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おはなし



「土曜日」
「うん?」
「今週の土曜、午後暇?」
「あー、まあ、うん」
「弁当にお誕生日プレゼント買ったげる」
「……はい?」
「お世話になってるから、ちょっと奮発したげる。なんでもいいよ」
「急にそんなこと言われても」
「あー、でもあれだな、家とかはちょっと無理だわ」
「今住んでるとこで事足りてるからいいよ……」
そんな話をしたのが水曜日のことで、今は待ち合わせ当日である土曜日で。一時を指した時計を見上げながら、指定された駅前で手持ち無沙汰に待つ。電車乗り損ねたって連絡が来てたから、あと五分もしたら着くだろう。伏見と二人だけで出掛けることなんて滅多にないから、ちょっとそわそわしたりして。
目的地はちょっと前に出来たアウトレットモールだ。恐らく本当に何やら買ってくれるようだけれど、そんなに高価なものとか貰っても困る。行く場所的に伏見が買いたいのは装飾品だろうけど、身につけるものよりはフライパンとかが欲しい。有馬しかり、なんで俺はそういったものを与えたがられるんだろう。そんなに駄目かな、着てるもの。
「おまたせえ」
「んー……」
「ねえどう、いつもと違う伏見くんだけど、弁当と二人だから気合い入れて来たけど」
「俺それ見たことある、歩きづらそうだよね」
「おま……」
走り寄って来た伏見は確かに普段大学では見たことのない服を着ていて、これは褒めるべきだったのか、と遅れて思い至る。全体的にもたついた服装に、そのままの感想を述べれば恐らく怒られてしまうので、文句を垂れている伏見を見ながら何か上手いこと言えないかと考えた。でもなんかもう駄目だ、それサイズ合ってんの?って聞きたくて仕方ない。似合ってない訳じゃないし、こういう着方をするものなんだろうけど、そんなこと分かってるんだけど、サイズ合ってんのかすごく気になる。強い風が吹いたら服がぶわっと開いて飛ばされそうだ。
「なんていうか……ぶかぶかで……ううん、布が多くて……じゃなくて」
「もういいよ!弁当に期待した俺が悪かったよ!」
「いやなんか、いいと思う、似合うと思う、よくわかんないけど」
なんか普段よりテンション高い気がするけど、何か良いことでもあったんだろうか。ぷんすか音が出そうな勢いで拗ねてる伏見に謝りつつ、それじゃあ行こうと促して歩き出す。なんだったかな、せめて穿いてるそれの名前だけでも思い出せたらちょっとは分かってる感が出せると思うんだけど、全然思い出せない。なんたらかんたらってテレビで言ってた、先週の休みに昼のバラエティで見たんだ、絶対。
俺こないだ行ったけど広いし色んな店あるし良かったよ、と伏見に投げ掛けられて、もしかしたらと思い台所用品はあるかと聞くと、あったとしてもそんなものは買わない、なんて真顔で答えられた。俺が欲しい物を買い与えろよ、俺の誕生日プレゼントだろ。ちなみに今一番欲しいのはミキサーかフードプロセッサーなんだけど、高いから強請るつもりはない。今度自分で買う。
「弁当こないだ鞄の留め金壊れてたじゃん、鞄欲しくないの?」
「えっ、いいよ」
「いらない?もう他に当てあるんならいいけど」
「鞄とか結構値段するだろ。今日の晩飯出してくれるくらいで充分だって」
「ふうん」
こっちを向きもせずに返事だけ寄越した伏見の一歩前に回って顔を覗き込めば、何故か苦い表情を浮かべていて、首を傾げる。なにかどうしても俺に使わせたい鞄でもあったんだろうか。直接そう聞くわけにも行かずに黙ったまま足を進めていると、しばらくして伏見が振り返った。普段通りの仏頂面で口を開いて、俺の背中側に回って。
「やめた」
「うん?」
「ううん、弁当がいいならいい、そんなら俺好きなように回るから一緒に来て」
「いいけど」
「じゃああっち、あそこ、あの店好きなの」
「うん、わか、分かったよ、押すなって」

「こっちこっち」
「ちょっと、ねえ、ここどこ」
「駅の通りから一本入っただけだよ」
この辺五年くらい前に沢山新しいビルとか出来て駅も改装されたけど裏通りは昔のままだから、なんて言いながらひょいひょいと細い道を進む伏見の後ろを追いかける。小綺麗な駅前と比べて、よく言えば下町の古き良き雰囲気というか、狭くてごちゃごちゃしていて、ここで置いて行かれたらとても困る。暗くなってきた道を普通の顔して進む伏見に置き去りにされないように、少し歩みを早めた。
すっかりこっちに慣れたつもりでいたけど、まだまだ知らないところはあるんだと思い知らされたようで、辺りを見回す。きょろきょろしていると、斜め前を歩いていた伏見がぴたりと止まって店を指差した。
「ここ美味しいんだ、ここにしよ」
「いいけど」
「うん、待ってらんねえし」
「……混んでるの?」
「え?ああ、いや」
携帯で時間を確認したらしい伏見が、ぱたぱたと手を振って何でもないと言う。どうにも引っ掛かったけど、今日の晩飯がプレゼントということで、なんて言葉に釣られてすっかり忘れてしまった。我ながら現金だ。
適当な席に通されて、鞄を下ろして一息吐く。とりあえずざっとメニューに目を通していくつか注文して、伏見にその内半分は却下されたりして。
「俺が食うからいいの」
「それ頼むなら他の味がいい」
「変わんないだろ、どっちでも」
「しょうゆバター不味いのあるんだもん」
よくもまあ店員の前でそんなことが言えたもんだ。恐らく苦笑いを浮かべているであろう店員の方にぺこりと頭を下げれば、伏見の手が伸びてきて俺の眼鏡を攫っていった。これじゃあメニューどころか、店員の顔すら見えない。なんかちょっと見覚えある気がしたんだけど、一瞬だったからよく分からなかった。大学で会ったことある人かもしれないのに、猫被るのすっかり忘れて、伏見は気づいてないんだろうか。
弁当が選んだら俺の嫌いなもんばっかになるから駄目です、なんて言われて眼鏡を取られたまま、注文が終わる。そういえば喋んない店員さんだったなあ、頼んだもの復唱しなかったから何頼んだか分からなくなっちゃったなあ、なんてぼんやり考えていると、机の横に人が立った影が出来て、顔を上げた。当然ながら眼鏡が無いからなにも見えなくて、でもお通しか注文したものかどちらかだろうと思って適当にお礼を言いながら笑顔を浮かべてみれば、伏見から無言で眼鏡が返された。飽きたのかよ、なんか言えよ。
「あ、りが、と……?」
「ん」
「はい弁当、ケーキ」
「え、あ、はあ、いや、なにしてんの?」
「バイト!」
「同じく!」
「働いてんの、ここだっけ」
「ううん、伏見の知り合いが偉い人で俺の友達が働いてるから、今だけ」
「つかバイトですらないよなあ、制服貸してもらっただけ?」
「ほんとはもっと、弁当が気づくぎりぎりまで小野寺と俺で店員やるつもりで」
「馬鹿小野寺、もうちょっと変装しろっつったべ。一発で気づかれるわ」
「えー、そっかなあ、分かる?」
「うん……」
伊達眼鏡かけて髪型ちょっと変えてるだけじゃん、流石の俺でも分かるし、そりゃ伏見も焦って俺の眼鏡取るわ。さっきの見覚えがある店員はどうやら小野寺だったらしいけれど、有馬は逆に一度も見てない割に無駄に気合いが入ってる。伊達眼鏡に髪型変えるのは勿論、髪色わざわざ戻してあるし、いつもよりなんか知らないけど眠そうな顔だ。人間って、垂れ目になろうとしてなれるもんなんだろうか。ちょっと詰めて、なんて言いながら隣に座ってきた有馬の髪の毛を引っつかんで改めて見てみる。
「あだだだだ!」
「え……なにこれ……えっ……?有馬どうしたの」
「化粧すると人相変わるんだよ、弁当。覚えときな」
「伏見なんかその気になれば女の子になれるもんなあ」
「目だけ叶橋に弄ってもらったの、眼鏡は俺の、髪の毛は黒染め、おっけー?」
「……おっけーくは、ない」
「だってお前勘良いんだもんさ、やるからには万全期さないと」
「なにを?」
「サプライズ」
「あっそうだこれ、このケーキ弁当のな!蝋燭刺して、あと」
「火付けるものないじゃん。行原ー、なんかねえのー」
途端にばたばたとまた忙しなく動き出した二人に声をかけることも出来ず、とりあえず伏見の方を向けば、いつの間に持ってきてもらったのか一人だけ悠々とオレンジジュース啜りながら、ケーキに蝋燭刺してた。どういうことなの、と問いかければ、だからサプライズだって、と当たり前のように言い返されて、そうですか、なんて納得し切らない返事。
「ほんとはもっとこう、弁当がまず有馬と小野寺に驚いて、そんでケーキに驚いてって」
「……驚いたよ?」
「いやいや全然びっくりした顔してなかったよ、普通の顔だったよ」
「あんまり外からじゃそういうの分かってもらえないんだよね」
「驚きっていうより、は?なにしてんのこいつら?って顔だった」
それは一理あるかもしれない。ふらふら戻ってきた有馬が眼鏡を外しながら、もうこれ取る、と目の辺りをがしがし拭いて、普段の顔に戻った時のがびっくりした。ケーキに刺さった蝋燭に火がつけられて、こっちに押されて、初めて気づく。ああ、これ、消せってこと。
「えー……」
「別に年の数だけ立ててるわけじゃないんだから、一思いにやっちまえ」
「弁当が消さないと、お誕生日のお祝いなんだから」
「ふーっ」
「あっ」
「えっ」
「伏見てめえ!」
「だって弁当消さないんだもん、ケーキに蝋が」
「もっかいする?」
「いいよ別に……」
伏見に横から消された蝋燭を抜いている途中、ようやく実感が追いついてきて、ふと笑ってしまった。サプライズって、そもそも詰めが甘いし、結局俺ほとんど驚いてないし、仕込み自体には相当時間かかってるだろうにそのくせちゃっちいし、なんていうかもう、なんだよこれ。
堪えきれなくて小さく笑ったまま、渡されたナイフでケーキを切り分けていると、恐らく正規の店員であろう人が頼んだ品物を持ってきてくれた。失敗してんじゃねえよ馬鹿か、と有馬をどやしつけている辺り、あれが例の友達なのだろう。飲み物食べ物で机の上が一杯になった頃、持ち場に戻りかけた店員が振り返って言った。
「あ、そうだ、裏に置いてあるプレゼントはいつ持ってきたら良いの」
「お前馬鹿なんじゃねえの!なんで言うんだよ!弁当驚かす最後の砦だったのに!」
「うるせえな!邪魔なんだよ!協力してやっただけ有難いと思えクソ野郎!」
「お前の一存じゃねえだろうがよ!伏見が店長たらしこんでたからやってんだ!」
「たらしこんでないんだけど、人聞き悪いんだけど」
「たらしこんでたの?」
「有馬が余計なこと言うから余計なとこで余計な奴が引っかかったじゃん」
「弁当ちょっと、ねえ、どうだと思う?ほんとかなあ」
「よくあることだから気にしなくてもいいと思う」
「とにかくあれ先にどうにかしろよ!つかお前黒いの似合ってねえんだよ!」
「髪の毛は関係ねえだろ!今取りに行ってやるよ!ばーか!クソヤンキー!」
「あ?今なんつった」
「お?いいのか?俺に逆らっていいのか?叶橋に電話するぞ、今ここで」
「なに人任せに偉ぶってんだ、頭の中身すっからかんな癖して生意気なんだよ!」
「ぎゃう!いって、暴力反対!」
「……楽しそうだね」
「高校の時の友達なんだって」
「有馬、弁当が嫉妬してる」
「してない」
「なんだって!?」
「してないんで戻ってこないでください」
ばたばたと裏まで戻った有馬が、そういえばさっき伏見と回ったアウトレットの中で見た覚えがある店の名前が入った袋を抱えて帰ってきた。ぽいっと乱雑に渡されて、なにこれ、と聞けば、開けてみれば、と返されて大人しく袋を開ける。
「……かばん」
「伏見が誘導下手くそだから俺が選んだ」
「だって弁当鞄いらないって言うし、いらないのにどれがいいか聞くのおかしいだろ」
「いいな、それ。使いやすそう」
「案外安かったんだよ、後で一人頭いくらか教える」
「これ、どうしたらいいの」
「使えば?」
「プレゼントだしなあ」
「気に入らなかったら捨ててもいいよ、有馬センスねえもん」
「んだとこら」
「あー、そ、っか。うん」
ありがとう、と零せば、それぞれらしくもない照れ方をしていて、少し面白かった。使えば、なんて言われたけど、とりあえず当分は、勿体無くて使えそうにもないや。


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