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好きとか愛してるとか



ドーナツ百円パイ百二十円のセール、いっそ毎日やればいいのに。なんて思いながらもそもそと砂糖がけのドーナツを頬張る。ドーナツ買いに行った道すがらの中古ゲーム店で買ってきた、誰も名前を知らないようなレトロゲーに案外はまってしまったらしい小野寺は、俺にし中を向けたままがちゃがちゃとコントローラーと格闘している。安かった割に面白そうだ、意外と調べてみたら隠れた名作だったりして。インベーダーゲームのなり損ないみたいなへこたれたドットが、ぴこぴこと動いては敵が撃った光線らしきものにがんがん潰されていく。下の方に表示されている残機がその度にどんどん減って、ついに無念そうな音と共に0になった。ゲームオーバーの文字と悲しげな音楽に、これ難しいんだけど!とコントローラーを放り出して後ろに転がった小野寺を見下ろす。なんだよ、ドーナツはやらないぞ。おれの好きなやつばっかり買ってきたんだから、全部俺のだ。
「おいし?」
「おいしい」
「また肉付き良くなるよ、そんなんばっか食って」
「だっておいしいんだもん、なんか悪いの」
「俺悪いとは言ってないじゃん、やらかいのいいと思うよ」
「よくない」
「伏見はもっと丸っこくなっても美味しいの食べるのきっとやめないと思うけどなあ」
 まあ、それは自分でも思う。偏食が激しいのもあってか、気に言った食べ物に執着する傾向はあるから。もう片方の手でチョコのかかったドーナツ引っ張り出しながら指に付いた砂糖を舐め取っていると、仰向けに転がったままこっちを見ていた小野寺が口を開けた。だからやらないって言ってるのに、しぶとい奴め。あーん、と催促されて、仕方がないからすっかり砂糖の無くなった指を突き出せば、不満げな顔で噛み付かれた。普通に痛い、リアルに飼い犬に手を噛まれたって感じだ。
「なにすんだよ」
「一口くらいくれたっていいでしょ」
「やだ、そんなに食いたいなら自分で買ってくりゃ良かったんだ」
「俺そんな甘い物食べたくないもん」
「じゃあ食うな」
 なんだこいつ、反抗期か。さっき差し出した左手は小野寺に捕まって、齧ったとこ歯形ついちゃったよ、とか言われながらしげしげと観察されているので、もうほっとくことにした。砂糖なんてみんな俺が食べちゃったのに未練がましく指先を舐めやがるから、生温くて気持ちが悪いと手を引っこ抜こうとしてみたけれど、絶対に離そうとしなかった。なんなんだよ、今日はしつこい日なんだろうか。
「伏見」
「んだよ」
「あとドーナツ何個あるの」
「秘密」
「砂糖のやつある?俺砂糖舐めたいよ」
「ない。黄色いのと黒いのと緑の」
「えー……」
「だから舐めんなって。もうそこ甘くも何ともねえよ」
「まだちょっと甘い」
「嘘吐け、ほら、離せってば」
「嫌だ」
「はーなーせ」
「んんー」
 どうしても引っこ抜けない手はもう諦めた方がよさそうだ。チョコのドーナツを食い切ってレモンクリームのやつに手を伸ばせば、ぼーっとこっちを見ながら人の指弄繰り回して遊んでた小野寺が、ぽつりと零した。
「こないだ俺お菓子もらった」
「誰に」
「知らない子。伏見と授業一緒なんだってさ」
「なにそれ。なんでそれで、お前がお菓子貰うんだよ」
「お前に告るんだって言ってた」
「はあ、そう」
「反応薄いね」
 どちらかと言うと告白がどうこうなんかよりも、だからどうしてそこから小野寺にお菓子を渡すところに行きついたのかを知りたい。だってその見知らぬ女に俺まだ心当たりないし、最近告られたみたいなこともないし。知らない奴からいきなり手作りとか重いもん貰っちゃったのかと聞けば、ただの大袋にいっぱい詰まった特売品のチョコだったらしく。そういやこの前こいつんち来た時、妙にチョコばっかり食わされたな。あの時か、と思い至って一人頷いた。
 指に薄くついた歯形に沿ってなぞる小野寺に、それでそれがどうしたの、と聞けば、別にどうもしないけど、と返されて何となくむかついたのでドーナツ持ってる方の手を振り下ろしておいた。ごつん、と額に当たった拳に恨みがましい目を向けられて、無視する。しばらくじとっと睨まれて、諦めたように溜息を吐いた小野寺がぼそぼそと呟いた。
「伏見と二人で話がしたいから、俺に協力してほしかったんじゃないの」
「ああ、餌付けってこと?」
「そうなんじゃないのかなあ」
「頭いいじゃん、相手が悪かっただけで」
「なんで?」
「なんでもなにも、お前絶対取り次がないじゃんか」
「うん」
「ほら」
「人のもんに手え出そうとする奴が悪いよ」
「お前、俺のドーナツは食おうとしたのに」
「ドーナツは違うけど、伏見は俺のだもん」
「……まあ、そうかもしんないけど」
「残念だねえ、かわいそ」
 絶対思ってない、欠片も感情こもってないもん。珍しいな、なんかあったんだろうか。弄ばれてる左手を自分の膝の上までずるずると引っ張れば、当たり前のように小野寺がついてきて頭を膝上に乗せたまま寝転がった。重たいけどこっちのがまだなんか、なんというか。なにがいいとは上手く言い難い、ただの勘だけどなんとなく、こっちのが小野寺もいいんじゃないかなあって思っただけだ。
 爪伸びてる、とかりかり爪先を弄られて、今度切るから、と答えれば上の空の返事。ぼーっとしてるらしい小野寺を見下ろしながらドーナツを頬張っていると、眠いんだか疲れているんだか半目のまま小声で言葉を零した。
「ここは、絶対俺のでいいんだよね」
「どこ?」
「これ、お姉さん指」
「なに、千切んの」
「いいの?」
「やだよ、痛いじゃん」
「でも欲しいんだ」
「やだってば、今のお前洒落になんないよ」
 やだっつってんのにがぶがぶと甘噛みされて、そのまま食い千切られそうで若干怖い。薬指が欲しいって言葉の意味は、まあ何となく察するけど。話を聞かない小野寺をとりあえず起こそうと思いがくがく膝を揺さぶれば、びっくりしたのか目を丸くして、俺の指を口に突っ込んだままきょとんとしていたので、溜息を吐いた。
「いいよ、やるよ。あげるから噛むな」
「やっふぁ」
「口から出せ」
「ん」
「……よだれ……」
「ばっちくないよ」
「きったねえよ」
「ひどい」
「酷くない、当然の結果だ」
 それからしばらくして小野寺が俺の膝の上で寝こけてしまったので足が粉砕するかと思う羽目になったし、指どころか髪の毛一本もくれてやるもんかこのクソ犬、なんて俺が怒って、小野寺がぐずぐず落ち込んで、なんだかんだで最後の一個のドーナツを分け与えてやることになった。なんだよもう、ドーナツあげるわ指あげるわ膝貸すわで、俺損ばっかじゃん。




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