がこっちをガン見してる、もとい恐らく俺単体に焦点を合わせてるのが視界の端で何と無く分かって、目を逸らし続けてる。だって怖いもん、すげえ怖いもん。
俺と小野寺で普通に授業終わりにちょっと遠出してだらだら飯食ってて、そしたら伏見から電話かかってきて。それは要約すれば「俺今バイト終わったとこなんだけど腹減ったんだよね、そんでお前ら今二人一緒に飯食ってんだろ死ね、じゃなくて、だから今からみんなで弁当の家行かない?突撃隣の晩御飯しちゃわない?ていうかいいから来い俺に従え」みたいな内容で、俺も小野寺も若干飲んでたし伏見がそう言うなら事前に連絡してあるんだろうなって思って、へらっへらしながら弁当の家に押し掛けた結果がこれだ。有馬が行ったら開けてもらえるべ、なんて伏見の言葉に乗せられるままにピンポン連打で玄関扉開けてもらって、どたどた上がり込んで全員思いっきり蹴られた。その間何回か、うるっせえな、とお隣さんから毎度お馴染みの文句を吐き捨てられたりなんかもして、弁当はぺこぺこ謝ってた。
ていうかそりゃ俺達が悪いんだろうけど、違うんだよ。扉を開けた時に俺が一番前にいたから、弁当は企画者が俺だと思ってるのかもしれないけど、実は伏見なんだよ。全ての元凶はあのクソナルシなんだよ、ほんとに。
恐らくもう既に風呂上がりなんだろう、若干濡れてる髪をタオルで掻き回しながら、深く深く溜息を吐いた弁当がずるずると座り込んだ。弁当が風呂上がり、という時点で、今の時間帯は推して知るべしだ。
「……まあ、もういいよ。今日はなにも無かったし、明日一限だけど」
「泊まるつもりはないです……」
「ただ、ほんとその場のノリで、行っちゃう?みたいな」
「ふうん、そっか。その場のノリって怖いね、有馬」
「そうっすね……」
「そろそろ酔いも醒めたのかな?」
「はい……」
普段からそうだけど、丁寧な言葉回しが今となっては本気で怖い。俺弁当のこと怒らせたことなんてあんまりねえけど、これ多分限りなくぎりぎりまでマジギレに近いだろ、恐ろしいわ。
「あの」
「はい」
「帰ります」
「そうですね」
「急がないと電車なくなるんじゃねえの」
「多分、まだちょっとは余裕あるけど」
「……お腹空いた」
俺と小野寺が立ち上がった矢先、ぽつりと伏見が告げる。あまりのタイミングに、さっきまで恐怖の薄笑いだった弁当まで若干唖然としていた。ぺたりと正座したままお腹を押さえていた伏見がぱっと顔を上げると同時、くきょろろ、みたいな変な音がして。
「ご飯ちょうだい」
「……………」
「……………」
「……コンビニ寄ってやるから、伏見。帰ろう」
「弁当のご飯がいい」
「我儘言うなよ……」
「やだ、俺三限終わってからすぐバイトでいっぱい頑張ったもん」
「あのな」
「美味しくてあったかいご飯じゃなきゃやだ、飯くれるまで帰んない」
やだよお、とじたばた駄々を捏ねる伏見を見て小野寺が頭を抱えていた。弁当がちょっと怒ってるのも久しぶりに見るけど、伏見の媚び売り全開モードも久々だ。やだあ、じゃねえんだよ、ここは普段お前が表の顔でにこにこしながら食い荒らしてる狩り場じゃないんだから、可愛子ぶったら優しくしてくれる親切なお姉さんは一人もいないんだぞ、よく見ろこの二重人格。
どうしたもんかねこの我儘野郎、と小野寺と二人して顔を見合わせていれば、食い物が絡むと当社比三割増で優しい弁当が、じゃあ伏見だけ置いてっても良し、なんて許可を出した。いやいや待て、待てこら眼鏡。
「ずりいだろ!」
「だって、伏見一人で家帰ったってまともな食い物が作れるわけないし」
「俺が連れて帰るのは?そしたら飯も食わすよ」
「小野寺の飯より弁当の飯のが美味いもん。やったあ、弁当の家にお泊まりだ」
「明日一限の時間に出るからね」
「んー」
「てめえ調子乗ってんじゃねえぞ!背中隠れんな、このっ、逃げんなチビ!」
「あ!?今なんつった殺すぞてめえ!」
「ふぎゃあ!いった、痛い!痛い痛い弁当助けて!痛い!」
「うるさい」
ぺしん、と頭を叩かれた伏見が弁当には申し訳なさそうな顔を、俺には勝ち誇った下衆顔を向けたので、とても腹が立った。こいついつか泣かす、絶対痛い目に遭わせる。
でもいいなあ、ほんとにずるい、俺帰ってからもやもやして寝れない。羨ましさと妬みで今晩は徹夜する。だって弁当の家楽だし、学校近いし、居心地いいし。若干ふわふわしてる頭はやっぱり何処と無く眠たくて、伏見ばっかりいいなあ、なんて本音がぼそりと零れた。
「……だって、まだ帰れるだろ。家で寝なって」
「俺もお腹空いたことにしたらいいじゃん……」
「嘘こけ」
「え?有馬俺と一緒にすげえ食ったじゃん、いくらかかったと思ってんの」
「やだー!じゃあ俺も駄々捏ねる、帰んない、泊まる!今日はここで寝る!」
「んなこと言ったって」
「なによ!この泥棒猫!浮気者!昼ドラ!俺のことなんてどうでもいいのね!」
「……え、小野寺?有馬酔っ払ってんの?」
「うん」
「そんな奴連れてくんなよ……」
額に手を当てて項垂れた弁当に、ぺたぺたと這い寄る。じたじたと暴れていた状態から四つん這いで近寄ったせいで、ちょっともう色んなとこが痛い。成人男性が床でばたばた暴れてみるのがまずもうなんていうか精神的に痛いし、純粋に腰とか腕とかも床に打って痛い。
反応の無くなった弁当をゆさゆさ揺すっている俺を見て、伏見がまず俺を引き剥がしにかかったものの、最近冬に向かって順調に太りつつある伏見に負ける俺じゃない。小野寺からさっき聞いたけど、こいつ高校時代の水泳の時間に、水着着て一列に並んだ時一人だけ腰から下がなんか知らんけど丸っこくて女の子みたいだったらしい。偏食の上に我儘だからそうなるんだ、野菜食ってちょっとは走れ。とにかく、俺を引き剥がせないと分かったらしい伏見は弁当を説得することに決めたらしく、可愛子ぶりっこした決め角度で弁当に寄り掛かって顔を見上げてた。だからそれ、誰にでも効くわけじゃねえっていい加減分かれよ。小野寺ならまだしも、弁当は伏見の二重人格大分怖がってるんだからな。
「弁当、ねえ、俺も飯食いたい、もういっそなにも食わなくてもいいから泊めて」
「やだ、ねえ、俺がいるから駄目だよね?俺のこと泊めてくれるんだもんね?」
「すげー、弁当女の子だったら逆ハーじゃん。写真撮っていい?」
「やめて、つか小野寺助けてよ。ねえ、おい、二人ともどけ、重い、潰れる」
「伏見重いってよ、退けよ」
「やだよ。ねえ弁当、このクソ追い出して、俺と二人で一晩過ごそう」
「なにその言い方、ちょっといけない感半端ねえんだけどそれ」
「このままじゃ弁当お前、伏見に汚染されるよ。体に毒だよ」
「有馬、お前酒臭い」
「えっ」
「ばーか、どっか行けすっからかん頭」
「伏見も煙草臭い」
「う、えっ?」
「やーい!今度はどこの女の煙草だよ汚れ切ってんだよお前の肺!」
「今日はバイトしかしてねえよ!」
「喫煙席の匂いついちゃったんだな、今日長かったみたいだし」
「あのさあ、重いんだってば、退いてよ」
「ええー」
「やだー」
「あっすげえ!今お前らすげえ、ちょっと有馬きりってして、きりって」
「え?おう、ん!」
「伏見!伏見お前、ぶふっ、い、一番可愛い顔して、っく、ふっふ」
「うん、なに?はい」
「あっははははは!俺こんなんこないだっ、うははっ、こないだテレビで見た!」
「え?なに?なにが面白いの?」
「べん、っべんと、のとこ、ふっはは、伏見と有馬が、こういうの見て、っぶふ」
「はあ?」
「……テレビ?」
「こう、こうなって、一人に二人が寄っかかって、なんかのアイドルが、はははは」
「あ?」
「なんかちょっとよくわかんない」
「人語を喋れよ」
げらげら笑ってる小野寺は何かを思い出しているらしいけれど、本人以外なにが面白いんだか誰も分かってない。弁当に両側からしな垂れかかったまま怪訝な顔で固まっていると、もういい加減重いともだもだ暴れ始めたので、仕方なしに退いてやった。ごきごきと肩を鳴らしていた弁当が、眠たげに欠伸を漏らして、時計を指差した。
「もうさあ、電車ないじゃん」
「え?あっ、ほんとだ」
「あー……」
「またこのパターンだよ」
「学習しろって」
「伏見お前歩いて帰れねえの?近いんじゃないの」
「お腹空いたっつってんじゃん馬鹿、死ねば」
「ほらあ、怖いよあいつ、弁当あんなのに優しくしなくて良いよ」
「でも伏見は有馬と違って勉強する時役に立つし」
「俺も立つから!辞書まとめて五冊まで持てるから!」
「うっせ。もう俺寝るから」
「寝るの?」
「寝るよ、疲れたもん。だからうるさくしないでよ」
「伏見の飯は?」
「……忘れてた」
布団をばさばさと出した弁当が台所に向かい、今日の晩飯の残りらしき皿をレンジに突っ込んでいた。ふわふわ欠伸した伏見がナチュラルに布団に飛び込んで、温めたおかずとご飯を持ってきた弁当に首根っこひっ掴まれて、ひょいっとほっぽり出されていた。思わず拍手したら怒られたけど、いやだって弁当力無いから、よく頑張ったなあと思って。
「おやすみ」
「いっただっきまーす」
「えっ?ねえ、俺達の分の布団は?」
「ないよ」
「最近朝晩冷えるのに?」
「風呂勝手に入っていいよ、冷蔵庫は荒さなければよし、テレビもつけていいから」
「えっ無視」
「おやすみ」
「じゃあ俺弁当の湯たんぽ代わりになるね」
「出てって」
いそいそと布団に一緒に潜り込めば普通に追い出された。じゃあお風呂借りたい、なんて小野寺が歩いてって、伏見が割と本気で腹減ってたのか無言でがつがつ飯食ってて、弁当寝るんじゃ、俺つまんないじゃん。
「静かに寝るから入れてよ」
「お風呂いいのかよ」
「明日の朝にする、こないだっから風邪気味だし」
「そうなの?」
「んー、だから布団入れて、ちょっとだけ」
「……ん」
「わあい、ありがと」
いや、ぶっちゃけ風邪気味でもなんでもないんだけど。弁当優しいからなあ、風邪悪化したら悪いって思ったんだろうなあ、なんて考えてしみじみ一人頷く。何処ぞの顔だけ毒舌野郎とは真逆だ。弁当細っこいし、二人はきつくても、一人分の布団に一と三分の二収まってると思えばまあ入らなくもないだろう。狭い分あったかいと思えばなんとか、多分どうにかなると、思う。
弁当の寝息が規則正しくなった頃、ぱちんと伏見が手を打つ音が聞こえて、うとうとしていた意識が戻ってくる。
「ごちそうさまでしたー」
「ぐ、えっ、重、伏見お前」
「いーれて」
「んんん……」
「弁当もう寝てんだぞ!唸ってるだろ、可哀想に」
「有馬出てよ、俺が弁当と寝たらお互いそこまで狭くないと思う」
「嫌に決まってんだろ、重いんだよ!ちっちゃい癖、ひっ」
「死ぬか、殺されるか選べ」
「ご、ごめんなさ、すいませんっした……」
「あっなに?楽しそう、俺も入る」
「は?なに、馬鹿小野寺、やめ、無理無理無理!」
「苦しっ、重い、マジで重い!」
「ん?じゃれてんじゃないの?どく?」
「どけ!今すぐに!」
「死ぬかと思った……あ?ねえ、弁当息してる?」
「えっ」
「すごい苦しみに満ちた顔してるけど」
「弁当!一旦起きろお前、起きて深呼吸しろ!死ぬぞ!」
「起こしても起きないだろ、こいつ」
「あーあ、小野寺が乗っかって来るから」
「ええ?だって有馬と伏見が楽しそうだったから、いいなあって」
「俺は有馬が弁当と一緒に寝ようとしてたから」
「有馬のせいじゃん」
「違う!そもそもは伏見が来ようとか言うから!」
「はあ!?なんで俺のせいにすんの、自分だって乗り気だった癖に!」
「……う、るっせえな……」
「はい」
「すいません」
「大人しくします」

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